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養翠園庭園は紀州徳川家第十代藩主徳川治寶により造営された松を主体とした約33,000uにおよぶ大名庭園です。池は海水を取り入れた汐入りの池で全国的に珍しく、四季折々の花木が訪れる人々に季節を感じさせます。
庭園内には御茶屋 養翠亭が有り、茶室 実際庵(二畳台目)や左斜め登り御廊下など貴重な遺構が保存されております。養翠亭は平成3年より同6年にかけての文化庁所管の全面解体修理により往時の姿を留めております。
明治維新前までは五十五万五千石の大藩として、また、御三家の一と誇った旧藩主の遺跡として、旧地に旧状のままよく保存された庭園と建物で、文化財として国指定名勝の指定を受けています。

平成7年度にはNHK大河ドラマ「吉宗」のロケ地として庭園と建物で撮影が行われ放映されました。
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養翠園の説明



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月釜茶会「あさも会」


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交通・周辺案内図



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紀州徳川
家譜概表
国指定文化財
養翠園 正門

「名勝」養翠園庭園

〒641-0036 和歌山市西浜1164番地
TEL.FAX. 073-444-1430

2016年5月29日更新
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写真集



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国指定「名勝」庭園一覧


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庭園
実測図


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研究者のために
養翠亭解体修理報告書

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開園時間 年中無休 4/1〜8/31 9:00〜18:00
9/1〜3/31 9:00〜17:00
1/1のみ   11:00〜17:00
入園料の消費税対応について
26年4月1日以降も従来の入園料を据え置く事といたします。


入園料 大人 600円 中学生以上
小人 300円 小学生以下
入園割引券はここをクリックして下さい。
体割引 30名以上 1割引
50名以上 2割引


案内人について

 最近 団体でお越しの場合、案内人はいないのかというお問い合わせがございます。 残念ながら養翠園自体には案内人はおりませんが、和歌山市観光協会に「語り部」という制度があり、
和歌山市内の観光名所を付いて御説明する制度です。 語り部さんはボランティアでされており非常に勉強されております。 お問い合わせ、御依頼は下記にお願い申しあげます。


和歌山市観光協会事務局 073−433−8118

料金・・・「語り部」1人につき1時間 1,000円(10年4月現在)

     別途 交通費 1人につき1,000円必要

*ご案内する日時、場所、料金を観光協会事務局とご相談ください。



トピックス


平成28年5月1日(日)の「あさも会」がアップされました。 2016/5/29


2016年度ツツジは終了しました。

次は6月中旬のあじさいです。


2016/5/14


鴨 鴨 鴨 今年も鴨が渡ってきました。
昨年までは小鴨が多かったのですが今年は真鴨も多く渡ってきています。
現在、30羽ほど飛来してきています。1月にかけ、もっと増えると思います。4月位まで養翠園にいて又、シベリア方面に帰っていきます。 2015/10/22


平成27年9月19日、和歌山城西之丸に和歌山歴史館がオープンしました。 中に養翠園の茶室「実際庵」のレプリカが原寸大で作成されました。

長らく更新出来なかった国指定「名勝指定一覧」最新版平成27年7月1日現在を更新しました。 2015/9/23


2015年度 あじさい 終了しました。

この季節だけ「あじさい小路」を通っていただきます。
関西の梅雨入りと前後して一雨毎に色鮮やかにあじさいは咲いてまいります。今年は梅雨入りは早かったです
があじさいは色づいてきました。
養翠園のあじさいは日本原産のヤマアジサイ、ガクアジサイで「あじさい小路」と名付けた一角に咲き誇ります。

平成27年7月9日、花は有りますが、色あせてきましたので本年は終了とさせて戴きます。
来年の為に花は切ってしまいました。

2015/7/9



西 陽子さんの箏リサイタル
平成27年3月21日 湊御殿において箏曲家の西陽子さんを迎えて、「湊御殿で聴く箏と笙の調べ」コンサートが開かれました。 西陽子さん、笙奏者石川高さん、桐蔭高校箏曲部有志の皆さんの演奏で
来場者を堪能させてくださいました。



今年(2014)は鴨に混じって例年には見られない鳥が渡ってきていましたので
調べてみました。 オオバンでした。 全体に黒いですが、額が白、嘴が少しピ
ンクがかった白、と言う感じで、今のところ5羽確認しています。
全長30aくらいですが、かわいいです。

通年見られる鵜・青鷺の写真もアップします。

2014.11.22
オオバン 青鷺



平成26年2月14日 養翠園では6pの積雪になりました。和歌山市では近来にない積雪です。  写真は林和宏氏の提供。


★平成25年11月 9日(土)午後1時30分〜2時45分 湊御殿において「和歌山の歴史的建造物」映像上映会(終了しました)が開催されます。
★平成25年11月17日(日)午後2時〜3時 湊御殿において「湊御殿雅楽演奏会」(終了しました)が開催されます。 主催 和歌山雅楽会
両催しとも、お問い合わせは和歌山市教育委員会 文化振興課 пD073-435-1194




平成25年6月6・7日 第51回 文化財指定庭園保護協議会(指定庭園所有者管理者の会) 総会が当地和歌山で開催され、温山荘庭園・養翠園庭園・和歌山城二の丸庭園を視察しました。
又、平成25年6月21〜23日 岩手県盛岡市の旧南部家別邸庭園にて文化財庭園技術者協議会(指定庭園庭園管理技術者の育成)の技術研修ならびに公開講座・シンポジューム等が行われ、雪国の特殊
事情等、地元の植木職の方との交流・技術研磨が行われました。


和歌山市指定文化財湊御殿開催事業(第1回) 湊御殿の夕べ〜芸能と音楽〜 24年7月15日開催されました。
午後4時からの開催でしたのでまだ日差しが強く、観客の皆さんは日陰を選んでのご鑑賞でしたが盛会でした。
今後も良い企画を得て、湊御殿が活用されるよう願っています。 2012/7/16


平成24年4月1日より養翠園入園者は湊御殿の観覧が無料にになります。
平成18年10月に養翠園内に移築された和歌山市管理の「湊御殿」の観覧は有料で公開されていましたが、4月1日より養翠園入園者は養翠園の領収レシートの提示により無料で観覧して戴けることになりました。 養翠園を御見学の後、紀州藩の御殿建築を是非ご覧下さい。 2012/3/23

湊御殿(奥御殿)の概要

 湊御殿は、紀州藩2代藩主徳川光貞(みつさだ・1626〜1705)の隠居所として元禄11年(1698)に造営されました。隠居した藩主が生活するために、湊御殿の敷地内にはたくさんの建物が建てられ、その中の一つに今回移築された湊御殿(奥御殿)がありました。 湊御殿があった場所は、和歌山城より南西方向、現在の和歌山市湊御殿1丁目から3丁目にあたります。現在の地名は、この御殿があったことに由来しています。
 ところが、湊御殿は何度か火事になり多くの建物が焼失し、その都度再建されました。 移築された湊御殿(奥御殿)の建築年代については、移築工事中に小屋束から「天保四年四月十三日 改」と墨書きされた部材が発見されたことから、11代藩主徳川斉順(なりゆき・1801〜1846)が、消失した湊御殿の再建を天保3年(1832)に命じ、同5年に完成させたものと考えられています。
 再建された湊御殿は、江戸屋敷を模して広壮善美を尽くし、藩政の政庁としての機能を持った建造物群であり、重要な役割を担う場所となりましたが、今回の移築工事の過程で、部屋の天井隅にある油煙抜きにも「竹之御間北御入側」・「溜之御間」・小屋束に「波の御廊下 ぬ二 口込敷桁上」等の墨書が発見され、それぞれ「竹之間」・「溜之間」・「波の廊下」と呼ばれた部屋の存在が確認でき、またこれらの部屋の焼け残った部材をこの建物に再利用していたこともわかりました。
 明治になり、湊御殿にあった多くの建物は取り壊されましたが、いくつかの建物は寺院や個人の建物として移築されました。 この建物は明治初年に湊御殿から和歌浦東へ移築された後、今回、当地に移築されました。 
 建物は書院造りで、上の間(床の間のある部屋)・次の間・入側廊下などがあります。 柱(四寸七分角)は上質の栂柾材を使用し、太く武骨な感じで、武家住宅としての力強さを感じさせます。 また、長押をめぐらし、欄間がつけられた格式ある建物であることがわかります。 さらに、開口部を広くとり、当時は上の間からの景色を借景として取り込んだと思われる演出がなされています。
 天井には鳥の子紙が貼られ、入側廊下の奥にある杉戸には、紀州藩御用絵師である狩野派による華麗な障壁画が残されています。 また、床の間の棚まわりには葵紋の金具が取り付けられ、紀州徳川家の建物であったことを今に伝えています。 なお、床の間の裏側は、明治の移築以降に改造されています。
 このように、隠居した藩主が余生を過ごすに相応しい品格を備え、当時の武家生活の空間を今に体験できる貴重な建物になっています。

和歌山市指定文化財 湊御殿(奥御殿)・指定年月日 昭和42年2月14日・所有者 和歌山市・構造及び規模 木造、寄棟造、桟瓦葺、平屋建、梁間10.86m、桁行18.1m・建築面積228.96u・建築年代 天保5年(1834)・附属建物 薬医門(紀州藩御仕入方役所の門) 1棟

24年12月公開、映画「大奥U」(仮題)の撮影が行われました。
菅野美穂さん・堺雅人さん等が来園、24年1月28日に撮影しました。(肖像権の問題で俳優さんの写真は撮りませんでした)



養翠橋架替工事 竣工

養翠橋が老朽化の為、和歌山市の工事として平成22年11月1日より架替工事をしておりましたが、平静23年10月10日竣工し通行出来るようになりました
しかし、大浦街道から養翠橋経由の道は狭いので、竣工後も右図のルートが便利です。(ナビの案内は狭い道を案内することが多いようにお聞きしております)

和歌山港 港湾道路を北よりお越しのお客様は従来通り駐車場に進入できます。(観光バスは港湾側駐車場・乗用車は正門脇にも20台分駐車場が有ります。)



右の地図はクリックで拡大します。   2011/10/11
大浦街道よりの車輌迂回路


和歌山都市圏公共交通路線図「wap」や地域の鉄道・バスに関するニュースなどのホームページ「wap ONLINE」にリンクしました。 2011/1/9

秋田テレビ「クボタ民謡お国めぐり」の収録が行われました。

7月6日一日かけて秋田テレビ「クボタ民謡お国めぐり」の収録が湊御殿で行われました。
8月末に2周にわたり放映予定ですが、東北6県の放映とのことで、東北以外では見られ
ないのが残念です。

「湯浅醤油造り唄」・「南紀白浜小唄」・「串本節」・「紀州幡上げ音頭」
「新宮節」・「高野馬子唄」・「有田みかん摘み唄」・「北山川筏節」の8曲が収録
されました。 和歌山にこんなに色々な民謡が有ったんですね。 汗・・・・・

蒸し暑い中、出演者・スタッフの皆様お疲れさまでした。

2009/7/6
湯浅醤油造り唄他 8曲の収録が行われました。湊御殿 和歌山県知事 仁坂吉伸氏も和歌山県のPR



あさも会月釜茶会 会員募集
                  開催日・・・・1月、8月を除く第1日曜日  年10回
                  年会費・・・・7,000円(途中入退会も同額) 毎年5月より10回分
開催場所  養翠園内 養翠亭  (一席2名まで椅子席あり)
           年1回 養翠園外で掛釜することがあります。 その場合の参加は募集とし、10回の内1回とします。 
           20年度は京都 大徳寺内で掛釜し、盛会でした。
「あさも会」は、茶道を習っている方はもちろん、習ってはいないが興味のある方も気軽に参加でき、茶道の裾野が広がることを祈念
して平成7年より始めました。
展観席では毎回テーマを決めて本当に良い物を数点ずつ展観しております。 また、茶会には参加したいが正座しにくいと言う方に
も気軽に御参加戴けるよう、椅子席を設けております。
茶道、道具に興味はあるが、習いに行く決断のつかないあなた「あさも会」に入会し体験してみませんか。(男子大歓迎)

             入会受付場所 あさも会事務局 〒640-8033 和歌山市本町2丁目44番地
                                   「(有)茶道具 はやし」
                           TEL. 073-428-0039 FAX..073-428-7770 E-mail   k470429h@lily.ocn.ne.jp

白石 様よりご指摘頂き、大綱和尚「瞿麦」読み下しを訂正しました。 ご指摘有難うございました。 2008/12/27

朝日放送(関西6ch)「歴史街道」の撮影が行われました。

放映日は平成20年5月9日 午後6時54分〜午後7時の予定です。
是非ご覧下さい。


月5日〜5月9日は和歌山市各名所中心に放映されるそうです。


(2008/4/20)

文化財庭園保存技術者協議会の研修会が養翠園で開かれました。2007.1.5 盛会に終了しました

文化庁の保存技術認定団体「文化財庭園保存技術者協議会」の平成18年度第2回研修会が養翠園で平成19年1月20日(土)開催されました。
20日の教養研修は一般公開いたしました。

会場 名勝養翠園
12:45 研修会受付開始(養翠園入口にて)
13:00 開会・来賓挨拶
13:10 教養研修(公開講座)
      基調講演・・・平澤毅氏(文化庁文化財部記念物課文化財調査官) 「文化財庭園の状況について」
      講演 1 ・・・渡辺今日子氏(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課技師) 「和歌山県の文化財庭園について」
      講演 2 ・・・藤井清    (養翠園園主) 「名勝養翠園庭園について」 
      講演 3 ・・・尼崎博正氏(京都造形芸術大学教授・協議会評議会員) 「文化財庭園の本質的価値を構成する要素」
15:00すぎ 終了予定。
以後の日程については会員のみで実施いたしました。


平成18年10月25日 湊御殿(奥御殿)移築事業 竣工式 11月1日より一般公開。 11月30日まで無料公開。2006.10.25
かねてより養翠園内に移築が進められていた、湊御殿(奥御殿)が竣工を迎えました。 11月1日より一般公開され、11月30日まで無料公開されます。

湊御殿(奥御殿)の概要

 湊御殿は、紀州藩2代藩主徳川光貞(みつさだ・1626〜1705)の隠居所として元禄11年(1698)に造営されました。隠居した藩主が生活するために、湊御殿の敷地内にはたくさんの建物が建てられ、その中の一つに今回移築された湊御殿(奥御殿)がありました。 湊御殿があった場所は、和歌山城より南西方向、現在の和歌山市湊御殿1丁目から3丁目にあたります。現在の地名は、この御殿があったことに由来しています。
 ところが、湊御殿は何度か火事になり多くの建物が焼失し、その都度再建されました。 移築された湊御殿(奥御殿)の建築年代については、移築工事中に小屋束から「天保四年四月十三日 改」と墨書きされた部材が発見されたことから、11代藩主徳川斉順(なりゆき・1801〜1846)が、消失した湊御殿の再建を天保3年(1832)に命じ、同5年に完成させたものと考えられています。
 再建された湊御殿は、江戸屋敷を模して広壮善美を尽くし、藩政の政庁としての機能を持った建造物群であり、重要な役割を担う場所となりましたが、今回の移築工事の過程で、部屋の天井隅にある油煙抜きにも「竹之御間北御入側」・「溜之御間」・小屋束に「波の御廊下 ぬ二 口込敷桁上」等の墨書が発見され、それぞれ「竹之間」・「溜之間」・「波の廊下」と呼ばれた部屋の存在が確認でき、またこれらの部屋の焼け残った部材をこの建物に再利用していたこともわかりました。
 明治になり、湊御殿にあった多くの建物は取り壊されましたが、いくつかの建物は寺院や個人の建物として移築されました。 この建物は明治初年に湊御殿から和歌浦東へ移築された後、今回、当地に移築されました。 
 建物は書院造りで、上の間(床の間のある部屋)・次の間・入側廊下などがあります。 柱(四寸七分角)は上質の栂柾材を使用し、太く武骨な感じで、武家住宅としての力強さを感じさせます。 また、長押をめぐらし、欄間がつけられた格式ある建物であることがわかります。 さらに、開口部を広くとり、当時は上の間からの景色を借景として取り込んだと思われる演出がなされています。
 天井には鳥の子紙が貼られ、入側廊下の奥にある杉戸には、紀州藩御用絵師である狩野派による華麗な障壁画が残されています。 また、床の間の棚まわりには葵紋の金具が取り付けられ、紀州徳川家の建物であったことを今に伝えています。 なお、床の間の裏側は、明治の移築以降に改造されています。
 このように、隠居した藩主が余生を過ごすに相応しい品格を備え、当時の武家生活の空間を今に体験できる貴重な建物になっています。

和歌山市指定文化財 湊御殿(奥御殿)・指定年月日 昭和42年2月14日・所有者 和歌山市・構造及び規模 木造、寄棟造、桟瓦葺、平屋建、梁間10.86m、桁行18.1m・建築面積228.96u・建築年代 天保5年(1834)・附属建物 薬医門(紀州藩御仕入方役所の門) 1棟

利用案内
 年中無休 ・ 4/1〜8/31 9:00〜18:00・9/1〜3/31 9:00〜17:00・1/1のみ 11:00〜17:00 
御殿内観覧料 一般 200円 団体(20名以上 160円) ・ 小中学生 100円 団体(20名以上 80円)  建物周囲の庭園散策は無料
施設利用    茶室利用 9時から12時(9,000円)・12時から17時(12,000円)・9時から17時(20,000円)        御殿前庭園利用 9時から17時(1,500円) 

和歌山市教育委員会・湊御殿(奥御殿)竣工式 資料より 



秋も深まるにつれ、養翠園では櫨の赤、萩の葉の黄色で紅葉を見ています。ツワ蕗の蕾もふくらんできています。  2006/10/21


国指定「名勝」庭園 一覧に11年度以降指定庭園を追加掲載しました。2006.6.18


水軒堤防現れる。
養翠園の北側に隣接し、和歌山県指定史跡「水軒堤防」が存在することは文献等で知られておりましたが、全体が砂に埋もれその実態は明らかになっておりませんでした。
今般、道路の拡幅工事に伴う発掘調査が行われており、その姿一部を現しておりますので、御紹介したいと思います。 
詳細は存じませんが調査後は埋め戻され道路の下に埋もれてしまうのではないかと推察しており、この様に見られるのは数ヶ月では無いかと思われます。
1.6qに及ぶと言われるこの水軒堤防の一部でもこの様に見られる形で保存できないかと祈念しております。 養翠園 園主 2005/5/21


和歌山県指定史跡 水軒堤防 昭和34年4月23日指定
 江戸時代はじめ頃のこの地域西浜一帯は、荒波のために砂浜が浸食されることが多く、また、海から吹きつける風による砂や海水の飛散によって農作物や当時付近にあった塩田に被害が及んでいた。
このような災害を防ぐため、紀州藩初代藩主徳川頼宣は藩士の朝比奈段右衛門に命じて堤防を築かせたと伝えられる。 寛永年間(17世紀前半)に13ケ年に及ぶ工事期間を要して完成されたと言われ、朝比奈段右衛門の号である「水軒」を冠して水軒堤防と呼ばれるようになった。
 堤防の高さは5.4メートルから10.8メートル、総延長は1.62キロメートルあった。 堤防上には松を植栽して暴風潮林とし、西浜一帯の新田開発に大きな利益をもたらした。
★文化財指定表示より

水軒堤防 現地説明会資料

水軒堤防の発掘調査(和歌山県文化財センター)

日本考古学協会 和歌山県指定史跡水軒堤防遺構の保存に関する要望
出現した水軒堤防(海側) 出現した水軒堤防(市街側)
これだけ砂に埋もれていた 市街側は野面積


「湊御殿移築事業」のページ更新、追加しました。2002/9/5


養翠園の「中秋の名月」
夜間の公開はしておりませんので養翠亭御座の間より観る「中秋の名月」を写真により初公開いたします。
月の出と共に池に光の筋が出来、得も言われぬ風情があります。
江戸時代には今は無き養翠園周囲の付属田のど真ん中に有った「月見台」より秋の実りを愛でつ月見を
楽しむ趣向が有りました。
  (ここをクリックすると大きい名月写真が観られます)2001.10.3

「湊御殿移築事業」平成13年7月よりスタートしました。2001.7.25

養翠園への和歌山市指定文化財「湊御殿」移築復元計画がスタートしました。2000/9/15

御祭1 御祭2 御祭3 3月25日は守護神島の「稲荷社」「弁財天社」の御祭でした。
江戸時代より御城が初午で御祭しましたので、養翠園は二の午で御祭しております。
幟は江戸時代からの物が遺っており、「御広敷殿中」「御殿医中」などの奉納幡が見られます。 2000/3/25



写真集が大幅に増加しました。
養翠園庭園 養翠亭内部 古写真 航空写真 各ページにリンクします。
99/11/15


9月30日及び10月7日,8日地元の雑賀小学校の6年生 5クラスが社会科で養翠園を取り上げ学習するため、見学に来てくれました。
学校からお話しいただいたとき、管理者としても6年生頃より地域の文化財として養翠園を取り上げて頂くことは非常に有り難いことだと思い、日頃は非公開の養翠亭を含めすべて見ていただき、庭園の事、建物のこと等お話させていただきました。
子供達が地域の文化財をどのように評価してくれるのか、興味を持ってみておりました。 研究授業に出席させていただき、管理者の内面心理まで踏み込んだ質の高い考えさせる授業がなされていることに感銘を覚えました。 99/10/24

雑賀小の子供達と1 雑賀小の子供達と2

菓子 養翠かいゆう「養翠かいゆう」と名付けられた抹茶ケ−キを頂きました。小豆の入った抹茶ケ−キでとても美味しかったので御紹介します。(養翠園にちなんだ命名かも知れませんね) 99/8/13

  Saveur(サブール) 和歌山市卜半町22番地 0734-22-8092

  とても美味しい洋菓子屋さんです。





名勝庭園一覧より各庭園の紹介ページにリンク出来るように作業しています。まだ1/3ほどしか出来ていません。
各リンク先全部に御連絡出来ていません、リンクしてもらっては困る場合は御連絡下さい。99/8/13


7月25日「養翠園保存修理報告書」をアップしました。これは平成3年より平成6年にかけて行われた御茶屋「養翠亭」の文化財解体修理の詳細を記した報告書です。全体で12MBほどあり、文化財修理報告書を電子化し公開するのは全国で始めてではないかと思います。99/7/25

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