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編集:太田拓、更新:2011年12月15日

(7)誤訳のパターン

1.誤訳の原因

この 2 年間の英文和訳の経験から、誤訳のパターン(または誤訳の原因)は 3 種類に分類できると考えています。ただし一口に誤訳といっても、分野によってレベルは相当違うはずですから、ここで僕が述べるのは産業翻訳の分野のことです。文学作品のような分野では、たとえば中原道嘉著「語訳の典型」にあるような、もっと難しい(あるいは重箱の隅をつつくような)話になる可能性があります。

第 1 のパターンは、「何かが省略されていることに気づかない」ケースです。
重要な用語が省略されていて、これに気付かないと英文解釈は苦しくなります。産業翻訳の分野では「正しく意思を伝える」ことを主眼をおいて書かれた英文が多いので、こういう事例はあまりありませんが、それでもたまに出くわすと苦労します。
文学作品や映画の字幕翻訳では人間同士の会話が主体になります。会話の場合は省略が多いので相当経験を積まないと苦労するでしょうね。

第 2 のパターンは、「単語の一部の意味だけを知って訳す」ケースです。
英語には、一つの語源から派生し、かつ相当異なる複数の意味をもつ単語が多数あります。全く知らない単語の場合は、一から調べるため問題は起こらないのですが、一部の意味だけを知っていると、ついつい調べ直すのが面倒になり、このため誤訳してしまうことが往々にしてあります。
たとえば、「note」という単語は「覚書、メモ」の意味のほかに、「紙幣」「音符」などの、概念的には相当異なる複数の意味があります。これを「note」=「メモ」の知識だけで翻訳しようとすると、困る場合がでてきますね。まあ、自分のもっている知識だけで意味が通じない場合は、こまめに辞書を引くことですね。

2.特定の前置詞に関する問題

第 3 のパターンは、産業翻訳に特有の問題だろうと思いますが、特定の前置詞に関するものです。
前置詞の中でも「in」「on」「at」「from」「into」などは意味が単純ですから、間違えることはまずありません。
難しいのは「for」と「with」です。「for」は目的、期間、影響、行き先、用途などを表すため、5 種類以上の日本語に置き換えられます。「with」も同様です。したがってこの 2 つの前置詞はその前後の状況(またはその分野全体)を正しく理解していないと、正確に翻訳することはできません。

たとえば、ゴルフのテレビ中継で、画面の右上隅に「for birdy」と表示される場合があります。これはゴルフのことを全く知らない人には難しい英文です。「for」は「〜のために」と訳されることが多いので、苦し紛れに「バーディのために」と訳したのでは、意味は合っていますが翻訳文としては不合格です。これは「これを入れるとバーディがとれる」つまり「バーディをとることが目的のパット」ということで、「バーディパット」と訳すのが正解です。「バーディパット」くらいならゴルフの入り口をちょっと覗いてみれば分かりますが、実際の産業翻訳では深刻に悩むこともあります。だって、誤訳は許されませんから。

それにしても、欧米人同士ではこういう広い概念をもつ「for」や「with」で、ストレートに意味を伝達しあえるのですから、英語はなんと単純なんだろうと思います。
一方、日本語はなんて細やかなんだろうと感心します。英語から日本語への変換で苦労するのは、そもそも日本語が細やかな(または多彩な)表現能力をもち、日本人が日々それを当然のこととして使い分けているためです。
単に言語だけの問題ではありません。和食や和食器の繊細さ、美しい自然に由来する俳句などの言葉の遊びなど、日本語を母国語として生まれたことを幸運に思いますね。

3.カタカナ語の氾濫

カタカナ語が多いのも産業翻訳の特徴といえるでしょう。
たとえば、「computer」は昔(1970 年代)は「電子計算機」と呼んでいましたが、「電子計算機」はもはや死語に近く、今では「コンピューター」が当たり前です。コンピューター上で動くソフトのことを最近では「アプリケーション」と呼びます。この言葉は「Application Software」からきていますが、IT 分野に限らず一般の装置や機械の場合にも「応用」という言葉の代わりに「さまざまなアプリケーションが可能です」なんて使われることもあります。
こういうものは数え上げればきりがないほどあります。「解決策を提示します」と訳せばよいのに、「ソリューションを提供します」なんて、ちょっと気恥ずかしくなるような日本語に訳す場合もあります。

また、IT 分野の技術開発が欧米主導で進んでおり、日本人が考えつかないような新しい概念がどんどん入ってくるためですが、元々うまい日本語に訳しにくい用語が多数あります。そのせいで IT 分野ではカタカナ語が氾濫しています。「インターネット」はその代表で、カタカナ語のままで社会に普及していって、受け手はそれを利用することによってその概念を理解してきたわけですね。カタカナ語が先に来て、恩恵は後からついてくる、ということでしょう。

日本人の新しもの好きの性癖もカタカナ語の氾濫を助長する一因になっているのではないでしょうか。たとえば最近流行りのタブレット端末は「tablet」で「平板」の意味ですが、「平板端末」では何ともしまりが悪く、ヒットしそうにありませんね。「タブレット端末」とした方が「従来になかった高機能なもの」との印象を与えます。その恩恵がどれほどのものかは不明ながら、日本人は、とにかく新しいものに飛びつく性癖が強いようですから。
カタカナ語の氾濫に対していろいろ批評しましたが、英語をカタカナに置き換えるだけですむので、翻訳者の立場からは、実は大変楽です。 (以下次号)



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