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「毎日が金曜日」
編集:太田拓、更新:2013年10月16日

カタカナ語の氾濫について

1.翻訳者とカタカナ語の関係

8月末に「カタカナ語の乱用によって精神的苦痛を受けた」としてNHKが告訴されたとの新聞記事を読み、少々驚きました。
カタカナ語の氾濫についてはその通りですが、NHKは世間一般で通用しているものを使っているだけですから(これが乱用かどうかは議論の余地がありますが)、告訴されるのは少々気の毒です。ただし、原告はそれを承知の上で、カタカナ語の氾濫について一石を投じる意味で、「正しい日本語を話す」義務のある組織の代表としてNHKを選んだのでしょう。
明治の初期に、福沢諭吉が「economy」を「経済」と訳し、正岡子規が「baseball」を「野球」と訳したことと比べて、原告らは「現代の翻訳者は何をやっているんだ」と怒っているかもしれません。裁判所がどういう判断を下すか、興味があります。

一般にカタカナ語はアメリカやヨーロッパ発の文化、システム、方式などに由来します。英語以外の言語に由来するものがありますが、英語に由来するものが大半ですから、英文和訳を仕事にしている僕にとって、カタカナ語の氾濫は他人事ではありません。
そこで翻訳者の立場から、カタカナ語の氾濫について考えてみたいと思います。

カタカナ語については、翻訳の依頼主からカタカナ語を指定されることもありますが、翻訳者独自の考えでカタカナ語にする場合もあります。
翻訳者の立場から見ると、(1)日本語で済むのにカタカナ語にしているケース、(2)日本語では正しく意味が伝わらないのでやむを得ずカタカナ語にするケースがありますが、それ以外にも、(3)日本語で十分訳せるが、その他の効用が大きいためにカタカナ語にするケースもあります。「その他の効用」には、発音しやすい、新しさを伝えやすい、などがあります。

2.日本語訳で済むケース

たとえば、「solution」ですが、「解決策」と訳せばよいのに、クライアント (これも依頼主を意味するカタカナ語ですが) の指示でわざわざ「ソリューション」なんて歯の浮くようなカタカナ語にする場合があります。
ー当社は他社にはできないソリューションを提供できますー
なんていう具合です。翻訳しながら「解決策でいいのになあ」と思うこともしばしばあります。
どうも、IT業界の人たちは、「解決策」よりも「ソリューション」の方がスマートだと感じるようですね。

一般にIT分野では、ほとんどの概念がアメリカから来ていますから、カタカナ語が多いのはやむを得ません。
オペレーティングシステム、インターネット、ブラウザー、コンピューター、パソコン、ネットワーク、イーサネット、セキュリティ、ソフトウェアなど、カタカナ語が充満しています。このようなIT用語を日本語で訳せと言われたら、できないわけではありませんが、くどくど説明しなければならないなどのマイナス面の方が大きいので、IT分野は例外扱いした方が、議論がすっきりするでしょう。

それではIT分野以外ではどうでしょうか。
たとえば、災害時などに患者を3段階に選別する「トリアージュ」は、「患者の3段階選別法」で十分通用します。「トリアージュ」は初めて聞く人には、さっぱり見当のつかないカタカナ語で、カタカナ語にしたことの効果はあまりありません。

3.カタカナ語の方が効用が大きいケース

カタカナ語にした方が、注目を集めたり、注意を喚起したり、新しさをアピールする効果が大きい場合もあります。
たとえば、最近流行りの「タブレット端末」ですが、漢字の「平板端末」では、商品としての新しさは伝わりません。
また「タッチ・パネル」は「接触板」では如何ともしがたいですね。
一方、「自動車」や「自転車」や「飛行機」は昔からそのまま使われていますが、「自動二輪車」の方は「バイク」が一般的です。 「自動車」や「自転車」や「飛行機」という言葉は音節数が短くて発音しやすいことの他に、古臭さを感じさせません。これに比べて、「自動二輪車」の方は音節数が多く、かつ古臭いイメージがします。
また「コンピューター」は、1970年代には「電子計算機」と呼ばれていました。しかしその後の性能の飛躍的進化の過程でいつの間にか「コンピューター」が普通になってしまいました。「電子計算機」では昔の性能の劣った古臭い機械のイメージが払しょくできません。

最近、気象庁が従来の「警戒警報」に代わって「特別警戒警報」などの用語を使うようになりましたが、日本語の「特別」が付いたからと言ってもピンと来ません。 見慣れた漢字を追加するよりも、災害のレベルを段階に分けて「レベル7」、「レベル6」などと表現してもらった方が緊迫度が伝わりやすくなります。見慣れた漢字の組み合わせでは、新しさや重大性が伝わりにくい、という面があります。

つまり、日本語に訳すことができても、その日本語では新しさや重要度を伝えることができない場合は、カタカナ語が好まれるようです。簡潔な(これが重要!)日本語で新しさや重要さを伝えることは難しいものです。

4.英語の意味の広さ

カタカナ語の氾濫に、一定の根拠を与えるとすれば、それは英語と日本語の根本的な違いにあります。以前にも書いたことですが、英単語と日本語の単語は1対1に対応せず、通常は、英単語の方が日本語の単語よりも意味が広いという特徴があります。

たとえば、「ヘア・ケア」は「髪の手入れ」ですが、「ペット・ケア」はペットの手入れではなく、ペットの世話になります。また患者のケアなら患者の手入れではなく、患者の世話または介護になります。このように、日本語なら状況に応じて「手入れ」、「世話」、「介護」など言葉を変えなければならないところをカタカナ語なら「ケア」だけで済みます。

また、「インフラ」は、「infrastructure」のカタカナ語です。「infra」は「下」を意味する接頭語のため、「infrastructure」は「下部構造」と訳されますが、この見慣れた漢字の組み合わせでは、何を指すかよく分かりません。この言葉は道路や橋梁や下水道などの社会を構成する基本構造物を指すのですが、土木構造物だけを指すわけではありません。ビル内の通信ネットワークや、駅構内での無線ネットワークなどの通信の基本構成も指す場合があります。

このように英語(従ってカタカナ語)なら、広い概念を1つの単語で表現できるという便利さがあります。また「下部構造」よりも「インフラ」の方が音節数が少なくて発音しやすいという面があります。このように、カタカナの方が手軽(発音しやすい)で広い意味で使えるという事情や便利さが、カタカナ語の氾濫の主たる要因でしょう。 したがって、日本語訳にこの便利さを上回るだけの強さや新しさがない限り、NHK裁判の結果に関わらず、今後もカタカナ語は増え続けることでしょう。

(2013-10-16)



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