人工股関節の最新治療といわれるMIS(最小侵襲手術法)について

最近最小侵襲手術法という名称が股関節外科の世界にも出現してきた。人工股関節手術に
おいて、いかにも素晴らしい技術であるかのように、宣伝されている。新聞紙上でも傷が小さく
社会復帰も早い等と紹介され、多くの読者が良い方法が開発されたものだと興味をひかれた
事と思う。

この最小侵襲手術法という考え方は、そもそもは内視鏡手術の発達によりもたらされたもので
ある。腹腔鏡による胆嚢摘出術は開腹手術と比べてはるかに低侵襲でありその成績も安定
している。社会復帰も早く、整容的にも傷が小さいので、医師も患者も家族も一致して優れた
手術法と認識できる。これは、今まで開腹しなければ見えなかった部分が腹腔鏡という道具と
手法によってよく見えるようになり、安全に正確に手術が行えるようになったからである。

手術を行なう時のさまざまな要因の優先順位を考えてみよう。
手術を行なうにあたって、最優先されるのはなんといっても安全におこなうことであり、次に目的の
手術を正確に行なうことである。この2点こそが、ないがしろにしてはならない手術の両輪である。
胆嚢摘出術における腹腔鏡手術はこの両輪をないがしろにはしていない。なぜならば、腹腔鏡
という新しい道具と手法ができ、胆嚢摘出術に必要十分な視野が開腹しなくても得られるように
なったからである。人工股関節におけるMIS(最小侵襲手術法)は果たしてどうだろうか、傷を
小さくする、筋肉を余りたくさん切らないというのが人工股関節におけるMIS(最小侵襲手術法)
なのだが、本質的な手法は従来と全く変わらないのである。そのため手術の両輪をないがしろに
してしまう手術法になってしまう可能性をはらんでいると考えられる。

人工股関節のMIS(最小侵襲手術法)は、私の見るところでは、見えにくいところで手術を行な
うための道具をいろいろ作って、無理矢理、傷を小さくしている手術と言えるのではないかと思う。
要するに、腹腔鏡手術のように、従来とは全く異なった道具、手法があっての最小侵襲ではなく、
従来の方法とは本質的には全く変わらない方法であるのに、傷を小さくするためにいろいろな
道具を使って、よく見えないけど頑張りましょうという手術なのである。
手術の両輪を忘れている手術である。患者にとって傷が小さい方が有り難いというのは当然の
ことであり、手術の両輪を忘れないで、できるかぎり傷を小さくできればメリットがあるといえるだろう。
しかし傷を7cm以下でするということが優先事項になってしまうとそれは大きな問題なのである。
良く見える手術野でこそ安全で正確な手術ができるのである。即ち、小さな傷で手術野がよく
見えないのであれば、ためらわず傷を大きくする必要があるし、そうすべきなのである。

過日、泌尿器科での腹腔鏡手術で患者さんを死亡させてしまった事件が大きく報道されたことは
まだ記憶に新しいが、この事件こそ象徴的な事件だと思う。この医者は完全に手術の両輪を
忘れてしまっていた。腹腔鏡という方法で行なうということに最後までこだわり過ぎた。
見えなくなったらすぐに開腹してよく見えるようにして安全を得るということを優先できなかった。
本末顛倒である。病気を安全に治療するという目的に向かうのではなく、内視鏡で手術を行なう
という目的に向かってしまった。手術者の中で目的がすりかわってしまっているのだが、手術者本人は
それに気付かないまま不幸な結末に向かってひた走るのである。これは極端な例である。

しかし、死亡するというとても不幸なことにまでは至らないが、ちょっと見えにくいために不正確な手術
になってしまう可能性はもっと高いのである。不正確な手術になっても傷は小さいまま手術は終えら
れる。人工股関節の場合、残念ながら数年の間は患者さん本人にはその差は感じられない。
不正確な手術の影響が表れるにはもう少し長い期間がかかると思われる。ほとんどの場合は
不正確な手術によって影響を受けるのは耐用年数なのであって、手術後には痛みがとれることは
変わらないので患者さんにはわからないのである。

手術を行なう側としては手術の両輪を忘れないで手術をするという大原則を守らなければならない
のだが、”MIS(最小侵襲手術)です。MISはとてもいいんです”などと声高にアドバルーンをあげる
ことにより、安全に正確にという大原則よりも、あげたアドバルーンを優先してしまうようなことがかなり
頻繁におこるのではないかと思われる。実際に、MIS法で行なわれた症例の術後のX線写真を
学会や医学雑誌上で見ると、人工臼蓋が理想的な位置よりもかなり高い位置に設置されていたり、
深く掘り込み過ぎた位置に設置されていたりする例に遭遇することが多いのである。
このようなことがおこるのは不幸なことに、安全に正確な手術を行なうために手術者が向かうべき
方向と、なるべく傷も筋肉も小さく切って手術を行なおうとする現在の人工股関節のMISの方向
とは逆向きだからなのである。傷がどんどん小さくなっていけば手術野はどんどん見えにくくなり、
安全も正確さも危うくなる方向に向かうからである。

従って、人工股関節におけるMISは、手術を行なう側の思想として間違っていると考えるのである。
人工股関節の歴史は50年以上になる。その間に色々な進歩があったが、全てが手術が安全に
正確に行なわれることや、人工関節の機能と耐用年数の向上を目指しての進歩であった。そして
人工股関節はいまやかなり成熟した治療法となり、多くの患者さんに福音をもたらしている。今後の
進歩もこれらを目指して欲しいと思うし、他の面での進歩も、今まで目指してきたものを犠牲に
しないで実現して欲しいと願うばかりである。

2005年3月9日 あすなろ整形外科 長谷川功

この一文に対し下記の先生方から賛成をいただきました。

・我汝会えにわ病院 増田武志先生

・くきた整形外科クリニック 久木田隆先生

・北海道整形外科記念病院 片山直行先生

・旭川医大整形外科 伊藤浩先生

・豊岡中央病院 寺西正先生

・高桑整形外科永山クリニック 高桑昌幸先生


Sorry Japanese only