植物:和名および学名に関する話題
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植物学名に妻の名をつけることができる?

 植物の名前には和名と学名がある。前者は当然ながら日本語であってカタカナ書きを正名とする。本サイトに掲載する植物図鑑では和名の由来についても説明しているが、全てが明らかとなっている訳ではない。例えば、ツバキCamellia japonica Linn.は葉が厚いので厚葉木、あるいは艶があるので艶葉木がつまってツバキとなったなど様々な説がある。時に、朝鮮語のDongbaek(ツンバック)など外来語に由来するという珍説まで飛び出すこともしばしばある。また、植物各種には多くの地方名があるが、まだ、植物名事典は出版されていない。万葉集に多くの身近な植物が詠われていた(→万葉の名花考を参照)ことからわかるように、長い歴史を通して植物は広く日本人の生活に関わってきた。春になれば花見など、わが国にはいわゆる花暦というのがあるが、おそらく世界でもあまり例がないのではなかろうか。生活に密着した植物の名は当然日本語しか使われない。日本の誇る花文化を世界に紹介しようとする場合、和名は日本列島だけしか通用しないので不都合である。実は植物の名前には一般名(和名など各言語による呼称を総称してこういう)のほか、学名(scientific name)というのがある。学名は世界で通用するように一定の規定にしたがってつける名前である。学名はラテン語で記述されるのでラテン名とも称されている。正式な学名は属名(generic name)、種小名(species name)、命名者名(author name)から成り立っており、例えば、イチョウGinkgo biloba Linnaeusで表される。Ginkgoが属名で、bilobaは種小名、Linnaeusが命名者を表す。この学名のルールを最初に提唱したのはスウェーデンの植物学者リンネ(Carl von Linne; 1707-1778;Linnaeusはリンネのラテン語名である)であり、1735年、「自然の体系」(Systema Naturae)、1737年、「植物の属」(Genera Plantarum)、1753年、「植物の種」(Species Plantarum)を出版し、種の概念をはじめて提唱し生物の分類体系を提案した。因みに植物の命名法の基準は「植物の種」に記載され、今日の国際植物命名規約の原点となった。命名者名は省略することができるが、属名と種小名は省略できないので、この方式を二名法(binominal nomenclature)という。属名、種小名としてどんな名をつけるかは命名者にまかされていて特に制限はないので、以下に述べるようにその由来は多様にわたっている。イチョウの属名Ginkgoは江戸時代のイチョウの呼称であった銀杏(ginkyo)に由来し、命名者のリンネが筆記体のyをgに誤認して付けたものであり、そのため「ギンコ」と発音され当時の日本語音のギンキョウとは異なってしまった。因みに銀杏は今日ではギンナンと発音し、専ら種子を指す。属名が日本語由来であるのは、長崎オランダ商館付きの医師であったドイツ人ケンペル(Engelbert Kaempfer; 1651-1716)が日本に植栽されていたイチョウをヨーロッパに紹介した(→日本産植物研究の歴史の概略を参照)からである(左上図はケンペルが著書「廻国奇観」(1712)で表したイチョウの観察図で銀杏の字が見える)。bilobaはラテン語で二つに浅く裂けたという意味で葉の形(イチョウの別名鴨脚は葉の形がカモの足に見立てた)に由来する。種小名には以上のような植物形態に関するもののほか、地名、人名、土着名など様々な名が用いられる。ツバキCamellia japonica Linn.のように多くの邦産植物にはjaponica(あるいはjaponicum、japonicus)の種小名をもつものが多いが、無論、これは日本を指しその植物が日本に産することを意味する。産地名を間違えてつけられることもあり、例えばサツキRhododendron indicum (Linn.) Sweetは盆栽や庭木としてよく植えられ、わが国特産なのにインド産として命名されている。一方、その逆もあり、エンジュSophora japonica Linn.は中国原産で日本には野生しないのにjaponicaの名が付いている。したがって、種小名で表された産地名は必ずしも正しいとは限らず、また、たとえ間違っていたとしても一旦付けられた種小名は変えることは国際植物命名規約によりできない。驚いたことに植物学者の中にはごく親しい身内の名前を付けることもある。幕末に日本を訪れたドイツ人医師シーボルト(Philipp F. von Siebold; 1796-1866)はアジサイにHydrangea Otaksa Sieb. et Zucc.の学名を付けた。このOtaksaが何を意味するのか日本人植物学者にとって長年謎だったようだ。牧野富太郎(1862-1957)もその一人で、最初、牧野はそれを長崎でのアジサイの地方名と考えた。シーボルトがアジサイをオタクサと呼んでいたと聞きつけたからであった。しかし、長崎に赴いて調べてもそのような証拠は見つからなかった。おそらく、この時、シーボルトと楠本滝の関係を知り、Otaksaはシーボルトの日本人妻である楠本滝(通称お滝さん)に因むとわかったようだ。牧野は学会誌上で「シーボルトはアヂサイの和名を私に変更して我が閨で目じりを下げた女郎のお滝(源氏名は其扇(ソノギ))の名を之れに用いて大に其花の神聖を涜した、脂ぎった醜い淫売夫と艶麗な無垢のアヂサイ、此清浄な花は長へに糞汁に汚されてしまった、あ、可哀想な我がアヂサイよ」と激しく非難したと伝えられる(澤田武太郎、植物研究雑誌、第4巻第2号、43-46頁、1927年)。シーボルトは一般名(Nomen Japon)として「オタクサ(Otaksa)」の名前を付けたことは、彼の著書「日本植物誌」(Flora Japonica)の105頁から106頁に記され、更に第52図版に美しいアジサイの挿絵があり、Hydrangea Otaksaの名前が明記されていることでわかる。このアジサイの学名の由来は当時の植物学会でも話題になっていたようで、米国の植物学者ウィルソン(Ernest H. Wilson; 1876-1930)も"Siebold's name (Otaksa) is not used in Japan today and Japanese scholars fail to understand its derivation."と述べているほどである(J. Arnold Arboretum, vol. 4, No. 1, p. 237, 1923)。牧野はシーボルトに対して激怒したが、わが国の精神医学の開祖といわれる呉秀三(1865-1932)はその著書「シーボルト先生(2)」(1926年)の中で、「紫陽花(アヂサイ)にHydrangea Otaksaの名を附したりなどせるは彼が日本の風物動植を憶ふにつれて別けて楠本氏にその心を引付けられて絶えず思ひ慕ひ居りしならん」と好意的な見方をしている。しかしながら、シーボルトより前にツンベリーが種小名にmacrophyllaを使っていたため、現在ではH. Otaksaは異名(synonymous name)として扱われ、シーボルトの思いは通じることはなかった。皮肉なことに、シーボルトの行為を激しく非難した牧野は、自ら発見した新種に和名と学名の両方(スエコザサSasa Suekoana Makino)に妻の名寿衛子(すえこ)を付けている。牧野がスエコザサを仙台市郊外で発見した翌年(1928年)、長年清貧の牧野を支えた寿衛子夫人が数え年57歳で長年の闘病生活の後に亡くなっている。牧野は回復の見込みのない病に倒れ長年苦労を共にしてくれた妻に対する感謝の意を込めてこの命名に及んだのであろう。おそらく、牧野の頭の中は悲しみに溢れてシーボルトを非難したことは忘れていたに違いない。その後、スエコザサの学名はSasaella ramosa var. suekoana (Makino) Murataに変更され変種名に格下げにはなったが、牧野の妻に対する思いは結果的には通ずることとなった。このように妻、恋人など身内の名をつけるのはごく稀であるが、恩師、友人あるいは助手の名を付けることは少なくない。イヌシデCarpinus tchonoskii Maxim.はわが国では里山の雑木林に生えるごく身近な植物だが、種小名のtchonoskiiは一見ロシア人風の名前に見える。これは、長年、マキシモウィッチ(Carl J. Maximowicz; 1827-1891)という高名なロシア人植物学者の助手として仕え彼の代わりに本邦の植物を採集し続けた須川長之助(1842-1925)に因むものである。長之助はよほどマキシモウィッチの信頼が厚かったらしく、実に5種以上の植物に彼の名(tchonoskii)が付けられている。マキシモウィッチが記載した340種の日本産植物は大半が長之助の採集したものであり、残りは邦人植物学者の持ち込んだものであった。人名を学名に含める場合、中には政治的な思惑がこめられた名もある。キリPaulownia tomentosaの属名は当時のドイツ皇帝に嫁いだロシア皇帝Paul一世の娘Anna Paulownaに敬愛を評してシーボルトが付けたものである。筆者は薬用植物が専門で、ここでは植物の学名について説明したのであるが、学名の付け方自体は動物、微生物、植物に差はなく共通の二名法が用いられている。植物以外に目を投じれば意外な名前に遭遇する。米国コーネル大学の昆虫学者Miller博士とWheeler博士はAgathidium属の3種の昆虫の新種に対してブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官の名を付けたそうである(→2005年4月14日にインターネットで配信された記事による、リンク切れの場合こちらを参照)。付けられた学名はそれぞれA. bushi Miller et Wheeler、A. cheneyi Miller and Wheeler、A. rumsfeldi Miller et Wheelerであり、現役の政治家の名前をこのように付けるのは珍しい。博士らはこの3人の政治家が自由と民主主義の原理を実現(イラクフセイン政権の打倒のことを指しているのか?)しようというあまり人気のないことに一生懸命汗を流しているとして尊敬の念を込めて命名したらしい。Miller、Wheeler博士が発見した新種の中には、現在の妻および離婚した妻(!?)の名、スターウォーズのキャラクターの名(??)が付けられたものもあるというので、かなり変わり者の学者のようである。ただ、大半の新種(65種も見つけたという)には地名や形態的特徴を表すラテン語などまともな名が付けられているという。最後に、トキの学名について説明したいと思う。トキは本邦では野生は絶滅してしまった優雅な鳥類の一種だが、その学名はNipponia nipponであることを知っている人はどれだけいるだろうか。種小名だけでなく属名まで日本の名を冠しているので、おそらく誰もが軍国日本の国粋主義者が命名したと思うだろう。日の丸や君が代に違和感をもつ人たちにはこの名は不気味に思えるだろう。しかし、わが国の学者はどこかの国の学者(後述する)とは違って、この点に関しては戦前から戦後に至るまで節度をもって対応してきており、そんな愚行はしなかった。結論からいえばこの名を付けたのは19世紀前半の外国人であり、日本人の関与なく付けられたのである。最初にトキに学名を与えたのはオランダ人でライデン博物館長であったテミンク(Coenraad J. Temminck; 1778-1858)で、1835年、Ibis nippon Temminckと命名した。これはシーボルトが採集した標本に対して付けられたものであり、シーボルトが植物だけでなく様々なものを日本で収集したことがわかる。1852年、ドイツ人の博物学者ライヘンバッハ(Heinrich G.L. Reichenbach; 1793-1879)が新属Nipponiaを立ててトキの学名をNipponia nippon (Temminck) Reichenbachとし、今日に至るのである。この命名の過程では日本人は関与しているとは考えられないのであるが、当時、日本の名称としてNipponが外国人に知れ渡っていたことになる。現在の命名規約では、属名と種小名が同じもの(toutonym)は使えないので、意識的にこのような名前をつけることは不可能である。トキの場合は、学名の新組み合わせ(combinatio nova)によってたまたまできたものである。以上、植物だけでなく動物の学名にまつわる話をしてきた。植物(おそらく動物も)の和名はそれが身近なものであればあるほど長い歴史の変遷を経ているので、名の由来はわかりにくくなっている。一方、学名は一旦発表されたら変更されることはないのでその由来を考察することは容易であり、それにはしばしば命名者である植物学者の人間性および命名当時の社会、政治の情勢が反映されていることがわかるだろう。実は以下に述べるように、今日でも同じである。

韓国の記事から1:日本の戸籍に入籍した韓国産植物?

 以上、植物学名の簡単な由来について説明したが、最近、奇妙なホームページ(リンク切れの場合はこちらを参照)を見つけた。韓国語で書かれたページであるが、そのタイトルは「日本の戸籍に入籍された韓国産植物」とあり、その冒頭を要約すると次のようになる。

メハジキスイカズラフキ、シラカバ、ハンノキ、ニレ、ツバキ、マサキ(以上、原文は韓国語だが便宜的に日本の和名で表わす)…、これらはわが国(韓国)の至るところに生育する身近な植物である。しかし、植物学名からするとそうではない。メハジキの学名は Leonurus japonicus Houtt.であり、何と日本を意味する ‘japonicus’というラテン語名が付けられている。メハジキは生理痛、冷え症などなど女性疾病に効果があり母(オモニ)を益するとして益母草とも名付けられている。腹痛などにも効果がある薬草である。わが国の野原で探すのは決して難しいものではないが、学名で見れば日本の植物となってしまう。日本名が付けられているのはこれだけにとどまらない。寒い冬を耐え忍んだ後に花を咲かせるスイカズラ(忍冬)も同様である。キム・デジュン(金大中)前大統領が特に好きだったスイカズラの学名は Lonicera japonica Thunb.であり、日本を意味する ‘japonica’という名が堂々と付いている日本植物だ。学名では我々の植物とはいえないのだ。このような例は、まだまだあり、フキ, シラカバ, ハンノキ, ニレ, ツバキ, マサキなど263種の我々の植物に日本学名が堂々とついているのだ。

 実はjaponicaの名は野生植物に限らず、もっと身近なものにもつけられている。それは主食の米であり、大きくindica種(長粒種)とjaponica種(短粒種)という二つの品種に分けられている。前者は粘り気が少ない種で東南アジア、南アジアなど世界でもっとも広く栽培される米である。一方、japonica種は中国から日本やフィリピン等熱帯の一部で栽培される粘り気のある米である。おにぎりや寿司など日本料理ではjaponica種でなくては成立しない。米国で栽培され味のよいことで知られるカリフォルニア米もjaponica種である。学術関係以外ではこの名称は滅多に使うことはないが、一般にはインド米(あるいはインディカ種)、日本米(あるいはジャポニカ種)が使われる。韓国ではjaponica種を韓国米(韓国に栽培されるものはすべてjaponica種の系統であるが)と称しているのかもしれない。

確かにjaponicaがkoreanaを圧倒的している!

 ノムヒョン政権になってから韓国の世論は狂信的ともいえるほど反日傾向を強めており、文化のあらゆる面で日本色の払拭に躍起になっているように見える。中にはサシミ、スシなど日本語起源の名前(韓国にとっては外来語になるのだが)を韓国語に置き換えるなどという運動があるようだ。日本語の常用会話で韓国語の語彙をそのまま取り入れたものはほとんどなく、フランスや日本などでもかってそのような運動があったから、特に気にする必要はない。しかし、このホームページのように事実を忠実に反映しておらず、結果として誤解を生むような場合は看過できない。明言はしていないが、その文脈から「我々の身近な植物に日本を意味する名が付けられているのは納得できない」という風にも読み取れ、一般世論を煽る意図をもってつくられたように見える。特に「日本の戸籍に入籍された」とのくだりは「創氏改名」を彷彿させ特に扇情的である。植物の分類に別に戸籍がある訳ではなく、前述したように植物名はリンネの確立した命名規約に従って命名され、植物系統分類体系(現在はエングラー-プランテルの体系が主流である)に組み込まれるのであって、産地や国は全く関係がない。だからこそ種小名で間違った産地名を付けられたとしても全く問題にはならないのである。文面から推察するとこの記事の筆者は植物学の専門家ではないにしても植物に関してある程度の知識をもった人物のようだ。このような記事はとかく冷静さに欠けるといわれる韓国の一般人を誤解させる恐れがあり、またその反動として日本の一般人をも誤解させることもありうる。結論からいうならばここに挙げられた植物は全て「日本の植物」であることに疑いの余地はなく、原産地の日本でもごく普通の植物である。これらは全て植物学者(あるいはプラントハンター)が日本で採集した植物に産地である「日本」を意味する名を冠して記載したにすぎない。産地名は時として間違えて付けられることもあるが、韓国にしかない植物にjaponicaと付けられたものはない。一方、coreana、koreana、koraiensisなど朝鮮を意味する語のつけられたものもあるが、その数は約70種にとどまり、japonicaなどの4分の1にすぎない。しかし、その命名者の8割以上は日本人学者、とりわけ朝鮮半島の植物を精力的に研究した東京帝国大学植物学科教授中井猛之進(1882-1952)であることに留意しなければならない。先ほどのホームページ(リンク切れの場合はこちらを参照)では、韓国国立樹木原生物標本室長李ユミ博士の談話として、中井は朝鮮産植物でも日本にも分布するものはjaponicaと命名したとあるが、これは間違いである。中井は朝鮮の植物だけでなく、日本本土や小笠原諸島の植物も広く研究していたのであり、いずこの国の学者とは違い朝鮮産植物を基準標本としてjaponicaなどと命名するような無節操なことはしていない。繰り返すが、japonica、japonicus、japonicumの冠する植物種はほとんど全て19世紀までに欧州の植物学者によって日本で採集され、記載、命名されたのである(→日本植物学研究史を参照)。それは命名者名を見れば明らかである。また、前述のホームページでは全く言及されていないが、韓国に自生する植物で中国を意味するchinensis、sinensisなどを関したものも50種以上ある。つまり、韓国に自生する植物には外国由来の名前が圧倒的に多いのである。学名に国名を表す名をつけるのは決して好ましいものではない。日本の自然環境は多様であり多くの植物が生育するが、その全てにjaponicaなどと命名したら種小名の意味は全くないし、また全土に分布する訳ではないからである。中国を除いて東アジア地域から新種の植物が発見される可能性は非常に少く、韓国人が国威の発揚のために学名にkoreanaをつける機会はほとんどないだろう。

japonicaがkoreanaを圧倒する理由は?

 なぜこのような結果になったかといえば、朝鮮半島の植物研究が日本や中国に比べて遅れていたからである。植物学名の命名はいわゆる「早い者勝ち」のルール(国際植物命名規約)であり、基準標本(type specimen)を作製しその形態的特徴について記載したものが命名の優先権がある。しかし、後世において別の場所で採集したとしてもそれは新産植物にしかならず学名は変わらない。また、採集した植物種を別種として記載したものが以前に発表されたものと同種であったということがしばしば起きる。この場合も国際植物命名規約により後で付けられた名は異名(synonym)としもっとも古い名を用いなければならない。japonicaやsinensisなどを冠した植物は一般に古い時代に欧州の植物学者によって記載されているので優先権が高く、種小名が変わることはない。上述のホームページでは韓国産植物のうち263種にjaponicaなど日本を意味する語がつけられているというが、実は同じく日本(Nippon)を意味するnipponica、nipponicumなどとつけられたものも約17種ある。その半分以上は欧州人植物学者による記載だが、残りは邦人学者が命名している。幕末になると、日本の国名Nipponの名が欧州にも知れわたるようになったこと、japonicaの名を付けたものが多くなりすぎてnipponicaを使うようになったと思われる。これ以外にも日本人名、日本の地名など日本に因むものが相当数あるので、韓国産植物で日本に因む名が付けられたものは更に多くなり、反日運動家はさぞ臍(ほぞ)をかむ思いに違いない。先のホームページで韓国人筆者が問題にするスイカズラLonocera japonica Thunb.はツンベリー(Carl P. Thunberg; 1743-1828)、またツバキCamellia japonica Linn.に至っては分類学の始祖リンネという18世紀の欧州の第一級の植物学者が日本産の試料について記載したものである。では朝鮮半島は古い時代に世界の第一線の植物学者の興味を引くことがなかったのであろうか。朝鮮半島にも欧州の使節団が入っているのであるが、李氏朝鮮の時代には朝鮮の山々の多くは禿げ山で、生態系として魅力に乏しく、また、日本や中国と比べれば園芸が未発達で特に見るべき植物種はなかったらしく、欧州使節の報告書にはあまり特徴あるものとして記載されなかったようだ。幕末の1860-1861年に日本を訪れた英国人プラントハンターのフォーチュン(Robert Fortune; 1812-1880)も著書の「江戸と北京」(A Narrative of A Journey of the Capitals of Japan and China: Yedo and Peking, London, 1863)で朝鮮半島を含む極東の地図を掲載している(蛇足だが、日本海はSea of Japanと記載され、更に竹島(現韓国領の鬱稜島)、松島(現日本領竹島)も記載されているので当時は両島とも日本領と認識されていたことがわかる。日本列島の形はほとんど今日の地図と変わらないが、当時、既に伊能忠敬の精密な地図があったからである。中国も今日と変わらないが、朝鮮半島はまだ精密な測量は行われていなかったので随分と形がずれている。)が、中国、日本における紀行のみを記述し、朝鮮半島に対する関心はなかったようで、実際、彼は朝鮮に足を踏み入れることはなかった。朝鮮半島に足跡を残した数少ないプラントハンターとして米国人ウィルソン(Ernest H. Wilson; 1876-1930)を挙げることができる。彼はAcer griseum (Fr.) Pax, オノオレカンバBetula schmidtii Regel, Stewartia koreana Rehderを半島で採集し世界に紹介したことで知られるが、日韓併合(1910)後の20世紀に入ってからである。一方、帝政ロシア海軍軍属のシュリッペンバッハ(Baron Alexander von Schlippenbach)は1854年に半島で調査探検を行い、Rhododendron schlippenbachii Maxim.を採集している。1818年、ロンドンで出版されたホール(Captain Basil Hall; 1788-1844)による"Account of a Voyage of Discovery to the West Coast of Corea and the Great Loo-Choo Island"によればこれ以前には欧州人による本格的な朝鮮半島の見聞録はなかったと述べ、また植物に関連する記述はほとんどない。以上、19世紀以前は外国人による朝鮮半島の植物調査の足跡はきわめて限られていたことがわかる。

朝鮮半島と日本、中国の生物多様性の比較

 一方、日本や中国ではそれとは対照的に非常に多くの欧米人が植物採集に足跡を残し見聞記をまとめている。植物採集を目的として江戸時代中期から多くの外国人が訪れているが、中でもケンペル、ツンベリー、シーボルトらが持ち帰った試料はいずれも当時の欧州の第一級の植物学者によって研究された(→日本植物学研究史を参照)。この傾向は19世紀後期まで続き、その途上で邦人植物学者が育ち日本産植物学研究を引き継いでいったのである。彼らは野生の植物のみならず園芸用に栽培されたものにも高い関心を示し、例えば、ドイツ人医師シーボルトは盆栽にみる矮小化の技術、斑入り(キメラ)品種の選抜、接木、挿し木など日本の園芸技術を当時としては世界最高レベルの水準にあったと驚愕したといわれる。上述のホームページではツバキは韓国にも産する身近な植物としているが、自然分布のツバキは済州島と半島の最南端部に限られ、日韓併合前は決して身近な植物ではなかったはずである。一方、日本では北は本州北端まで、南は南西諸島まで分布し、豪雪地帯に適応したユキツバキなど多くの地域変種がある。朝鮮産ツバキの遺伝的多様性は日本産に比べるとずっと低く朝鮮独自の品種群というのはつくり出されていないようだ。韓国に植栽される優雅なツバキは日韓併合後に日本から持ち込まれたといってよいだろう。朝鮮名のDongbaek(冬柏)の音は日本語のツバキによく似ているので、ツバキの名の由来は朝鮮語にあるとする説がある。しかし、あまりに似すぎており、日本では万葉集にもツバキを詠った和歌があるので、むしろ朝鮮名の方が日本音の訛りであると考えた方が自然であり、比較的近年ではなかろうか。
 科学的エビデンスとして東アジアの生物多様性を国際比較すれば以上の議論は更に歴然とする。日本には約5,565種、極東ロシア(千島列島も含む)には約4,100種、広大な中国大陸では32,000種以上、四川省や雲南省そしてヒマラヤ地区などそれほど面積の大きくない地域に限ってもそれぞれ10,000種近い植物が分布している。一方、最新の報告(韓国植物誌,1997年)によれば朝鮮半島に分布する高等植物は3,129種で、8 亜種、627 変種、1 亜変種、306 品種を加えても4000種前後にとどまり、中国はおろか日本にもはるかに及ばない。特産種(endemic species)の割合を指標とすれば差はもっとはっきりする。日本の高等植物の約34%(1,950種)、中国では50%を越える種(16,000種以上)が特産とされているのに対し、朝鮮半島では10%に満たない(変種、品種を含めて570種といわれるが、種レベルに限れば224-300種程度であろう)。すなわち半島の植物の9割以上は日本など周辺地域と共通であり、周辺地域で多くの新種記載が行われた結果、特産種の少ない半島産植物の大半は単なる種の同定の対象にしかならなかったのである。先のホームページ筆者は「朝鮮半島産植物の約6割は日本にも分布し、半島特産種は224-300種程度にすぎない」という科学的事実を知っているのだろうか。結論として生物多様性に乏しくこれといった(少なくとも外国の植物園に朝鮮産として植栽されるほどの)植物に恵まれない朝鮮半島に足を踏み入れなかった欧州人プラントハンターの判断は間違っていなかったのであり、珍しい植物が多く観賞価値の高い野生植物が多く自生している日本、中国が標的とされたのである。朝鮮半島で本格的な植物調査が行われるようになったのは20世紀になってからで、東京帝国大学植物学科教授中井猛之進(1882-1952)ら日本人研究者によって精力的に行われ、この時、半島産の大半の特産種の記載が行われている。おそらく第二次大戦後、韓国、朝鮮人研究者が植物学調査を行うようになったときにはごくわずかしか残されていなかったにちがいない。

韓国の記事から2:”韓国の生態系は優秀”?

 次のホームページも韓国に関するものである(拡大図はこちらへ)。これは茨城県自然博物館で展示された「韓国の自然史」(シンポジウムもあったという)に関する朝鮮日報日本語版の記事である。それによると「日本の生態系の根は韓国」とあり、韓国野生動物連合議長と称する人物の談話として「韓国の生態系の優秀さを日本に伝えます」とある。そもそも「生態系に優劣はない」のであるが、日本の生態系の根(いわゆるルーツのことか)が韓国に由来することを一般の日本人に主張したい(後述するように研究者や専門家はこのような言い方はしない)ようである。日本の自然は韓国(地理的な意味での朝鮮半島のことだろう)に起源があるというのは一体どういう意味だろうか。自然史ではあまりこのような言い方をしないので違和感を感じざるを得ないのである。通例、両地域は生物相に関連があると考えるが、韓国から日本へという風に一方通行ではまず考えない。自然史はそんなに単純なものではないからだ。筆者は植物が専門なので動物はあまり詳しくはないが、それでも日本の生態系は非常に多様であり、動物分布境界線として東洋区と全北区を分ける渡瀬線、津軽海峡で本州、北海道を分ける八田線ぐらいは知っている。南西諸島は朝鮮半島とは動物相(fauna)上の関連は全くなく、北海道とも関連性は限られ、議長がいうような展開にはなりにくい。韓国の博物学の歴史の浅さを暴露したようなものだろう。研究者、専門家であれば、国内外を問わず、植物相(前述)だけでなく動物相も日本列島(あえて日本とはいわないでおこう)の方がはるかに朝鮮半島より豊かであることは知っているが、一般人はあまり知らないだろう。参考のため、下の表に日中韓三国の動物種数を挙げておく。

東アジア各国の動物種数
  類 別 ほ 乳 類 鳥 類 両 生 類  
  国 別 種 数 固有種割合 種 数 固有種割合 種 数 固有種割合  
  日 本 188 22% 250 8% 61 74%  
  中 国 400 21% 1,103 6% 290 54%  
  韓 国 49 0% 112 0% 14 0%  
(備考)鳥類は留鳥だけを挙げた

 結論をいえばこの韓国の動物専門家は学術以外の何らかの意図をもっていると考えざるを得ないのである。すなわち「日本の生態系の根は韓国」という論調は例の日韓歴史問題と同根のように見えないだろうか。人為と全く関係のない自然史までこのような思考で染まっているとは筆者の想像を超えるものだが、韓国では学者、専門家のレベルでもこのような思考は決して珍しくない。世界レベルの研究者、専門家ならば韓国人でも問題はないが、活動の場を韓国国内だけに限っている人物(したがって国際的に認められるような学術業績に乏しい)にはしばしばこの類いに遭遇し、また積極的に発言する。学術誌に投稿できる程の名声がない研究者はしばしば俗世間に迎合しこのような行動をするのである。筆者はこの展示を見た訳ではないので、実際の展示でこのような主張が貫かれたかどうか定かではない。茨城県自然史博物館の関係者も最初は純粋な日韓友好という視点で全く政治色のないテーマを選んで企画したのであろうが、相手がこのような意図を持っていたことを知れば複雑な思いでいっぱいではあるまいか。生態系など自然環境というのは各地域によってそれぞれ固有の特徴があり、優劣で判断すべきものではない。したがって生物多様性が豊かであるとか殊更に強調すべきものではない。現在、朝鮮半島には世界自然遺産はない(日本には3ヶ所ある)のでそれを強く意識したものかもしれない。しかし、世界自然遺産登録は審査が厳しく、学術的視点から考えるから、朝鮮半島にはそれに値するものは見当たらない(せいぜい中朝国境の長白山周辺地域が候補になりうる程度か)。韓国の議長も日本に来たのであればこれを機会に日本の自然史を勉強できるはずであり、自らの主張が意味のないものであることを理解してくれることを期待する。また、この記事を書いたのが韓国を代表する著名新聞社(朝鮮日報)だったこともびっくりさせられたが、同紙は、1992年、日本海を東海/朝鮮海に改めるべきだというキャンペーンを始めていることから明らかなように記事の検証能力に欠けているようだ。「日本海呼称問題」でも、日本海(Sea of Japan)の呼称は、1929年、国際水路機関(IHO)で「日帝が国際社会に強引に売り込んだ」もので、本来は東海/朝鮮海と呼ぶべきであると主張した。つまり、当時は朝鮮は日本の支配下にあって発言権はなかったというのである。日本海は欧米列強の大半がSea of Japanと地図上で記載したものを日本語訳したもので、先ほどの植物学名と同じく日本が率先して命名したものではない。その証拠に北海道の北にあるオホーツク海の名称は日本でもそのまま呼ばれているし、日本の南方海域も南日本海と呼んでも決しておかしくはないのだが、国際基準に従ってフィリピン海と呼んでいる。また驚くことに小笠原諸島は外国ではBonin Islands(Boninは日本語の無人の訛り)と呼ばれているが、日本は特にクレームを付けてはいなかった。何故なら国際社会が日本に対して悪意をもっているわけではなく、韓国とは大違いだからである。東海(East Sea)という名称は歴史的地図にはのっておらず、また朝鮮海(Sea of Korea)も日本海(Sea of Japan)に比べるとずっと少なく(→外務省ホームページ参照)、韓国が事実に背き悪意をもって推進しようとしているからわが国も反論せざるを得ないのである。植物の学名と海図上の呼称は全く関係ないように見えるが、韓国ではマスコミや政府機関ぐるみの反日キャンペーンが根底にあることは確かだろう。ここで、この議長、朝鮮日報および政治色の濃い自然史(?)を聞かされた日本の一般の方のため、日本の生物多様性が豊かであることが国際的に認知されている証拠をここに示して本ページの締めくくりとしたい。最後に、Conservation Internationalの選定した世界の生物多様性のホットスポット(図はこちらを参照)を挙げておこう。

韓国の記事から3:学名に領土問題を持ち込んだ韓国の研究者

 以上、韓国人学者は日本人学者よりずっと政治的に行動し、しばしば真理の解明という科学の本筋から離れることがあることを例をあげて説明した。ここでもっと刺激的な話題をあげておこう。現在、日韓両国の間には竹島の領有権を巡る紛争があり、在日韓国朝鮮人や日本人でもそれに同調する勢力が少ないながら存在していることはよく知られている。国際法上ではわが国に言い分があることは外務省のホームページで詳述されているのだが、その議論は本ページの趣旨とは関係ないので割愛する。本問題に関して日本人は極めて冷静に対応しているのに対して韓国人はしばしば礼節を欠いた行動(例えば島根県議会で韓国の地方議会議員が刃物を振り回したことなど)、またそれを抑制しようという力学が韓国側にないようである。本来は知識階級がその役割をすべきだが、以上紹介した韓国からの記事およびこれから紹介する記事からするとこれからも期待できないようである。韓国の新聞「中央日報」の日本語版に掲載された記事(リンク切れはこちらを参照)のタイトルは、「微生物の名前で”独島(竹島のこと)は韓国領”知らせる」とある。これによると、韓国生命工学研究員の研究チームが新種のバクテリアを発見し、これらに”独島”の名前をつけて国際登録したという。付けた名前は”独島”だけでなく”東海”(韓国では日本海をこう呼ぶ)の名前をつけているのでさらに驚かされる。その名前をあげてみると、新属種が2つあり、Dokdonella koreensisDokdonia donghaensisとなっている。属名のDokdonella、Dokdoniaは”独島”の韓国音dokdoに、種小名のdonghaensisは”東海”のdonghaeにちなむものである。そのほかに新種としてVirgibacillus dokdonensisMaribacter dokdonensisMarinomonas dokdonensisを命名したという。これだけにとどまらず更に新種検索を進め、Donghaea dokdonensis(新属種)、Polaribacter dokdonensisPorphyrobacter dokdonensis(新種)の登録を目指しているという。これらが世界で認知されるには世界のいろいろな専門家による比較研究で認められなければばらない。属レベルの新種が一挙に2つも発見というのはとにかく驚きというほかはない。韓国の研究者は”独島”、”東海”の名前をつけてやろうという思い込みが強いので分類学的研究で果たして冷静な判断ができたかどうか疑問に思う。微生物は変異が激しく、異なる変異種(strain)でもかなり形態の異なることがある。この学名が世界中に認知されるには多くの関門を乗り越えなければならないようだ。いずれにせよ”独島”に始まり”独島”に終わる、これに若干”東海”もからめるなど、その執念には驚ろかされる。それに対してシーボルトや牧野富太郎など、愛妻の名前を付けた例はなんと微笑ましいことか。これでまともな科学的研究ができるのだろうかとも思ってしまう。自然科学者でさえこうだから韓国の歴史学者や社会学者、文学者が如何ほどのものか想像できよう。それにこうしたことに対する批判がでてこないところに怖さすら感じる。韓流で韓国に対する関心がこれまで以上に高まっているが、大人気の韓流芸能人とここで言及した知識人たちと果たして同じ民族なのだろうかとも思ってしまう。民族主義の呪縛に取り付かれた韓国の研究者とまともな議論はできるのだろうか?ここまでやるのだから、最後の切り札として、前述の多くの植物学名に付けられているjaponicaなど日本を表す名称を変更するよう国際植物科学会議(IBC)に提訴するのかもしれない。そうしたらリンネ以来の学名を変更せざるを得ず大混乱は必定であるが、実際、国際水路機関で韓国はこの愚を実行し世界を混乱させた実績(?)があり、それくらいは多くの韓国人にとっては朝飯前のことだろう。また韓国の植物学会の内状(長らく学会を支えてきた中井の弟子の大半はリタイヤし、国粋主義的な若手研究者が台頭、支配しつつあるようだ)を考えるとその可能性はないとはいえない。それほど日韓関係は悪化しているのだが、その根は靖国参拝や歴史認識より遥かに深く、その問題の大半は日本より韓国側にありそうである。学名の命名規約によれば、非合法の学名は破棄できることになっている。非合法といったが、それは異なるタイプ(学名を記載する基準標本のこと)に基づく2個以上の属名、種名、種内分類群の学名が非常によく似ていて混同されやすい場合、異物同名(hononym)すなわち異なる種であるのに全く同じ学名がつけられている場合だけが該当する。これ以外は全て合法名であり、学名や形容語が相応しくないとか間違っているとかいう理由ぐらいでは破棄する理由にはならない。韓国人が如何にjaponicaの名前が実態に合っていない(全部日本に自生するのだから合っているはずだが)と主張しようと現在の命名規約では不可能である。スイカズラ Lonicera japonica Thunb.のように命名者名もついた完全な学名で日本人以外の学者が記載したことは明らかなのに、japonicaという名が付いているのはけしからんような論調になるのだから、日本人として手のうちようがないという気持ちになるだろう。以上挙げた例からは韓国人には真理を追究する心が希薄のように見えるが、政治的な意図を持っているとも思える。歴史問題ではもともと直接的な証拠が少ないからどうにでもストーリーをつくることができるが、自然科学の世界ではそれが通用しないことは、韓国ソウル大の黄禹錫教授のヒトクローン胚からES細胞捏造事件を見ればわかるだろう。とすれば、信じたくはないが、韓国人の「恨の遺伝子」によるものとなる。