第6回おぐに古楽音楽祭 記録
 
1995年9月22日〜24日
 

 山岡・向江氏によるリコーダー・デュオ・コンサート、有田氏らの室内楽に加えて、声楽の淡野弓子さんをお招きし、フィナーレ・コンサートを華やかな声楽で飾ったのがこの回の特徴でしょう。特に最後の J.S.バッハの「カンタータ106番」の演奏会には、音楽祭の参加者で編成した合唱団も出演しました。会期中に台風が接近。東京からの飛行機は運良く何とか飛んだのですが、中日24日の家畜市場での有田夫妻・山岡・中野氏らの演奏会の最中に頭の上を暴風雨が通過、厳しい騒鳴の中で、演奏する方も聴く方も一体となって、耐えながらやった悲壮な演奏会でした。

 

リコーダー・デュオ・コンサート
 9月22日(金)19:00 ASO音楽ホール
  リコーダー:山岡重治、向江昭雅

「イギリスルネサンス 5つのデュエット」
メルーラ    ソナタ第1番
フォンターナ  ソナタ第2番
カステッロ   ソナタ第10番
テレマン    デュエット ハ長調
ヴィヴァルディ ラ・フォリア


室内楽コンサート

 9月23日(土)20:00 小国中学校体育館
  フラウト・トラヴェルソ:有田正広  リコーダー:山岡重治
  ヴィオラ・ダ・ガンバ:中野哲也  チェンバロ:有田千代子

プラッティ   トリオ ト長調
J. S. バッハ ガンバソナタ 第2番 ニ長調 BWV1028
マルチェッロ  フルートソナタ ロ短調
J. S. バッハ チェンバロのためのトッカータ ニ短調
ヘンデル    トリオ ロ短調



 台風直下、激しい豪雨のもとで開かれたコンサート

フィナーレ・コンサート
9月24日(日)13:00 小国中学校体育館

第1部 ムシカ・ポエティカ 声楽アンサンブル演奏会
淡野弓子(S)、細川裕介(A)、依田 卓(T)、淡野太郎(Br)、石井 賢(B)

クレマン・ジャヌカン
  ジャヌカンのシャンソン集(1528頃)より 鳥の歌
クラウディオ・モンテヴェルディ
  マドリガル集第6巻(1614)より アリアンナの嘆き
フーゴー・ディストラー
  メーリケ合唱曲集(1939)Op. 19より
   狩人の歌 真夜中に 悲しみの戴冠 ねずみ取りの呪文
ヨハン・ヘルマン・シャイン
  イスラエルの泉(1623)より
  ヤコブは死の床で
ハインリヒ・シュッツ
  宗教合唱曲集(1648)より  多くの人が西から東からやってきて
   まず雑草は束にして  神はそのひとり子を賜うほどにこの世を愛された

第2部 J. S. バッハ「カンタータ No.106」演奏会
『神の時は最上の時なり』
 指揮 淡野弓子
  細川裕介(アルト)、望月寛之(テノール)、淡野太郎(バス)
  山岡重治・向江昭雅(リコーダー)、中野哲也・河本基實(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、鎌田和枝(オルガン)、山本和彦(ダブル・ベース)
 合唱:おぐに古楽音楽祭合唱団
伊規須ナオミ、一の瀬はるみ、伊藤恵子、今泉紀子、笠井文世、酒井寿喜、白水響子、白水康司、城下妙子、澄川政博、田中雅美、坪内清、久山泉、藤原佐保子、本田達也、三久保佐和子、村山暁、村山文子、森春子、森田政子、横田恵子、吉田雅子、和田啓子、和田真、上鶴真紀



淡野弓子氏指揮で行われたバッハ「カンタータ No.106」の演奏会

 

古楽コンサート
(以下はプログラムに記載されている記録です。実際には変更があったかもしれません)

第1部  9月23日  ASO音楽ホール
1.石井 賢(チェンバロ)
2.キョンブリッジ・バスカーズ   代表者:寺島巨史
3.河本基實(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
4.南 尊典(フラウト・トラヴェルソ)
5.福岡古楽協会          代表者:小池宏明
6.リコーダー・アンダンブル「獏」 代表者:藤原佐保子
7.コーロ・ピエーノ        代表者:田中雅美
8.熊本古典舞踏研究会、グループ「葦」  代表者:中川洋子

第2部  9月24日  ASO音楽ホール
1.八島 優(チェンバロ)
2.秋山裕子(チェンバロ)
3.榎かおり(フラウト・トラヴェルソ)
4.小野田リコーダー・アンサンブル  代表者:上原英治
5.アンサンブル・ヌボー       代表者:埴谷寧夫
6.あくたリコーダー・オーケストラ  代表者:麻生 純
7.フローリー・ストリラ       代表者:松本由美子
8.みやこ・リコーダー・アンサンブル 代表者:西田孝子
9.女声合唱団《フローリー・ストリラ》代表者:光宗明子



昼休み、中川洋子氏らの指導により、みんなでルネサンス・ダンスを踊りました。

 

我々の「おぐに古楽音楽祭」

               埴谷寧夫(アンサンブル・ヌボー 代表)

古楽コンサートで演奏する「アンサンブル・ヌボー」のメンバー

 このおぐに古楽音楽祭は、今や我々アンサンブル・ヌボーの一大行事となってしまった。第一回から毎年参加してきて、年に一度の修学旅行気分のヌボーから見てきた音楽祭の印象に残ったところを拾いながら書きつづってみたいと思う。
 第1回は、たまたま知り合ったヴァージナル奏者の原田氏からこの音楽祭を知り、参加を申し込んだ。どんなものか分からなかったが、とにかくやって来た。土曜日の午後遅くから日曜日の午後までという24時間の音楽祭である。ミーティングから始まり、有田さんのコンサート(中身は2回分ぐらいの盛りだくさんのプログラム。「音楽監督ということになっていますが、私は何も知らないので、どうか私にいろいろなことを聞かないでください」と言っていた。これはうけました) 夜の懇親会(大阪から16時間かけてやってきましたという自己紹介に歓迎の大拍手をいただいた)、真夜中のリハーサル、翌朝からの巡回演奏(我々は木魂館とピラミットで)、午後から木魂館で交歓演奏会(古楽舞踏がとても魅力的、フィナーレの合奏と合唱もとても感動的でした)。この時は木魂館に泊まらせていただいたが、木魂館で頂いた料理がおいしかったこと、よくまあこんなに古楽好きが集まったものだと思ったこと、もう一つ忘れられないのが奴留湯(ぬるゆ)。本当にぬるい湯で風邪を引きそうなくらいであった。めまぐるしく、あっという間に過ぎてしまった2日間であったが、とても楽しかったので、ぜひこの企画を続けてほしいと書いた。
 第2回から3日間の日程になったように思う。到着して打ち合わせをすませ、リハーサルをして1日目が終わり、次の日の巡回演奏会では我々は商工会館、ゆうステーション、木魂館と回る。この2回目までは巡回演奏がこの音楽祭の特徴であった。夕方からは中野さんのガンバコンサート(繊細で説得力のある演奏)があり、夜は木魂館のすぐ横(現在レストランと温泉のある場所)で焼き肉パーティ(竹筒で燗をしたお酒がおいしかった)。3日目は交歓演奏会が家畜市場で行われ、いずれも古楽にのめり込んでいる連中ばかりである。午後からは小国ドームで東京バッハ・モーツアルト・アンサンブルの演奏会。コレッリとヴィヴァルディのすばらしい演奏会であった。この時のカレンダーにヌボーのステージ写真が載っていた。感激である。
 第3回はなんと言ってもアムステルダム・リトルコンソート。家畜市場で行われた「ルネッサンスの芸術」コンサートではメーウセンさんが断然良かった。我々のメンバー2名がハウヴェ氏の公開レッスンを受けたが、ほとんど演奏そのものは見てもらえず、レッスンというよりバロック音楽についてユーモラスで幅広い表現でのレクチャーとなってしまった。先輩2名には申し訳ないが、見ている側にはとても面白く勉強になった。我々のグループレッスンではブッケ氏から、ピッチの合わせ方、順次進行はレガートで、跳躍は鋭く等々の助言を受けた。私自身も有田さんのレッスンを受けたが、内容が稚拙であったので省略。最終日のリトルコンソートによるリコーダーコンサートが圧巻で、リコーダーの可能性がとてつもなく広がったような気がしたものである。この3回から古楽講座が音楽祭の大きな部分をしめるようになる。
 第4回では待望のASOホールが出来上がっていた。この地で音楽仙人になるべく麻生氏の気概の象徴である。素晴らしい響きは皆さんご承知の所。北里孝浩氏が出演した「TAKAオーボエバンド」が印象に残っている。「日本のダブルリードのバロックオーボエとバロックファゴットの奏者がここに集まりました。この3日間は他の場所ではバロックオーボエの演奏会ができない状態です。みんなここにいるのですから」と挨拶され、うれしい気持ちになる。ルイ14世時代のグランドエキュリを再現して見せてくれた。ここでは本間氏のオーボエが光り、初めて聞いたオーボエのミュート奏法(楽器の先にハンカチをつっこんだだけでしたが)がもの悲しく、哀愁のある魅力的な音であった。この回から山岡さんが登場。やっとリコーダーの講師が現れた。我々にとってうれしい限り。
 第5回では東京リコーダーカルテットが印象に残っている。この回は、弦楽器とリコーダーのアンサンブルが古楽セミナーに加わり、講師は従来の講師と、弦楽器には若松さん、リコーダーには東リコのメンバー。北御門氏が亡くなったので、はからずも追悼演奏会となった小国中学体育館での東リコのコンサートでは、ラメンテーションがもっとも良かったように思う。若松さん率いる「クァルテット・ドメニカ」のコンサートではモーツァルトが良かった。
 第6回は2日目からの参加となった。古楽セミナーに声楽アンサンブルが加わる。レストランが完成しており、何と温泉が出来ていた。(今回は家族連れとなり、とにかく早く到着するつもりで別府では温泉に入らず直行したのであるが、到着したら温泉が待っていたのである。さっそく頂く、幸せ幸せ)古楽セミナーのリコーダーアンサンブルに途中から加わる。5回でもそうであったが、とても和気あいあいとした雰囲気である。定番の講師陣による室内楽コンサートでは台風の影響で雨足が強くなり、小国中学校体育館はまるでスネアードラムのトレモロの中での演奏会となった。観客は舞台の回りで膝を囲んでの鑑賞となった。おぐにならではの思い出であろう。最終日のムシカ・ポエティカ声楽アンサンブル(S・A・T・Br・Bの5人編成)ではとてもきれいな瞬間が多々出てくる。受講生によるバッハのカンタータは残念ながら聞かずに帰阪した。

 実は私は毎回紀行文を残しているが、振り返ってみると、やはり最初の頃の印象が強い。実行委員の方々の熱気に包まれた手作りの音楽会がそこにあったように思う。第3回では特に真剣に勉強させていただいた気がする。最近は講師陣が充実し(音楽監督の有田さんのご尽力であろう)、安定した音楽祭になったように思う。我々ヌボーは次のおぐにでは何の曲をやるのかを中心に考えてきたように思う。レパートリーがすぐ底をつき、あつかましくも自前で編曲したものを引っ提げて来た。ヴィヴァルディ/コンチェルト c-moll(第3回)、同じく F-dur(第5回)、トリオ a-moll(第6回)、ストラヴィンスキー/3つの小品(第5回)、バルトーク/ペンシルヴァニア舞曲(第6回)等がそれである。ヌボーという名前のように、古学以外で新しい曲も1曲必ずプログラムに入れてきた(普段の我々の活動の内容でもあるから)。この方針は続けたいと思うが、やはり曲がないので困っている。いつまで続くか分からないが、とにかくやれるところまではやっていきたいと思っている。
 毎回この音楽祭を運営してくださるスタッフの方々には、大変感謝いたしております。我々自身のためにも出来るだけいい演奏を心がけて参加して行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
(1996年8月30日発行「小国へようこそ」第2号より転載)

 

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