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1977 夏・記憶に残されたウエストコースト旅日記
Chapter 4
小さいのは君の方さ
Small Man Talk
ケーブルカー事故 これがサンフランシスコのタワーレコードの外観。今では、マクドナルドと変わりのない帰化的なお馴染みのロゴでも、当時は憧れの聖地。興奮しました。

 1977年といえば、今のようにグローバルなネットワークはありませんから、アメリカ製品は見る物、触れる物なにもかもが珍しく物欲心をそそる物ばかりです。当然、僕らは行く先々で、コレクターズアイをガシッと見開き、心がときめいた瞬間に、その品々は個人所有の想い出を語る記念品となりました。 中でも、僕が熱心に物色したのはレコードと洋服でした。当時、日本にはタワーレコードなどはなく、レコードは、銀座のヤマハ、上野の蓄光堂、青山のパイドパイパー、御茶ノ水のディスクユニオン、秋葉原の石丸電気などで購入していたのです。そんな時代にあって、黄色ベースに赤文字で書かれたタワーレコードのロゴは憧れの的でした。

 サンフランシスコでタワーレコードを見つけたときには、もちろん外観をバックに記念撮影。そこで僕は4ドル5セントのタックスを含めて66ドル43セント、16枚のレコードを購入しました。細野晴臣さんのインタビュー記事で情報をインプットしておいたマーチン・デニーのフェイク南国エキゾチックサウンドのベスト盤が1ドル99セント、ロジャー・マッギンのファーストが2ドル99セント、で、「CSN」「ロング・メイ・ユー・ラン/スティルス・ヤング・バンド」「モア・スタッフ」「グッドニュース/アティチューズ」など、前年リリースを含めた当時の新譜が4ドル99セントでした。

ケーブルカー事故
サンフランシスコで購入したレコードの一部。左から
●イアン・マシューズの1974年盤[some days you eat the bear…and some days the bear eats you]…[Ol'55]やってます。
●CS&Nの1977年盤[CSN]…カーラジオで[Just A Song Before I Go]がよくかかってました。
●ケニー・ロギンスの1977年盤[Celebrate Me Home]…AORのはしり的サウンドで心和みます。
●マーチン・デニーのカットアウトベスト盤。…ギトギト、ドキドキのフェイクなトロピカルサウンド、しびれます。

 ということで、僕はこの旅行中、手に入れたレコードをスーツケースに入れて移動するわけですが、最後には40数枚のレコードでスーツケースはパンパンになっていました。羽田空港から家に帰るときに乗ったタクシーのドライバーは、スーツケースをトランクに入れるときに、予想以上の重さにタイミングを崩し爪を割ってしまい、運転中、ずっとブツブツ言っていましたっけ。これも、今となってはいい想い出です。まあ、ドラバーの脳裏には厄日として記憶されているとは思いますが。
 1ドルが約300円ですから、新譜は1枚1500円(後にもっと安いお店を見つけました)くらいになります。まあ安いのは安いのですが、これだけの量を買ったというのは、やはり本場の雰囲気のなせるワザだったのだと思います。これって、大事ですよね?ほら、461のあの心地よい空気感と同じです。

 このように僕はレコード買いにより、本場の音楽シーンに触れようとしていたわけですが、席亭はちょっと違う方向からアプローチを試みたようです。3人&2人で別行動をしていた日の夕方、パウエルホテル付近の街角で、5人がばったり出会ったときのことです。僕とは別グループで行動していた席亭はイアホンをしていて、そのコードの先を辿ると手にはコンパクトラジオがありました。それはソニー製のラジオで、旅のメンバーは「え””””〜、ラジィオぅぉ〜〜〜、なんでソニーなんかい!?分からんなあ」などと、非情なコメントを浴びせかけたことを思い出します(スマン!)。

 でも、今思い返すと、僕のレコード買いに比べたら、ずっとライブなアプローチを席亭はしていたわけです。たまに461のカウンターごしに「スティーリィ・ダン、よくかかってたよな」なんて、僕の記憶にはないことを言葉少なにポロリと席亭が語るのも、あのソニーのラジオの功績だと思うのです。他のメンバーは、コンサートは別として、リアルタイムに1977年の夏に流れていた音楽を、ロスで借りたレンタカーのカーラジオでしか聴いていない筈。ソニーを選んだというのも、きちんとリアルタイムの音を聴くための性能を優先した選択だったのでしょう。僕らの見当はずれのお節介なコメントに対して、席亭がそんな反論をしていたことをうっすらと思い出します。うんうん、大したものです。

 洋服に関しては、マーケットストリート沿いにあったカプランズというサープラスショップに何回か足を運びました。雑然とした店内は、正にアメカジ・アイテムの宝庫。おまけに当時のアメ横価格と比較しても、びっくりするほどの安さだったので大興奮したことを覚えています。
 僕はこの店でダンガリーシャツ(残念ながらブランドは覚えていません)とワシントンDCのウエスタンシャツを買い、席亭はフライのブーツを購入しています。

 そこで、アイテムはなんだったか忘れましたが、試着をしたときのこと。店員が「どう?」と聞くので「ちょっと大きいなあ」と応えると、店員は小さいサイズを持ってきます「う〜ん、まだtoo Bigかな」……こんなことがもう1回くらい繰り返した後、ヤツは言い放ちました「お前さんがtoo Smallなのサ」って。やれやれ、です。
 そのお店の並びにあったレッドウイングの専門店ではワークブーツを買おうとすると、6も61/2も品切れ。で、ここの店員には「そのサイズは、日本人のツーリストがみんな買ってっちゃったよ。1ヶ月後に再入荷するからもう一度お出で」とも言われました。この日米間のサイズ問題の大きな溝は、この旅行中つきまとった超個人的な難問でした。

to be continue
Buddy Kobayashi