Early Music Festival in Fukuoka 2007
バロック音楽の源流とその融合

9月21日(金)〜24日(月休)

第9回福岡古楽音楽祭
インターネットアルバム

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(写真撮影:白石嘉毅・蘇馬外二良)


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森奈津美さんは音楽雑誌などに寄稿されているライターですが、最近、寺神戸亮氏のインタビュー記事を書かれ、「福岡古楽音楽祭も取材したい」ということでしたので、ご招待して今回初めて聴いていただき、2007年11月1日発行の会誌「古楽 第22号」に書いてもらったものです。著者の許可を得て、全文転載させていただきます。


寺神戸 亮さんを追いかけて
    ----- バロック音楽、その魅惑の扉が開かれた!

森 奈津美(音楽ライター)

【プロフィール】福岡県出身。ク・ナウカ シアターカンパニーにて演出助手・ドラマトゥルクとして活動後、現在はオペラやクラシック音楽、バレエ、演劇等多方面で執筆活動中。



Photo : K.Hatsuzawa

 かくも贅沢な音楽祭が、私の故郷・福岡の地で開催されていたなんて! ── オープニング・コンサート終了後の素直な感想である。博多っ子としての誇らしさと、これまで長きに渡ってどうして聴き損ねていたの、と悔やむ気持ちがないまぜになった心を、演奏の余韻が優しく包んでくれた。

 はぁ〜っ、ヴァイオリンってこんなにも深く多彩な表現ができる楽器だったのか!えっ、フルートからこんなに温かい音が出るの?!それに、間近で聴くのは初めてだったヴィオラ・ダ・ガンバやリコーダーの、こちらの耳ばかりでなく目まで奪われてしまう妙技の数々。

 メフィストフェレスに魂を売る契約をしたファウストではないけれど、時間よ止まれ!おまえは美しい、と思わず叫んでしまいたくなるような、優美な調和に身を委ねる至福の時。どの曲も例外なく随所にバロック音楽の特徴である、超絶技巧による精緻な音の装飾がほどこされていながら、全体としてなんという人間味あるあたたかな響きに満ちていたことだろう。そんな新鮮な驚きとともに、たったいま生まれたばかりの音楽が、私の体中の細胞へと吸収されていく。まるで極上のワインが血管のすみずみにまで滲み渡っていくかのように。押しつけがましさなど全くないくせに、作品世界を余すところなく表現することにこだわった純度の高い熱演に身をひたすうち、東京での徹夜続きの仕事で心身ともにボロボロだった私の身体に、ほのぼのと自然治癒力がよみがえり、身体の芯から再生していくような、喜ばしくも不思議な感覚を味わったのだった。

 そのように癒された私の心が、さらに知的な意味でもかき立てられたのは朝岡聡さんによる軽快なトーク。演奏者ともども楽曲へのいっそうの理解を手助けしてくれた。なかでも忘れがたいのは、ヴィヴァルディの「秋」での解説で、〈酔っ払った農民たちが居眠りをし出して・・・・〉という原曲に付せられたソネットのくだりにさしかかるや、ヴァイオリンを弾いていた寺神戸さんの身体はフラフラと大きく前後左右に揺れ出し、まさに千鳥足で酩酊する農民楽士に早変わりといった態。日頃聴きなじんで自分では良く知っているつもりでいた曲が、まさかこんなに具体的な状況をいきいきと描写しているものだったなんて!ポロリと音がするほど大きなウロコが私の目から落ちたのだった。敬愛する演奏家の思いがけないオチャメな芸達者ぶりを垣間見た嬉しさもさることながら、この瞬間こそ、私にとって本当の意味でバロック音楽に開眼した時だったといえるかもしれない。(上の写真は、オープニングコンサートで、生き生きとしたヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲「秋」を演奏するヴァイオリンの寺神戸亮氏)

 コンサートホールをあとにして実家に帰る道すがら、地元の友人・知人にとにかく電話をしまくり、とにかくすばらしいから聴きに来て!と誘いをかけずにはいられなかった。なんなら招待させて!というセリフまで口をついて出たほど、とにかく誰彼かまわず聴いてほしいと心底思ったのだった。まして大切な家族には・・・というわけで、翌日の室内楽コンサートには、母にオバア、それにその日ちょうど誕生日を迎えた妹を招待した。なかでも齢80にして、普段なら食事中でもついウトウトと睡魔に勝てないでいる我がオバアが、ものすごい集中力を発揮して演奏に聴き入っていたことにも、ナマの音楽のもつ力にあらためて恐れ入った次第である。

 ところで、ここ福岡で生まれ育ったわたくしめは、といえば、バレエ少女だった幼少の頃、レッスン場で耳にした蠱惑的なメロディ?モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」にすっかり魅了されてから20年。さまざまな人生の紆余曲折もある程度は経て、オペラやバレエの分野でインタビュー記事や公演評を書かせていただくような身分に、一応はなった。しかし、巷では昨今、「すべての女性が最後に行き着くのはオペラ」、「オペラに行って女を磨く」だのと、軽薄短小極まりない宣伝文句が幅をきかせているご時勢である。それでは、そもそもオペラから入門してしまった私はいったいどこへ行ったらいいの?途方にくれる私の前に突如現れたのが、ほかでもない寺神戸亮さんその人に代表されるバロック音楽であった、といったら笑い話に受け取られようか。

 最近、依頼されて楽曲解説等も文筆業の一環として手がけるようになり、バッハ、ヘンデルはもちろん、モンテヴェルディやカヴァッリに加えて、テレマンやクープランら、気になる作曲家が増えてきた。オペラの誕生とも関わりの深いバロック時代であることだし、この時代を大系的にきちんと把握できないかと思っていた矢先、寺神戸さんにインタビューさせていただく機会を得たのだった。氏の最近の活動を見るにつけ、ソリストあるいは指揮者としてバロック音楽の道をひた走る姿に、若き日の巨匠アーノンクールをだぶらせてしまうのは私だけではないはず。こうした出逢いの僥倖に加えて、今回の古楽音楽祭のテーマが「バロック音楽の源流とその融合」だと聞いては、この機会を逃すわけにはいかない。オルフェーオがその妻エウリディーチェの後を追ったように、私も迷わず航空券を手配し、暑気まだ残る福岡空港へと降り立ったのだった。里帰りするのは実に2年ぶりのこと、やれやれ親不孝な私。

 さればと音楽祭にかけつけ、早速、寺神戸さんが講師をつとめるセミナーを覗かせてもらったところ、たまたまそこで採り上げられていたのは、大バッハが残した数々の名曲の中でも内容・形式ともに最高峰に位置するといっていい「シャコンヌ」。寺神戸さんが奏でるヴァイオリンのもと、難曲の本質に迫り、それを構造としても掴み、音楽が立体的に立ち現れてくる過程は実にスリリングで面白く、あっという間に時間が過ぎ去っていった。

 さらに座学の方でも、今谷和徳先生が、王侯の婚姻関係を含め政治的なかかわり合いの中で、イタリアとフランスでバロック二大様式が成立し、それが混合様式へと融合していく過程を紐解いてくださった。おかげで、この時代に生まれた数々の作品に対するアプローチの端緒が掴めた気がする。ついこのあいだまで、バッハ以前にどのような音楽があったか皆目見当もつかなかった私だが、この機会にバロック時代という、深淵にして豊饒なる森を一気に旅することのできるガイド本を手にした気分だ。

 そんな熱狂的な4日間は、フォンス・ムジケのモニックさんの静謐な歌声で幕を閉じた。彼女のたぐいまれな声の余韻は、福岡をあとにして2週間が経とうとしている今でも胸に留まっている。だがそれは、ステージ上で演奏家らの奏でる素敵な音にふれたからという理由だけではない。私が心を打たれたのは、それを支えるボランティア・スタッフの存在。そして、なによりも演奏家と聴衆の一体感! 音楽祭という名の催しは、世界各地で様々なかたちをとって行われているが、曲が終るや否や間髪入れず沸き起こる拍手には、余韻を味わうという感性を少しは共有できないものか、と残念に思わせられるものも少なくない。しかし今回、私たちは、能楽の上演を観終わったあとのようなしっとりとした静寂を、ここ福岡で確かに共有した。東京であれば、ブラボーの声にかき消されていたかもしれないこうした〈間〉を、聴き手としてセンスある方々と共有できたことが嬉しくてならない。(上の写真は、音楽祭フィナーレのフォンス・ムジケ演奏会におけるモンテクレールのカンタータ「ルクレチアの死」で感動的な歌声を聴かせたソプラノのモニック・ザネッティさん)

 第10回を迎える来年度の福岡古楽音楽祭は、なんとも喜ばしいことにバッハづくしだとか。かくしてバロック音楽への扉が開かれ、あの「シャコンヌ」への道があらためて用意されたことになる。あとは・・・・寺神戸さんを追いかけて、さらにAvanti(つき進め)だ!


以下2件の新聞評は新聞社の許可を得て全文掲載させていただきます。

【読売新聞評】

既成の解釈 越えた表現

 クラシック音楽の作曲当時の形式の楽器を用いて奏でる古楽の演奏家が国内外から集う音楽祭で、今年のテーマは「バロック音楽の源流とその融合」。イタリアとフランスで独自に発達し、ドイツで両者の様式が混合するにいたる50年の歴史を概観するもので、各国の様式を代表する作品が取り上げられている。 ロマン派以降の音楽を知っている現代の我々にとって、バロック音楽は単純明快なものとして聴こえがちだが、それ以前のルネサンス音楽と比較すると、感情の高まりをストレートに、時には過剰なまでに劇的に表現する。「いびつな真珠」という「バロック」のもともとの字義通りの音楽といえる。 バロック音楽発祥の地であるイタリアではこうした感情を人間の声や、その代用というべきバイオリンで表現した歌劇や歌曲、協奏曲が発達した。〈愛のまなざし、その矢はとても甘く、僕の心を射たのだ〉といった歌詞が延々と続くモンテヴェルディの歌曲はもちろん、カステッロやヴィヴァルディの作品で途中いきなりテンポが遅くなったり、脈略のない技巧を凝らしたソロが展開されるのもそうした感情の発露なのだ。 一方、絶対王政下のフランスではイタリアの影響を受けつつも脱線は控えめで、クープランやルクレールの作品は、付点リズムを特徴とする荘重な序曲や、舞曲を主体とする器楽の組曲を特徴とする。全体としての調和、節制が重んじられており、また独奏楽器にフルートが好まれたのは王の好みなのだろうか。ドイツは両様式の折衷といわれるが、イタリア的なものもあれば、フランス的なものもあって、独自の様式はないともいえる。 このようなイタリア、フランスの様式の違いによって、演奏家のアプローチも変わってくる。フランスものでフルートのソロを務めた有田正広は、ほかの奏者との調和を重視しながら、音量や音色の微妙なニュアンスを変化させることで作品に陰影を施す。 一方、ヴィヴァルディ「秋」で、バイオリン独奏を務めた寺神戸亮は、農民の酩酊や居眠り、それからぱっと起きあがる様子を、過剰とさえいえるテンポ変化や細部の揺らぎで表現して会場を沸かせた。 「バロック音楽はみな同じ」と揶揄する人もいるが、このような演奏なら決して飽きることはあるまい。寺神戸のパフォーマンスには、当時の様式を再現するというよりは、「みんな同じ」といわれるような既存の解釈はもうたくさんという演奏家としての思いが感じられた。

(池田和正)
読売新聞 2007年10月12日夕刊掲載


【日本経済新聞評】

■アプローチ 九州
バロック完熟の軌跡 堪能

 秋のシーズンは福岡古楽音楽祭で幕を開ける。音楽監督は有田正広で9回目。9月21日から4日間「バロック音楽の源流とその融合」をテーマに、演奏会、講演会、セミナーなどを終日繰り広げた。
 バロックの源流はイタリアだ。一方、フランスは独自の文化を誇る。だが、イタリア音楽がドイツなど各国に波及すると、相互に影響し融合して、西欧のバロック様式が完熟する。その軌跡をたどる試みである。
 初日はアクロス福岡国際会議場の平土間で、聴衆が演奏家を囲んで聴いた。モンテヴェルディの歌曲は、うちに秘めた多彩な情感を、ザネッティが渋く輝くいぶし銀の声で歌いあげる。カステッロのソナタなど、まだ楽章が分化する前の素朴な響きは明瞭。心が洗われる。
 誰もが知る曲も登場。ヴィヴァルディの「四季」から秋だ。ソロは寺神戸亮、合奏は各パート1人、即興性豊に輝いた。イ・ムジチ流とは三味、四味ちがう。3時間に及ぶ演奏会の終曲は、クープランの劇場風コンセール。十余人の器楽奏者が見事に締めた。典雅な余韻を満喫した一夜だった。
 翌日から会場はあいれふホールに移る。その初陣、有田のフルートは繊細で豊麗。コレッリの「ラ・フォリア」を弾いたフェルナンデスのヴァイオリンの気品高いこと、賛嘆。翌晩、ハウヴェのリコーダー独奏曲は、渋いが音楽性は卓抜。ホールに熱狂が渦巻いた。
 最終日は、まずリコーダー3人組が日本の古楽界の水準の高さを示す。フィナーレは欧州勢フォンス・ムジケが、古典派誕生前後のバロックの世界を語り尽くして立派に結ぶ。
 聴衆の洗練は無類。内省的な曲は、しばし静寂の後に、快活な曲ならば終演とともに、拍手の反応もとても鋭敏だ。
 ロビーでは旅装が目立った。首都圏ほか遠来組が多いのだ。韓国からも参加しているときく。今後は国内に限らず、東アジアの参加者へのサービスも欠かせまい。一方、地元の聴衆は半数ほどだという。福岡のバロック好きは、一体どこに消えてしまったのかしら。

(田中 孝)
日本経済新聞 2007年10月11日掲載

音楽祭とホール

有田正広(音楽監督・フルーティスト)

 第9回福岡古楽音楽祭においでいただきまことにありがとうございます。今回はフランスから「フォンス・ムジケ」のグループをお招きし、バロック音楽の成り立ちについてじっくり聴いていただこうと考えています。
 ご承知のように、この音楽祭では全員ピリオド楽器を使い、楽譜や奏法などできるだけ作曲家が生きていた時代の演奏を忠実に再現するように、最大限の注意を払って演奏をしています。しかしひとつだけ、僕たちがいくら頑張ってもどうにもならない制約があります。それは演奏するホールだけはオリジナルでないということです。西洋のようにオリジナルの教会やホールが残っていればともかく、僕たちが通常演奏するホールはモダン建築です。18世紀以前のピリオド楽器は、元来ホールの響きと共鳴しながら演奏するように作られていますから、そのことはとりわけ重要です。
 一昔前に作られた日本の音楽ホールの大部分は、残響が少なすぎて、古楽の演奏には適していないことが多いようです。その点、福岡古楽音楽祭のメイン会場であるあいれふホールは、たいへん優れた音響のホールだと思います。僕は1995年にこのホールがオープンしたときに招かれて以来幾度となく演奏し、また客席でも聴いてきましたが、とても気持ちよく演奏でき、演奏家を満足させるホールです。これまでに演奏した外国の人たちも例外なくいいホールだと褒めていました。18世紀音楽祭協会の人たちが1999年から音楽祭を福岡に移されたのも、「このホールで古楽器を聴いてみたい」という願いがあったと聞いています。ホールにも楽器と同じような出来不出来がありますが、あいれふホールは古楽器奏者にとっては貴重な「名器」なので、ぜひ大切にしてほしいと思います。
 ただ問題なのはオープニングコンサートです。昨年オープニングをやったアクロスの福岡シンフォニーホールも、音響的にはよく響き、おそらくモダンオーケストラにとってはいいホールではないかと思います。しかし、もともと小部屋で演奏することを前提に作られたピリオド楽器にはあまりに大きすぎて、せっかくの細かいニュアンスが聴衆に伝わりにくいもどかしさを感じました。そこで今回は同じ建物の中にある国際会議場を使ってみることにしました。もともと宮廷でのコンサートは広間に椅子を並べて開いていたわけですから、そういう形式で聴いてもらうのも悪くはないと思いました。いつものオープニングとちがって、演奏家と聴く人とが一体感を持って、音楽を共有できるような雰囲気のコンサートになることを願っています。


「観光地型」と「都会型」の音楽祭

中里 隆(18世紀音楽祭協会会長)

 福岡古楽音楽祭も今年で第9回目を迎えます。別にご案内しているとおり、来年は第10回目、さらに18世紀音楽祭協会ができて20周年ということで、協会でもこれから次回の音楽祭にかけての1年間、色々な記念行事を企画しています。長年にわたり18世紀音楽祭協会の活動を支えて下さった皆様方に、まず厚く御礼申し上げます。
 専門の古楽奏者による演奏会に古楽セミナー、古楽コンサートを組み合わせるという音楽祭の基本形態は、その前にやっていた「おぐに音楽祭」から受け継がれたものですが、福岡に来て大きく変わったことがあります。おぐに音楽祭というのは、もともと九州一円の古楽好きの人たちが、古楽器奏者を東京から呼んで、研修施設で2〜3日、小国町の温泉につかりながら寝食を共にするといった形態のものでした。コンサートを開くからには聴衆が必要ですが、それは小国町が町民を動員したり、福岡からバスを仕立てて来てもらってました。地元に真の意味での聴衆を欠いていたおぐに音楽祭のようなタイプを「リゾート型」あるいは「観光地型」とすれば、逆にコンサートをある期間集中的に束ねて開催する音楽祭は、その地に相当数の聴衆がいないと成り立たないので、「都会型」と呼ぶことができるでしょう。それでは福岡古楽音楽祭はどちらのタイプに属するのでしょうか。
 20年前に有田さん達が東京バッハ・モーツァルト・オーケストラの旗揚げを福岡でやったとき、聴衆の大部分は初めて古楽器を耳にした人たちでした。しかし、その後長年の活動を通して、ある程度の数の古楽ファンが地元に育ちました。音楽祭の核になるのは、古楽コンサートや古楽セミナーに参加するような本格的な愛好家の人たちですが、音楽祭を続けるうちにそういった人たちのコミュニティが福岡を中心にしてだんだん拡大していったようです。おぐに時代から、熱心な古楽ファンは広島県ぐらいまでならおいでになっていました。しかしそれが関西、関東、さらに日本一円に及ぶようになったのは、この数年の大きな変化です。東京にいればあらゆる種類の音楽会が聴ける時代に、わざわざ高い飛行機代まで払って、福岡のコンサートを聴きに来る人がいるだろうかというのが、我々が最初から抱いていた危惧でしたが、そういう人たちがだんだん増えてきているのは本当に嬉しいことです。
 音楽祭をやるからには、まず地元の人たちの参加と支持があり、地元の文化の向上に貢献することが第一です。それがなければ長続きしません。それと同時に、ローカルなお祭りに留まり続けたのでは飽きられてしまい、発展性がありません。福岡古楽音楽祭は「観光地型」でも「都会型」でもありません。20年たって、やっとこの二つのバランスがうまく取れるようになってきた感じがしています。