trados
「毎日が金曜日」http://www2.odn.ne.jp/fridays/
編集:太田拓、更新:2011年2月25日

(4)トライアル不合格の理由

1.トライアル合格の秘訣

翻訳を志した頃、翻訳会社のトライアル(無償のテスト)を何度も受け、何度も不合格になった。訳としては完璧なはずなのに、なぜ不合格になるのか分からず大いに困った。「模範解答を見せてくれ」と文句の一つも言いたいことが何度もあった。

不合格通知が続くと気分が滅入ってきて、翻訳業を諦めかけたこともある。その頃、全くの幸運で、ある翻訳会社で Project Manager をしている女性と話し合う機会があり「合格する秘訣」を丁寧に教えてもらった。彼女の話を聞いて「目から鱗」の思いがした。

彼女の話を要約すると、訳に間違いがないだけではだめで、「訳文」が日本語の文書として、完全でかつ自然な表現になっていないと、合格にしてもらえない。合格通知をもらうためには、翻訳する文書が書かれた背景も考慮して、適切な日本文にすることが必要である。このことを知ってから、「合格通知」が来るようになった。

2.例題(文書の状況を考慮する)

たとえば「For your safety」の場合、「あなたの安全のために」では不合格になる。意味はその通りだが、この訳では、この文書が使われる状況を想定していない。「For your safety」は通常、製品のマニュアルの冒頭で、製品を安全に使ってもらうために、ユーザーに注意を喚起する文言である。だから、これは「お客様の安全のために」とか「安全にお使いいただくために」などと訳すのが正解になる。

また、「Dear Colleagues」で始まる手紙の場合ならどうだろうか。直訳すれば「同僚の皆さん」になるが、この訳で正解の場合もあるが、正解とは言えない場合もある。たとえば、労働組合の委員長の挨拶文なら「同士諸君」でいいかもしれないし、社長が社員に送るメッセージ文なら「社員の皆様へ」くらいが正解であろう。
アメリカの企業の場合は立場の上下にこだわらず気楽に名前を呼び合う習慣があるが、日本企業の場合はそこまで馴れ馴れしくはしないから、社長が社員に送るメッセージで「同僚の皆さん」ではおかしい。固すぎても柔らかすぎてもいけない。社長としての地位や礼儀正しさも必要になる。訳文ではそういう微妙な点も考慮しなけらばならない。

3.例題(読みやすさを考慮する)

もう1つ重要な点は「読みやすい」ということである。読みやすいとは、読者にストレスを感じさせないことを意味する。一般に日本語は読者にストレスを与えやすい言語であると言われている。日本語がストレスを与えやすい原因は、英語に比べて、主語と述語が離れていることなどがある。特に長い文章の場合、「主語」と主語がどうするかを述べる「述語」の間に長々と説明が入ると、文章の最後まで「主語」を意識している必要があり、そのため、ストレスを感じるのである。そこで、長い文章の場合は、途中で文を区切って2文に分けて読みやすい文章にするなどの配慮が必要になる。

また「動詞」とその「目的語」を近づけることも重要である。たとえば、「箸でご飯を食べる」のと「ご飯を箸で食べる」とを比較すると、一般には動詞と目的語が接近している前者の方が優れている。このような短い文章の場合にはどちらでも気にならないが、もっと長い文章の場合は「動詞」と「目的語」が離れていると読みづらい。つまり、ストレスを感じるのである。

もちろん、状況によって結果は変わる。ご飯はフォークと箸とどちらで食べますか?という質問に対して「箸」という手段を強調したい場合は「ご飯は箸で食べる」のが正解になる。

以上の説明で、「文書の状況を考慮する」は、ある翻訳会社の PM から教えてもらった話。その会社との付き合いはそれきりで終わったが、彼女のアドバイスがなかったら、僕は翻訳業を諦めていたかもしれない。「読みやすさを考慮する」はある翻訳会社の仕事をするようになってから、その会社の社長から注意されて知ったこと。こういうことは指摘されれば納得できることだが、英語ができる=翻訳、と単純に思い込んでいた僕には新しい発見だった。 (以下次号)



【ホームに戻る】