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1977 夏・記憶に残されたウエストコースト旅日記
Chapter 14
ラス・ヴェガスを経由して
Via Las Vegas.
  ロサンゼルスの次に僕らが目指したのはグランドキャニオンでした。出発はナッツベリーファームに行った翌日、8月25日。午前11時にホリディ・インの前からタクシーに乗り、L.A.エアポートへ。グランドキャニオンへの中継地はラス・ヴェガス。マッカラン空港行きのウエスタンエアラインは、午後2時発のフライトでした。

 僕らの心は軽かったのではないでしょうか。なぜなら、ラス・ヴェガスでは現地でホテルを探す必要がなかったからです。バーバラさんがこの飛行機の予約と一緒に、ラス・ヴェガスのホリディ・インを予約してくれていたのです。彼女が手渡してくれたメモには、1時15分にチケットを買うこと、チケット代はひとり39ドルであること、ラス・ヴェガスには2時50分に到着することが書かれていました。細やかな配慮には、今でも頭が下がります。
ホリデイ・インの窓から見えた風景。デザート・ヴューとでもいうのでしょうか、土っぽい風景が広がっています。

 飛行機がL.A.空港を飛び立つとまもなく、砂漠の景色が窓外に見えはじめました。日本では見ることのできない心の浮き立つような広い風景です。この先の地に、ラス・ヴェガスは孤島のように街を形成しています。
 ずいぶんと後になって仕事の都合上、夜のフライトでL.A.からラス・ヴェガスに向かったことがあります。真っ暗な空の彼方に浮かんだ点のようなかすかな光に気が付き、凝視していると、ダイヤモンドのような光は徐々に大きくなっていきました。その光は、ラス・ヴェガスが街ぐるみで発光するネオンの灯りだったのです。その情景に、僕はラス・ヴェガスは宝石のようであり、砂漠という大海に浮かぶネオンの島だと再確認したものです。

 マッカラン空港に着くと僕らを迎えてくれたのは、赤の絨毯と派手なスロットマシーンの列。街全体でエンターテイメントしているかのような印象が、深い感動を与えてくれました。
 バゲージクレイムで荷物待ちをしているときに、ふたりの日本人女性を見かけました。ふたりでお揃いのコーデュロイのストレートジーンズにスニーカー、カリフォルニア大学のTシャツを着ていました。これが、1977年の最新トレンドファッションでした。今、彼女たちの40代後半という時間の中で、アメリカ体験はどのように左右しているのでしょうか。

 荷物が出てくると僕らはタクシーでホリデイ・インに向かいました。運転手によると、ラス・ヴェガスにはホリデイ・インがふたつあり、ショウボートのかたちをしたカジノのある方か、センターストリップの方か、と聞かれました。ホリデイ・インがふたつもあるとは初耳でしたので、バーバラさんが書いてくれたメモを運転手に渡しました。
 運転手はまずセンターストリップへと車を走らせ、前に着くとメモとホリデイ・インの看板を見比べ「ここではない」と呟くと、ショウボートのある方へと向かいました。なんだか損をしたような気分だったことは否めません。
 ホリデイ・インでは頭にポマードをべったりとつけたフィリピン系のポーターが、僕らの荷物を部屋まで運んでくれました。彼はショーなどのイベントに関してかなり早口でまくしたてました。マニュアルにあるのでしょうか、彼の声には表情というものがまったくありませんでした。彼が笑顔を見せたのは、部屋についてチップを手渡した瞬間だけでした。


Gパーソンズのジャケット ヴェガス・ブックマッチ バーバラさんのメモ
グラム・パーソンズの1974年作「Grievous Angel」。「Las Vegas」という曲がB面に収録されています。イーグルスの初代メンバー、バーニーも参加しています。 ラス・ヴェガス・ホリデイ・インのブックマッチ。ニューオリンズを思わせるボート型の建物がカジノ・スペースです。 ラス・ヴェガス行きの飛行機に関するバーバラさんのメモ。日本人には書けない筆跡に当時は憧れたものです。

 ラス・ヴェガスという非日常の場で繰り返される日常の一端に触れた後、僕らはホリディ・インのプールへ行きました。プールは三つ葉型。モチーフがトランプのクローバーだということは容易に想像がつきますね。
 プールサイドにいたのは、リタイアしたと思われるお年寄りとこども達ばかり。いわゆるナカ抜きです。水は冷たく、僕らは泳ぐというより、周囲の人たちと同様にプールサイドで、傾きかけた土っぽい陽射しを浴びてぼんやりとしていたような記憶があります。
 日光浴をしている人たちは、今から考えると何もしないためのバケーションのひとこまというよりも、夜のカジノに備えた充電時間にくつろいでいたのではないでしょうか。

 そんなレイドバックしまくった空気を、ひとりの初老の男性が塗り替えてくれました。三つ葉型のプールは、葉と柄の部分にロープが張られており、柄の部分は浅く子供用。水深のある葉の部分は大人用で、飛び込み台もありました。彼は、その飛び込み台にゆっくりとのぼると、大きな水しぶきを上げて見事なダイブを披露してくれました。
 飛び込みの勢いでプールサイドにまで進み、僕らの目の前でプールから上がった彼は、笑顔で一言。「泳ぐには狭すぎるね」。クールでした。

 僕らは翌日、狭いどころかどこまで走っても、目的地とするグランドキャニオンをたぐり寄せられないような感覚に包まれた、広大な砂漠地帯へと足を踏み入れます。その印象が強いのか、ラスベガスでの時間は、僕の記憶には、このプールでのひとときしか残されていません。
 メモには、ホリデイ・インのレストランで夕食を摂り、カジノで少し遊んだと書いてありますが……。

to be continue
Buddy Kobayashi