


高校1年の時読んだハンター・デイビス著「The Beatles」は自分の人生に決定的な変化をもたらしました。それまで親の言う事をちゃんと聞いてまじめに生きてきた自分と照らし合わせて、そうじゃない生き方もあるんだなと知りました。それからですね、ちっとも勉強しなくなったのは(笑)。中学時代の友達で別の高校に進学したやつが、高校では珍しいジャズ研に入部していて、僕をそこで出会った仲間に紹介してくれました。そしてマイルス・デイビスの「ジャック・ジョンソン」を聞かせてくれたんです。こういう音楽やろうよって。
人生最初のバンドは「NASSI」と言いました。「名前がない」という意味です。ちょっとだけテーマがあって、あとはずーっとアドリブばかり10分ぐらい続く音楽をやってました。学園祭に出たり、フォークソングを歌ってる友達と組んで自主コンサートをしたり、結構いろいろ演奏活動をしたのですが、通ってた英語の塾をさぼってまで出たヤマハ主催のバンドコンテストでは何の賞ももらえず、がっかりでした。そして大学受験もせまる高校3年生の夏、名古屋在住のジャズ・ギタリスト和田直(すなお)氏に出会います。彼のお店「COCO」には参考書持参で入り浸ってました。うちの親達はよくぶちきれなかったなぁと感心します、ほんと。和田さんに誘われてNASSIのベースとドラマーはよくお店でも演奏するようになりましたが、全員大学受験を控えていたので再会を誓いバンドは解散、お店にも行かなくなりました。
東京で音楽がしたいという思いとはあまり関係のない明治大学に入学するのですが、そこで出会うのがスクエアの現プロデューサー、マネージャーの青木幹夫です。明治大学のジャズ研の仲間と共にFM東京主催大学対抗バンド合戦に出てコンボ部門で優勝したのですが、その時、ビッグバンド部門で優勝したのが伊東毅バンマスの日大ビッグバンドでした。そしてその頃ギターを教わっていたのが故高柳昌行氏だったのですが、その高柳スクールで出会ったのが御厨裕二です。みくりや君とはスクエアでデビューした訳ですが、彼はどちらかというとポップスがやりたくて別の道を歩む事になりました。しかしその後も彼が「キャメルランド」というバンドでデビューした時は曲を提供したり、稲垣潤一のバックをやってる時はゲストで呼ばれ、フジテレビの「夜のヒットスタジオ」という番組で一緒に演奏したり、つかず離れずの関係でした。別に仕事でなくてもよく二人で練習していたのですが、それを見ていたプロデューサー青木幹夫氏が作らせてくれたのがアルバム「Water Colors」です。その時はまだ二人でバンドをやろうとは考えていませんでしたが、ビレッジレコードのイベントに二人で出演した事をきっかけに「あんみつ」を計画するようになりました。やり始めると楽しくて、ま、地味な二人なのでお喋りに難あり、緊張しいな二人でもあるので本番の演奏に難あり?…で大変ですが(笑)。それでも2003年秋のミニ・ツアーではなかなか好い感触を得て、これからもっともっとライブを頑張ろうと考えている昨今です。もちろんアルバムを作りたい!という思いも大きく膨らんでいます!
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Masahiro Andoh -1-
Yuhji Mikuriya
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