Bar461 HomeMapMenuDetailMusicLiveOnOffLink

久々に音楽ライター大友博氏より寄稿をいただきました。
5月の連休中にイギリス、ロイヤルアルバートホールで行われた
「クリーム再結成コンサート」のリポートです。
氏ならではの視点をお楽しみ下さい。 (2005.5.24)

3 DAYS IN LONDON ; CREAM REUNION CONCERTS AND A SHORT TRIP TO EC'S HOMETOWN.
 チケットはなんとかなりそうですよ、という連絡を仕事関係の仲間からもらったのは、4月20 日前後のことだった。どうしたものか。僕は人込みがなによりも嫌い。連休期間に旅をするなんてことは、極力避けて生きてきた。だからこそ、デメリットを覚悟のうえで、フリーランスとしての仕事をつづけてきたのではないか。でも、まあ、仕方がない。こればかりは、少し無理をしても観ておいたほうがいいだろう。悔いは残したくない。

 なんとか航空券やホテルを確保し、あれこれと仕事を片付けて成田に向かったのは、5月5日。12時間のフライト。時差、8時間。同じ日の午後3時にヒースロー空港に着き、8時からスタートするコンサートに向かうという、けっこうすれすれのスケジュールだった。

 36年半ぶりということになるクリームの再結成コンサート。会場は、若き日の彼らが、わずか2年の活動に終止符を打った場所でもあるロイヤル・アルバート・ホール。4日間、延べ2万人分のチケットはあっという間に売り切れてしまい、一部では20万円以上で取り引きされていたという。

 「アイム・ソー・グラッド」で幕を開け、アンコールは「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」で締めくくった2時間にわたるステージについては、すでにインターネットやニュースなどで情報を得られているはず。あまり時間を置かずにDVDが発売されるはずなので詳しいことは書かないでおくが、妙にセンチメンタルなところがなく、すっかり歳をとってしまったオーディエンスも含めて、会場全体に同窓会的というべきか、あるいは祝祭的とでも呼びたいような、なんとも表現しがたい独特の雰囲気が漂っていたことを報告しておこう。

 すでに全員が60台に突入しているメンバー3人のパワー不足は、やはり否定できないことだった。クラプトンとブルースが苦笑いしながら視線を交わすシーンも何度か目撃している。しかし、サポート・メンバーは入れず、テンポもほとんど落とさず、もちろんキーも変えずにほぼ理想的なプログラムをこなした彼らからは、潔さのようなものさえ感じとることができた。

 やっぱり来てよかった、と、しみじみ思いながらリユニオン・コンサートを二日観たあとの翌日、これといった予定もなかったこともあり、ふと思いついて僕は、クラプトンの生まれ故郷、リプリーへと向かった。正直なところ、僕はそれほど熱心なクラプトン・ファンではないのだが、『レプタイル』を聴いて以来、リプリーという街には興味を持つようになっていたし、いずれにしても、彼のような特異なアーティストがいったいどんな街で幼少年期を送ったのかをちょっと見ておきたいな、と思ったのだ。
 ウォータールー駅から、あえて各駅停車に乗り、約1時間かけてまずワーキングという駅を目指す。そこからは、バス。次第に「田園地帯」というイメージが強くなっていき、30分後、僕は「リプリー郵便局前」という停留所でバスを降りた。

 その停留所を中心に、食料品店や理髪店など、店が数えるほど。高い建物は教会以外、まったくない(コナーの葬儀が行なわれた場所だという)。道路の両側に家が並び、その住居地域を少し外れると、どちらのサイドにも豊かな緑がはるか彼方まで広がっている。そんな土地だ。たまたまその日は快晴だったため、気持のよい時間を過ごすことができたが、重たい雲におおわれた日々がつづいたら、滅入ってしまうだろうな、などと思ったりもしてしまった。

 帰りのバスの時間をチェックすると、ワーキングに戻る便は1時間に1本しか出ていなかった。土曜日は、夕方まで。休日は、バスもお休み。45年前はもっともっと不便だったに違いない。

 予定の時間が過ぎても、バスはなかなかやって来ない。ベーカリーで買ったコーヒーはとっくに冷めてしまっていた。祖父母に買ってもらったギターを抱え、ロンドンに向かうため、薄暗い停留所でいつ来るともわからないバスを待つエリック少年を、僕は目を閉じて思い描いてみた。

大友博
Crean 2005 Reunion Photo by Hiroshi Otomo