花村萬月
 公式ホームページ(手作りの味)
 
 丸に三柏

 
ブビヲの部屋
2003.6.15開設
黒パグ愛好家のために

どうも名前のせいで誤解している人がいるみたいだけど、私はメスなんです! 

!!!!!──URLの
http://www2.odn.ne.jp/cbr37550/indexl.htm
 indexlから末尾の『l』を削除してください。
http://www2.odn.ne.jp/cbr37550/index.htm
 と、すれば、正しいホームページに辿り着きます。御迷惑をおかけし、心苦しく思っています。ごめんなさい。


*新しいページ、〈花村萬月の仕事〉ができました。ブビヲをクリックしてみてください。





*おなじく、〈書庫〉をつくりました。削除した文章は、書庫に移します。ホシガメの小亀頭君をクリックしてみてください




2009/06/07 更新
 ずいぶん、更新していませんでした。執筆が忙しいので、手がまわらないのです。
 3、4、5月と連続して講談社文庫よりエッセイ集〈空は青いか〉〈犬でわるいか〉〈草臥し日記〉が発売されました。また、新潮社文庫からは〈百万遍・古都恋情〉上下巻が発売されました。でも、告知し忘れていた。
 ハードカバーは〈私の庭・北海無頼篇〉、〈GA・SHIN! 我・神〉、この2作品は、今年中に確実にでます。さらに〈王国記〉もでるかもしれません(当人はちゃんと把握していない……)。

 もっと早く書こうと思っていたのですが、文學界新人賞。イラン人が受賞して、不満足な日本人がけっこういるみたいです。とりわけ強く不満を抱いているのは、新人賞に応募している日本人ですね。文藝春秋は話題性を狙って外国人に賞を──と、嫌らしい深読みをする人たちです。
 選評を読んでもらえればわかると思いますが、私は受賞作、シリン・ネザマフィ〈白い紙〉を強く推したわけではありません。しかし、残念ながら日本人の作家志望たちの作品に実がまったくないという現実があり、しかも彼女の作品に惚れこんだ吉田修一さんが強く推したこともあって、シリン・ネザマフィさんが受賞することとなりました。
 昨今の(最終選考に残るレベルの)応募者の問題点は、文章的なことよりも、スタイルの問題です。借り物のスタイルで、つまり先輩作家の作品の影響を受けたまま、平然と同様のものを提示するという頭の悪さが問題なのです。村上春樹はひとりで充分だ、ということが、なぜ、わからないのか。もう、溜息もでません。
 また、傾向と対策を練った作品も絶望的です。選考委員に既視感を抱かせてしまうことが、なぜ、わからないのか。試験秀才が陥りやすい勘違いです。
 はっきり告げておきますね。いいですか。そこそこに頭がいい、というのは、バカよりも始末に負えない。スタイル的に抽んでた作品を書く日本人が、イラン人の愚直に敵わない理由です。
 それと、もうひとつ。意図されたものかどうかはわからないのですが、ネザマフィさんの作品には見事に主語が省かれていました。これが選考委員には新鮮に映りました。日本語が本来もっている機能なのですが、翻訳小説を読みすぎた人の作品など、主語がうるさくてじつに幼稚ですよね。このあたりも評価されました。
 そこで文學界新人賞受賞作品の文体について。イランで遣われているペルシャ語に詳しい小前亮さんにレクチャーを願いました。以下のとおりです。
****************************************
 ペルシア語では、「私は行った」と言うとき、「行った」の部分に私の動作であることを示す語尾がつくので、「私は」とつけなくても、誰の話であるかははっきりわかります。あえて「私は」とつけると、私が行ったことを強調する意味が出てきます。

 そういう言語を母語とする人が日本語で読み書きしようとするときは、ふたつのパターンが考えられます。

・「私は」を多用する。
 日本語は人称語尾がないのに、主語を省略することが多いです。文脈で意味を通じさせるのですが、その文だけを抜き出したときには主語が明確になりません。それが不安なので、省略できないのだと思います。
 個人的な経験では、こちらのパターンが多いです。

・「私は」を使わない。
 母語の影響もあるでしょうが、ひとつの理由として、日本語の人称表現の多様性も考えられます。私、僕、俺など一人称を示す代名詞はうんざりするほどありますし、具体例は割愛しますが、特殊な用法が多いです。もちろん、「は」と「が」の使い分けもありますし、省略の可否は微妙な判断になります。
 使わないと決めてしまえば、面倒なことを考えずにすみます。……が、それで自然に読ませるのは難しいですよね。

 一人称代名詞を使わない一人称の小説といえば、北村薫さんの覆面作家シリーズが思い浮かびますが、あれだけ工夫しながら読者にそれを悟らせないというのは、北村先生ならではだと思います。
 今回の受賞作がどんな文体か、読むのが楽しみです。

 以下余談ですが、私の知っている言語を、人称語尾のあるなしでわけると次のようになります。
あり……フランス語、ロシア語、ペルシア語、トルコ語、アラビア語
痕跡あり……英語
なし……日本語、中国語

 ペルシア語と日本語は、冠詞・定冠詞がない、述語が最後に来る、などの点で似ています。

 では、長々と失礼しました。以上です。
****************************************
 小説家を志している者は、今回の受賞作、イラン人が書いた日本語の小説を熟読して、その技術について考えてみると、けっこう有益であると思われます。

────────────────────────────────────────

   だいぶ白髪も増えてきましたが、ますます萬月にべたべたなブビヲです。

 小説現代連載〈信長私記〉は、講談社百周年記念の書きおろしに取りかかるために、来年の正月号(だったかな)まで連載を中断させてもらいました。今月(6月)より書きおろしに取りかかるつもりです。
 その一方で秋口より群像で〈裂〉という作品が、そして祥伝社小説ノンでも同時期、新連載が始まります。また、もうすこし先になると思われますが、〈なかで、ごめんね〉の連載も──。俺はだいじょうぶだろうか。ともあれ、夏のあいだは、すこしだけ羽を伸ばそうと考えていますが、どうなることやら。

────────────────────────────────────────


  

────────────────────────────────────────

*御無沙汰しておりました。じつはホームページにアクセスするパスワードを消失させてしまい、更新できぬ状態でした。やっと復旧しました。いままでの連載が終わったわけではないのに、新年号に合わせて新連載が二本、はいってしまいました。もう、尋常でない忙しさです。そうそう更新ができるとも思えませんが、ときどき覗きにきてください。
 なお、古い文章がそのままになっていますが、いじっている時間がないので、しばし放置をお許しください。新刊も紹介したいのですが、なかなか気がまわりません。

────────────────────────────────────────

         
 いまの姿は見苦しいので、17歳のころの写真を載せておきましょう。このころより30キロくらい太ってしまいました!

────────────────────────────────────────

                



────────────────────
新しい本が出ました 2008年度の新刊です


 分厚い帯を剥ぐと→  
  この作品は、少年惟朔を主人公にしたもの。小学1年生から悪ガキを入れる福祉施設に送致される5年までを描いています。惟朔でピンときた方もいるでしょう。後の〈百万遍〉シリーズにつながる、その第1弾というわけです。思春期の惟朔(つまり〈百万遍〉の惟朔)、女の子にもてすぎじゃん! と納得のいかないあなた、〈少年曲馬団〉を読めば、その理由がわかるかもしれません。
 正直なところ、この作品は、私が書いておかなければならない『私の原罪』とでもいうべきものを描写しています。けっこう、しんどかったのです。いままでになかった少年小説です。


 この作品は『色』をモチーフにした、11人の小説家による短篇競作です。私は〈色色灰色〉という作品を書きました。灰色は色の原初にして、終局だと思います。大好きなんだ、灰色。なお、作中「手袋を履く」という表現がでてきますが、北海道ではそう言うのです。手袋は履くもんじゃないなどと指摘してこないでくださいね。


 〈王国記〉の8巻目になるのかな。鴨居玲氏の作品をカバーにしてみました。いよいよ太郎が動きだしました。とはいえ、当人が奇蹟その他に懐疑的な気配です。京都は大文字山で山上の垂訓を模してみました。ΑとΩ(アルファとオメガ)──黙示録の一節が、幼いころより作者の脳裏にこびりついて離れないのです。ΑとΩは言語の象徴性と可能性を見事にあらわしていますね。


 まったく、もうとっくに書店に並んでいるはずなのに、きれいに失念していました。〈王国記〉は着々と書き綴られています。自分でも解説が不能ですが、宗教ではなく、宗教心について思いを致している方には、ぴたりとフィットすると思います。ちなみに私は、べつに神様がいてもかまわないけれどね──というルーズな唯物論者です。


 小説すばるに連載していた〈錏娥哢タ〉が一冊になりました。分厚いので、どうかな……と思っていましたが、すぐに増刷がかかりました。編集者に『いい加減にしなさい! こんなに弾けてどうするんですか!!』と叱られた一冊です。


 すばるに連載していた紀行文が新書になりました。局地的に、つまり沖縄では大ベストセラーです。編集者に叱られた私ですが、大好きな沖縄を、叱りました。心底から願っています。沖縄がよりよくなってほしい──。


 小説現代に掲載された短篇時代小説のオムニバスです。〈悪萬〉という自分のことを描いたような? 作品が入っています。


 〈悪萬〉ですが、なかなか評判がよく、シリーズ化の話もあるのですが、とりあえず忙しくて手をつけられません。日本文藝家協会編の平成19年度の時代小説代表作に選ばれました。上記の〈息づかい〉に収録されているものとまったくおなじ作品です。ハードカバーがお好きな方は、こちらをどうぞ(そういう問題じゃないか)。

────────────────────
2006/1/31
 集英社新書〈父の文章教室〉を読んでくれた方にお詫びです。
 過日、父の戸籍の写しや履歴書がみつかりました。父は明治41年11月9日、東京市赤坂区生まれでした。このあたりはうろ覚えと断っていたような気がするのですが、これで確定です。
 お詫びしなければならないのは、〈父の文章教室〉のなかで、父が明治大学卒と書いてしまったことです。履歴によると、なんと國學院大学国史学部卒でした。
 明治は明治でも明治学院中学部卒、となっていました。訂正させていただきます。
 亡き母から國學院という言葉を聞いたような気もするのですが、すっかり明治大学と思いこんでいました。なにぶん、幼いときに父と死別し、風来坊だったので、家のことに関しては、まったく疎いのです。増刷等の機会がありましたら、そのときには訂正させていただきます。
 履歴で面白いのは、戦前戦中(太平洋戦争です)の職歴が──在中華民国上海特別市日本大使館海外武官府及び第三艦隊旗艦出雲所属通訳官──と仰々しいものだったことです。いったいどのような生活を送っていたのでしょうか。とても気になります。
────────────────────
                 
 バスカビル家の犬……? 人相犬相悪いなあ。
 ────────────────────

                
 年がら年中、寝正月。

────────────────────
             
とことことことことことことことことことことことことことことことこ……。
 ────────────────────

                  
 萬月のきゃんたまの上に顎をのせるのが大好きだったチビブビヲなり。
────────────────────
 萬月が不二家ネクターのおまけのペコちゃんを付けてくれました。
 最近、萬月は不二家ネクターばかり飲んでいます。ガキですね。
              
────────────────────
               
               萬月はけっこうイケズです。
────────────────────
       
       ちょっと、考え事してます。台所で待機していると、いろいろ食べ物が落ちてくるわけです。棚からぼた餅ってやつですか。でも、これでいいのだろうか。犬の生きかたらしいといえば、そうなんだけど、カボチャの欠片とか食べてるあたいって、なに?
────────────────────
 




                   …………