久世光彦 ――


『早く昔になればいい』 新潮文庫 (231P \400)
★★★★☆

 赤い椿のようなきれいなしーちゃんは、静かに狂っていた。誰にでも喜んで体を開くしーちゃん。しーちゃんは川で溺れて、狂ったまま死んでしまった―― 四十年間しーちゃんへの恋心を持ち続けた初老の男が、昔を追想する。仲間としーちゃんを犯した場面が何度も何度もよみがえり、そのたびに切なさがこみ上げる。恐ろしく哀しく、美しい、恋物語。涙が出る。


『陛下』 新潮文庫 (312P \476)
★★★★☆

 陛下!あなたに愛されたい・・・。幼い頃から陛下へアヤシイ感情を抱き続けている陸軍中尉の剣持梓。その彼を愛し、ささやかな女の幸せを夢みて今日も体を売る遊女の弓。ふたりの心が絡み合い、重なるかと思うとそうでもなく、いい意味で不安定な、実に甘美な世界を形作っている。書き方が上手いなあ。にしても、なんちゅう不敬な話であろう..(苦笑)。


『卑弥呼』 読売新聞社 (492P \1800)
★★★☆☆

 アレが出来なくて悩む女性編集者が、アレの淫靡でない新しい呼称を作り全国統一しようじゃないかと奮闘する、さわやかにHなユーモア小説。アレの方言や歴史を調べるくだりは、いかにも日本語を愛する筆者らしい。文学マニアのおばあちゃんが登場し、本筋よりもむしろ、彼女の蘊蓄話の方が面白い。出てくる作家は、太宰治、小川未明、泉鏡花、中原中也、尾崎翠、島田荘司、北村薫、川上弘美、内田春菊...、それともちろん向田邦子。そういえば小説のことを書いた小説ってあまりない。もっとあってもいいのに。さすれば本好きは喜ぶ。


『花迷宮』 新潮文庫 (233P \438)
★★★☆☆

 久世先生はすごい人だ。匂いはキツイが、味は芳醇。羊の乳で作ったチーズみたいな人だ(食べたことないでイメージだけで言っております)。この作品は、金木犀の匂う部屋で御真影に見守られながら大人の本を隠れ読んでいた少年時代の想い出エッセーである。老人の蘊蓄が、昭和初期の妖しい世界へ、あなたをいざなう。帰ってこれなくなっても知りません。


『一九三四年冬―乱歩』 新潮文庫 (336P \476)
★★★☆☆

 江戸川乱歩がスランプの中にも画期的な中編『梔子姫』を書き上げた4日間を追った小説(『梔子姫』は架空の作であり、この小説自体もフィクションである)。現実と作中作が交錯し、さらに探偵小説論、古今の名作詩までが引用され展開していく不思議な世界。一読の価値はアリの、山本周五郎賞受賞作。


『あべこべ』 文藝春秋 (261P \1571)
★★★☆☆

 『卑弥呼』の現代ユーモアに、不思議な世界をミックスしたような連作だ。へんな女優の弥勒さんが現れると、こっちの国からあっちの国へ、風が吹く。弥勒さんのイメージは、ぴったり、樹木希林である。そして久世光彦は助平だ。風呂上がりのつれづれに老眼鏡をかけて股間の白毛を探っていたり、土に埋めた器に家族揃っておしっこをかけるシーンなどが出てくる。ニヤニヤ。エッチな楽しみあり、日本語蘊蓄あり、幻想な楽しみあり、といろいろだが、この本では特に、こっちの国のへんてこりんな人、あっちの国のへんてこりんな人との、へんてこりんな友情を読んで楽しむのだろうな。太い一本の芯がないと言ってしまえばそれまでだ。


『遊びをせんとや生れけむ』 文藝春秋 (244P \1619)
★★★☆☆

 嗚呼久世光彦の文章は素晴らしすぎる。いやらしくって、古臭くて、懐かしい。美しさに背中がぞわぞわする。しかしこのエッセー集、ぶっちゃけて申してしまうと、素晴らしい文章なのは巻頭を飾る『神武綏靖』と、あとは少年期の性体験を書いた『ヰタ・セクスアリス』(シーちゃん登場!)ぐらいなんである。まさに竜頭蛇尾といった感じで、残りは普通の作家が書くようなごく普通のエッセーなんであるが、そんなごく普通のエッセーもごく普通には面白いので、好しとしよう。とにかく、『神武綏靖』と『ヰタ・セクスアリス』が読めただけでも価値あるし。


『逃げ水半次無用帖』 文春文庫 (450P \590)
★★★☆☆

 半次は「雨上がりの蒼い月と、秋の蝶が似合う男である」。なんだかわからない説明だが、とにかくカックイー。赤江瀑のおどろおどろしさと、久世式のあやしさが合体した世界に、ゾワゾワである。ゆらりゆらりと縊れる屍体のもとで童子が嗤い、お馴染みの狂女も登場する。そして今回は「雨上がりの蒼い月と、秋の蝶」のように、譬えがさえている。それにしても久世先生が謎解き判じ物(だから“半次”)を書くとは、どういった酔狂なのだろう。唯美なアナログの世界に、謎解きの論理が入ってくると、うるさい。


『蕭々館日録』 中央公論新社 (379P \2200)
★★★☆☆

 久世光彦式の『吾輩は猫である』だ。読みどころのまず1は、迷亭さんならぬ迷々さんのインチキインテリぶりをはじめとしたサロンの楽しさ。読みどころの2は、モデルが小島政二郎、芥川龍之介、菊池寛であり、それぞれの著作が引用されて文学論が展開されるところ。おまけに、近所に住む頭でっかち少年は三島由紀夫というサービスぶりだ。読みどころの3は、語り手(吾輩役)の少女が、芥川龍之介に恋心を抱いているところ。5歳のくせに、やらしくて、艶っぽくて、うっとりだ。さすが。泉鏡花文学賞受賞。


『渚にて On the beach』 集英社 (321P \1800)
★★★☆☆

 中高生のグループが、漂着した無人島で共同生活をはじめる。黄金パターンの話である。冒険活劇と久世式アヤシイ世界の融合..とまではいってないのがちょっと残念。このパターンの話で、どうしても避けて通れないのが、「性」の問題。そこに久世式のイヤラシサを期待したんだけどなあ。無難にまとまっている小説ではある。


『謎の母』 朝日新聞社 (244P \1600)
★★★☆☆

 自称「隠れ太宰」の筆者が、15歳の少女の目から見た太宰治(作中では「朽木」という名)を書いた作品。太宰の至高の芸ともいえる女性言葉を真似て書いているため、どうしても名作『女学生』あたりと比べてしまうが、すると少々鼻持ちならない。だってあのお方の紡ぐ言葉は、それは美しく、気品に満ちて、この人のように、ともすればわざとらしく、下卑てはありませんでしたもの。


『怖い絵』 文春文庫 (308P \660)
★★☆☆☆

 「生きているということは、怖い絵ばかり陳列した美術館の中で迷子になっているようなものだ」とする、思い出エッセー風の連作集である。<怖い絵>を見ると、青春時代に触れたあの人を思い出す。すべての思い出に<死>か<性>が絡んでくるから、久世先生ってばやっぱり、ほとんどビョーキである。エッセー風なだけに、純粋な小説よりも余計に生々しく、アブナい。久世光彦の連作はいつも、はじめの数話はとても良いのに、後半になると息切れする。これまた然り。順番が逆だったら★がいっこ増えるのにね。


『ニホンゴ キトク』 講談社文庫 (275P \495)
★★☆☆☆

 「ニホンゴ キトク スグ カエレ」―― 死にかけている「いい日本語」への、彼のあたたかい思いが伝わってくるエッセー集。感化されたので早速明日から遣ってみよう。気くたびれする、按配がいい、あべこべ、きまりが悪い...確かにちょっといい。お馴染みの向田邦子と、さらに青木玉、中野翠、山本夏彦といった僚友のことが書いてあるので、興味のある方は。


『有栖川の朝』 文藝春秋 (173P \1429)
★★☆☆☆

 ちょっと前、宮家を騙って披露宴をやった事件があったじゃないですか。あれの小説化だ。あれも結局なんだかよくわからなかった事件だけど、この小説もずいぶんあっさりとしていて、楽しみどころがちょっと不明。ま、久世ファンだったら読んで間違いはないだろう。いつもの久世節だ。


『飲食男女 おいしい女たち』 文藝春秋 (186P \1429)
★★☆☆☆

 ちなみにタイトルは「いんしょくだんじょ」ではなく「おんじきなんにょ」と読む。主人公(=作者?)が「食べた」女たちの想い出を語っているが、いくら久世センセでもここまでプレイボーイじゃなかろうから、この本は一見エッセー風に見せかけた創作小説という位置付けで間違いなかろう。で、話の内容は嫌らしいものの、雰囲気には全然嫌らしさが足りない。駄目だこりゃ。おまけにどの話も「事に至る」までが似たり寄ったりで変わり映えせず。昔の女ってこんな簡単にやらせてくれたのか?(笑)


『雛の家』 中央公論新社 (346P \1800)
★★☆☆☆

 戦争の中だんだん衰退してゆく老舗の人形屋の三姉妹の物語。これだけ聞くとすごくおもしろそうな話である。『細雪』と『斜陽』が合体し、さらに『春琴抄』まで混じっている。うーん、だけどおもしろくないんだよなあ。時代的雰囲気も、いつもの魅力である病的なえっちさももうひとつ。三姉妹それぞれの恋が、ごちゃごちゃに進んでいるのが良くないのかもしれぬ。なんだか希薄で、どうも集中して楽しめない。


『燃える頬』 文藝春秋 (212P \1857)
★★☆☆☆

 森の中で、年上の女性と、性の目覚め。少年が主人公の話だからさっぱり書いたのだろうか、いつもの魅力のアヤシサが感じられなかった。ドキドキのネタだけどあまりドキドキもせず。遠回しなところが実はいいのかも。制作秘話みたいなのを書いたあとがきにはちょっと感心しちゃった。


『へのへの夢二』 筑摩書房 (256P \1700)
★☆☆☆☆

 なんじゃこりゃ。久世光彦らしいと言えばとても久世光彦らしいのだが、最初から最後までエロ話しか出てこない。「女の子は七つを過ぎれば女である。十を越したら娼婦である」とか、「男を知った女は、<ア>という一声を聞けばわかる」など、うまいと言えばうまいが、倫理的にぎりぎりだろう。病床にある竹久夢二が昔の女とのエロを追想する、妄想しまくりな作品なわけだが、本当に竹久夢二とはこんなエロオヤジだったんすか?これから彼の芸術を観る目が変わってしまう〜。


『曠吉の恋』 角川書店 (266P \1600)
★☆☆☆☆

 つまらなくなったなあ久世センセイ。つまらない、の他に思い付く言葉もない。いかした都々逸がいっぱい出てくるところはいいんだけど。例えば、「あまりしたいので墓場でしたら 仏ばかりで 神(紙)がない」。


『女神』 新潮社 (199P \1500)
★☆☆☆☆

 直木三十五、菊池寛、小林秀雄、中原中也、坂口安吾、河上徹太郎、大岡昇平らに愛され、昭和文壇の裏面を生きた女・坂本睦子を多面的に捉えた長編、とのこと。彼女が自殺するまでの、一日の様子が描かれているのだが、なんというかあっけらかんとしていて、なぜ死のうと思ったのか、わからないし。文壇の裏話も、よっぽどツウじゃないと、わからないんじゃないだろか。