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寒の戻り (2019年3月17日)


 近ごろ、自分自身の体調やら、暮らしやらには何の変化もないのだが、拙HPの更新をサボっていた。
 どうにか1週間に1度は更新するようにしていたが、怠けてほったらかしにしていた。

 たくさんの方に見てもらっているわけではないが、それでもカウンターの数は毎日なにがしか増えているので、もし、更新を期待している方があれば、どうもすみませんでした。

 拙HPを始めてから、この3月でちょうど15年が過ぎたが、よくもまあ続いたものだ、という思いと、もうそろそろ閉めてもいんじゃないか、との思いもある。

 拙HPにはピラミッドやら古代史関連のページに検索で入ってくる方々も、それなりにあるようなので、とりたてて更新は必要ないか、と思ったりもする。

 まあ、何とか今年いっぱいくらいは続けようとか、開けておこう、と思う次第です。


 そういえば、自分が乗っているポンコツのポロも、同じような按配で、何とかあと今年1年だけ乗ってみるか、なんて思っている。
 先日、車検に出したら、ドライブシャフトのブーツに穴があり、グリスが漏れているので車検を通せないと言われた。

 そこは昨年12月に修理したばかりなので、車検屋から修理屋に直接電話して話し合ってもらい、今度は修理屋に持っていき、サービス(只)で再修理してもらい、ついでに車検もやってもらった。

 近ごろはまた、ジャダーという振動音が頻発するので、エンジンマウントのほうも見てもらったのだが、こちらはまだ大丈夫そう、ということだった。

 でもまあ、そんなこんなで、どうにかまだポロに乗っているが、この車に乗るのもそう長くはないか?という気持ちになっている。
 再修理と車検に出していた1週間の間、うちの前の駐車場にポロがいないのは、ちょっと寂しいように思いもしたが、カミさんは、「もう車はなくてもいんじゃない?」と言っている。
 自分としては「今年いっぱい乗って考えよう」と判断した次第だった。

 というような按配なのだが…、ポンコツでもやっぱり愛着はあるのだ。



 昨夜は久しぶりにけっこう飲んで、家に帰り着いたとき、玄関先でドスンと尻餅をついたほどだった。最近では珍しく深酔いした。
 空気がやけに冷たかったのを覚えている。

 今朝、財布を覗いてみると、思ったよりも残金が少ない。
 いつもの居酒屋で、いつもくらいの酒を飲んだだけだが…、と考えていたら、しばらくして、もう一軒ロックバーにも寄ったことを思い出した。
 そこで飲んだ3〜4杯の焼酎がかなり効いたらしい。

 店にはほかに客がなく閑散としていた。
 マスターと2人で自分の知らないバンドのビデオなど見ていた。


 その前の居酒屋では、飲み仲間のSさんが、しきりに女性が恋しいようなことを言っていた。
 60代半ばの今まで独身で、自営の店は廃業したが、一生遊んで暮らせる金はあるようで、近ごろはしきりに、ほうぼうのネエちゃんのいる店に通っている。

 しかし、どんな女性とも「彼女」というレベルには達しないらしく、いつもヤキモキさせられている。
 「なんで男は女を求めるのかなあ?」などと、ぼやいている。
 それを聞くと、自分は深く同情するような気持ちになる。

 自分だって、もしカミさんがいなければ、きっと「彼女」が欲しくなるだろう。
 今では一番の友だちはカミさんかもしれない。…というより、伴侶でありパートナーだ。
 もうすいぶんトウが立ってしまったが、やっぱり取り換えがきかない。
 ちょっとポロに似てるか?などと思ったりした。





3ヵ月ぶりの酒 (2018年12月30日)


 昨夜は馴染みの酒場の忘年会で、じつに3ヵ月ぶりにまともに酒を飲んだ。
 病気をして以来、遠ざかっていた酒が久しぶりに体に戻ってきた。

 自分ではこのところ、日本酒なら何とかいけそうに感じていたが、まずはビールで口開け。そして日本酒を燗や冷やで1合徳利に5〜6本。そのあと、仲間と連れ立ってピーナの店にも久しぶりに出陣する有様で、すっかり、そしていっぺんに呑兵衛に逆戻りしてしまった。

 忘年会という雰囲気で飲んでしまったところもあるんだろうが、このところ続いていた酒を不味く感じるようなことが、どうやらなかった。


 子供の時分に、大人が飲んでいるビールをコップにひと口飲ませてもらったとき、「なんで、こんなに苦くておいしくないものを、大人は喜んで飲んでいるのか?」と奇妙に思ったりしたものだが、そんな気分が、このところずっと続いていたんである。どんな酒を飲んでも。

 ビールでも、ワインでも、日本酒でも、コップにひと口注いで飲んでみるのだが、不思議なことに不味いので、あまり飲む気にならなかった。

 でも、これでまあ一応、酒は復活したのか。
 焼酎やウイスキーにはまだ手が出せないような気がしていたのだが、ピーナの店ではブランデーの水割りを平気で飲んでいたし、そちらも案外大丈夫なのかもしれん。


 もっとも、以前に比べると、酔い方が微妙に変わったところもある。
 酔っ払っても、どこかが頑固に冷めているというか…、これは若い頃、20代前半の酒を飲み始めた頃の感覚にちょっと近いかな、なんて気もする。

 3ヵ月も酒を飲まないうちに、体がゼロ地点にリセットされてしまったのか…。


 酒に対する感覚、というか、距離感が変わってしまったところもある。
 自分は概ね、「居酒屋人生」と言ってもいいほど酒とは縁の切れない生活だったと思うのだが、酒でロスしたことも多い。

 健康や、時間や金、そして失敗談だけでなく、何かを損ねていたような…。
 それが何なのか、まだよくわからないんだが…。
 酒に酔うのは楽しいけれど、何かを失っているところがあるんじゃなかろうか。


 酒を飲まない間に、下戸の人の気持ちが少しわかったところもある。
 呑兵衛というのは、同じ話を何度も繰り返してしゃべっているし、人の話は聞かずに自分の話ばかりしたがる。
 傍にいると、甚だ退屈だし苦痛でもあるな、なんて思うこともあった。

 お腹や胃腸の具合が健康で、便通なども正常になってくると、「ああ、この健康のほうが有難い」などと思ったりもする。
 昨夜飲んだせいか、今日はまた喉が引っ掛かるような症状も出てきているので、やはり病気はまだ完治していないのだろう。酒には何かの害はあるんだな、とも思う。

 月並みだが、まあ、ほどほどに…、ということか。

 近いうちに、気づいてみれば、以前と変わらぬ呑兵衛生活に戻っているような気もしているが…。


 年末もいよいよ押し詰まり、今年も残すところ、あと1日と少々。
 飲んだ翌日の久しぶりにグタッとした気分で、しかし、どこか穏やかな1日を過ごした。
 どうにか体の具合も元に戻り、普通に生活できることに、ホッとしている次第。





妻のいぬ間に (2018年8月12日)


 馴染の酒場がママさんの病気で1週間ほど休んでいたのだが、そうなると自分は、飲みに行く場所がなくて困っていた。
 今週、店はようやく再開し、昨日は土曜でもあるから、やはり出動。

 にぎやかなおじさん、おばさんたちとワイワイやったあと、最近なぜかつるんでしまうおじさん仲間と連れ立ってピーナの店に。でも、席は別々。

 もう仕事を止め国に帰ってしまったシェリーにちょっと雰囲気が似た若いピーナに遊んでもらった。
 帰ったのは午前1時ごろだったか。


 今朝はよく眠り、起きたのは8時半だった。
 近ごろは気候のせいか体がだるく、今日もそんな感じで、体調も気分もあまり良くない。
 くだものをつまみ、コーヒーを入れて、新聞など読んでいたが、急に、ちゃんとした食事を作って食べよう、と思い立った。

 冷蔵庫には昨日炊いたご飯と、アジの干物がある。
 これに味噌汁と、野菜サラダと、オムレツでも作ればいいか、と計画を立てた。

 昨夜は台所の洗い物をせずに出掛けてしまったので、まず洗い物から。
 それから順番に作っていった。

 味噌汁は最近、網走湖のシジミをよく食べていて、これがまた滋養強壮によく効くようでもあったが、今日はオーソドックスに、豆腐、アゲ、ワカメの定番スタイル。
 レタスに、トマト、キュウリの野菜サラダ。
 タマネギだけを刻んだオムレツ。

 こうして料理でも始めると、別にだるいという感じはなくなる。
 食べるという人間の存在に一番必要な行為はすべてに優先する、ということだろうか。


 風呂に入って、昨夜の毒とアルコールを洗い出し、それから、新聞の切り抜き作業。
 最近、日経新聞を読むようになってから、企業情報というようなものに自分はあまりにも疎かったことを思い知らされ、気になる記事を切り抜いてスクラップブックを作っている。
 それがほぼ1冊分たまってきた。

 もちろん株のためで、中国関連銘柄、ヨーロッパ関連銘柄、半導体関連、電子部品関連、自動車部品関連…などなど。
 こんなことをやっても、自分は所詮、まだまだ素人で、10年も20年もやっている人には適わないと思うのだが、しかし、知らないのだから、やらないわけにもいかない。

 人間とは不思議なものですな。
 今までの自分にはもっとも縁遠く、関係のなかった経済や金融というものが、株という現金な行為のせいで、なぜか面白くなった。
 ピラミッドや古代文明に向かっていたのと同じ興味や熱意を覚える、とも思えるほど。

 若い頃の自分から見たら、今の自分は軽蔑すべきと見えるのかもしれないが、今ではこれが現実だし、自分には自然でもある。
 まあ、こんな風になってしまったわけだ。


 そういえば昨日、朝日新聞の販売員が来て、また取ってほしい、としつこく頼んできた。
 契約期間が切れて、取るのをやめてしまっているのだが、「部数も落ちてるんで、またお願いします」という按配。
 契約が獲れるかどうかが、彼らの成績でもあり、収入でもあるという。

 しかし、読むのが嫌になったから止めたんだ、と言うと、何となく憮然として帰って行った。

 朝日も販売員任せではなく、編集部員や記者みずからが、自分自身で戸別訪問でもして、契約を取ってみたらどうか。
 彼らのエリート意識や、正義ヅラした紙面づくりと、多くの市民の感覚の間には、だいぶギャップがあると気づくんじゃないかい。

 



帰郷してくるか (2018年6月5日)


 自分が通っている酒場に来ているおじさんたちは、60代が中心だ。
 自分より少し上の人たちが多い。

 みんな元気で、よく遊んでいるヒマ人たちだが、シングルの人が多い。
 結婚したことがない人も、離婚した人もいる。

 仕事はもうやっていないが、経済的には余裕があるらしく、やりたいことをやって、自由を満喫していると見えなくもない。

 しかし、毎晩のように酒場に通っているらしいのを見ると、一人暮らしの夜の時間を持て余す、といったところがあるのかもしれない。
 自分も毎年、カミさんが1ヵ月ほど帰国して、シングルの生活を送るので、何となく彼らの気持ちもわかる。夜になると、どうしても誰かと会いたくて、酒場にでも行きたくなる。


 しかも、できたら異性と仲良くなったり、話をしたりしたくなる。
 酒場のおじさんたちも、やっぱりそのようだ。
 誰でも、そうだろう。


 誰かと一緒に生活するというのは、煩わしくもあるが、有難くもある。
 天気がどうとか、食事がどうとか、そんな他愛ない会話が、案外、自分自身の均衡を保ってくれている、と感じることもある。

 人生は人それぞれ、シングルが好きな人も、パートナーが欲しい人もいるだろうが、もうこの歳になって、今さら自分のスタイルを変えるのは大変だ。

 その点では、自分は近ごろ、カミさんに感謝する度合いが強いようだ。
 別に、仲の良い夫婦でもないと思うが…。


 それはそうと、今週は、ともかく帰郷してくるか。
 延ばし延ばしになっていたが、一度、田舎の家を見てこないと。
 車で行って、途中で一泊。
 新幹線で素通りしていた町を見てみたいような気持ちもあるので。




フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン (2018年3月31日)


 普段はケースにしまってあるギターを、たまにはケースから出して、チューニングをして弾いてみるのだが、不思議なことに、何曲かスラスラと弾けることがある。
 どうやら指が覚えているものらしい。
 頭で譜面を思い起こそうとすると、それがまるで弾けなくなる。
 ひととおり指の練習をして、何曲か弾いてみて、最後には「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」で終わることが多い。

 ご存知、F・シナトラの有名なナンバーだ。
 自分たちのバンドでも、レパートリーにしてよく演ったし、ピーナの店でも、たまにカラオケで歌ったりする。
 お気に入りのシェリーがいたときには、よくふたりで歌った。間奏の間にダンスするのが楽しかった。


 シェリーはもう国に帰ってしまったので、何ヵ月も会っていない。
 ラインで写真を何枚か送ってくれたが、近ごろは連絡がない。
 こちらからも、連絡はしない。

 国でビジネスをすると言っていたから、もう夜の仕事はしないつもりだろう。
 ビジネスをやるなら、成功してほしい。
 しかし、「いい女だったのに、もったいないな」と、自分は思ったりもする。




 「あなたの横に座ってると、仕事してる気がしないよ…」
 「俺だって、これでも客だよ…」
 そんな会話をよくした。

 ピーナたちは、体を包む小さな薄い衣装、ミニ・スカートや透けそうなロングドレスを鎧(よろい)のようにして、まるで戦場にいるように毎日戦っている。
 スケベな男、意地の悪い男、威張り散らす男、口説きまくる男、けち臭い男、さまざまな攻撃から何とか逃れながら、ときには心の中で舌を出し、ときには嘲笑っている。

 彼女たちには、お金の問題がいつも付きまとっているから、日本人の女性のようには行かない。
 国の家族のところにお金を送る、ということが疑うことなく大前提になっている。

 自分は初めの頃、そのことがなかなか理解できなかったが、いつの間にか、そういうお国柄なんだ、と思うようになった。
 もし、ピーナと結婚しようものなら、彼女ひとりだけではなく、家族全員を養うくらいの覚悟が必要だ。それくらい当然だと思えなければ、やっていけない。
 そういうものらしい。


 シェリーとは、ちょっと恥ずかしいようなことや、人には言えないようなこともあるが、結局、店以外では、食事もしたことがなかった。
 それでよかったんじゃないか、という気がする。

 今夜は出掛けるつもりはなかったので、本を読んだり、ギターを弾いたりしていたら、懐かしいシェリーのことを思い出した。




寒い日曜日 (2018年1月28日)


 どんよりとした曇り空。
 家の前の道路には、まだ両脇に雪がうず高く残っている。白いまま。
 いつもならすぐに溶けてしまうものだが、今回はやはり最強寒波のせいなのか、溶けません。日の当たらない裏通りなどは、ツルツルに凍りついままのところもある。

 寒波はいったん緩むと天気予報では言っていたけどね、今日も寒いよ。
 玄関先に置いてある温度計では、現在、2度(午後2時)。

 そういえば、先日、東京でもマイナス4度を記録して、水道管が凍ったなどとニュースで報じられていた日、自分は前の晩、温度計を外の塀の上に出しておいたら、マイナス8度となっていた。
 このあたりは都心よりもっと寒かったわけだ。

 自分が子供の頃には、水道管が凍るという話はぜんぜん珍しくもなかったが、近ごろではあまり聞かなくなった。昔の冬はもっと寒かったということか…。


 昨夜はまた吉祥寺で飲んだ。
 いつもの居酒屋で、「石仏」という大分の焼酎のお湯割り。
 珍しく牛たたきがあったので、それを肴に。

 店には自分のほか、60代のおじさん2人、その仲間の40前後のお嬢さん。二胡とかいう中国の楽器の先生とか。ときおり目の奥に何とも深い輝きの出る人だった。

 そのほかに、60代の昔から知っている声の美しい女性。医療関係の先生のようだ。
 それから、昨夜初めて店にやって来たという50前後くらいのおじさん。名前も何も聞かなかった。

 とくに何を話していたということもないのだが、何となく和気あいあいとして、楽しい雰囲気だった。そういうムードの酒場はよいものだ。


 そのあと、またいつもの週末の癖で、ピーナの店へ。
 もうシェリーは国に帰ってしまったし、とくにお目当ての子もいないのだが、この前初めて会った新顔のMに来てもらった。

 まだやって来たばかりで、指名されたことが一度もないというので、この前、指名してあげたのだ。
 べつに美人とか、かわいいとか、とくにスタイルがいいというのではなく、まあ、十人並み。年は30前後か。あまり稼いでいないせいか、衣装などは、他の女の子と比べると見劣りがする。
 でも、まだ店に慣れていないせいか、嘘をつかない感じで、話していると何か面白味があった。色気を表に出さないのも気が楽だ。

 クラプトンとか、ロッド・スチュワートの歌など一緒に歌った。
 歌はわりと上手だった。


 自分はもう、ピーナの店では、指名の入っている子は呼ばなくなった。
 シェリーがいたときからそうだった。
 取り合いをしているようで嫌なのだ。

 誰でもいいから、空いている子で、気の合いそうな子に来てもらう。
 それで、たいてい1時間か1時間半で帰る。

 指名なしでフリーで入るのもいいが、20分ごとに女の子が入れ替わるのが面倒に思えることもある。話の合わない子だっているし、お金を捨てたような気にさせられる子だっている。
 お金を払って、デートの真似事をして、酒に付き合ってもらう。
 ただそれだけだ。
 幾つになっても、遊びたい気持ちは変わらないらしいわ。

 そんなこんなで、昨夜は1時ごろ帰宅。
 そのまま7時間ほどぐっすり眠った。
 この週末は、土、日とよく眠った。




居酒屋の女主人 (2017年12月17日)


 近ごろ、吉祥寺の馴染みの居酒屋に飲みに出るときは、歩いていく。
 自転車ではもう寒過ぎるし、帰り道も危ないからだ。

 玉川上水を越えて、茶畑や柿の果樹園のあたりを歩いていくと、吉祥寺の灯りが見え始める。
 やがて、井の頭公園をかすめて過ぎる頃は、頭や指先がかじかんだように冷たくなってくる。 30分も夜道を歩くと、体も冷えて、鼻水が垂れてくるのをハンカチで拭く。

 井の頭公園は窪地になっているので、とくに寒気を覚えるが、坂をのぼって、吉祥寺の街に入ると、空気がやや緩むのがわかる。

 居酒屋に着くと、最近はどういうわけか、他の客の姿がなく、自分ひとりのことが多い。
 ママさんを相手に、カウンターを挟んで2時間ほど世間話をする。

 このママさんというのは、ヒロ子さんと言って、自分は「ママさん」とは呼ばずに、「ヒロ子さん」と名前で呼んでいる。
 自分より10才ほど上で、もう70を過ぎているはずだが、今でも楚々とした女らしさをふと感じさせるところがある。
 パッと目立つような美人とか、匂うような色気というタイプでは決してないが、見慣れてくると、なかなかきれいな人だなと思うことがある。


 自分はこの居酒屋に何十年も通っていて、自分が30代の頃はヒロ子さんは40代で、まあ、女盛り。
 スラッとした細身のいい女だったと思うのだが、自分はなぜか、この人を女の対象として見たことがなかった。10才も年上だったということもあるし、旦那が店の主だったせいもあるだろう。

 しかし、彼女目当てに通っていた客も、けっこういたことは知っているし、現に、馴染みの客から言い寄られたり、待ち伏せをされたり、というようなこともあったようだ。

 結婚したばかりで、20代で店に出始めたときは、「結婚してください!」とプロポーズしてきた客もあったという。 そのときは、さすがに店に一緒にいたおばあちゃん(義母)が、「あんた、うちの嫁に何てことを言うんだ」と、窘(たしな)めたそうである。


 ヒロ子さんも近頃では、表の通りで偶然会ったときなどは、さすがにおばあさんになってきたな、と思うこともあるのだが、じつはごく最近、また同じように客から言い寄られる事件が起きてるんだそうである。


 店に長く通っているもう80代も半ばの有名大学の元教授がいる。
 このおじいさんが、しきりにヒロ子さんを口説くのだそうである。
 2年前に彼女が御主人を亡くした頃から、食事などに誘われるようになり、その度に適当にはぐらかしていたが、最近では、それが非常にエスカレートしてきた。

 「自分の年金をあげるから結婚してくれ」とか、「5年間、愛人になって世話くれ」。
 あるいは、わざと下半身に手を当てて「あんたの顔を見てると、勃起(た)ってくるんだよ」などと、露骨に迫るようになったそうだ。

 元教授にはもちろん妻子も孫もあれば、娘さんなどは世に名の知られた人でもあるのだが、そういうことはお構いなしに、店でヒロ子さんとふたりで相対しているとき、そういうエロい口説きが演じられるのだそうだ。

 彼女は困惑もすれば、ひどく腹も立てていて、このじいさんとふたりきりのときは、厨房に入ってカウンターには出ない作戦を続けたところ、じいさんもさすがに察したのか、入口の引き戸をバタンと強く音を立てて出て行ったそうである。
 その後、店にはあまり現れなくなったようだ。


 自分は馴染み客として、この老教授をもちろんよく知っているし、わりと親しく話をすることもあったのだが、数年前なら、老教授がヒロ子さんを露骨に口説いたりすることは決してなかっただろうと思う。
 これはいわば一種の認知症で、老人ボケ。つまりは色ボケだろう。

 ヒロ子さんにしても、70才を過ぎて男に言い寄られるなど、女冥利に尽きるだろう、とも思えるので、そういうことを言ってみると、彼女は「冗談じゃないわよ、バカにしてるわよ」などと、今でもプンプン腹を立てている。

 どこか娘のようなその表情を見ていると、この人を目当てに通って来たり、言い寄ったりする男の気持ちが少しわかるような気がしてきた。



 ヒロ子さんは、あまり出しゃばらず、いつも客の話を一歩引いて辛抱強く聞いてやっている。
 年令からか、育った時代のせいなのか、どこか昔気質のところがあるようだ。
 生まれは下町の水天宮のほうだそうである。

 この店の客の多くは、呑兵衛なうえに、今ではもういい年の男たちばかりだ。
 自分の話は聞いてもらいたいが、人の話は聞きたくない、という厄介な呑兵衛のじいさまも多い。

 そんな客たちを上手にあしらっているヒロ子さんを見ていると、大変失礼かもしれないが、客あしらいのうまい昔の一流の芸者さんの姿をふと重ねて見ることがある。
 彼女の中には、案外、そんな下町風の逞(たくま)しさと、はかない色気の両方の遺伝子があるんじゃないか、と思ったりもする。

 自分もいつの間にか還暦を二つも、三つも過ぎる年になってしまったが、近ごろでは逆に、あまり年令のことは気にしないようにしている。
 なるべく元気でいられたらいい。自然のままでいい。
 でも、やっぱり色ボケじじいにだけはならないように気をつけねば…。




酔っ払いの夜道は危ない (2017年7月10日)





いつものように酔っ払って帰る夜の道。
最近は、自転車では危ないので、歩くか、タクシーにしている。
自転車では、昔から何度も転んでいるので。
書くこともないので、写真だけ。
すんません。






恒例のシングルライフ (2017年2月4日)

 カミさんが、今年も里帰り帰国されたので、いつもの1ヵ月のシングルライフ始まる。
 今回はなぜか、いろいろと食糧を買い置いてくれている。
 果物やら、つまみやら、コーヒーやら。

 この二日間はとくに出掛ける予定もなかったので、人と話をしていない。
 こういうのは久しぶりだから、自分を取り戻す、といった気分にもなる。


 今週は株の動きがどうもおかしくて、とくに自動車株が異常なほど下げている。どこかの機関に仕組まれてるような気配もある。
 他の株も、何か読めない動きをしているので、決め打ちや、大きなショットは打たず、様子見していた。含み損は増えてるんだが…。

 株価のボードを眺めていても、ダラダラと動いて下げるという、何とも面白くない動きなので、ちょっと昼寝をしたり、ギターを弾いたり、車に乗りに行ったりしている。

 近ごろは、TAKAMINEのアコギをケースから出して弾いている。
 半年ほど前、恥ずかしながら自分で作った曲が三つあって、簡単なメロディとコード進行だけ付けてあるのだが、どうも歌詞が浮かんでこないんだ。
 気に入った雰囲気なんだが、何回ギターを弾いても、やっぱり歌詞が出てこない。
 イメージや心境をもっと固めていけば、ある日突然、出来上がるのかな。
 このギターはデザインに魅かれて買ったものだが、正直、とくに弾きやすいというほどではない。
 まあ、気に入ってはいますけど。


 この前、いつもの酒場に行ったら、飲み仲間のAさんがいて、気の合う話がいろいろできて楽しかった。
 Aさんは自分より何年か年上だが、読書家で、今でも月に数冊は本を読んでいるそうである。
 歴史や経済や文学系などだそうだが、小説は読もうと買って置いてあるものの、どうも手が伸びないそうである。

 自分も小説は読まなくなったし、それどころか、歴史や考古学の本なんかも、最近はとんとご無沙汰で、淋しいような気分がある。
 また、本を読む生活に戻ることもあるだろうか。
 読み始めると、また日常的に、習慣的に読むようになるのかもしれないが…。

 それよりも、近ごろの自分は、車や株やピーナとか、即物的なものばかりに興味がいって、まったく平凡で、ありふれた普通の人間でしかない。


 そういえば、この前、酒場でAさんと会ったあと、ピーナの店に行ったら、久しぶりにシェリーに会った。一時帰国したり、その後もタイミングが合わなかったりで、3ヵ月ほど会っていなかった。 たまにラインでやり取りしていたが…。
 自宅の広い畑のためにトラクターを買ったと言っていた。大きな買い物だったとか。
 「もう、お金無くなっちゃったよ」
 夜の世界で稼いで、そうやって国の家と将来のことを考えている。

 もう一人のお気に入りのルンナも、もう30代の半ばになるのだが、日本でエステシャンの資格を取りたい、と日本語の教科書を勉強していた。
 自分の将来を何とか拓(ひら)こうとしている。
 客の男たちは、案外、彼女たちのこういうところを知らない。

 自分も30代の頃は、将来への期待と、どうにもならない現実の間で、もがいていた。
 ピラミッドや古代文明のあらゆる本を読み、楔形文字の講座に通ったりまでしていた。
 あんな時代もあったなあ、と思ったりするのだが…、今でもまだ、灯は消えていないとは思うんだが…。




雨の休日に二日酔い (2016年9月22日)

 2ヵ月ほど休暇で帰国していたシェリーが、また日本に戻ってきたというので、店に行ったんだが、まあ、それはそれでよかったとして、今日は二日酔いがきつかった。

 どうも、ピーナの店に行くと、この傾向があるようなので、ひょっとしたら、悪い酒でも混ぜてるのか、と疑ったりもするんである。
 今度、シェリーにちゃんと聞いてみよう。
 それとも、単に酒に弱くなったのか。

 そういえば、昨夜は、シェリーの店に行く前に、いつもの居酒屋で彫刻家のM君と久しぶりに会ったので、飲んでたんだが、まあ、ちょっと面倒臭いところのあるやつで、面倒臭い話にもなるので、そういうのも原因としてあったのか。

 この前見にいった「古代ギリシア:時空を超えた旅」の話なんかしてたな。
 あの展覧会は、内容は素晴らしいけれども、ちょっと中身が多すぎますね。展示品が多すぎる。2つの会場で325点。2時間半かけて見終わると、もうヘトヘト。

 M君も、珍しく自分と同じ意見で、「あれもこれもの時代をいっぺんにやり過ぎ」なんて言っていた。
 作品を説明する文字が小さいので、自分などは、近づいて眼鏡を外さないと読めないのも、こういうのもちょっとつらかった。
 年のせいで、こんな苦労もするようになったわけだ。

 今朝は、目覚めたとき、激しい雨音がしていた。
 頭が痛くて、起き上がれないほどだったが、頑張って起きて、水とトマトジュース、それに、紅茶を入れて飲んだ。
 しかし、気分が悪く、とても回復しそうもないので、二度寝。
 昼近くまで3時間ほど寝た。

 それから風呂に入り、ゆっくり体を揉みほぐしながら、「酒はしばらくやめようか」などと、出来もしないことを考えてみる。
 カミさんが味噌汁を作ってくれていたので、味噌汁と茶漬けを食べると、ようやく体も気分も、少しましになってきた。

 今日はマーケットも休みなので、気が楽だ。
 きのうの午後、日銀発表のあとの株価急騰で、気になっていた危うい信用分を全部利確処分できたので、まあ、よかった、よかった。
 この10日ほどは、ずっと様子見で、修復と手当てばかりしていたが、久しぶりのショット。
 今もホールド中の3銘柄は、ほぼ安全牌なので、あまり心配ない。

 それにしても、近ごろの自分は、いつもいつも相場のことが気になっていたので、これから少し解放されてみると、何ともホッとした気分になる。
 人間らしさを取り戻すというのか。
 やっぱり、そういうものなのかな。

 今日は1日中ほぼずっと雨で、今も、夜の11時なんだが、霧雨が降っているようだ。
 まだ酒は飲んでなくて、正気のまま。久しぶりに今日は飲まないでおこうか。
 (でもたぶん、これから少し飲むんだろうけど…。)
 もう何日も、すっきりと晴れた空を見ていない気がするね。




小ピーナのハナちゃん (2016年5月10日)

 長かったGWがやっと終わり、また普段の暮らしが戻ってきた。
 今年のGWは、何もしなかったな。どこにも行かず、車での遠出や、バンドの練習もなし。ちょっとした部屋の片づけや、冬物と夏物の入れ替えができたくらいか。
 思えば、自分の暮らしは、毎日が日曜日みたいなものなのだが、世間が休みの日はどうも落ち着かなくて、苦手だ。フリーのせいか、若い頃から、そうだったな。

 飲みに出たついでに、ピーナの店に行ってみると、GW中は暇だそうで、女の子も少ない。お気に入りのシェリーも、その日はいなかった。
 フリーで1時間で飲んでいると、最後にハナちゃんが来てくれた。
 彼女は店では一番若いそうで、23歳だとか。
 中国系の仏像のような顔をしている。小さくて、スタイルがよくて、かわいい色気がある。

 ハナちゃんは、ヴァージンだそうである。
 本人もそう言っているし、他の女の子たちもそう言っている。
 本当かどうか知らないが、話すと、そうかもしれないな、という気はする。

 お金がないので、大学は途中でやめてしまったが、コンピューターのプログラミングを学んでいたそうである。
 自分も拙HPの作業で、少しはhtmlのことがわかると言うと、驚いたような顔をしていた。
 「またプログラミングの勉強したい?それとも、今の仕事がいい?」
 「今の仕事のほうがいいです」

 自分はこういう若い子は、若すぎて、女として相手にする気になれず、むしろ、お父さんのような気持ちになるから、窮屈というか、こそばゆいような気分だ。
 いつだったか、ハナちゃんがあまり元気がないので、どうした?と聞くと、2〜3日前、倒れて注射を打ったという。
 一種の栄養失調だろう、と思ったので、スパゲッティを御馳走してあげた。
 食べるものも食べずに、国に送金しているんだろう。
 聞くと、毎月、5万円送っているそうである。

 この日も、ピザを御馳走しようか、と言うと、ソーセージがいい、と言う。
 焼いたソーセージの皿が来た。
 「クヤ、どうしてこんなことしてくれるの?」
 「まあ、いいじゃない。でも、こんなことで、男に騙されちゃいけないよ」
 やっぱりお父さんのような気分になる。

 ハナちゃんは、こちらの顔をまじまじと見ていたが、
 「眉毛が伸びてるね」
 「ジャングルみたいだろ。切ってくれる?」
 「切ってあげる」
 化粧の袋から小さなハサミを取り出して、キャ、キャという感じで、眉毛を切ってくれた。
 自分はこれまでの人生で、女の子に眉毛を切ってもらったことは、たぶん一度もない。カミさんにもない。何か楽しいような気分になった。

 その日はそれで帰ったが、深夜にシェリーからメッセージが来ていた。
 「お店に来たそうね」
 女の子たちのネットワークは速いんだな。




シングルライフ (2016年2月19日)

 カミさんのいない生活も半月が過ぎ、残りは半月となってしまった。
 今回のシングルライフは、有難いような気がしていて、自分だけの気分にひっそりと浸っていられる時間が多い。
 朝は普通に起きて、紅茶と新聞、そしてシャワーと朝食。それから、細々とした家事や雑用を済ませ、あとは株価のボードを見たり、車に乗ったり。
 夜は夜で、4日に一度くらい飲みに出る以外は、やっぱり一人で過ごし、ギターを弾いたり、テレビを見たり、速歩と素振りの運動、そして、焼酎のお湯割りを飲んで寝る。
 変わらない1日がこうして終わる。

 長引いていた風邪が、どうやら抜けてくれて、よかった。
 お気に入りのピーナのシェリーから、「体、弱いね」なんて言われていた。
 シェリーとのメールや電話のやり取りが、今のところ自分の唯一の慰めとなっている。しかし、だんだん魂を取られてゆくのがわかる。
 かわいくて、スケベで、こわい女。
 まあ、還暦を過ぎたおじさんには、これも有難いことか。
 「わたし、お客さんから、こわいって言われることがあるの」
 「俺にはよくわかるよ。生活も、魂も失くしそうな気がするからだよ」

 ピーナの店では、魂を抜かれたような男たち、死人のような腑抜けのような男たちを何人も見てきた。この前、シェリーと一緒に撮った写真を見て、まさに自分もそうなっているようで、愕然とし、嫌にもなった。
 あういう店に毎日のように異常なほど通い詰めていた男が、突然、死んだという話も、女の子たちから何度か聞いた。
 人生の最後に、一人でフェスティバルをやっていたのかな。

 一見華やかそうに見える店の雰囲気の陰で、ピーナたちは、店の仕事のほかに、昼間のバイトもしている子が多い。
 この前の女の子なんかは、夜中の2〜3時まで店の仕事をして、それから朝の6時に起きてバイトに行く、なんて言っていた。1日の睡眠時間は3〜4時間ほど。
 いっぱい稼げた時代と違い、今はそういうのが普通らしい。
 「忙しいから、もう男なんてできません。結婚もしたくないし」
 彼女たちは日本人と結婚し、だいたいひどい目に遭って、離婚。しかも、子供がいたりするから、そういうことになるらしい。
 シェリーも、前はやっていたが、今は昼間のバイトはしていない、と言っていた。
 彼女は売れっ子だし、子供もいないから、ラッキーなのか。

 それにしても、自分はもう、シングルライフにはすっかり慣れてしまった。
 料理や、掃除、洗濯などの家事はもちろんのこと、アイロンかけだってできる。
 面倒なので、本当はやりたくないんだが、ハンカチやシャツなど、洗ったものが溜まってくると、カミさんの部屋にあるアイロン台でやる。週に一度くらい。
 そういう風に家事くらいはちゃんとやって、糸の切れた凧みたいにならないように、自分なりに気をつけてはいるんだが…。




老後予備軍のようですな (2016年1月25日)

 喪中ハガキを出していなかった方から、父親あてに年賀状が来ており、その返礼に寒中見舞いを出す、と。
 そんなことも残っていたんですな。

 この2年ほどの間で、両親の2つの葬式を何とか済ませ、その後のあれこれの手続きも、どうにか終わり、「大きなトラブルもなく無事に済んでよかったなあ」と思いもすれば、「あ〜、そうか。もうこの世に親はいないんだなあ」とも思うようになった。

 とくに父親については、この世で一番苦手な人間とも思っていたので、逝ってくれて、正直、ほっとしたところもあったのだが、一方で、もううるさいことを言われることも、叱られることもないのだなと思うと、親というのは、複雑な有難い存在でもあるようだ。
 葬儀から5ヵ月が過ぎて、そんなこともじわじわと思うようになった。


 しかし、まあ、現在の自分の有様というのは、重しが無くなったというのか、抑制が無くなったというのか、けっこう無為に過ごしている。
 「こんなことしていたら、親に何と言われるか」と考えたりするのは、案外、自分自身を規制する心の装置にもなっていたのかな。

 なるべく規則正しい生活を心がけようと、1時には寝て、7時には起きる。10分ほどのストレッチは毎日。歯磨きは2種類の歯ブラシと、歯間ブラシ、フロスできちんと磨く。 週に3回くらいは速歩とバットの素振り。車はなるべく毎日20〜30キロは乗る。そして、1時間ほどのギターの練習。

 とまあ、こんな按配なんだが…、
 もう、すでに老後なのか?
 実際、そうなのかな?

 飲みに行くのは週に2回。家では毎日飲んでいるが、外で飲むのは、なるべく3日は空ける。そのほうが、やっぱり体調がよいので。
 煙草もいつの間にか1ミリになってしまった。ウィンストン・キャビン1箱ほど。

 じつは外で飲むのが、近ごろは、どうもあまり楽しくない。
 30代とか40代の若い連中と飲んでいると、やっぱり先輩というか、ジジイ扱いされるし、昔からの古い居酒屋では、自分より一世代上の常連客の、すっかり仲間入りをしたように扱われる。どうも面白くない。
 なかなか話や感性の合う人と飲む機会が少なくなった。

 結局、ピーナの店で、昔馴染みと他愛ない話をしているのが気楽で、楽しくて、自分の娘と言ってもよい女の子たちなんだが、心はヴィヴィッドになる。
 最近のお気に入りにも、どうもはまりかけていて、いろんなピーナたちにけっこう手ひどい目に遭ってきたのに、懲りないものだ。


 それにしても、車に、酒、ねえちゃん、しかも、近ごろでは株価のボードを見たりして、すっかりふつうのオッサンになってしまった。
 これが俺なんだろう。




気持ち30%、お金70%らしい (2015年12月4日)

 3日ほど前に誕生日が来て、61歳になった。
 誕生日といっても、この歳になると、おじさんから、じいさんに、確実に一歩近づいただけで、ぜんぜんおめでたくもない。
 そういうせいなのか、カミさんからは何もプレゼントをもらわなかった。結婚して以来、初めてだ。
 ところが、ピーナの店で近ごろわりと仲のいい、色っぽいシェリーが、自分の誕生日を覚えていてくれて、何か料理を作ってくれるというのだ。
 そうなると、また店に行かないといけないから、結局、こうして誘われてゆくんだが、まあ、それも悪くないか…。

 誕生日の夜の10時ごろ、店に行くと、シェリーがテーブルでひっそりと祝ってくれるのか、と思っていたら、店中に知れ渡っていて、女の子たちが「ハッピー・バースデイ」を歌ってくれたり、 店からもフルーツの盛り合わせをもらったりと、びっくりしたり、おいしかったり、うれしかったり、という按配だった。
 シェリーは、手作りではなく、買ってきたというケーキと料理をくれた。それはそれでおいしかった。

 女の子の誕生日に来てくれ、と頼まれることは、何度かあったのだが、こんな風に自分の誕生日を店で祝ってもらったのは初めてだ。
 自分はあまりお金を使うほうではないはずだが、こんな場所で「顔」になってしまったか、と思わず苦笑する。


 シェリーはなかなかいい女だ。昔の華やかなタレント時代の生き残りで、今は31歳。日本人と結婚したが、別れて戻って来たらしい。
 昔、いっぱい稼いだ時代に、故郷にバナナ農園付きの邸宅を立てたとか。スマホの写真を見せてもらった。

 タレント時代には別の名前だったので、自分は最初、同じ女とは気づかなかった。「え!あのMなの?」と知ったときは、やはり驚いた。20歳の頃より、今のほうが、遥かにいい女に見える。
 彼女は売れっ子だから、自分はあまり指名せず、眺めていることが多い。
 いい女は見ているほうがいいのだ。
 細いのに、むっちりして、フェロモンがある。

 でも、それなりに機会はあって、何度か話すうちに、お互い昔から知っていることがわかると、わりと仲よくなって、けっこうすごい写真を撮ったり、すごい話もするようになった。
 なぜかシェリーだと、Hな話をしても恥ずかしくない。
 にやけている自分に、「ああ、俺も普通のスケベなおじさんになってしまったなあ」なんて思う。
 中年男の好色というようなものを、自分では今まであまり受け入れたくないと思っていたが、近ごろは、まあそういうものかな、と思うようになった。
 たぶん、もともと普通のスケベだったんだろう。




 31歳のシェリーは自分には若すぎるけれども、こういう店ではあまり気にならないから不思議だ。
 彼女が言うには、「日本人には気持ちがある」んだそうである。
 「フィリピン人にも気持ちはあるけどね、フィリピン人は、30%が気持ちで、残りの70%は、お金なのよ」
 「そんなこと言えば、日本人だって、同じだよ」
 「いいえ、違う。日本人は気持ち、ある」
 そういうことらしいのだが、プロの彼女が言うのだから、そうなんだろう。
 シェリー自身も、気持ち30%、お金70%、ということか。

 そんなこんなで、相変わらず同じようなことをやっているが、これはこれで珍しくて面白い、いい誕生日だったのか。




往年の銘ウィスキーの味 (2015年10月18日)


 親しい友人なのだが、もう何年か前のことなので、まあ、書いてもいいだろう、と思うんである。
 この友人、いい年の独身女なんだが、親から相続した虎の子の金を全部詐欺で取られるという、まあ、何とも気の毒な体験をした。
 なんでも九州方面の名うての稀代の女詐欺師だったそうで、被害にあった人数も、金額も、桁違いだったそうだ。
 被害者の中には、逮捕された女詐欺師の実家まで押し掛けて行き、「金を隠しているだろう!」と、墓まで開けさせた人もいたというから、こと金にまつわる話は凄まじい。

 友人はというと、金額は他の被害者に比べ少なかったというが、何といっても親から受け継いだ自分の取り分、全財産をすべて失ったのだから、一時、ずいぶん凹んでいた。 住んでいるマンションが残ったのだけが救いだった。
 慣れない金を持ったばかりに、欲をかきすぎたとか、親を看取ったあとの心身の不安定な状態で、マインド・コントロールに罹ったようなものだったとか、いろいろ反省したようだ。
 もし結婚して亭主がいたら、「せめて3分の1にしておけよ」、と止めてくれたんでは…、とこぼしていた。
 しかし、頭のいいところもあるので、その後は冷静になって、アルバイトなどで自分の生活を立て直し、前向きに生きようとしているようだ。
 学生時代に専攻していた哲学をまた勉強したい、などと言っている。



 そういう窮状にあって、金に余裕のない身なので、彼女と飲んだりするときは、自分が御馳走するような格好になった。
 この数年で、そんなことが何度かあったようなのだが、先日、彼女からメールが来て、「たびたび御馳走してもらったお礼に、ウィスキーを差し上げる」とのことだ。
 なんでも、そのウィスキーというのは、彼女自身、知人から頂いたもので、知人宅の押し入れに長年しまってあったものだそうである。

 それならと、中野方面の彼女のうちまで車で行って、有難くウィスキーを頂いてきた。
 2本あって、ジョニ黒と、オールド・パーだ。
 見たところ、かなりの年代物で、10年や20年前のものではあるまい。
 ジョニ黒といえば、我々の学生時代、洋酒の代名詞といってもよいウィスキーだった。当時はまだ珍しかった海外旅行のお土産に買ってくる酒。
 一方、オールド・パーといえば、あの田中角栄が毎晩御愛用という高級ウィスキー。
 たぶん、そういう時代のものではないか、という雰囲気がする。つまり40年前くらいに買われたものか。
 どうもオールド・パーの蓋についている金具に、そういう気配がする。

 さて、ショットグラスに注ぎ、さっそく味わってみると、どちらもまったりした熟成したコクがある。ジョニ黒は、あの香ばしさ。オールド・パーは、あの舌の上にトローッと広がる感じ。
 一口飲んでみたカミさんは、「これなら私も飲める」と、普段はウィスキーなど飲まないくせに、珍しいことを言っている。

 自分は学生時代、いっぺんオールド・パーという酒を飲んでみたいと、高円寺の馴染みのバーでグラスを注文したとき、舌の上に広がってゆくとろけるような味と香りに驚いたことがある。
 「上等なウィスキーとは、こういうものか」と思った。
 しかしその後、何度かオールド・パーを飲む機会があっても、どうもあのときの味とはちょっと違う。トローッとする感じがないようだ。きっと質が落ちたんだろう。
 ジョニ黒だって、今では普通のウィスキーだ。
 近ごろは、ウィスキーそのものを飲む人が、減っていると言われる。

 この度、久しぶりに友人からもらった懐かしいウィスキーを飲んで、あの昔の味を思い出した。それはそれでよかったけれども、やっぱり普段、自分で飲むのは、いつもの焼酎、「ひむかのくろうま」が飲み易いです。

 ところで、詐欺に遭った友人は、自分と同い年で、学生時代からの付き合いなんだが、金のせいでとんでもない人生の失敗をした。
 還暦の身で、想像もしなかった困窮の晩年を迎えることになった。「もう先のことはまったく考えられない」と言っている。
 金には、そういう人を狂わせてしまうところがあるようだ。
 しかし、今では彼女、案外、さばさばともしている。開き直ったというか。

 自分もこの度、父親から少々の金を受け継ぐことになり、何かと肝に銘じるところがある。 もともと金には縁のない身。ささやかな金で狂わされないように、金なんかのことで、頭を悩まされないように。
 有難いけれども…、
 金って、有っても無くても、心を窮屈にするもんだから。




しばらく更新をお休みさせて頂きます (2015年8月4日)


 このところ拙HPの更新をサボっていて、申し訳なく思っています。
 どんな方に見てもらっているのか、自分ではさっぱりわからないのですが、カウンターの数字は、毎日、数十件ずつ増えているようなので、多くはないとはいえ、見てくれている人はいるようです。

 どうも、すいません。そして、ありがとうございます。

 田舎の父親の様態が、どうもよくないということで、「いよいよか…」と、3日ほど帰っていたのですが、どうやら持ち直したらしく、もう少し先らしいということで、また、東京に戻ってきました。
 暑かったですね。39度とかの日もありました。
 家の庭の有様が、雑草が伸び放題になっていて、除草剤を撒いておいたんですが、あんなもので効くのかどうか。

 どのみち、近いうちにその日は来るはずだし、こちらも落ち着かないので、しばらく、このHPの更新はお休みさせて頂きます。
 たぶん、今月末頃には再開できると思います。
 悪しからず、ご了承お願いします。

 ついでに、と言っては何ですが、不謹慎な写真を掲載しておきます。




 いつのことだったか、日付は言いません。
 色っぽいピーナが、写真を撮るために、大サービスして遊んでくれただけで、いつもこんなことをしているわけではないんです。





酒場あれこれ (2015年7月17日)


 この前、久しぶりにピーナの店に行くと、昔なじみのKが来て、
 「私のこと、300年前から知っているって、あれ、あんまり言わないでね。ほかの女の子に、年がバレちゃうから」
 「そうなのか、じゃ、言わないよ」
 なんて話していた。

 Kとはどういうわけか、かなりくだけた、というか、スケベな話ができる。
 「最後にやったの、いつ?」
 「3年前かな、あなたは?」
 「5年前かな、カミさんと」
 「ふーん」
 こんな話にもなる。

 いつだったか、彼女が作った料理を店で食べたことがあって、
 「Kって意外と、料理が上手いんだね」
 「そうでしょ。私、いい奥さんになると思わない?」
 「料理はひとつの要素に過ぎないよ。セックスだって、そうだ。夫婦ってやっぱり、一緒にいて疲れなくて、飽きないってことが一番大事じゃないのかな?」
 まあ、そんな話をしていたわけである。

 この日はたまたまピーナの店に行ったのだが、こういう店も以前は、随分はまって通ったこともあったけれども、近ごろでは、まあ、たま。月に1度か2度、それもフリーで1時間、5千円、というのが、ほぼお決まりのコース。

 そういえば、近ごろは、あまり行く店がなくなっている。
 吉祥寺あたりで、なじみの店は何軒かあるけれども、どれも変わり目を迎えているようだ。
 30年来通っている居酒屋のBは、常連たちがさすがに高齢化し、かつての賑わいがない。自分が一番若いくらいだから、常連客の年齢層たるや、推して知るべし。気心の知れた、話の合う客と遭遇することも少なくなった。

 ジャズ・バーは、苦しい経営が続いているようだったが、とうとう今月で店仕舞いとのこと。フリージャズ、前衛ジャズのメッカにもなりつつあったし、いい店だっただけに、残念だ。
 ちょっと店の運営が、自分本位すぎたのか。

 この1〜2年、よく通っていたライブ酒場も、近ごろでは、店の雰囲気がすっかり変わり、ぜんぜん面白くなくなった。
 潮が引くように、櫛の歯が抜けるように、どんどんお客さんが来なくなっているとのこと。 自分もまったく行っていないのだが、まあ、さもありなん、というところか。

 こういう時代に、酒場をやるというのも、難しいものらしい。
 そもそも酒場とかお店とか、誰でも一度はやってみたい、と思うようなところがあるけれども、じつのところ、素人で始めて、成功するケースは少ない気がする。
 自分のやりたいようにやる、というだけでは、とても通用しない。
 どんな店だろうと、仕事だろうと、やっぱりプロ意識が必要だ。社会的な常識のようなもの、当たり前のことが見えてないと、きっとうまくいかない。

 というようなことで、近ごろ自分は、珍しいことに、飲みに行く手頃な酒場がない、という状態になっている。
 自分のこれまでの人生は、ある意味で、「酒場人生」というところもあったと思うのだが、今はまあ、エアポケットのようなものだろうか。




朝風呂の思い (2015年5月2日)


 自分が近ごろ風呂に入るのは、飲んだ次の日の朝で、それ以外には風呂に入ることがなくなった。 だいたい三日に一回くらい風呂に入る勘定で、そのほかの普段の日は、朝のシャワーにしている。

 家で飲むのに比べると、外ではたいてい2倍から3倍は飲んでしまうので、まあ、二日酔い気味。風呂に入ってアルコールと毒を抜くわけである。
 もともと風呂が好きで、本当は、夜寝る前に入ると、気分も体調もいいのだが、夜は面倒臭いし、酒を飲むので、入らなくなってしまった。

 それにしても、酒を抜かなくなって、もう何年くらいになるのか。

 今朝もそんな按配で、風呂に入って体を撫でたりしながら、「あ〜あ、またやっちまったなあ〜」などと、反省していたのだが、いつまでたっても、これって変わらんね。

 今、自分が気になっているのは、仮歯になっている前歯が取れることで、飲んだあとは、けっこうこれがある。
 これまで3回取れていて、その度に、歯科クリニックに駆け込んだ。
 前歯が無くなったときの、あの何とも情けないような、頼りない気分は、どうにも惨めで、耐えられないほどだ。

 湯に浸かりながら、舌でそうっと触ってみると、今はどうにか大丈夫らしく、ともかくこれで4日間は持ってくれている。
 でも、ゴールデン・ウィークなので、クリニックは休みに入るし、その間も持ってくれる自信は、正直のところあまりない。
 この仮歯についてだけ言えば、GWは早く終わってほしいです。

 もうひとつ、気分がちょっとふさいでいるのは、車の左フロント部をまたコツンと当ててしまったことで、うちの前の狭い道で対向車とすれ違うとき、こちらが好意で動かしすぎたばっかりに、ちょっと塀に当ててしまった。
 見た目には、ほとんど気づかない小さな傷で、修理に出すほどではないんだろうが、気に入っている車を、こうして少しずつ傷つけていくのは、やはり気分のいいものではないですね。
 これで2度目。
 左フロント部には、あの小さな細いポール(ヘタ棒とかいうらしい)を取り付けておこうか。
 それとも、今度、金ができたら修理して、いっぺんきれいにしようかな。


 でもまあ、そういう小さな、というか、些細なことはともかく、今朝は、かなりホッとした気分もないではなかった。
 というのも、田舎の父親がやっと施設に入所してくれたからで、数年来、心の底に引っ掛かっていたことが、ようやく一段落した。

 3年前に車のキーを取り上げる前までは、交通事故を起こすのが心配だった。当時は、まだ石油ストーブを使っていたから、火事の心配もあった。お金の管理の問題もあった。
 あの頃が一番大変だった。

 近ごろでは、ふらふら外を出歩いて、事故に遭ったり、怪我でもするんじゃないか、と案じていた。日に3回ヘルパーさんが来てくれるとはいえ、大半の時間は、一人でいるわけだから、目の届かないことも多い。
 施設に入ってくれると、とりあえず、そういう心配が無くなるから、本当に、肩の荷が下りた気がする。

 施設に聞いてみると、やはり本人は、家に帰りたいと言っているそうである。でも職員さんは、もうそういうことには慣れている。
 「落ち着くまで、しばらくは見に来られないほうがいいと思います」
 意外にも、そういう風に言われた。
 田舎の家のことも、また別のステージに移っていくわけだ。




時はめぐる (2015年4月1日)


 酔った流れで、フラ〜と行ってしまうピーナの店。
 この前も、フラ〜と1時間だけフリーで入ってしまったら、昔なじみの○○ファニーが来て、
 「ねえクヤ、わたし、あと1ヵ月で、このお店やめるよ。フィリピンに帰って、もう日本に戻って来ない」
 「え!、ほんと?」
 「ほんとよ。まだ、みんなには言ってないけど。だから、さよならパーティ来てくれる?」
 「○○ファニーなら、来るよ。俺たち、歴史あるからね」

 別に美人でもないし、タレントのような可憐なタイプではないが、優しくて、大人の話ができる。彼女を指名していた時期もあったし、プレゼントをもらったこともある。
 この店に10年間通ったうち、○○ファニーはだいたい、いつも近くにいた。あれこれのピーナとの思い出とも重なっている。

 今でも体つきは若く見えるが、もうおばさんになって、いよいよ潮時と感じたのか。もっと、別の理由があるのか。彼女も、この仕事をやめるときが来たんだろう。

 そういえば、この前、○レンからも、
 「わたし、あと何年、この仕事できると思う?」と、やや真面目に聞かれたことがある。
 昔は可愛い感じの女の子だったが、今はもう、女の子とはさすがに言い難い。まあ、おばさんだろう。

 40前後で、自分から見れば、どの子も、まだまだ若くて、いい女にも見えるのだが、本人たちの気分はそうでもないんだろう。

 その日は妙な日で、次にやって来たダバオ出身の女の子が、しきりに○ヤを呼んであげて、と言う。その言い方に、どこか真剣味がある。
 スタッフに値段を聞いて、根負けして、○ヤを呼んだら、
 「わたし、明後日で、この店やめるのよ」
 やっぱり、そんな話だ。

 目鼻立ちがくっきりした、見栄えのする、モデルのようなスラリとしたいい女で、若い頃は六本木で働いていたというが、さぞや人気だったことだろう。
 今はたぶん、40前後で、さすがに落ち着きと、風格のようなものがある。
 出会ったときから、なぜか彼女とは、一番気楽に話ができた。
 真面目な話から、そうじゃない話まで。
 でも、この店に来て、まだ数ヵ月のはずなんだが…。

 「やっぱりこの店、合わなかった?」
 「うーん?、お給料がね…」
 聞くと、15万も毎月、国に送っているそうで、車のローンなんかもあるそうなんだが、それでは、やっぱり生活は大変だろう。
 日本でしか働く場所はないから、また日本に戻ってくるつもりとか。

 最後の日は、また来ると約束して、自分は正直に、また行ってみると、 何人かいるはずの彼女の馴染客は誰もいなくて、自分ひとりだった。
 そのときに撮った写真は、さすがに、酔ってニヤケてる。

 翌日、彼女からメッセージが来ていた。
 「昨日来てくれて本当にありがとうございます…うれしかったです。またいつか会いましょうね」
 次の日、彼女は帰国したはずだ。また、いつかどこかで会えるかどうか…。





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