InterBook"紙背人"の書斎(最終更新日時:10.9.6,4:12 PM


(小説習作)
清風荘

澤田 諭著



InterBook絶版の森



 折柄〔折りから〕、仙台の町並みは、名祭「七夕」の人出にごった返していた。この、牽牛
・織女の天河を越えての年一度の逢瀬を祝う、という素朴な伝説の星祭は、かつて“森〔杜〕の都”と呼ばれた仙台の風土には、如何にもぴったりの感がする。
 〔その昔の〕奥州伊達藩、独眼流〔竜〕政宗公が青葉城下、この繁み深いみちのくの古都の夏を飾った竹飾りは、辺りの緑と相まって、どんなにか風流な味をかもし出していた事であろう。
 七月七日が巡る度に、家々の軒はたんざくに飾られ、吹き流しが乱れる。人々は銀河の下の巷に溢れ、若者達は川辺につどう。あるは歌い、あるは想い、あるは論じ………。古き良き時代、大和の国の“聖夜”は静かにふける。
 突然、この平和な日本に「維新」の嵐が訪れ、近代化の波が荒々しく日本〔の岸〕を洗った。日本古来のものは音を立てゝ崩れ去り、世人は誰もが“欧化”をとなえ、世の欧化・欧化と湧〔沸〕き立つ頃〔に〕、この情緒溢れる風俗も〔また〕、次第に日本人の心から忘れ去られていった。
 何百年来、北国のきびしい自然に乏しく生きて来た東北の農民は、〔ともすれば〕この激しい時代の波に取り残され勝ちであった。純粋な七夕は、彼達〔ら〕の〔この〕素朴な心情の中に、辛うじて生き続けた〔のである〕。

 然〔しか〕し、仙台は変わった。明治の世も遠く過ぎた今日、この仙台の空に、豪華絢爛たる竹飾りが、華麗優美この上なくたなびいている。
 辺境東北の“都”をもって任ずる仙台は、今や五十万の人口を抱える大都市に発展した。仙台は全国有数の消費都市として“鳴り”、商業は目紛〔まぐ〕るしく発展した。近頃、全国に吹き荒れている“スーパー旋風”もいち早くこの地を見舞い、スーパーマーケットの進出は華々しく、“商業戦争”今たけなわという処である。幸か不幸か、この町に工業は起こ〔興〕らなかった。「近代都市仙台」は「商業都市仙台」である。仙台は、最早“素朴な町”ではなかった。
 元々商人は、“人をだます事”にかけては天才である。貪欲なる“アキンド”の手はこの純朴なる乙女に延び、さながら厚化粧の遊女の如くにも毒々しく竹飾りを飾り立て、軒並みに軒〔妍〕を競ってなまめかせて、誘惑にこれ努めさせている。路傍の遊女は、華やかなる衣装の下できっと泣いているに違い無い。
 〔さて、〕祭の三日間というもの、町は人並みに埋まる。遊女を餌にしての釣りは、盛況の様である。元来、男は遊女の色香に迷うし、魚というものは、ピテカントロプスの時代依り、性懲りもなく餌に喰らいつく〔ものだ〕。長い未来も亦、そうあるものであるらしいのだ。
 ともあれ、仙台を訪れる外人さんは、大げさなジェスチャーで“ワンダフル”というし、観光客は湧いて尽きる事も無い。商人はボロモウケ。かくて、“センダイ七夕、ニッポンイチ”という事になっているらしい。
 仙台七夕は必ず雨に見舞われる、というジンクスがある。これは、きっと悲しい遊女の、うらめしい涙に違いない。

 既に、仙台の民は七夕を飾る事を忘れ、七夕は商店街の宣伝手段と成り果てた。殊に賑やかなのは、東北随一の繁華街をもって鳴るF通りとC通りで、“仙台七夕”は、実にこの二つの通りで持〔保〕っているのである。
 多く歩いている人はお上りさんであろうか。この祭には、近隣在郷の人達がことごとく集うのである。人々は、吹き流しをもてあそび乍らのんびりと往来する。

 突然、この人混みの中に、横合の通りから一台の運搬自転車が割り込み、雄〔悠〕々〔と〕F通りを逆上〔遡〕り始めた。慌てたのはお巡りさん、喚き乍ら、人混みの中を息せき切って縫う。いら立ゝしげな警官の声に、男はけげんそうに立ち止まり、初めて頭に手をやった。男は、黙って、ズボンの尻から手帳を引き出した。
 『身分証明書 No.133  下記の者は当校の生徒である事を証明する。 電子工学科二年
  鳳健二郎 昭和21年7月11月生 E工業高等学校長』
 〔さても〕見事な五厘刈りである。E工高では“断髪令”を断行している。御前達はイコール・オア小也〔≦〕囚人、という訳である。かくて彼達は、明治維新に於いて誇り高きチョンマゲを切られて一躍近代人たり、この“断髪令ジュニアー”に寄〔因〕って“近代人”に亦々箔がついた〔という〕訳である。言うなれば、彼達は“近代人の中の近代人”たる事になり、来る可き二十一世紀のトップヘアスタイルは、“イガグリモード”という事にでも成るのかしらん。
 “そんな無茶な、しゃらくせえ”てんで、ある時、“囚人宣言”を喰らった生徒〔たち〕は、総出で開校以来のデモンストレーションを強行した。“授業放棄”、労働組合ならば、さしずめ“勤務時間に喰い込む職場大会”という処だろうが、何の事は無い、体のイイ“集団サボリ”である。
 大体、この仙台という町は、多分に“変テコ”な町である。───「男女七才にして、席を同じうせず。」この金言は、今も仙台の町に残生している。この町には〔、ただの〕一個の共学高校もない。加える〔に〕“イガグリ頭”、「学都仙台」には、極めて異様な空気が漂い、巷の悲劇・喜劇も〔また〕こもごもである。
 商家というものは、多分に封建的なものである。商業都市仙台の悲しい側面かもしれない。そんな事をやっているから、〔他県資本の〕スーパーに先を越されちゃうんだ、と言ゝたい。

 雑草の執念、恐ろしい生命力、それは〔が〕そのまゝ鳳の命だ。“しいたげられる程に、雑草は伸びる”〔、〕この黄金律こそ、実に、彼を今日まで支えて来たものである。
 「温室育ちの高級草花」、その冷華な言葉は、彼の軽蔑に値した。
 「剛健」、鳳はその言葉を狂愛した。彼は純然たる硬派を自称し、軟派を見れば吠〔吐〕き気を催し、インテリぶった奴を見れば胸がムカムカする〔した〕。
 “かみそりよりも「なた〔鉈〕」になれ。かみそりに大樹は倒せぬ”それが彼の信条である。
 剛健、剛健、彼はその言葉を追った。一歩彼の部屋に入れば、壁、扉は、その狂信狂愛する言葉で埋ま〔ってい〕る。「正義」「完全」………
 字は下手だ。“ミミズ流芸術”と友人は言う。その芸術にも〔、このごろ〕増〔益〕々磨きがかかっている。そう、無茶な奴だ。家康でも秀吉でもなく、彼を魅力のとりことしたのは信長であった。「 Going my way.」「Singing my song.」「Living in my world. 」こんなのもあった。
 鳳健二郎は、まさしく“矛盾の塊”である。「一体、俺は誰なんだ」、彼はしばしば絶叫した。ある瞬間に、彼は限り無い誇りと希望に輝き、ある時には空しく苦悩する姿となり、遂にある時は廃人に似る。「鳳家」を主張する彼の目は異様に燃え上がり、「武士道」を力説する彼が、ある時は封建の罪を攻撃する徒に化す。インテリを軽蔑する彼は、時として極端なインテリジェントに一変する。
 極端な自尊心と卑下心、封建制〔性〕と超近代性、インテリと反インテリ、資本主義と共産主義、十と一、火と水、それらの両極端が、彼の内に複雑に雑居しているのだ。ある時は右、左、上、下〔と〕、それらは目紛〔まぐ〕るしく交代する。
 「俺は二重でも四重でもない。俺は矢張俺だ。唯、俺が一人で無い丈なんだ。」と彼は“俺”に言い聞かせた。
 ある友人は、「曇眼」と忠告した。何を非難しているのか、何を悲しんでいるのか、何を怒っているのか、あわれんでいるのか。“冷剛且つ批判的な眼差し”それが彼の描いているイメージなのである。そのイメージが出来そうにも無いので、こんなシカメッ面で代償しているのだそうな。彼に言わせれば、年中顔の神経のたるんでいる奴は、馬鹿か気違いである、という事だ。
 一教師は“憎悪の眼”とものゝしった。この教師は、「エゴイスト、人間のクズ」とも及言した。〔じつは、〕この若い教師を、彼は尊敬していた。多くの老師の中で、彼は一人気を吐いていた。その言葉が出たのは、若教師の悟り顔が妙に鼻につき始めた矢先〔のこと〕であった。複雑怪奇な人間の心を誰が一眼の内に読み取れよう、神〔で〕さえ出来なかったでは無いか。増して〔や〕、この俺の心を………。出来たとしたら、彼にもう生きる必要は無い。蓮座の上に掛けるが良かるる〔ろう〕。行動に表〔現〕して訴える可き事を、アラワナ言葉に聞いて、彼は浅ましさに耳をおおった。彼様な大言を公衆の面前で吠〔吐〕くとは、“能ある鷹は爪を隠す”、その言葉を教えてやりたかった。

 〔ところで、この〕アルバイトの間中、鳳は遠縁の親戚の家に宿した。彼はそこに、もう一つの“鳳家”を発見した。
 鳳の生家は県北の農村〔家〕で、そこはイワユル源氏の世からの鳳家の“御本家”である。どうせ、名も無い田舎侍に過ぎないのであろうが、彼は鳳家の“血”を誇っていた。この家は、その何代目かの分家であるとか。彼は、この“同じ鳳家の血をひく者”に会した事に、感動した。然しそこには、全く別の“鳳家”があった〔のである〕。
 この家に住む者は四人。主、妻、娘そして祖母。祖母は〔さっそく〕古い系図を持ち出し〔て〕、「鳳家」を説いた。健二郎は、いちいちそれに感動した。然し、二代離れたその家の娘には、ほとんど興味も湧かぬらしかった。彼女は、健二郎が自分と同じ姓を名乗っている事が〔に〕、さも不審気であった。
 一人娘の名は香澄といった。鳳香澄、年は二つ程下の筈である。自由でノビノビした明るさは、真に両親の愛情を思わせる。健康な美しさに溢れた香澄に、鳳は当惑した。彼の脳裏には、未だに平安朝の十二一〔単〕衣をまとった女性像が生きていたのである。“大和撫子”、それは香澄ではなかった。

 F通りの店へは、七時に出た。距離〔時間〕は十五分程で、格〔恰〕好の散歩に等しかった。小売に卸売を兼ねた、二・三十人の社員を抱える小社で、鳳は主に卸売の配達にたずさわった。運搬車を足に毎日東奔西走、倉庫整理、荷作り〔と〕、余り結構とも言えない。
 化粧のけばけばしい、皆に“ナッチャン”と愛称される店員の振る舞いが、一番目立った。彼女の大人がましい行動も不潔に思えた。鳳は彼女を憎悪した。鳳は、急にこの大人の世界に入って、困惑していた。初めての経験ではあったし。
 別に鳳は、富士なる女店員に、あるやすらぎを覚えた。少なくとも、彼女は娘らしくあり、“大和撫子的な”ものも持っていた。

 ある雨の日、〔雨を〕ついて彼は配達に出た。Mデパートの処には、“ナッチャン”が、着飾って勝気想〔そう〕に待っていた。デパートの様な大口の配達は、自動車に寄〔拠〕る。不意の雨で車道の両脇は泥水が渦巻いていた。軽装の鳳は、ズック〔靴〕の白さを想い浮かべて、困惑した。〔と、やおら、〕白い、やゝかがとの高いサンダルをはいた、形のいゝ足が、黒い水を漕いだ。鳳は、しばし唖然とした。奇跡が起こったのだ。彼は、唯慌てゝ制〔抑〕えようとした。しかし、声には成らず、手丈が動いた。ナッチャンは、にっこり笑っていた。
 仕事を終わって、涼しい広瀬河野辺りを散歩していた時も、鳳はナッチャンの白い足ばかりを思い浮かべた。然し彼は、あの時から一ぺんにナッチャンが好きになったのだ、という事は解〔判〕っていた。

 鳳家は、この広瀬川の川端に、木々の緑に包まれてある。窓下は断崖絶壁、開け放たれた窓からは、木々を伝う川風が涼しく迷い来る。青葉山、八木山を望む景色は実に素晴らしく、ひっ切りなしにセミの声さえする。表の騒音を除けば、こゝが仙台とは思えない程である。〔初めてここに〕来た時、鳳が「旅館でもやったらどうですか」といったら、香澄が「そうよ、“清風荘”ヨ」とといって笑った。それ程素晴らしい。
 川風の涼しさに比して、この家の中は、暖かさでいっぱいだった。一人娘への親の愛は限りが無かった。家族の者全てが仲睦まじく、家の中には常に花が咲いていた。両親のただれる様な愛の中で、然し娘は天使の様に美しく育っていた。この家の中では、どんな悪人も微笑まずにはいられないのではないか、と思われた。それは、幸福そのものだった。

 家の者は、鳳を家族の一として遇した。鳳は、彼達の間にとろけてしまいそうであった。〔が、〕然し、彼は遂に溶け切らなかった。彼は次第に、心にある圧迫を感じた。家族の者と顔を合わせるのが何故か辛くなった。鳳は、我が家に帰れる日を、指折り数えて待つ人に成った。仕事を終えても、気軽にその家の門をくゞれなかった。何度も門を前後した末、肝を決めて、敵陣に乗り込む思いで扉を開くのだった。

 「只今」と言えば、家族の者は皆出て迎え〔てくれ〕た。〔しかし、〕それさえも、鳳は苦に思う様になった。この家の中で、唯一人鳳のみ〔が〕、暗い想いをしていた。鳳は、〔まさに〕泥沼へ落ち込む思いであった。生活の調子が乱れた。余計疲れて、それで、夜は眠れなかった。彼は自らを攻〔責〕めた、恥じた。その自問は、却って彼を沈ませた。彼は、唯意思の無い人の様に生きた。
 鳳は、面喰らったのである。彼の無茶は、通す可きものも見当たらなかった。彼の「なた」は、振るう可き大樹が見つからなかった。彼の批判の目を、浴びせる可き〔何〕物も無かった。“不屈の生命力”は、それを発揮する物〔場〕が無かった。彼は完全に面喰らった、成(為〕す可き事が無かったのである。
 彼は、無力に等しかった。鳳健二郎は、既に存在す可き意義を失っていたのである。

 ナッチャンの姿は、あれ以後見る事が出来なかった。
 〔そのうえ、〕村上という中年の部長と富士の、嫌な事を見た。富士は、とりとめ〔しまり〕がなかった。だらだらと何処迄も続いて、とどまる処を知らないらしい。鳳は、改めてナッチャン〔のこと〕を思った。蓮葉想〔そう〕に見えた彼女の生活には、想えば、けじめがついていた事を思った。仕事は仕事、ツキアイはツキアイ。彼女は自分を主役に、自分の世界に、自分の思う〔が〕ままに生きていた、………強く。


 〔いよいよ〕清風荘を辞する時、祖母と両親は外に出て〔いて〕、娘一人が残っていた。娘は言った、「亦いらっしてね」〔と〕………
 「俺が今度この家を訪ねるのは、何時〔のこと〕だろう」、鳳は思った。「〔はたして、〕その日は来るだろうか?」

 鳳は、今も〔ときどき、〕フッと清風荘の事を思い出し〔て〕、非常になつかしくも思い、亦訪ね堅〔難〕くも想うのである。
 雑草は、処〔所〕詮雑草。雑草は、余りに濃い肥料の中では、却って根が浮いて、育たないものであるという。肥料が濃過ぎたのだ!
 やがて、彼の壁には、〔例の〕“〔ミミズ流〕芸術”が一つ増えた。その詞は、「愛」

(終わり)



『清風荘』(小説習作) 附 日記抄
1963 初版発行
2010.3.17 Web版初版発行
著 者 澤田 諭
発行者 澤田 諭
発行所 InterBook絶版の森
所在地 150-0012 東京都渋谷区広尾5-7-3-614
電 話 03-3446-1048

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