trados
「毎日が金曜日」
編集:太田拓、更新:2013年5月30日

翻訳業のストレス

1.タチの悪い仕事

英文和訳の仕事を始めて、間もなく3年になります。
1年間に「no match」換算で約25万語翻訳していますから、「no match」以外も含めると、3年でほぼ100万語くらいは翻訳したことになります。ほぼコンスタントに仕事を回してくれる翻訳会社には心から感謝しています。
最近は、趣味で水彩画を描いていますが、「仕事あっての趣味」ですからね。

これだけ仕事量をこなしていると、実にさまざまな仕事に直面します。特に仕事の性質(タチ)については、タチの良いものから、悪いものまで様々です。タチの良い仕事の場合は楽しいのですが、タチの悪い仕事の場合は本当にストレスが溜まります。タチの悪い仕事とは、英文和訳以外の面での苦労が多い仕事です。

タチの良い仕事とは、スタイルガイドと用語集が完備していて、かつ翻訳対象となるバックデータ(ソース)が提供されている場合です。
タチの悪い仕事は、その逆です。スタイルガイドや用語集はなくとも何とかなりますが、バックデータが提供されない場合は苦労します。バックデータがなく、前後の文脈が不明で、かつ、文節が短い場合は、本当につらいですね。
たとえば
Never !
なんて、たった一語だけの文節を翻訳したことがありますが、どう訳してよいか見当がつかず困りました。この時は、省電力モードをオンにするかどうかの質問に対する回答らしいことが想像できたので「使用しない」と訳し、誤訳と言われても仕方ない、と腹をくくりました。

タチの悪い仕事は、出来たら断りたいのですが、タチの良し悪しは受注時には分かりません。最近では、どんな仕事にもストレスはつきもの、と割り切っています。

2.自由に書けないストレス

「言葉」を仕事にしている人たちは沢山います。
たとえば、作詞家は短い言葉を生みだすことを仕事にしています。なかにし礼さんは学生時代にフランス語が良くできたので、シャンソンの訳詩をして学費に充てていたそうです。その後、訳詩から作詞に転向してヒット曲を連発しましたが、それに飽き足らず本を書いています。また昭和のヒット曲を連発した作詞家の阿久悠さんも、最後は本を書きました。翻訳家として有名な常盤新平さんも、本を書きましたが、やはり他人の本を訳する作業だけでは満足できなかったのではないでしょうか。

作詞家や翻訳家として成功した人たちが、本を書く方向に移行していったのは、ストレスが高じた挙句の産物だったのではないかと考えています。 作詞の場合は、短いことばで情景を表現する必要があります。長々と書いたのでは曲に乗りません。翻訳では長い文章を書く場合もありますが、あくまでも原文に忠実に訳す必要があり、勝手気ままに文章を書くわけにはいきません。作詞家も翻訳者も自由に文章を書けないという面では同じストレスを感じているはずです。
その結果、自由に文章を書きたい、そして本にしたいという気持ちが高ぶっていくのではないでしょうか。

技術文書でも、文学作品でも、経済小説でも、翻訳とは他人が外国語で書いた文章を母国語に置き換える作業である、と言う面では同じです。内容を勝手に変えてはいけないことは言うまでもありませんが、産業翻訳の場合はさらに細かい決めごとがたくさんあります。こういう作業を延々と続けているとストレスが溜まってきて、たまには、駄文でもよいから、自由に文章を書きたくなります。

3.英文和訳のメリット

翻訳業のストレスばかり書きましたので、最後に翻訳業のメリットにふれます。
英文和訳の仕事をするようになって、良かったと思うことの一つに、脳内の「言葉を紡ぐ回路」が活性化したことがあります。毎日、英文を読んでそれをどのような日本語に置き換えるのが良いか、考えているわけですから、言葉を紡ぐ回路は自然と活性化していきます。この回路が活性化したことにより、会話で「言葉に詰まる」ようなことがほとんど無くなりました。
昨年、親戚の結婚式でスピーチを頼まれたのですが、あまり苦労せず、すらすらと言葉が出てきたので、自分でも内心驚きました。

昔、司馬遼太郎さんの講演を聴いたことがありますが、話のストーリーの簡単なメモを時々見るだけで、1時間ほど、滔々と興味ある話をされましたが、ああいうのも、作家として毎日言葉を紡いでいることから、この回路が特別に活性化しているためでしょう。司馬さんに限らず、一般に著述業に従事されている方は、皆さん、弁舌がたちます。
(2013-5-30)



【ホームに戻る】