レリクス暗黒要塞


「暗黒要塞」タイトル



 注: 本文中の「レリクス暗黒要塞」の画面の著作権はボーステック株式会社に帰属するものであり、本文ではイメージを伝えるために非営利目的で掲載しています。
 ボーステック社より警告、苦情等を受けた際は、速やかに画面削除等措置を講じます。



 この一文は『レリクス・ニッキ』を書かれた「NO−FUTURE」様と、オリジナルのPC版との比較レビューを書かれた「芸無寺の修行僧」様、それに攻略にあたって参考にさせていただいた「Kyamam,s FAMICOM GAME FAQ」様(許可を取ってないので現在非リンク)に捧げます。お三方の文章を読まなければ、成立しなかったものなので。


出自


 1986年にボーステック社から発表された、登場キャラの肉体を乗り移ることでゲームを進行させる、斬新なシステムを備えたPC用アクションゲームソフト『レリクス』のFCへの移植。87年4月10日発売、ディスクシステム専用。


「おまちください」の怪


 ゲーム開始時のプレイヤーは己の肉体とすべての記憶、つまりこの世界にいる意味を持たない、意識だけの存在だ。掛け値なしの「無」の状態から出発したのち、戦った相手の身体に乗り移り、情報を集めながら世界の秘密に迫るのだが、何をもって最終目的とするかはプレイヤーの自由である(最強の肉体を手に入れる、世界からの脱出を試みる、真実を追求する…等)。また、プレイにおける行動そのものが結末を左右する(ひたすら敵を倒し続けても、必ずしも最良の結果には繋がらない)など、異色だがきちんと考えられた構成を持ち、印象的なグラフィックと音楽で世界観を作り込んだアクションゲーム『レリクス』
 99年以降『RELICS − The recur of ”ORIGIN” −』及び『RELICS − The 2nd Birth −』の2作が発表され、さらにX−boxでも新作が予定されている。

 そのFCへの移植が本作「暗黒要塞」だが、webでの検索結果を見ればお分かりのとおり、とにかく悪評さくさくであったらしい。
 悪評の最たるものは上記の「おまちください」。ただ歩いている時、ボス級の敵(割とどこにでもいる)が出現する時、ハシゴを登ったり穴に落ちたりした時… いつ、いかなる場面でも、当該メッセージとともにディスクを読み込んでプレイを中断させる、作り手のいやがらせとしか思えないようなうっとうしさだった。
 その他にも「ぎこちなく鈍いアクションに楽しさがない」「単なるアクションゲームであり、レリクスと言えない」などの悪評があり、いわゆるクソゲーとしての評価は動かないとみられる。

 後者の移植の意義について言うなら、オリジナルのレリクスでは、己の正体も目的も不明な世界観と、乗り移りのシステムは互いに結びついていた。『何者でもないがゆえに、何者にもなれる』それが身体を手に入れ、乗り継いでいく意味だったわけだ。
 ところが「暗黒要塞」は、あらかじめバックストーリーで『魔王ヘルを倒し、輝きの王女を救う』と目的を定めており、自分が何者か、何をなすべきかを探し求めるモチーフをもたない。つまりこの時点で、世界観上の謎はもちろん、乗り移りのシステムを採用する必然性も、ほとんどなくなってしまっているのだ。いかにもFCの性能では、オリジナルの再現は困難だったのかもしれないが、これではオリジナルを知るユーザーを納得させられなかったのも、無理はないだろう。

 さて、当時中学生だった筆者は、金銭的事情からディスクシステムを手に入れられず「ゼルダの伝説」「スーパーマリオ2」「メトロイド」「ザナック」等の名作をプレイできずじまいに終わった。その怨念の炎は、ディスクシステムが足早に市場から退場し、さらに筆者がほとんどゲーム機に手を触れることのなくなった十数年後まで、胸中でか細くちろちろと燃え続けていた。
 しかしこのマイナーネーム「暗黒要塞」は、タイトルを知ってはいてももはや思い出すことなどなく、記憶の底に埋もれたまま消えていくはずだった…のだが。『レリクス・ニッキ』を読んで爆笑してからというもの、一度手合わせしてみたくなり、それとともに過去の怨念のリベンジを果たしたくなってきて…

 −そして今、筆者の部屋では黒光りするツインファミコン(シャープ製の本体とディスクシステムの一体型FC)がTVにつながれ、「リンクの冒険」「メトロイド」とともに「暗黒要塞」のディスクが卓上に侍っているのだった。


−プレイ雑感− やっぱり辛い…


「ジーカチカチ」


 実際の画面や展開については、『レリクス・ニッキ』を読んでいただければ十分だろう。クリアまでにプレイヤーが持つだろうストレスと憤懣、それにほんのちょっとのカタルシスをコミカルに、かつ的確に表現している。エンディングも載っているので、知りたくない方はその点にご注意を。

 スタート直後、上の階層へハシゴを上っていくと「おまちください」
 通路でたむろする兵士の前で「おまちください」
 イモムシやコウモリ、ミイラらザコ敵の出現前に「おまちください」
 ボスの棲息エリアに突入する時も「おまちください」
 そして本作最大の特徴である、敵戦士の身体に乗り移る場面ではもちろん「おまちください」
 「おまちください」が極短時間に二度、三度と重なることは、決して珍しくない。
 ………
 ……
 …

 慣れる。伝説になるだけのことはあり「読み込みの合間に本編」というのも誇張ではない。しかしやがて、画面のどこで「おまちください」が始まるか、前もって手に取るように分かるようになり、心の準備(=ガマン、諦め)が可能になるのだ。「ジーカチカチ」というディスクのぼやきに、ある種の安らぎを覚えるようになれば、魔王に立ち向かう戦士として、本作に選ばれ得たと言えよう。

 とはいえ、かろうじて感覚をだまくらかして「おまちください」を克服し得ても、自キャラクターの操作系は更なる忍耐を筆者に強制してくる。
 一画面分歩くのに6〜7秒(もちろんダッシュなどない)、ハシゴを昇り切るのに約6秒。画面スクロール時に必ず一瞬立ち止まり、ジャンプは常にためらっているようにのっそり。それが聖戦士候補たる自キャラの運動能力だ。初代スーパーマリオから1年半を経た作品であることは、あえて忘れることに決めた。

 プレイ上のストレスはこれだけにとどまらない。スタミナ回復アイテム(比較的少なく、あちこちに散らばっている)を取っても、一個につき一ゲージ分しか回復しないし(フルチャージで十二ゲージ)、死にやすいゲームバランスなのにContinue&Saveで引き継げるのは、乗り移った身体とキーアイテムだけで、通常のアイテムは全喪失という苛酷さだ。
 なるほどこれを子供時代に体験すれば、大方の人は悪印象しか持つまい。残念ながら、クソゲー呼ばわりも致し方なしか。


よくできている面「も」あります


突き突き突きィィィィィ!!


 それでも、まったく見るべきところを持たない作品だとは思わないので、以下に並べてみることにする。今頃になって買ってプレイした以上、自己暗示をかけてでも「全然ダメでした」とは言いたくない。
 評価されない作品一般に言える、長所がプレイの楽しさにあまり結びついていない面はおおうべくもないが。

 −アクション− 

 自キャラの鈍重さはさておき、動きそのものはよくできていると思う。細かく作られた、剣や拳を繰り出す攻撃のモーションに不自然さはないし、キャラによってはかっこよくさえある。
 また、がに股でハシゴを昇ったり、四つん這いになり臀部を突き出して匍匐全身する姿は実にユーモラスであり、見ていて飽きない。ことに自キャラがソーサリー(魔法使い、掛け値なしに最強の身体)の時は、軽装で脚部の線がもろに出るので、この身体は女魔道師のものだと、自分に言い聞かせることにしている。直立歩行不能な狭い通路を、腰を振りながら通り抜けるのを眺めながら。

 敵キャラのアクションも、総じて滑らかだ。プレイ中もっとも憎むべき相手であるコウモリなど、ひらひら舞ういやらしさをよく表現している。やられると本当に腹が立つので、むしろ逆効果かも

 −システム− 

 システム的に特筆すべき点は、もちろん一には「乗り移り」だが、これはすでに上記で述べているので省略。最初に見た時には、結構ぎょっとさせられる。一見の価値はあるだろう。

 ふたつめ、そしてあまり注目されていない点は、本作は防御の操作においては先行者先駆者だと思われることだ。「敵と向かい合う体勢で反対方向にキーを入れると、攻撃を受けた時自動的にガードし、ダメージを受けない」という、のちに格闘ゲームで標準装備されたシステムを、ほぼ完全な形で採用している。「ほぼ」というのは、しゃがみ防御ができないからだが、いずれにせよ87年の時点では画期的だったのではないか。
 とにかく防御さえしていれば、ザコから最終ボスまでの繰り出す、あらゆる攻撃から身を守ることができる。もしかするとこのシステム採用のため、スタミナ回復が困難な苛酷なゲームバランスが設定されたのではないかとさえ思えるが、もちろんこれは推測に過ぎない。

 −音楽− 

 サウンドは通常面、ボスエリアとも、ゲームの暗く沈んだ雰囲気をよくフォローしている。
 それが最終エリアに突入すると、画面のトーンが明るくなるとともに、透明感あるサウンドに切り替わり、はっとさせられる。同じように古いゲームの例を引くなら、初代「女神転生」のアンフィニ宮と言えばお分かりだろうか。クライマックスを盛り上げる、見事な演出と言えよう。
 ただ、最終ボスまで辿り着くまで考えることはただひとつ「いかに無傷でコウモリを撃ち落すか」という事実が、いささか雰囲気をそこなってはいるが。


クリアーして…


 さして広くない「暗黒要塞」だが、その割には多くの週末と平日の帰宅後の時間を費やし、やっと一度だけエンディングまで辿り着けた。
 「Kyamam,s FAMICOM GAME FAQ」様の攻略ページがフォローしてくれなかったら、もっと時間をムダにした時間がかかったろうし、それでもクリアーできなかったかもしれない。

 本作についてのweb上の記述の大半を占める、快適にプレイできない作品という評価に変更の余地はないが、その欠点を前提としながら、なおささやかな魅力に触れている極少数の記述もあり、本文もそれらに属している。
 PCのオリジナルほど徹底できなかったとはいえ、グラフィック、アクション、音楽がかもし出す、冷たく重苦しい暗黒要塞の空気そのものは悪くない。それを「おまちください」その他の操作系の不備のために、帳消しを超えてマイナスの評価にしてしまっている点で、本作は同87年発表の「星をみるひと」にも通じるものがある。惜しい作品、と言いたい。
 ディスクシステム作品だけに、今後読者の方がプレイする機会はほとんどないだろうが、古い作品の記録として無意味ではないだろう。個人的には、はるか昔に名前のみ知っていたタイトルを征服し得たことに満足している。(平成14.12.11記)

 でもエンディングはどうか… 止そう。この時代のアクションゲームという制約を忘れるべきでないだろうし。


戦士の運命…    嗚呼



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