スタジオワーク見学記

某日・都内某スタジオ、晋様のスタジオワークを見学した。
"トランペットの仕事人"の現場での様子や仕事ぶりを少しでもご紹介できたら、と思う。
レコーディング知識のあまり無い方でもわかるように、別ファイルで注釈を設けた。
注釈ファイルは別ウィンドウで出るので、両方を照らし合わせてどうぞ。
赤字の部分は注釈で補足説明してある。参考にしてくれれば幸いである。

スタジオワークは何度か見学させていただいたが、今回はビッグバンド(でのRec.)と言うこともあり、ずっとわくわくどきどきしていた。
「録りは13時から、12時頃には入るから」とおっしゃっていたので早めに着くようにしたら11時半に着いてしまった。ちょっと早すぎたかなあ、と思いながらロビーで待っていた。ふっと我に返り、こんなトコ(ロビー)で待って居ちゃあ失礼だ、と思い玄関に出る。時間は12時10分前。続々とミュージシャンが入ってくる。ビッグバンドと言うことは聞いていたから、頭の中でメンバーを想像していた。その想像に違わない方々が入ってくるのだ。心は躍る。
そして12時20分、一台のタクシーが滑り込んでくる。数原さん登場!!挨拶を交わしてすぐにスタジオ内へ。

スタジオ内にはすでに入っていたミュージシャンの方々が談笑しておられる。数原さんもその和に入り談笑が始まる(ギターの大久保さんと話しておられた)。
晋様が「(イスの)並びは?」と誰かに聞く。
誰かが「いや、それを数原さんに聞こうと思って」と。見ると広いスタジオ内にイスが半円を描くように並んでいる。
「これ(半円)はよくないなあ、まっすぐ並ぼう」と晋様。
すぐさまイスの配置がまっすぐに並べ替えられた。(図参照。わかりやすいように各楽器のLead奏者は赤にした)


スタジオ配置図

スタジオ内部写真

上図のJake氏の辺りからドラムブースの方向を見たスタジオ内部(画像は当日の物ではない)

各自の居場所が決まり、ちらほらと楽器を出し始めた。数原さんも楽器を出してウォームアップを始める。
ウォームアップと言っても、エチュードやロングトーンをやるでもなくみんながみんな本当にぱらぱらと吹く程度。
晋様もぱらぱらと吹き、楽器ケースの中から小さな箱(7cm×10cm程度のピルケースのような物)を取り出す。中は6つの小部屋に仕切られていて、そこには楽器の部品などが所狭しと入っている。小さなリングを取り出し、吹いては装着し、外しては吹き、みたいなことを試しておられた。(このような風景は楽器屋などでお会いすると解説付きで実演して下さるのだが、さすがに仕事場、ご自分で細かい部分を確認するように作業しておられた。大体10分ほど。)
そうしている内に譜面が各奏者に配られる。曲数は2曲。数原さんの譜面台にも1st Trumpetと書かれた譜面が二部置かれた。が、いちいち確認するでもなく、またぱらぱら吹きだす。時々タバコを吸いながら、談笑しながら・・・。非常にリラックスした雰囲気で、たまにジョークも飛び交っている。
そうして15分ほど過ぎただろうか。時計を見ると13時。
「じゃ、やりましょうか。最初に、シンセで打ち込んだデモがあるので聞いて下さい」とアレンジャー兼ピアニストの信田氏が、コントロールルームからトークバックで話す。
アシスタントの方がヘッドフォンやイヤフォンを配り始めた。晋様は「僕はヘッドフォンを下さい」と最初にオーダーされた。最近では耳に直接掛けるタイプのイヤフォンがよく使われる。ステージやテレビなどのモニターにもよく使われるタイプだ。前にレコーディングに伺ったときには、ご自分専用のヘッドフォンを持っておられた。基本的に管楽器奏者は他の楽器奏者と違って、Rec.時にヘッドフォンを完全に装着することをしない。どちらか片側をかけてもう一方の耳は生音を聴く。そのための専用ヘッドフォンをご自分で作っておられた、つまり右側がはずしてあったのある。
晋様がやっと譜面に手をかける。デモが鳴り出す前から、赤マジックでダルセーニョとダカーポをそれぞれ丸と三角でマークする。この行為はいつもなさっていることで、晋様の右隣の3rdTp.林研一郎氏も同様のマークをしておられた。「お約束」という奴である。
デモが流れ始める。晋様は別に聴き入る風でもなく、タバコを吹かしたり、談笑したりしている。が!要所要所で譜面に色々書き込んでおられる。やはり聴いているのだ。
晋様が鉛筆を動かすたびにブラス隊の面々は同様の注意事項を譜面に書き込んでいく。言葉はない、これが仕事人なのである。
デモが終わる。信田氏がスタジオに入ってくる。と、ミュージシャンは各々、譜面の音チェックを信田氏に求める。デモを聴いて「?」と思った音を確認しているのだ。この間、デモが流れ始めてから10分(デモが4分ほど)。
「さ、それじゃやろうか」

キューボックスは8ch。私も晋様と同じボックスにヘッドフォンを入れさせて貰った。
「モニターのお知らせです。1,2番にミックス、3番にベース、4番にピアノ、5番にドラム、6番にギター、7番にブラス、8番がクリックです」トークバックでモニターの説明があった。晋様はそれを聞きながら、いちいちフェーダーを操作している。「7番にブラス」といった瞬間に7番のフェーダーをゼロに下げた。一瞬の早業であった。
本番時のキューボックスのバランスであるが、基本的にはクリックを最大にその他は程々に、みたいな感じであった。クリックを最大にすると、音が鳴っていない時などはヘッドフォンからクリック音が漏れてしまう、この音をマイクが拾ってしまうのだ。本番時、カウントの間は右手はキューボックスのクリックのフェーダーを持ったまま、フェーダーは下げた状態で曲に入る瞬間にフェーダーを最大に上げる、という荒技もやっておられた。

何が嬉しいって、今日はビッグバンドである。一発録りなのだ。これが嬉しかったのである。
とりあえずやろう、と言うことでクリックが流れ始める。そしてカウント。さっきまでタバコを吸って馬鹿話をしていた人たちが演奏を始める。
「え?!これが練習?」
先ほどまでのウォームアップとは明らかに音が違う。そのまま録ってもOKが出るんじゃないかと思うほどクオリティは高い。流石である。
一回目の練習が終わり、各々チェックをする。音の長さやニュアンスの決定、音の間違いの訂正、音量バランスの確認等。
晋様がぽつりと「本番の時はもう少し後ろに下がってね。視界に入ると気が散るから」。あまりにのめり込みすぎて前に前に行ってしまっていた。少し反省。
「じゃあもう一度練習」
一回目より確実に音楽が出来上がっているのがわかる。一回目よりも短い確認時間があり、
「じゃあ回しま〜す

いざ本番!

私は後ろにすっと下がった。
「ちょっと忙しいのでミュートのトコは吹きませんから」と晋様が言う。実際、ミュートの付け外しがタイトだった。オープンで吹いている状態から、一瞬でミュート演奏に、そしてすぐ外してオープンといった具合だった。が、練習の時はいちいちやっておられた。マイクを使う場合(Rec.やマイクを使ったライブ)ミュートを付けて演奏するだけでは不完全である、つまりマイクにぐっと近づいて演奏しなければならない。Rec.本番時にそれをやるよりも、後から入れれば良いことである。

そうして練習の時よりもさらに洗練された音楽が奏で始められる。そして終了。
口々に「イエ〜イ」「かっちょいい」などのかけ声や、笑い声などが出てくる。回っているときと回っていないときの緊張と緩和が手に取るようにわかる。
「確認します」とトークバック。終了後、リズム隊から差し替えの自己申告があり、それぞれ2〜3カ所を一瞬の早業で差し替えてリズム隊はとりあえずお疲れさま。
ブラスの方もTp,Tb,Sax,各2〜3カ所ずつ自己申告があり差し替え。差し替える場所によってはブラス全員でもう一度、という場所もあったのだが、それでも15分もかかっていないと思う。
「じゃあ、ミュートのトコやりま〜す」と晋様が言って、一発目・・・OK。じゃ、二回目(2コーラス目)・・・OK。ここも一瞬の早業。
これで一曲目は完成。一曲に1時間もかかっていなかった。譜面を手渡されてから、である。

流石というか何というか・・・驚嘆とはこのことであろう。数原さん一人(もしくは木管にもう一人くらい)のRec.で、オケが既に出来上がっていてブラスを乗せるだけ、という方法では無いのだ。ビッグバンド、一発録りから始まって終了まで1時間。全員がプロ中のプロである。
こういう現場を見ると、やっぱりスタジオ奏者が一番クオリティの高いミュージシャンだと痛感する。

Rec.中でもそこ個々にリラックスした空気はあった。晋様は本番中もタバコに火が点いたままで、8小節休み等があるとタバコを吸っておられた。それで吹く場所ではすぐさまタバコを灰皿に置いて完璧な演奏をこなす。

灰皿で思い出したことがある。楽器屋(アトリエだったかな?)で晋様に会ったときに、灰皿の話題が出たことがある。
楽器の改造についての話の流れで、「物事は合理的に考えなければならない」という話題だった。横にある灰皿を例にとって、「例えばこの灰皿、このままタバコを置いちゃうと落ちちゃうでしょ?で、こうする(と灰皿の受け皿の部分をひっくり返す)。ほら、落ちないでしょ。どうして最初からこういう風に作らないかな?」という話だった。灰皿はどこにでもあるような煙突形の奴で、上の皿が円錐状に真ん中に向けて窪んでいる。真ん中が空いていて下の吸い殻入れに落ちるタイプの奴である。そうなのである。そのまま置くと真ん中にするすると落ちていってしまうのだ。要するに、タバコは火を点けたら手でしっかり持っておけ、と言うことなのだろうか。灰皿業者ももう少し考えて欲しいモノである。今回のスタジオの灰皿はそういうタイプでなかったが、前述のタイプだったら晋様は間違いなくひっくり返していただろう。

閑話休題

一曲目が終わり、すぐさま二曲目に入ろうとするコントロールルームに晋様が5分の休憩を求める。
色んな人種が渦巻くレコーディングの現場なのだが、全員が晋様の一挙手一投足に関心を持つ。超一流のミュージシャンがここにいる、という空気があった。
休憩が終わり二曲目が始まる。一曲目と同じようにデモを聴いて練習を2〜3回、そして本番。ほとんど同じ進行で仕事は進む。
二曲目には晋様の譜面にSoloの文字が・・・。練習の時から渋く吹きこなしておられた。Soloの一部分に五線真ん中のG(実音F)でベンドがあった。二分音符なのだが、高いピッチからGに下りて再びベンドアップする。この部分をどうしようか迷っているらしかった。口だけでベンドをかけていたのだが、本番直前に3rdスライドの操作に切り替えられた。つまり2,3ポジション(G♯)で吹き初めてスライドでGに下りてふたたびスライドを戻す、というやり方だ。曲調とSoloの意味を瞬時に理解して判断する。これもスタジオ奏者の重要な仕事である。つまり、譜面を渡されてすぐに「音符を吹ける」というのだけではなく、「音楽が出来なければならない」のだ。

そんなわけで、二曲目も何の問題もなく録り終えた。例によってSoloは後から、である。
晋様がSoloで一発OKを出す。
コントロールから、Jake(A.Sax)がある部分の譜面をオクターブ上にして欲しいと依頼された。
「インプットで聴かせて下さい」
Jakeが吹く。・・・さっきより良いらしい。これで行くらしく「じゃあ、録りま〜す」とトークバック。
「え?録ってなかったの?」とJake。
で、同じ所を同じように吹く。
・・・「これ前の奴残ってるんじゃない?」とJake。
「知らない内にダブられてるんだよ」と晋様。笑いが起こる。
「すみません、もう一度お願いします。・・・ダブってませんから(笑)」トークバック。
こんな感じで本当に和やかな雰囲気だった。それ故その中にある緊張感は独特の物があった。
そして、この日のRec.はすべて終了。時間は16時過ぎ。17時までの予定だったらしいが1時間近く時間を残し終了。

各自楽器をしまい始めたその時、Saxセクションの方でCl.の音が聴こえた。
見るとJakeがCl.を取り出しハイノートを出している。その極意をSaxセクションの他の人たちに講義しているようだった。
晋様もJakeの方に歩み寄りその光景を見守っていた。他の管奏者も耳を傾けている。
木管には疎いのでどこをどうしているのかわからなかったが、「このキーを押さえないでもこの音は出るんだ」みたいな事だった。Jakeはなんともなく出すのだが他の人は出ない。「何か秘密のキーが付いてるんじゃないの?」みたいなジョークも飛び交い和気藹々とした雰囲気だった。
さっきまで「お仕事」をしていた人たちが楽器談義に華を咲かせている。本当に楽器が好きな人じゃないと出来ない職業だな、と改めて再認識した。

それから三々五々散っていき、スタジオ出口で請求書にサインして全て終了。
まさに職人技である。日本最高のセクションのレコーディング現場を目の当たりにした日だった。
私も次のレコーディングからはこうありたいモノだ、と痛烈に思った。

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