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編集:大田拓、更新:2020 年 10 月 5 日

Twitter の功罪


1.莫大な情報の海の中で

Twitter を始めて約半年になります。
最近、Twitter は奇妙なメディアだと感じています。 「奇妙な」とは、あえて言えばバラバラの、または断片的な情報の集合にもかかわらず、一定の力を持っているということです。つまり、情報としては不完全であるにも関わらず、それなりの力を持っているから奇妙だということです。
それでは「完全な情報」というものは何かですが、これはあくまでも Twitter が出現する前の従来のホームページやブログなどと比較した場合の相対的な話ですが、両者にはかなりの相違があります。つまり、従来のホームページやブログの場合は文字数に制限がないので、自分の考えを十分言葉を尽くして説明できるのですが(そういうものが多い)、Twitter の場合は、少ない文字数で、まともな日本語になっていない内容の場合もあります。
さらに、自分の考えではなく、他人の意見に追従するような行為をワンクリックでできてしまうため、それが発信者の意識とは無関係に予想もしない影響を他者に与えることがあります。これが「一定の力を持っている」ことの意味です。

従来のホームページやブログの場合は、情報を発信するには内容を HTML で書いてサーバーにアップロードするなどの一定の技量が必要なため、誰でも自由に発信できるわけではありません。つまり自分の意見を発信できる人間は限定されています。
これに対して Twitter の場合は、あまり高度な技量は必要ありません。
Twitter のページにアクセスして、「いまどうしてる?」という欄に単語またはフレーズを入力して「ツイートする」ボタンをクリックするだけです。または表示された他人の情報に「いいね」ボタンをクリックするだけで、その情報に対して支持を表明することができます。
従来のホームページやブログの場合も、情報量は膨大でしたが、Twitter の場合は高度な技術が不要で発信操作が簡単なため、誰でも、日常的に発信できるため、情報量は膨大を通り越して莫大な量に達しているでしょう。

それではこの何が問題なのでしょうか。
僕が感じている問題点は、断片的な情報が多すぎるために、全体像を把握することが難しく、その分、正しくない情報を信じてしまう危険性が高いということです。
人々(ユーザー)は莫大な情報の海の中に漂っています。掴まれそうな木片や破片は多数流れてくるのですが、どれも断片的で自らの体を任せるに足るほどのものではない。どの漂流物に捕まればよいか、分からないということです。 したがって、よほどしっかりした意識を持って利用しないと、情報の海に漂い続けるしかありません。

従来のホームページやブログの場合は、記述されている内容について全体を見ることが比較的容易だったため、内容が正しいかどうかを判断し易く、情報を(大きく間違えずに)俯瞰することができます。
しかし、Twitter の場合は、記述されている内容が断片的すぎるため、全体像を把握できません。元の情報源は、特定のニュースなどそれなりに信頼度が高い場合もありますが、中間介在者によってさまざまな色付けがなされ、表示される結果は元の情報の真の意図を離れて偏った色づけされたものになる場合もあります。
つまりユーザーは細切れの情報をつなぎ合わせて、正しいか正しくないかはっきりしないまま全体像を組み立てるか、全体像を把握しないまま、情報の海に漂うしかありません。
細切れの情報をつなぎ合わせて、正しく全体像を組み立てることは容易なことではありません。
ネット上の情報はそもそも玉石混交ですが、Twitter の場合はその度合いがけた外れに大きく、かつ量が膨大なため、石の中から玉を見つけるのが非常に難しいということです。

この全体像を俯瞰することの難しさを、今話題の大阪の都構想を例に説明しましょう。

2.大阪の都構想問題の例

大阪市を廃止して、大阪市を東京のような複数の特別区に再編する問題が大阪都構想問題で、Twitter 上で大きな論争になっています。
僕は、横浜市民ですから、都構想に賛成でも反対でもありません。ただ、Twitter 上で実にさまざまな意見が飛び交っているので、どちらの言い分が正しいのかを知るために、客観的な立場で全体像を理解したいと思っています。
これについては大阪維新の会が主導して住民投票を計画しています。大阪公明党は都構想に賛成、大阪自民党は反対のようです。
Twitter に表示される意見は圧倒的に反対が多いようです(僕が反対者のつぶやきを数多く見ているだけかもしれませんが)。
反対の理由に多いのが、都構想が実現すると大阪市は政令指定都市としての権限を失い、大阪市民は大きな損害を被る、ということです。
この「都構想が実現すると大阪市は政令指定都市としての権限を失い」は、政令指定都市の定義から事実でしょう。 ただし、自治体のもつ権限の大きさと、市民の幸福度とが必ず比例するかどうかは、自明のことではありません。

テレビのコメンテーターの意見では、大阪は横浜よりも市民の数が100万人も少ないのに、職員数は横浜よりも2万人多く、極めて非効率な行政が行われていると言われています。 この原因は大阪府と大阪市の二重行政にあるというのは賛成派の主張です。
なお、余談ですが、神奈川県と横浜市が二重行政で非効率な行政を行っている、という話は聞いたことがありません。
一般論としては、権限の面からは政令指定都市の方が大きいのですが、市民の立場から権限が大きい方が良いか一概には言えません。
どちらの言い分が正しいのでしょうか。
それで、反対派の意見だけでなく、賛成派の意見も見てみようと考え、最近は大阪府の吉村君のツイートもフォローしています。ただし、彼のツイート内容は、コロナの感染数の報告が主で、都構想に関しては良いことしか書いていないようにも感じます。

3.水彩画関連の Twitter

Twitter では趣味の水彩画についても関心を持って見ています。
具体的には、自分がスケッチした絵を紹介する場合もあります。たまに僕の絵を見てくれた人が「いいね」をクリックしてくれると嬉しくなって、僕からお返しにその人をフォローしたりします。

水彩画の大家の一人で、僕も短期間習ったことがある笠井一男先生は、当初からフォローしています。
笠井先生は Twitter でブログのエッセーを紹介していますが、興味深い内容が多いですね。
先日は「絵を描く人の立場と見る人の立場」についてのエッセーの紹介でした。
内容は、見る人の立場からは水彩画らしいあっさり塗った仕上がりの絵を見たいのだが、描く立場からはもう少し、もう少しという気持ちがあり、結局、色の汚れた絵になってしまう。だから、「見る人の立場を忘れてはいけない」ということで、なるほどな、と頷く内容でした。

王軍さんのことも調べてみましたが、Twitter には見当たりません。王先生は中国人ですから、日本語でのつぶやきは得意ではないのでしょう。
Milind Mulick さんについては、以前、このHPで紹介しましたが、彼の水彩画の伸び伸びした表現が好きです。それでツイートを調べてみましたが、2015 年 3 月 20 日でつぶやきが途切れています。亡くなられたのでしょうか。
残念なので、彼の Twitter から勝手に一枚だけ紹介させていただきます。
僕は、こういう水をたっぷり使って描いた伸び伸びした絵が好きで、僕の理想形でもあります。

日本を代表する女性水彩画家には、たとえば、永山裕子さん、小野月世さん、右近とし子さんなどがいます。
調べた結果、永山裕子さんと小野月世さんは Twitter を使っているので、早速フォローしました。右近とし子さんは Twitter を使っていないようです。
永山裕子さんのつぶやきは個展の紹介程度で、(正直言って)少々面白みに欠けます。
小野月世さんは個展の紹介の他、指導している水彩画教室で見本として描いた作品の紹介もあります。彼女の流れるようなタッチの水彩画には毎回感嘆しています。それで、ある日、僕が感心したことを書いて返信したのですが、小野さんから返事がきました。
水彩画を始めた頃、彼女の本を数冊購入して何度も読んだのですが、まさか、Twitter で小野さんから返事が来るとは、正直、予想外でした。
(2020-10-5)



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