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今こそヒバクシャの心を一つにして
核兵器の廃絶をヒロシマの地から

ヒバクシャの集い

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[photo]原爆許すまじを大合唱

7.5ヒバクシャの集いが成功!!

核廃絶へ歴史的な一歩

「ヒバクシャの集い」が県民文化センターで開催された。分裂をのりこえて、被爆者が一堂に会した意義は計り知れない。400名の結集で大成功した集会は、再来年の被爆60周年にむけて大きな第一歩となった。 「最後の闘い」という言葉に込められた、58年間の積もり積もった被爆者の思い、核廃絶に向けた不退転の決意。残された人生を核廃絶のために生き抜くと、熱いアピールが全世界に向けて発せられた。

私たち被爆二世・三世・四世は、この集会の意義をしっかりとつかまければならない。被爆者の生きざまをしっかり見ておくように、そしてその生きざまをしっかりと引き継ぐように、そのようなメッセージが込められていることを。反戦・反核・被爆者解放の闘いを被爆者とともに闘ってこそ、真の意味での「継承」は可能となる。私たちは被爆者の「最後の闘い」をがっちりと受け止め、核戦争へと向かう帝国主義を被爆者を先頭に労働者階級とともに打ち倒す決意を改めて固めた。


[報告]「ヒロシマ ヒバクシャの集い」に参加して

The report on The Rally of Hibakushas ( Atomic Bomb Survivors) in Hiroshima

 7月5日午後1時、ヒロシマし中区の爆心地近くにある広島県民文化センターにお いて、「今こそヒバクシャの心を一つにして核兵器の廃絶をヒロシマの地から」をとの 呼びかけに、約400人の被爆者が参加して「ヒロシマ ヒバクシャの集い」が開催さ れた。

 米帝ブッシュはイラク侵略戦争開始にあたってイラク人民に対して「ヒロシマ的心 理効果のある先制攻撃」を行うと宣言し、3月には小型核爆弾(TNT換算5キロト ン未満)の研究・開発の凍結解除を議会決議し、一気に核先制攻撃に向けての準備を 加速している。

 迫り来る核戦争の危機に対して被爆者の怒りの決起が始まった。昨年来の世界中を覆 うイラク反戦の闘いが被爆者の「最期の」闘いの呼び水となった。既存の組織の枠を 越えてすべての被爆者に対して檄が発せられた。これまで運動を組織する経験の少な い呼びかけ人達によって作られた手づくりの闘いである。被爆者自身の主体的、自主的 な闘いが開始されたのである。

 集会は呼びかけ人の石田明氏の開会の挨拶で始まった。「私達は良くぞここまで生 きてきました。しかしもう時間はありません。広島、長崎に原爆を投下し多くの人を殺 戮し、今また核戦争を繰り返そうとしているアメリカ大統領ブッシュに謝罪を求めま す。」実行委員から集会開催までの経過報告が行われたあと、秋葉広島市長の激励の挨 拶があった。

 第一部は「構成詩 ヒロシマから未来へ」してヒロシマの壊滅=絶望から希望の回 復、未来を闘いとって行く糧を表現する三組の合唱団による合唱、峠三吉「にんげんを かえせ」の朗読、広島湾似島沖海底付近をさまよう被爆死した者同士が語り合う「名 前のない男」の講釈が行われた。

 第二部として「対話 ヒバクシャの誓いと訴えと」が行われた。原爆症認定集団訴 訟原告団長は「私達はいつ死んでもおかしくない。58年の被爆人生をかけた最期の 平和運動をします。」と決意表明。広島、福岡の被爆者の決意表明とつづき、韓国パク チョン在住の韓国人被爆者、ブラジル在住の被爆者から日本政府の在外被爆者に対す る無視・抹殺政策に対する糾弾がなされた。京都からの被爆者は「同級生に数人の朝鮮 人がいたが彼らは疎開することができず多くのものが原爆で死んだ。」と日帝の民族 抑圧政策の下での差別による死を告発した。最後に被爆二世が「親の闘いを引き継い でいく。」と決意表明した。行動提起として被爆者はアメリカ大統領ブッシュに「広島 に来て謝罪せよ」との手紙を書き送りつけようと訴えがあった。集会のアピールが提 案され満場の拍手で採択された。2005年の被爆60年にむけて闘いを発展させて いこうと全員で「原爆を許すまじ」を合唱し集会を終えた。

The rally was held at the Residents' Culture Center of Hiroshima Prefecture near to the blast center of the atomic bomb. About 400 Hibakushas gathered there appealing "Now, eliminate nuclear weapons completely with a single mind from Hiroshima."

US president Bush declared at the beginning of the Iraqi War "Have Iraqi people to suffer same psychological blow as did the people in Hiroshima. " The US has accelerated the preparation for a preemptive strike using nuclear weapons after US congress approved to restart the research and development of compact nuclear bombs (converted to under 5kilotons of TNT).

Hibakushas stood up with anger against the crisis of the possible coming nuclear war. The global anti Iraq war movement stimulated Hibakushas' last struggle of their lives. Messages encouraging Hibakushas were sent to all groups of Hibakusha beyond the political or ideological difference between them. This is a very inexperienced movement. The Hibakushas' independent struggle starts.

The rally started with Mr. Akira Ishida's, one of promoters, opening address "We could have lived for 58 years but have not had enough time. We demand an apology from the US president who killed many people in Hiroshima and Nagasaki by atomic bombs, and also is planning new nuclear war." After reporting proceeding of the movement by a member of committee, Mr. Tadatoshi Akiba, Mayor of Hiroshima City, gave encouragement to attendants.

In the first half , three choirs sang songs expressing the process of Hiroshima from ruined and desperation to a return of hope, Sankichi Togue's poem " Bring back human beings " was read aloud and a storyteller told the story in which men killed by the atomic bomb and wandering at the bottom of Hiroshima bay talked about their fate.

The second half titled "Conversation-Hibakushas' appeal and oath" began with declaration of the leader of a group lawsuit for the recognition of atomic bomb illness "It is not strange whenever we die. We, atomic bomb survivors of 58 years, start the last peace movement." Hibakusha from Fukuoka and Hiroshima followed. A Korean Hibakusha living in Pek Chong, South Korea and one from Brazil accused the Japanese government of ignorance of Hibakushas living abroad. Hibakusha from Kyoto spoke " I had several Korean classmates in primary school, most of them were killed by the atomic bomb because they could not evacuate from Hiroshima. Japanese families did not accept Korean children", accusing Japan's colonial policy. A Hibaku-Nisei (second generation of Hibakusha) declared " We take up our parents' struggle."

The promoter presented the plan to send letters to the US president Bush to come to Hiroshima and apologize. The statement of the rally was proposed and accepted with applause.

Toward the 60th anniversary of the atomic bomb explosion in 2005, every attendant sang " Never A-bomb again" to promote the movement.


ヒロシマ・ヒバクシャ アピール

ブッシュ大統領へ要請します。

 先に私たちは改めて、かつて日本軍が真珠湾奇襲攻撃を行い、さらに他国侵略の過ちをおこしたことは、国際法に違反する行為であり、強い反省の意を日本国民として、世界の人々に表明します。わたしたちはいかなる戦争行為も反対します。21世紀、諸国間の対話と協調・友好親善による平和的共存を求めます。

 わたしたちは、ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャです。
 わたしたちは、核時代ヒロシマ年齢で今年五十八才です。一九四五年八月六日、ヒロシマ、八月九日、ナガサキで失ったわたしたちの生命はよみがえり、五十八年目のヒロシマの日を迎えます。
 大統領、いますぐヒロシマ、ナガサキに足を運び、慰霊碑に大統領の愛と良心の言葉を捧げてください。
 廣島がヒロシマになったとき。
 一瞬にして広島は「原爆」で屍の街となり、にんげんは虫けらのように命をうばわれ、あの悲惨な「生き地獄」を体験しました。そこで多くの罪のない親と子・兄弟姉妹の尊い命を失い、原子砂漠にひとり立ってふるえました。これは人類ではじめての悲劇です。
 わたしたちは、人間の生命とくらし・心のすべてを砕かれました。
 ヒロシマ・ナガサキはけっして忘れません。これは人間のなせる業ですか?
 わたしたちは、あれから五十八年。生き残ったはずのヒバクシャは、心とからだを切り刻まれ、「悪魔」の原爆放射能によって、なお殺され続けています。今日も明日も死の不安におののき、ようやく生きています。
 わたしたちは、よくぞここまで生きてきました。

 そして、年を重ね、余生を指おり数える今を、迎えています。

ブッシュ大統領へ  わたしたちにはもう「明日」がありません。そう思うわたしたちは、この時、真実の叫びを心の底から発しなければなりません。
 明日ではおそい。その余生がもうなくなってしまいます。

 はっきり言いましょう。わたしたちは、ただ、黙りつづけ何も言わずに一生を終えることはできません。
 人類の未来のためです。
 人間の歴史を永久のものにするためです。

 はっきり言います。人間としての真実の叫びを。人類の歴史への遺言を。核兵器の使用は人と地球を破滅する最大の犯罪であることを。ヒロシマ・ナガサキは証言します。
 わたしたちのねがいをありったけの力であなたに訴えます。
 人間の生命の尊厳を守り通すために。ヒロシマ・ナガサキの心と叫びで世界を包みます。
 ヒバクシャの生きざまを子や孫たちに伝えたい。 それはヒロシマの心です。
 わたしたちは求めます。これだけははっきり答えてください。ブッシュさん。
 原爆をヒロシマ・ナガサキに投下したのは誰ですか。 それはアメリカです。
 わたしたちはその事実を問います。

それは、残酷非人道・無差別大量の人間殺傷の国際法違反の行為です。
わたしたちは追及します。
 アメリカは五十八年のあいだ、人類史上最大の犯罪行為であることを認めようとはされません。ヒロシマ・ナガサキ・ヒバクシャに謝罪しないのはなぜですか。
 ブッシュ大統領、はっきり答えてください。
 いまも、強力な原爆をつくり実際に使用しようとしています。
 アフガニスタン・イラクで放射線兵器ウラン弾を投下して、幼い子どもを多く放射能の犠牲にしているのはなぜですか。アメリカの自由と民主主義、伝統的愛と人道主義を放棄したのですか。

 わたしたちは、やがて核兵器が世界をおおい、核に包囲された宇宙と地球でやがてヒロシマ・ナガサキをくりかえし、人類も地球も滅亡するこの事を深く憂慮します。ヒロシマはそれをヒバクシャの総意において証言します。警告します。
 わたしたちは、押さえがたい怒り、深い悲しみをこえ、ヒロシマの良心に立って、世界の人の生命を核兵器と戦争によって支配しようとするブッシュ大統領に、友人として、政策転換を求め、人間の尊厳と人間の歴史を大切にすることの最大の努力を断固要求します。

 人類の歴史は全地球の生命を奪う権利をあなたの政権に委ねたことは絶対にありません。
 最初の核戦争をくぐり生きてきたヒバクシャはブッシュ大統領に直言します。

 被爆地広島にあなたを招きます。平和公園でヒバクシャと会いましょう。

 そしてヒロシマを、原爆地獄を見てください。ヒロシマの無数の死者の叫びを聞いてください。平和公園の慰霊碑の前で、原爆投下の行為を謝罪し、つぐないとして核兵器を直ちに廃絶することをヒロシマ・ナガサキに、世界に宣言してください。かくて、ブッシュ大統領が世界人類の歴史にとって名誉ある地位を保持してください。

 「死」ではなく「生」の選択をブッシュ大統領に求めます。ブッシュ大統領、広島へ、核戦争の悲惨から生きていたヒロシマの地に来てください。ヒバクシャの総意により、また、わたしたちヒバクシャの遺志によりブッシュ大統領に要請します。ノーモアヒロシマ・ノーモアナガサキの誓いを訴えを地球の果てまで届けてください。それを可能とするあなたは、強大な力をもっている大統領、あなたです。
 ヒバクシャは核廃絶の日まで生きる、生きねばなりません。核兵器なき世界をこの目で確かめるまで。
 戦争がなく、平和の創造者であってほしい。ブッシュ大統領、ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャとヒロシマでお会いしましょう。

ブッシュ大統領様

2003年7月5日

    被爆地ヒロシマ

ヒロシマ ヒバクシャの集い

(集会で採択されたアピールを掲載しました)

■とき 2003年7月5日(土)午後1時〜5時
■ところ 広島県民文化センター ホール

■街頭行動  

  • 6月15日(日)10時〜そごう前
  • 6月22日(日)10時〜そごう前
  • 6月29日(日)13時〜福屋前(時間が変更になりました)

[photo]広島そごう前街頭宣伝

主催 ヒバクシャの集い実行委員会

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