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編集:太田拓、更新:2016年6月13日

(5)「You Raise Me Up」の訳詞

1.翻訳業 2 年目のまとめ

翻訳を始めて約 2 年が経ちました。おかげさまで仕事はコンスタントに来ます。多少波はありますが、平均して月に 20 日以上仕事をしている計算です。この 2 年間に翻訳した量は約 50 万語。一般には「50 万語翻訳すれば一人前」と言われています。これは、これくらいの量をこなすと、ほぼあらゆる文章や構文を経験するから、英文を前にして困ることがなくなるから、ということでしょう。

しかし、まだ一人前とは思っていません。難しい構文や何かが省略された構文を前にして、訳をひねり出すのに一苦労することは結構あります。また、僕ができる翻訳の分野は限られているので、少し毛色の違った仕事が来ると大変ですよ。その都度ネットを駆使して用語や製品や技術分野を調べる必要があります。しかしネットのおかげで、この種の調べ物が随分楽になりましたね。

また、翻訳に使うツール(翻訳ソフトのこと)も増えました。当初はTrados だけだったのですが、その後、「WordFast」と「TranslationWorkSpace」も使うようになりました。 これは翻訳会社からの要請でやむを得ず、というところです。「Idiom」も使え、と言われたのですが、これは断りました。
それともう一つ。Trados は未だに 2007 を使っています。僕はTrados 2009 も持っていますが、この2年間でTrados 2009 の仕事は 1 件もありませんでした。2011 年の暮になって、未だに Trados 2007 しか必要とされないのですからね。SDL社はほぞを噛んでいるでしょうね。

2.「You Raise Me Up」の訳詞

翻訳(英文和訳)の仕事に慣れてくると、妙なもので、英文を前にすると訳してみたくなるものですね。

テレビを見ていてもそうです。妙な英文が出てくると、ピッタリ来る日本語に置き換えてみたくなります。
たとえば、マクドナルドの宣伝文句「I'm loving it」ですが、皆さんならどう訳しますか。関西弁なら「俺、好きやねん!」、首都圏なら「僕、これ好き!」くらいのところでしょうか。
CANON の「make it possible with CANON」は4音節のため、発音しにくいですね。キャッチフレーズというものは短くなければなりません。「make it with CANON」または「possible with CANON」と、3音節にした方がすっきりしています。またこれでも分かりますよ。

最近、YouTube を見るようになりました。
特に素晴らしいと思うのは、Celtic Woman が東福寺の夜景をバックに歌う「You Raise Me Up」です。
紅茶の宣伝でもこの歌が歌われていますが、Celtic Woman のものとは相当雰囲気が違います。
まだご覧になったことのない方は下記をクリックして、是非一度 YouTube で聴いてみてください。

ここをクリックすれば、聴けます

英文の歌詞は平易な単語だけで書かれていますが、ピュアな雰囲気があります。こういう英語の歌詞をその雰囲気を維持したままで日本語に置き換えられたらいいなあ、と思って、訳してみました。
原文の詞は次の通りです。
When I am down and oh my soal so weary
When troubles come and my heart burdened be
Then I am still and wait here in the silence
Till you come and sit a while with me
You raise me up so I can stand on mountains
You raise me up to walk on stormy seas
I am strong when I am on your shoulders
You raise me up to more than I can be

これを次のように訳してみました。

悲しい思いに 沈むとき / 苦しいことに 悩むとき
静かに想う あなたのこと / わたしの傍に すぐに来て
あなたとなら 険しい山も / 嵐の海も 越えていける
あなたといると 強くなれる / あなたの愛が 支えてくれる

一応、原詞の意味を尊重しながら、愛の歌らしい訳に意訳しました。原文に忠実すぎると歌詞にならないし、極端な意訳ではオリジナルな作詞になってしまうし、訳詞はなかなか難しいものですね。
7番目のフレーズの「on your shoulders」は肩の上に乗る、ということではありません。肩は寄りかかる=頼ることのできる対象を意味します。藤原正彦さんの「若き数学者のアメリカ」に、「I need a shoulder which I can cry on」(私は寄りかかって泣ける肩が欲しいのです)の一節がありますから、これは頼り頼られる男女の仲を指すと解釈すべきですね。
特に難しいのは最後のフレーズです。直訳すると、「あなたは私を私の実力以上に引き上げてくれる」ということですが、女子マラソンランナーとコーチの関係みたいですね。「私の実力以上」とはどういうことでしょうか。悲しみや苦しみに耐えて生きていける、ということでしょうか。それなら「苦しいことにも負けないわ」なんて歌詞になりますが、これではラブソングにはなりません。
結局、ここは「悲しみに負けずに私はあなたと生きていく」くらいの意味でしょうね。そう解釈すると、「あなたの愛が / 支えてくれる」くらいの訳が適当、ということになりますね。

詞の訳と同様難しいのはタイトルの訳ですね。「You Raise Me Up」のタイトルはどう訳せばいいのでしょうね。「あなたの支え」なんて古すぎるし、うまくない。
「Raise」は「引き上げる」意味で、「沈没したタイタニック号を引き上げる」ような使い方をします。この場合は「(精神的に)落ち込んだ私を引き上げて」の意味でしょうが、上手い日本語は見つかりません。やっぱりタイトルは「ユーレイズミーアップ」とカタカナのままにしましょうか。カタカナの訳にすると無能さを曝け出しそうですが、やむを得ません。
それにしても上手いと思うのはタイタニックの主題歌でセリーヌディオンが歌った「My Heart Will Go On」ですね。これは「私の思いは募るばかり」と訳されていますが、上手い訳ですね。

ところで、東福寺は豊臣秀吉が第一子「鶴松」を亡くした時に、ここに駆け込んで大声で泣いたといわれているお寺です。大切なものを失った悲しみの象徴のような場所で Celtic Woman に「You Raise Me Up」を歌わせたプロデューサーも大したものですね。 なお、この話は司馬遼太郎の本からの受け売りです。

3.「コールエバーグリーン」のこと

茨城県に「コールエバーグリーン」という名前の視覚障害者の混声コーラスグループがあります。 このグループを長年指導している「佐々木美穂」さんという方から、2015 年 5 月にメールをいただきました。
メールの主旨は、
1.僕の訳詞の「You Raise Me Up」を使って、コーラスグループで歌いたい。
2.しかし、このままでは曲に乗りにくいので、一部を変更したいが、よろしいか。
というものでした。
僕は曲に乗せることを考えないで訳したため、多分このままでは歌いにくいのでしょう。
さらに、僕が趣味で翻訳し、ネット上で眠っていたものを有効活用していただける、というのですから、僕が断る理由はありません。「どうぞご自由にお使いください」と、僕は佐々木さんの申し出を快諾しました。
その結果、次の素晴らしい訳詞になりました。
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悲しみに沈むとき / 苦しみに悩むとき
静かに想う あなたを / わたしの傍に来て
You raise me up 険しい山も / You raise me up 嵐の海も
わたしは強くなれる / あなたが支えてくれる
You raise me up あなたがいれば
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佐々木さんのおかげで、こんなに良い訳に仕上がったため、訳詞は「大田拓と佐々木美穂」の共訳にして点字楽譜に名前を入れてもらいました。
今年 12 月の茨城県・障害者文化祭での発表を目指して、現在練習が進んでいるようで、僕としても楽しみにしています。
【注:この訳詞の著作権は大田拓と佐々木美穂にあります。】
(2015 年 9 月 4 日 追記)

4.You Raise Me Up 日本語版を YouTube にアップロードしました

You Raise Me Up 日本語版の続きを紹介します。
その後、「コール・エバー・グリーン」の皆さんは練習を重ね、2016年2月、土浦市の県南生涯学習センターでの『まなびフェスタ』で「You Raise Me Up 日本語版」を歌ってくれました。
僕はその時の音声ファイルを送ってもらって聴いたのですが、素晴らしい曲に仕上がっています。Celtic Woman の女性コーラスも美しいのですが、Call Ever Green の女性コーラスと男性コーラの混声4部合唱には、女性だけのコーラスにはない、力強さと美しさと心地良さがあります。

僕は、趣味で翻訳した時点では、これほど素晴らしい曲になるとは夢にも思っていませんでした。繰り返し聴き、聴く度に感心しています。
また最近では、愛知県の高校や、茨城県の教会でも歌われているようです。
いずれにせよ、この曲が長く歌い継がれるようになることを願っています。

この歌を関係者がパソコンで楽しんでいるだけではもったいないので、関係者の承諾を得た上で YouTube にアップロードしました。
ここをクリックすれば、聴けます
なお、混声 4 部合唱の楽譜をご希望の方は、ohtataku@gmail.com までご連絡ください。
(2017 年 4 月 15 日 追記)

5.歌詞の日本語について

翻訳の仕事をするようになってから、日本語の表現に気を使うようになりました。 というか、職業柄、おかしな日本語表現があると気になって仕方がない、という状態ですね。たとえば、サザンオールスターズ。サザンは好きで、車の中ではほとんどサザンの曲ばかりを聴いています。しかし、彼らの詞の中には時々おかしな日本語がありますね。
「絆が割れる」とか「だめになるのを見抜いていた」なんて、おかしい。「絆が切れる」、「だめになるのに気付いていた」の方がいいでしょうね。ほとんど脈絡のない言葉がつながっていたり、こじ付けの日本語が多いのが気になります。
これは曲を先に作ってそれに適当な日本語を振り分けていく、最近の曲作りのスタイルが影響していると思います。しかし、サザンは曲全体の雰囲気作りがうまいので細かい点には目をつぶって聴いていますが。しかし、どうせ作るならもう少し違和感のない歌詞にしてほしいですね。

高橋真莉子さんも好きで、車の中ではいつも聴いています。高橋さんの場合は詞がしっかりしていて、違和感を覚える日本語はほとんどありませんね。これは、プロの作詞家が詞を作ってそれに曲を付けているからでしょう。
ただし「For You」にはもう一工夫ほしかったですね。良い曲ですが、「あなたが欲しい」という部分はあまりにも露骨すぎて、上手くない。中高年の女性があの部分を大声をはりあげて歌っているシーンを見たことがありますが、ちょっと興ざめしました。大和撫子らしく、もう少し婉曲的な表現ができなかったのでしょうか。
翻訳の話から始まって、ついつい脱線してしまいました。 (以下次号)



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