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「毎日が金曜日」
編集:太田拓、更新:2015年2月17日


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翻訳業を目指している人に

1.翻訳業5年目のまとめ

定年退職後に英文和訳の翻訳業を初めてから、丸5年になります。おかげさまで、今取引のある翻訳会社からはほぼコンスタントに仕事がきます。
これまでに翻訳した分量は、100万ワードを超えるでしょう。この世界では50万ワードを翻訳すれば一人前といわれていますから、その2倍を翻訳したことになります。
この5年間で、ストレスが溜まる仕事から知的な面でエキサイトするものまで、さまざまな仕事を経験しました。したがって「一人前」かどうかは別にして、どのような仕事が来てもパニックに陥るようなことはなくなりました。
翻訳の実務に携わったことのない人は、「パニックに陥る」状況がどのようなものか、分からないかもしれません。
翻訳とは、ある言語で書かれた文章を別の言語に変換するだけではなく、言語以外の面で処理(=格闘)しなければならない点が多々あります。この具体的な説明を始めるときりがないので省略しますが、経験を積むしかないようです。

今回は、これから翻訳業を始めたいと考えている人たちのために、何か役に立つ話を書こうと思います。

先月、スケッチ仲間からある相談をうけました。相談内容は、その人の息子さんがドイツ語ができるので、ドイツ語の分野で翻訳業をしようかと考えている。ついては何かアドバイスをもらえないか、ということです。
その時に思いつくままに話したのは以下のようなことです。
(1)分野にもよるが、大した稼ぎは期待できない。自分一人で食っていく程度なら稼げるが、家族を養っていくのは難しい。
(2)仕事が多いか少ないかは、言語だけでなく、専門分野にもよる。したがって、単にドイツ語が得意だからというだけでなく、仕事の多い分野を見極めて、その分野での知識を深める必要がある。
(3)分野にもよるが、パソコンに習熟していることが必要とされる分野もある。
以上の話は隣同士でスケッチをしながらのことでしたから、あまり詳しい説明はしませんでした。以下で、このもう少し詳しく説明しましょう。
なお、(3)は、翻訳メモリーソフトを使っている人には自明のことですから、これ以上説明しません。

2.翻訳料

産業翻訳の場合、一般に翻訳メモリーと呼ばれるソフトを使用して翻訳します。この場合の翻訳料金は no-match (一致率=0%)換算で支払われ、一致率が高くなると料金は下がります。これまでに100万ワード翻訳した、と話しましたが、これはno-match で100万ワードのため、実数はこの1.5倍くらいになります。
翻訳を始めた当初は安くてもいいからとにかく仕事を回してくれる会社を探しました。したがって最初に取引した翻訳会社の場合は低い単価の仕事がたまに来る程度で、翻訳料は小遣いにしかなりませんでした。それでも定年退職後の仕事にありつけたことで、ありがたいと思っていました。

現在取引のある翻訳会社の場合、単価も上がり、かつ仕事が継続してくるため、それなりの稼ぎにはなっています。しかし、翻訳料だけでは、裕福な暮らしは難しいでしょう。
人づてに聞いた話で根拠は乏しいのですが、医療や医薬品の分野では単価は相当高いと聞いています。若くてばりばり仕事のできる翻訳者の場合は大企業のサラリーマン並みの所得があるようです。家族を養えるだけの翻訳料を稼ぎたいのなら、単価が高くて、かつ仕事量の多い分野を専門にする必要があります。
産業翻訳分野でも、特許、契約書、会計・財務分野などさまざまあります。どの程度の稼ぎになるのかは知りませんが、得意な分野が、どこかで見つかるはずです。

3.仕事の多い分野、少ない分野

華やかでも市場の小さい分野は敬遠した方がいいでしょう。たとえば、字幕翻訳の場合、マーケット(市場)はさほど大きくないと聞いています。洋画のセリフを日本語に翻訳する字幕翻訳者の場合、「華麗なる字幕翻訳者」と呼ばれている合計10数人の人たちだけで仕事が足りているそうです。
つまり、どれほど単価が高くとも、どれほど稼ぎが良くとも、この分野では新人が新規参入する余地はほとんどありません。
また、ビジネス本などの出版本の翻訳は、翻訳料はいいのでしょうが、その分野で相当名前の知られた翻訳者でないと相手にしてもらえないのではないでしょうか。たとえば、今話題の「21世紀の資本」の場合、翻訳者の一人である山形浩生さんは翻訳者として相当著名な方のようです。
このような華やかな分野は、若い人には積極的に挑戦してもらいたいのですが、定年後の仕事として「翻訳でもしてみようか」という人には(僕も含めて)少々難しいのではないでしょうか。

苦労して翻訳業にありつけたとしても、市場の小さい分野ではたまにしか仕事が来ません。
地味でも良いから、長年培ってきた専門知識を活かせて、かつ市場の大きい分野つまり仕事量が多い分野に参入することが重要です。
市場の大きい分野を調べるにはインターネットで「翻訳者募集」のキーワードで検索するとよいでしょう。どのような会社がどのような分野の翻訳者を求めているか、分かります。

専門分野に関することですが、自分の専門分野をあまり狭く定義しない方が良いでしょう。 長年関与してきた専門分野なら、用語の意味やその使い方などに習熟しているため、翻訳の仕事で大きな強みであることは間違いありませんが、自分の得意分野の仕事が継続してくる保証はありません。
自分が得意とする分野はあくまでも翻訳業の入口に過ぎません。間口はなるべく広くして、仕事を沢山回してもらう方が賢明です。異なった分野の仕事でも少しずつこなしていけば、何とか翻訳できるようになり、専門分野が広がっていきます。
(2015-3-3 追記)

4.英文和訳で大事なこと

英文和訳の仕事をする上では、英語力よりも日本語力の方が重要です。
英語力は、文章をパッと読んで、パッと構文がつかめる程度でよいと思います。 ボキャブラリーが豊富であればそれに越したことはありませんが、必須ではないように思います。知らない単語がいくつかあっても、今の時代はすぐ調べられますから。

日本語力とは、難解な文章を書くことではなく、読みやすい日本語が書ける能力を指します。
僕は工学の世界で生きてきましたが、小学校から大学院まで、読みやすい日本語を書く本格的な訓練をうけた記憶がありません。卒業論文や修士論文では内容が重視されるので、日本語の書き方についてうるさく言われた経験がありません。これは僕に限らず、特に技術者に共通しているようです。
たとえば、「美しい水車小屋の少女」という表現について考えてみましょう。ここで「美しい」が「水車小屋」にかかるか、「少女」にかかるかで位置が違ってきます。このように意味が一義的に通らない文章を書く間違いをしばしば起こします。
一般に日本語は主語と動詞が離れているので、読み手にストレスを与えると言われています。読みやすい文章とは、
意味が一義的に伝わる、
動詞と目的語を近付ける、
などして読者にストレスを与えない文章を指します。

毎日読む新聞記事の場合、ただ漫然と読むのではなく、分かりにくい表現をしていないかどうかという観点から読むと面白いですよ。
朝日新聞のような練達の書き手が揃った新聞の場合はあまりありませんが、それでもごく稀にオヤッと思うことがあります。
たとえば2015年2月12日の朝刊に、「化学メーカー、酒造りに一役」という記事がありました。この1行目は次のように書かれています。
化学メーカーの水をおいしくするな
どの技術が、おいしいお酒づくりに役
だっている。
この1行目を読んで、一瞬「化学メーカーの水をおいしくする」と誤解してしまいました。後まで読めば、 化学メーカーの「水をおいしくするなどの技術」であることが分かるのですが、改行の関係で分かりにくい表現になっています。
この文章は、
化学メーカーの、水をおいしくするなどの技術がおいしいお酒づくりに役だっている。
とか、または
水をおいしくするなどの化学メーカーの技術がおいしいお酒づくりに役だっている。
とすれば問題ないのですが、筆者は変な個所で改行されると予想できなかったのかもしれません。
アラ探しの類の行為であまり自慢できませんが、「分かりやすい」文章を書く訓練にはなるでしょう。
(2015-2-17)



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