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オリジナル楽器で極める アマデウスのすべて!

 今回のテーマは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト生誕250年を記念して「アマデウスのすべて(All about Amadeus)」。5回のコンサートはすべて、モーツァルト・プログラムでお贈りしました。各コマをクリックすると写真を見ることができます。

 モーツァルトとの「親密な会話」

有田正広(音楽監督)

 第8回福岡古楽音楽祭においでいただき、まことにありがとうございます。
 今回は「アマデウスのすべて」というテーマで、すべてのプログラムをヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品により構成してみました。内容は、交響曲、協奏曲、合唱を伴う宗教曲、いろいろな楽器構成の室内楽、オペラのアリアやリート、ヴァイオリンやピアノのためのソナタなど、非常に広いジャンルをカバーしています。今年はモーツァルト生誕250周年ということで、世界中でモーツァルトの演奏会がたくさん行われていますが、ピリオド楽器で統一して、そういう広いジャンルのモーツァルトを採り上げた音楽祭は他にないのではないでしょうか。
 今日、モーツァルトはクラシックでは世界中でもっとも愛されている作曲家です。私自身も演奏家としてその作品に触れれば触れるほど、深い感動を覚えてきた作曲家の一人です。この音楽祭で皆さんにぜひ聴いていただきたいのは、ピリオド楽器で演奏したときにモーツァルトが見せる微妙な表情の変化です。
 モダン楽器で演奏するモーツァルトは、演奏者と聴衆との間にある距離が感じられます。時として、ステージの上からマイクを使って大勢の聴衆に呼びかける演説を聴くような雰囲気を持つことがあります。その傾向は19世紀の音楽になるともっと甚だしくなっていきます。
 モーツァルトは小さい頃から社交的な性格の人でした。おしゃべり好きで、相手の表情を窺いながら、相手を退屈させないような機知に富んだ話題を次々に繰り出してくる表情豊かな会話の話し手であったことは、その作品からも窺えます。現代人がモーツァルトの親密さあふれる、流麗で快活な音楽を聴くと、何かほっとしたような気持ちになるのも、モーツァルトの音楽がもつ人なつっこさのせいではないでしょうか。
 モーツァルトの時代の楽器は、音量は小さく、相手を威圧するような迫力はありませんが、大変デリケートな表情を持っています。この音楽祭を通じ、快適なサロンでモーツァルトと向かい合い、その音楽を聴きながら、彼との「親密な会話」を楽しむような雰囲気を味わっていただければ幸いです。

 モーツァルトをファッション感覚で愉しむ

中里 隆(18世紀音楽祭協会会長)

 「隆太窯コンサート」が近々150回目を迎えることになりました。このサロンコンサートは、ふとしたことから我が家にチェンバロが入ることになり、これをだれかに弾いてもらいたいということで始めたものですが、古い記録を見ると第2回目の1978年6月に小林道夫さんを、次の第3回にはこの音楽祭ではおなじみの有田ご夫妻、中野さん、本間さん、花岡さんを招いています。皆さん方ヨーロッパから帰ったばかりで、まだ30そこそこの頃だったと思います。はやいもので、あれからもう28年がたちました。
 当時は「オリジナル楽器」で演奏すること自体が画期的なことで、古楽奏者も改革意識に燃えつつ、自己主張していました。しかし、最近では「古楽」が世の中からもっと自然に受け入れられるようになり、「古楽」であることを肩肘ばって主張する必要がなくなったようです。しかし、その間に「古楽」が世の中に大発展をしたかといわれると、どんなものでしょうか。
 これは「古楽」というより、広い意味での「クラシック音楽」全体が抱えている問題です。世の中の、とりわけ若い人のクラシック音楽離れは深刻になってきています。日本でクラシック音楽をこれまで支えて来たのは、独特の「教養主義」でした。わかりやすく言えば「バッハやベートーベンを聴いているのは、カッコいい」あるいは「知らないのは恥ずかしい」という一種のエリート意識です。とりわけこの音楽祭は、バッハ以前の難しげな曲ばかりが並んでおり、まさにそういった「教養主義」に支えられた音楽祭です。ところがある時期から、若い人の間にはそういうエリート意識はなくなり、音楽もモードと同じようにファッション化しました。
 若い人の支持がないのは、将来尻つぼみになるということで、ゆゆしい問題です。しかし日本の文化もだんだん成熟期になってきたようで、ファッションも多様化し、個性化しています。若い人の一部には、たとえば歌舞伎とか古典落語とか、古い文化に対する関心が芽生えています。
 教養主義というのは、音楽が「芸術」になった19世紀以降の産物です。モーツァルトの頃までは、今日でいえば軽音楽やミュージカルと同様に、音楽もオペラも金持ちの間のファッションでした。古楽器で演奏するモーツァルトが、そういった本来のファッション感覚を呼び起こし、若い人たちの共感が得られないものかと、期待しています