甲 賀 三 郎 の 伝 説  
 こうがのさぶろうのでんせつ 

このページでは北佐久地方に伝わる話を紹介いたします。
「甲賀三郎の伝説2」では南佐久地方のほか日本各地に伝わる話を紹介いたします。また、巻末に「甲賀三郎の一説」を収録いたしました。

真楽寺大沼の池に伝わる甲賀三郎大蛇化身の伝説は、スケールの大きさにおいて、佐久地方というよりは信州全体から見てもその最たるものであろう。この土地にいつ頃から語り継がれたものかは詳(つまび)らかでないが、「北佐久口碑伝説集」(1)によると、

昔、甲賀三郎という人が、非常な美人を連れ合いとしていたが、三郎には二人の兄があって、この見目よい佳人を持つ三郎の幸福をうらやみ何とかして無い者にして、美しい女を我が者にしようとした。それで三郎を偽って蓼科山に誘い、非常に深い人穴の上に連れて行き、この穴の中に貴重な宝物があるから取って来いと命じた。正直な三郎は兄たちの詐(いつわ)りとは知らず、藤の蔓に掴まってこの深い人穴の中へ下りて行った。兄たちはさっそくその藤蔓を切断してしまったので、奈落の底へ落ちてしまった。美しい妻は夫の後を慕って、同じくこの人穴から暗黒の底へと飛び込んで行った。

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ようやく助かった三郎は、一刻も早くこの闇の世界から逃れて、恋しい妻に会おうとして真っ暗な世界をさ迷った末、ようやく真楽寺の大沼の池に光明を見つけ、外に出ることが出来た。しかし、その時は彼の五体はすべて鱗で包まれた巨大な蛇身と化して居た。蛇身の三郎は蓼科の頂を指してずるずると沼をはい出た。大沼の池から約三町ばかりくだったみちばたの草むらの中に、真ん中の窪んだ石がある。この石は蛇身の三郎が通った跡だと村人は伝えている。甲賀三郎は近津(ちかつ)の森に来て後を振り返って見た。しかしその尾はまだ出きらないので、「まだ近い。」といって前へ進んだ。近津の名はこれから出たのだという。南を指して進んだ三郎は、とうとう蓼科山の頂まで来てしまい、そこで再び振り向くと、前山の貞祥寺の松の枝に尾が垂れていた。尾垂山貞祥寺というのはこの古伝からだという。なお、尾垂れの松がある。三郎は遂に諏訪に至り神になった。諏訪明神がこれである。

とあり、南佐久地方でもほぼ同じ形で伝承されているが、「南佐久口碑伝説集」(2)には、その外に次のような説話も記録されている。

説明
(1)「北佐久口碑伝説集」昭和9年■■北佐久教育委員会編
(2)「南佐久口碑伝説集」昭和14年南佐久教育委員会編

「ふるさと御代田」1974年


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