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「毎日が金曜日」
編集:太田拓、更新:2012年2月23日

(9)ブルー・ライト・ヨコハマ

1.由紀さおり in New York

由紀さおりさんがニューヨークでブレークした、との新聞記事を読んで、早速 NHK の「SONGS」でニューヨーク公演の録画を見てみました。この中で何曲か歌っていましたが、特に「ブルー・ライト・ヨコハマ」は圧巻でした。「ヨコハマ」の地名はアメリカ人にも知られているでしょうから、「blue light + Yokohama」はタイトルとして、絵画的でわかりやすいという面もあります。
「マチのあかりがとてもきれいね、ヨコハマ・・・あなたと二人、幸せよ」なんて平凡すぎるほどの歌詞だし、正直言って、この曲がこれほどの名曲だとは思っていませんでした。歌い方でこれほど印象が変わるとは、改めて歌手の力量を見せつけられた思いです。
なお、由紀さんのブルー・ライト・ヨコハマは:
ここをクリックすれば、聴けます

先日、この話を「クローズアップ現代」でも取り上げていました。それで、やや二番煎じになってしまうのですが、「クローズアップ現代」の内容が正鵠を射ているようには思えませんので、僕の考えを書くことにします。
僕は、由紀さんがニューヨークでブレークした要因は3つあると考えています。
1番目の要因は、由紀さんの、平安美人を彷彿とさせる顔立ちとドレス姿、さらに年齢からくる落ち着いた雰囲気でしょう。
2番目の要因は、歌唱力と美しい歌声です。由紀さんの歌声は、カレン・カーペンターの伸びのある澄んだ歌声と似ており、ともに癒し系ということができます。彼らは、あるいは、由紀さんの歌にカーペンターズを重ねて聴いたのかもしれません。
3番目の要因は、曲目にあります。歌謡曲には、しっとり歌いあげ、じっくり聴かせる素晴らしい曲が数多くあります。たとえば、都はるみの「大阪しぐれ」や矢代亜紀の「舟歌」など僕の好きな曲ですが、しかしこういう日本人好みの(灰汁の強い)曲を避けて、軽い「ブルー・ライト・ヨコハマ」を主題に選んだことが功を奏したといえるでしょう。

「ブルー・ライト・ヨコハマ」が軽いといいましたが、これは相対的なことで、由紀さんの丁寧な歌唱力によって、灰汁が抜け、洗練された歌謡曲になった、と言い換えることもできます。 歌謡曲では、やや大げさに言えば人生の喜怒哀楽が短い言葉に凝縮されています。歌謡曲のファンはこの凝縮された言葉に秘められる思いに魅了されるのですが、一方、どろどろした部分を強調しすぎる面があります。由紀さんは従来の歌謡曲をさらっと歌い上げることによって、上品で洗練された歌謡曲に変質させる能力があります。

昔 PPM が歌ってヒットした「パフ」(日本語訳)の歌の後、アメリカ人の観客が「日本語はわからないけど、英語よりも日本語の方がよい」と言っていたのが印象に残っています。このアメリカ人観客の感想については、英語と日本語の言語比較の問題ではないと考えています。これは PPM が歌った軽いノリの「Puff」と由紀さんが情緒的に歌い上げた「パフ」の、総合的な比較の結果でしょう。日本語の持つ「やわらかさ」や「優しさ」が由紀さんのしっとりとした歌唱力を通じて聴衆の心に届いたのかもしれません。人々の心をむしばむ要因に事欠かない時代には、論理的な英語よりも、柔らかく情緒的な日本語の方が聴く人の心を打つのでしょう。

2.作詞家受難の時代

由紀さんは僕と同じ年齢で、いわゆる団塊の世代です。今回のブレークによって、由紀さんは団塊世代の星になりましたね。
また、60歳を過ぎてもあれだけの歌唱力があるのは、現役を続けているからです。
現時点で、上で述べた1番目と2番目の要因(容貌、雰囲気、歌唱力)を兼ね備えた女性歌手としては、そう多くはありませんが、強いてあげれば、元ハイファイ・セットの山本潤子さんでしょうか。

山本潤子さんが「SONGS」で、ユーミンの「海を見ていた午後」を歌っていました。 「あなたを思い出す / この店にくるたび / 坂を上って / 今日も一人来てしまった」ときて、次に「山手のドルフィンは / 静かなレストラン / 晴れた午後には / 遠く三浦岬が見える」と続きます。彼女の美声と歌唱力としっとりとした曲調に、ついつい吸い込まれそうになります。
山本さんはハイファイ・セットの時代からユーミンの曲を沢山歌っています。山本さんが「卒業写真」や「海を見ていた午後」をニューヨークで歌ったら、由紀さん同様にブレークするでしょうか。

それにしても、ユーミンの(特に荒井由美時代の)曲には素晴らしいものが多いですね。女性作詞家としては、ユーミンと安井かずみさんが筆頭で、特にこの二人の作品には、僕らの世代が魅かれる曲が多数あります。
安井さんは「わたしの城下町」の作詞や「雪が降る」などの訳詞で有名ですが、これ以外にも多数の優れた作品を残しています。

このほか、阿久悠さん、なかにし礼さん、山上路夫さんなどの作詞家が数多くの素晴らしい詞を書き、1990年頃までは日本の歌謡曲界をリードしてきました。毎年、その時代を印象づけるようなヒット曲が生まれ、「レコード大賞」にもそれなりの意味がありました。しかし、シンガー・ソング・ライターが曲を書いて詞をつけて歌ってそれでヒットを飛ばすようになってから作詞家受難の時代が続いています。

最近の若い人たちが作る曲は、総じて長いのが特徴です。従来は1曲3分程度だったものが、最近のものは1曲で4、5分は当たり前になっています。また最近の曲の歌詞には、歌詞というよりも散文に近いものもあります。
このような傾向は、彼ら(とその聴衆である若い世代)が短い言葉で表現する訓練を受けていないせいですが、国語教育を疎かにしてきた結果とも言えるでしょう。

由紀さんの場合、美声と歌唱力は広く知られていますが、「夜明けのスキャット」以降、残念ながらヒット曲に恵まれませんでした。どういう心境の変化かわかりませんが、「ポピュラー・ソング」の世界に一歩足を踏み入れたことによって、ようやく一皮むけた(break した)ということでしょうか。
僕は、阿久悠さんの死によって歌謡曲の時代は終わった、と考えていましたが、由紀さんのブレークがきっかけになって美しい日本語の歌詞の重要性が見直され、そしてもう一度歌謡曲の時代がくることを願っています。 (2012.2.25 一部書き直し)



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