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ピラミッド・マニアY
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 2019年3月4日 (石棺はどうだろう?)

 先日、ある人から大ピラミッドの石棺についてのメールをいただいた。
 大ピラミッドの王の間に残された石棺は、火星の直径を示しているのではないか、という内容で、いろいろと細かな数字が記されていた。

 自分にはすべてが理解できたわけではなく、また、今は失われている石棺の蓋の厚さが仮想されていたり、なぜ火星の直径なのか?という根本的な疑問もあったので、そのまま受け入れる気にはならなかった。だが、なかなか面白い試みだとも思った。
 工学系の数字の扱いに慣れている人のようだった。


 ピラミッドや古代遺跡には、このように数字や地図で遊ぶような楽しみ方がある。
 よくあるのは、ギザの遺跡図に線を引いて、何かの意味を探し出そうとすることで、これを自分などは「線引き」と呼んでいるが、ピラミッドに興味を持った人なら、一度は「線引き」をやってみたことがあるのではなかろうか。
 たいてい何かのそれらしい形が浮かび出てくるものである。


 ところで、王の間の石棺についてなのだが、自分は今まで、この石棺に興味を持ったことが一度もなかった。
 不思議にも、というか迂闊にも、と言うべきかもしれないが、完全にパス。スルーしてきた。

 この石棺は、王の間の建造中に据え付けられたと考えられている。
 ということは、この石棺には大ピラミッドの建造者の何かの意図が隠されている可能性がある。
 そのことに気づかなかったのは、まったく迂闊だった。

 そこで、また古いF・ピトリーの本を開き、石棺のデータを調べてみた。
 惑星説の立場に立てば、大ピラミッドは地球であるから、地球の何かの要素が示されていてもおかしくない。

 たとえば、長さの基本単位のようなもの、地球の極半径(6356・75km)や赤道半径(6378・14km)あたりから導き出されるような何かが込められているのではないか…。
 そんな気がするわけである。

 しかし、今のところ、自分ではまだ石棺のデータを見ても何のアイデアも湧いてこないが、簡単な操作で何かがポンと出てくるかもしれない。
 誰かがそれを見つけるかもしれない。
 そう思ったので、ここに掲載しておくことにした。
 


石棺データ (単位センチメートル F・ピトリーによる


     長さ   幅   高さ(深さ)

外寸  227・64  97・79  104・93

内寸  198・27  68・10  87・43

外寸体積  2335720 立法センチメートル

内寸容積  1180416 立法センチメートル




 2019年1月13日 (お久しぶりの吉村先生)

 去年、年末も押し詰まった12月30日の夜、テレビ東京で「たけしの新・世界7不思議」という番組をやっていて、あの懐かしい吉村作治先生が久しぶりにテレビに登場し、ピラミッドをやっていた。
 じつに刺激的な内容で、「クフ王の墓の場所はどこだ?」というようなもの。

 以前、テレビでよくやっていた吉村先生の番組といえば、ちょっと一方的な感じの盛り過ぎの内容が多かった気がしているので、「今回もまあ、そんなものだろう」と気楽に見ていたら、意に反して、なかなか筋の通った番組のように思えた。

 年末の放送のときはボウっと見ていたので、録画しておいたものを、この3連休を利用して見直してみた。
 その感想。


 番組はギザのピラミッドとマヤのピラミッドのふたつで構成されていたが、「おやっ」と思うような新しいネタが幾つかあった。
 箇条書き風に並べてみると・・・

 ●3大ピラミッドの近くに「大エジプト博物館」という新しい巨大な博物館が建設中のようで、どうやら今年オープンされるらしいこと。
 詳しいことは不明だが、従来のカイロ博物館の展示品の多くは、こちらに移るような印象を受けた。

 ●最近、名古屋大学のチームなどが宇宙線を使って突き止めた大ピラミッド内部の新空間、(これは大回廊の上の方、王の間の重量軽減の小部屋の横の方に当たる位置らしいが、長さ30メートルを超える空間があると予想されたもの)、 これについて吉村先生は、隙間を作るために石材をまばらに積んだ空(から)積みの空間であって、本物の空間があるわけではない、との意見。

 大ピラミッドの巨大な重量を支える構造上、こんなところに大きな空間はあり得ない、とのことだが、どうなのだろう。携わっている名古屋大学などの研究チームは、どう思うか気になるところではある。
 (この空間については、吉村チームが依頼を受け、今年、調査するとのことでもある。)

 ●ピラミッドは王の墓ではなく、太陽信仰にもとづいた太陽の運行の再生装置であるというもの。
 大ピラミッド内部の地下室への下降通路や、王の間への上昇通路などは、太陽が沈んで昇る「復活と再生」を象徴するもので、ピラミッドが再生装置になっているとか。
 これが吉村先生のピラミッドにたいする結論のようでもあった。

 ●番組の意見では、太陽の再生装置という点では、メキシコにあるマヤのピラミッドも同じだという。
 ユカタン半島のチチェン・イツァにあるピラミッド、エル・カスティージョは、3層構造になっており、内部に古い時代のふたつのピラミッドが内蔵されているようだ。
 第2層目の内部通路と部屋がテレビに映され、儀式が行われたと見られる部屋には、チャック・モールとジャガーの像があった。
 見ていると、「へえ〜」という気になった。考古学の発掘調査は、日々進んでいる。
 マヤのピラミッドの地下には、地下道やセノーテ(泉)があるらしく、そこには太陽信仰を思わせる遺物(ゴムボールなど)が発見された、というもの。

  (これらをもって、エジプトのピラミッドとマヤのピラミッドは、太陽信仰という共通の概念と構造がある、というのだが、自分などにはちょっと無理があるかな?とも思えた。)

 ●究極のテーマ、クフ王の墓については…、
 大ピラミッドの西側にあるマスタバ群があるところに、1箇所だけ空き地のような場所があり、それはクフ王の宰相でもあり建築家でもあったヘムオンの大きなマスタバの前に当たる場所なのだが、そこにクフ王の墓があるという。
 あたりを地中探査レーダーで調べた結果だということで、2年後、吉村チームが発掘調査するそうである。
 ここにはクフ、カフラー、メンカウラーの3人の王の複合墓があるのではないか、と吉村先生は見ているようだ。

 桐山某という若い俳優が出演しており、スフィンクスから見る春分・秋分や夏至の日の出と日の入りの方向を調べていたが、春分の日にはカフラーのピラミッドの左端に太陽が沈み、夏至の日には大ピラミッドとカフラーのピラミッドの真中に太陽が沈むそうである。
 クフ王の墓があると思われる場所も、ちょうど夏至の日没のライン上に位置しているという。

 本当に墓があるかどうかはともかく…、地中探査レーダーで調べ、太陽の動きにも合うとなると、一応は筋の通った話で、それなりに納得もできれば、只の空想では無いとも思えた。

 古代エジプトの象形文字で、「地平線」という文字は、ふたつの山の間に太陽が沈む様子を象ったもので、「アケト」と発音されている。



 大ピラミッドの古代の呼び名は「アケト・クフ(クフの地平線)」で、スフィンクスの古代の呼び名は「ホル・エン・アケト(地平線のホルス)」だ。

 ふたつのピラミッドの間に沈む太陽がまさにこの文字を表しているようで、おそらく、このあたりも何か関係がありそうだ、との吉村先生の見解だった。
 自分にはこのへんはかなり面白かった。


 ピラミッドの秘密は、やはりスフィンクス付近の地下深くに隠されているのではないか?と自分などは、古くからの怪しい伝説に従い伝統的に考えているが、もちろん十分な確証があるわけではない。

 今回は長くなってしまったので、今度はいつか、そのあたりについて考えてみたい。

 ピラミッドの話とは別に、久しぶりに見た吉村先生の姿は、以前よりも丸々と太った、というよりも、膨らんだような感じで、お年のせいか、表情もトロンとして無表情に見えたのが、ちょっと気にはなった。





 2018年8月25日 (アラブの伝説を追って)

〜続きへ↓〜


 奇妙な夢を見て、若い女の子と大きな男と自分の3人で遊んでいるのだが、途中で、古代エジプトの碑文が書いてある大きめの紙が出てきた。
 遊びたい気持ちと、碑文を調べたい気持ちの両方あったのだが、結局、碑文のほうを見ていた。
 碑文には、アラビア語と英語の解説が付けてあり、読んでみたが、中身はよくわからなかった。

 そうこうしているうちに、目が覚めた。
 夜中の2時ごろだったが、妙に目が冴えてしまい、しばらく暗闇を眺めていた。

 中世アラブの文献でとても気になる文書があったのだが、自分はまだ手に入れていないことを思い出した。
 イドリシという人が書いた、たしかパリにある文書で、「ピラミッドの不思議と古代の科学」というようなタイトルだったと思うのだが、いったい、どの本で見つけたものだったか。
 以前読んだ本のどれかの巻末の脚注に書かれていた。そこまでは覚えていた。

 気になるので、のこのこ起きだして、灯りをつけ、本棚からめぼしいと思える本を取り出して調べてみたが、 何冊か当たってみても、見つけることはできなかった。

 たしか、こんな記述があったはずなんだが、いったいどの本だったかな?と見つけられないことも多いが、途方に暮れたような気分になる。

 ネットでイドリシやらタイトルやらで検索してみても出てこなかった。
 出てきたのは、別のもう一人の地理学者のイドリシだけだった。
 気にはなったが、そのうち諦めて、また眠ってしまった。

 翌日になっても、やはり気になるので、もう一度探し直してみた。
 ピラミッドに関して、いろいろ気になることをメモしておいた1冊のノートがあって、おそらく、そこに何か書き残しているはずだ。
 昨夜も、ざっと目を通していたのだが、もう一度丁寧にページを探って行くと、前後に空白のページが多い隙間のような場所にメモが残されていた。

  「BOOK」とあり、
  『ピラミッドの秘密の発見における天体科学の光』
  ガマル・エディン・アブ・ガファル・エル・イドリシ
  紀元後6世紀のアラブ人
  (現在はパリにある……アラブ関係文書2274)
  〜スフィンクスの秘密 P272より

 こういうメモだった。やっぱり、あった。
 そうか、『スフィンクスの秘密』だったか、とさっそく当の文庫本を取り出した。
 (セリム・ハッサン著、酒井傳六訳、現代教養文庫 社会思想社1982年)


 こうして、とにかく探していた本は見つけ出した。
 見ると、文庫本の脚注に、自分でもさらにメモを入れており、「紀元後6世紀に書かれた」となっているが、これはヘジラ暦の年代で、西暦にすると13世紀のことだろうとしていた。
 今日まで伝わっている中世アラブの著述家の文献は、ほとんど12〜13世紀のものなので、それらをアラブ特有のヘジラ暦にすると5〜6世紀になる。

 それにしても、『ピラミッドの秘密の発見における天体科学の光』とは、何ともすごいタイトルではないか。
 自分が長年やって来たピラミッドの探求には、まさにドンピシャリで嵌(はま)っている。
 この文献に当たらずに済むはずがない、と考えたのも当然だった。

 しかし結局、自分はこの文献を見ないままだった。
 パリにあって、「アラブ関係文書2274」とは、どこかの図書館にあるということだろう。
 それを探し出すのはなかなか大変そうだし、見つけたとしても、もしアラビア語なら自分には読めない。
 喉から手が出るほど読んでみたい本ではあるが、やはり、これまでがそうだったように、縁がないということなのか…。
 中近東文化センターあたりに問い合わせてみようか…。

 そんな思いで、グズグズした気分でいたが、さらに次の日、突如として、
 ハワード・ヴァイスの本の巻末にあるAPPENDIX(付録)はどうだろう?と思いついた。


  
★  ★


 2018年9月1日(〜上の続き)

 ハワード・ヴァイスというのは、19世紀前半、ギザのピラミッドの調査を行い、大ピラミッドの王の間の上にある重量軽減の小部屋を爆薬を使って発見した人物であるが、 彼の本は、1840年に出版され、『ORATION CARRIED ON AT THE PYRAMIDS OF GIZEH IN 1837』(1837年にギザのピラミッドで続けられた作業)と題されている。

 これほど古い本は、もちろん簡単には手に入らないが、自分は以前、本郷の東大の図書館にあるのを知り、見に行ったことがある。
 重量軽減の小部屋に残された文字の図版が載っているので、ぜひチェックしてみたいという気持ちに駆られてのことだった。
 そのあたりのことは、当サイトの「ピラミッド・マニアV」の2011年2月9日「落書き再考」に書いている。

 また彼の本のコピーは、今ではインターネットで手に入れることができる。
 自分も手に入れて、巻末に古代ギリシアや中世アラブのピラミッドの記述が、APPENDIXとして収められているのを覚えていた。


 さて、そんなヴァイスの本を引っ張り出して、APPENDIXを見てみると、なんとそこにイドリシの名前があった。

 EDRISIとある。
 正式には、Shereef Djemal eddyn Aboo Djafar Mohamed Edrysy と表記されている。

 これは探していたイドリシに間違いあるまい。

 なんだ、こんなところにイドリシの記録はあったのか…。

 探していた中世アラブの著述家イドリシの記録が、これほど身近にあり、しかも、自分はすでに目を通していたことに、まず驚ろかされた。
 単語の意味なども調べ、メモをしているが、これを読んだときは、あの『ピラミッドの秘密の発見における天体科学の光』のイドリシとは、まったく気づかなかったようだ。

 もっとも、それも当然で、書かれている内容はきわめて月並み。大ピラミッドと第3ピラミッドの内部の通路や部屋について述べているだけだった。
 『ピラミッドの秘密の発見における天体科学の光』というようなワクワクさせるものではまったくなかった。

 どういう記述かというと…、

 「ピラミッドの中に入っていくと、狭い登りの通路がある。人の高さほど登る間、水平に歩くことはない。この通路の下に井戸と言われている穴がある。その口には薄日が射している。エディン・アル・タバリによると、この穴を腹ばいでわずかに進むと、立って歩けるようになり、やがてピラミッドの外に出るそうである。 そこは、ピラミッドの北側にある入口でもあった裂け目の右手上方に当たる」

 ここでいう井戸とは、大ピラミッドの本来の入口通路のことのようである。

 「通路の記述に戻ろう。進んでいくと、右側にふたつの狭い通路の間に井戸がある。上方の通路を扉(あるいは入口)まで進むと、四角い部屋がある。そこには空っぽの容器がある。この部屋の屋根には最古の時代の異教徒の高僧の文字が残されている」

 今度の井戸は、地下室へ続く下降通路につながっている井戸坑のようである。
 ついでに、第3ピラミッドについては、

 「赤いピラミッド、それは第3のとか、小さなと呼ばれているものだが、数年前、北側の裾のところに入口が開けられた。しかし、誰が開けたのか知られていない」

 このあと、第3ピラミッドの内部の部屋についても述べられているが、この程度の内容では、今ではほとんど面白味がないといってもよい。
 他のアラブの著述家の記述とほとんど変わりがない。


 自分としては、「ピラミッドの秘密の発見」だの、「天体科学の光」といった内容にこそ、大いに期待していただけに、これではまったく物足りない。
 かつて目を通していながら、気づかなかったのも道理だろう。


 このイドリシの記録が書かれた年代については、ヴァイス本では「written in 623A.H.」とあり、やはりヘジラ暦のマーク「A.H.」が付けてある。西暦にすると1226年となる。


 もっとも、この年代については正確ではない、と脚注に付されている。

 「この年代が間違っているのは明らかである。1836年にパリでジュベールによって翻訳されたイドリシ自身の作品の序文を見よ」

 これを見ると、イドリシの作品は、1836年にパリで翻訳されているようだ。

 ヴァイスの本は、ドイツ人のブルクハルトが採取した記録をそのままデータとして載せている。
 したがって、年代について疑問を呈した上の脚注は、ヴァイス自身の記述であるようだ。


 最後に、問題のイドリシの本のタイトルはどうなっているかというと、ヴァイスの本では、『ピラミッドの歴史』となっている。じつに素っ気ない。

 これが『ピラミッドの秘密の発見における天体科学の光』と同一の本であるのかどうか…。 つまり、ずっと読んでみたいと思っていた「アラブ関係文書2274」なのかどうか…。
 そのあたりをもう少しはっきりさせたい、という思いがある。

 ワクワクするような秘密の記録が、今も世界のどこかに眠っていてほしいと願っているが…。




 2018年4月14日 (ピラミッドと出会った頃)

 近ごろは、またマーク・レーナーの『ピラミッド大百科』のページを繰ったりしているが、以前に比べ、文字が小さいなと感じる。
 若い頃に読んだ文庫本を本棚から引っ張り出して読むときはもっとひどくて、こちらは文字が小さすぎて、苦痛を感じるほどだ。
 本を読むのも、なかなか大変だ。
 この数年、だんだん本を読まなくなってきているのは、そんなことも原因しているのか。


 自分の場合、本でも新聞でも、いつの間にか眼鏡を外して裸眼で読むのがちょうどよくなっているが、あまりにも文字が小さいと、やっぱり苦労する。

 それで、ハズキルーペというのが以前から気になっていて、最近テレビでよく宣伝しているのもあって、試しに買ってみた。
 天眼鏡(虫めがね)を眼鏡仕立てにしたものらしい。眼鏡の上にかぶせて使うそうだ。
 倍率が1.32倍、1.6倍、1.85倍の3種類あり、自分は1.6倍にした。色はシルバー。値段は1万ほどだった。

 これで読んでみると、たしかに裸眼よりはよく見える。
 しかし、目の感覚がちょっと狂うのか、あとで眉間のあたりが痛くなるような気もする。
 まだ慣れないせいかもしれないが…。




 ところで、またレーナーの本を読み返したりするうちに、一番最初にピラミッドに出会った頃のことを思い出した。

 それはまだ30歳になるかならないかの頃で、1冊の英語のペーパーバックにあった1枚の写真がきっかけだった。
 ペンギンブックスの『The Pyramids of Egypt』 I.E.S.Edwards著(1979年版)がそれで、当時つき合っていた女性(今のカミさん)のアパートで見たものだった。
 カミさんは、その本を神田の古本屋街で100円で買ったとか言っていた。

 この本にあるダハシュールのピラミッドの写真を見て、何か不思議な思いを抱いたのが、そもそも自分がピラミッドに関わる最初だった。(上の写真

 ピラミッドとは、こんな砂漠の中に打ち捨てられているのか…、しかも、幾つものピラミッドが、今もこうして存在しているのか…。
 これはいったい何だろう…?

 その後、あれよあれよという間にピラミッドに取り憑かれていくうちに、同じペーパーバックの新版(1988年版)を自分は買い直したが、 もしこの本と、というよりも、彼女と出会っていなければ、ピラミッドなんかには興味も持たなかったかもしれない。
 そう思うと、さすがに、これも一種の運命というのか、人生の縁のようなものだったか、と思わぬでもない。




 この写真は、2度目にエジプトを訪れたとき、階段ピラミッドのあるサッカラから同じダハシュールのピラミッドを撮ったもの。遠い写真になってしまった。

 このときのエジプト訪問は、カミさんも一緒だった。
 すでに17年前のことだが、もっと言えば、ピラミッドと最初に出会ってからは、33年も経ってしまった。


 最近、レーナーの本で何を見ているかというと、ギザの3大ピラミッドや、スネフェルのピラミッドに前後する王たちが残したピラミッドや墓。
 それらが、クフやカフラーやスネフェルのものと何が同じで、何が違うのか、ということを改めて見てみたいと眺めている。

 まだ多少の体力があるうちに、またエジプトに行きたい、というような気持ちも湧いてくる。





 2016年4月20日 (第2ピラミッドの重さ)

 九州で大きな地震があった4月14日の朝日新聞に、地震とは関係なく、ピラミッドに関する記事が載っていた。最近ではピラミッドの記事に接するのは珍しい。
 ギザの第2ピラミッド、つまりカフラー王のピラミッドについてのもので、このピラミッドの重さは、従来想定されていたものより3割ほど軽いというものだ。

 第2ピラミッドでは、1968年、内部の隠し部屋を調べるために、宇宙線を透過させて観測する実験をアメリカの研究グループが行っている(内部に未知の空間はないとされた)。このときのデータを、このほど東京大学地震研究所などの研究チームが解析し、内部の密度を推定した結果、内部の密度は従来考えられていたより3割ほど少ないという。
 このピラミッドの重さは550万トンほどと見積もられていたが、その7割ほど、つまり398万トンほどではないか、と考えられるというのである。
 周辺で採れるかなり軽い石灰岩が使われているのではないか、という。

 ピラミッドの重さというのは、使われている石灰岩や花崗岩の比重や、内部の空間のあるなしなどによって推定するしかないわけだが、大ピラミッド(クフ王のピラミッド)の場合は、約600万トンと推定されている。
 自分が唱えている惑星説では、この値が、地球の質量(5.9732×10の27乗)を表しているのではないか、と考えている。
 つまり、大ピラミッドは、その大きさによって地球の体積を表しているだけでなく、重さによって、質量も正確に表していると考えているのである。

 惑星説では、第2ピラミッドは金星である。
 拙著『ピラミッド 秘密の地下室』では、地球と金星、つまり大ピラミッドと第2ピラミッドの関係について、次のように書いている。
 「地球と金星というふたつの惑星は、双子といってもよいほどよく似ているといわれる。大きさもよく似ているし、比重、つまり惑星を構成する物質もよく似ている」

 けれども、わずかに異なるのは、金星が完全な球形であるのに対して、地球のほうは、わずかに上下に押しつぶされた形をしていること、そして、比重についても、金星のほうがわずかに軽い。
 地球と金星の比重を、天文年鑑で見ると、地球は5.52、金星は5.24である。
 金星のほうが、わずかに軽いわけだ。

 拙サイトの「ピラミッド 外装石と内部構造の謎」でも述べているように、第2ピラミッドは特有の外装石によって、2重構造を示しており、それによって金星の体積と質量を表している、と惑星説では考えている。
 惑星説から想定される第2ピラミッドの重さは、大ピラミッドを600万トンとした場合、約512万トン。
 そして、質量を表していると考えられる内側の構造の重さは、490万トンほどとなる。

 今回の第2ピラミッドの重さは従来の想定より軽いという推定は、自分が考えているよりもさらに軽くなるが、なかなか興味深い。
 自分としては、久しぶりにピラミッドのことを考える機会になった。




 2015年12月21日 (お久しぶり)

 この2〜3カ月の間に、サイトを見てくれた何人かの人からメールを頂いていて、どうやら神智学協会系らしき人、アトランティス系らしき人、そして、日本古代史の天孫降臨とか、神武東征について考察されている人たちらしいのだが、自分としては、いずれも返信するような内容とは思えず、また、このところずっとバタバタして落ち着かない気分でもあったので、 失礼ながら、返信もせず、そのままになっている。どうか勘弁していただきたい。


 そういえば、先日、酒場で飲んでいたとき、珍しいことに、ある人から「ピラミッド惑星説を一言でいうと、どんな感じですか?」と尋ねられた。
 自分の答えは、こんな感じだった。

 「ギリシア神話には、有名なスフィンクスのなぞなぞというのがありますね。朝には4本足、昼には2本足、夕方には3本足の生き物は何か?というものですが、答えは、もちろん人間です。
 でも、このなぞなぞにある「4・2・3」という数字には、どうやら別の意味があるらしく、 まさにエジプトのギザのスフィンクスが守っている3大ピラミッドは、それぞれ正確に惑星と対応していて、ちょうど太陽系第4惑星(火星)、第2惑星(金星)、第3惑星(地球)という順番で並んでいます。
 まあ、簡単にいうと、こういう話で、ピラミッドというのは惑星を表しているらしい。そして、ギリシア神話のスフィンクスのなぞなぞには、ピラミッドや人類の歴史にまつわる何かの秘密が隠し伝えられている、ということです」

 久しぶりにこんな話をしたのだが、近ごろは、本当にピラミッドやら古代文明から遠ざかってしまっていたので、我ながら、懐かしいような、新鮮なような気分になった。
 また、こういう方面に戻っていくか。来年あたり。

 ピラミッドをまた見に行きたい、という気持ちもやはりあるのだが、今、中東全体が「イスラム国」の凶暴なテロの危険下にあって、容易には近づけない気配になっている。果たして行けるものかどうか。
 旅行社などに連絡して、まず様子を聞いてみるか。
 一緒に行ってくれるメンバーを募ろうか、とも考えたりしているが…。




 2015年7月1日 (外国からのメール)

 自分のサイトにも、たまに外国からメールを頂くことがあるのだが、そのすべてが、ピラミッドに関するものである。
 このHPにも、英語のページを幾つか作っているので、それを見てくれる人もいるものらしい。

 先週、ある外国の方からメールが届き、名前は記されているものの、国名などは書かれていなかった。
 メールの最後に、「ありがとう。私は何物でもありません。私については述べないでください」と結んであった。
 それで、ごく簡単にメールの概略をお伝えすると、

 「私は、あなたのサイトにある『An alternative view of the pyramids』 のページを見て、先王朝時代の土器に描かれた明らかなピラミッドのイメージを、あなたが発見されたことを賞賛します」
 「あなたの提出する様々なNaqada II期の土器にある『のこぎり歯』の絵は、山ではなく、ピラミッドであると、誰でも一目でわかります」
 と、当サイトの考え方に賛同してくれていた。

 また一方で、
「すべてのピラミッドが、王朝時代より古いものとは仮定しないでください。サッカラのジョセルの階段ピラミッド(ずっと小さいブロックで組み立てられた)は、王朝時代のピラミッドでしょう」
 と、ご自分の意見を述べられている。
 自分は当初から、最古の時代の7基のピラミッド全部が、惑星プロジェクトに含まれると考えていたが、近ごろでは、階段ピラミッドについては、保留の状態にしている。
 今も、どうかな?と決めかねている。
 階段ピラミッドの地下にある、あの迷路のような通路網が気になっている。

 メールにはさらに、
 「Please make your discovery public now that you have multiple pieces of evidence.
 (あなたの発見を、今、公のものにしてください。あなたはたくさんの証拠をお持ちですから)」
 とも書いて下さっている。有難いことである。

 自分が最近、気になっているのは、大ピラミッドについてピートリが指摘している「技術の低下が見られる」という点についてで、
 ピートリによれば、高さが王の間付近に達したあたりから技術の低下が見られ、あの完璧に見える王の間さえ、じつは若干のゆがみがあるという。

 これはいったい、どういうことだろう、と考えたりするわけである。

 最近は、エジプトを含めた中東の政情は非常に不安定で、テロの危険性も高い。ピラミッドどころではない、というムードもある。
 自分も何となく、ピラミッドについては、サボっている感もある。
 でも、ピラミッドに興味を持つ人は、いつでも、世界中にいるわけだ。いつまでも、サボっているわけにもいかないな。

 なお、拙サイトの英語のページでは、「紀元前3400年、ピラミッド惑星説・宇宙人説」という自分の結論は、まだ述べていない。
 大ピラミッドの下降通路が北極星を指していた年代を見直したことなどから、導き出された考え方で、これを自分の結論としている。




 2015年3月28日 (30年も経っちまったか)

 このところ、ピラミッドの気分が、またちょっと戻ってきて、古い文献を繙(ひもと)いたりしている。

 まずピートリやら、エドワーズの本を見て、それから『ピラミッド大百科』(レーナー)を見て、 あとはもう、いつものように、『ピラミッドの秘密』(コットレル)、『失われた王墓』(トンプキンス)、『ピラミッドの謎』(ロエール)あたり、それから、酒井傳六さんや、吉村さんの本を見たりと、自分が一番最初にピラミッドに取り憑かれた頃と、まったく同じ本を、やっぱりめくっている。

 そういえば、ピラミッドについて、最初の原稿を書き始めたのが、ちょうど今から30年前の今の季節だった。桜の頃。
 あれから、もう30年経ったんだな…。

 2〜3週間前だったか、TBSの「不思議発見」で、ピラミッドに登る話をやっていて、当日の番組は見なかったのだが、録画に取っておいて、あとで見たら、自分なりに疑問に思うことがあった。
 それでまた、あれこれ考えたり、調べたりし始めた。

 自分はどういうわけか、ピラミッドについて考え始めると、ちょっと真面目になってしまうところがある。
 お金を稼ぐという意味では、ピラミッドは滅多に仕事にはならないが、ピラミッドのことを考えたり、文章を書いたりしているときが、自分としては一番仕事しているという気分だ。
 これは不思議というか、奇妙なことである。


拙著ピラミッド本


拙著ピラミッド本

 それに関連してなのだが、自分がこのところ再読しているのは、アンリ・ロートの『タッシリ遺跡 サハラ砂漠の秘境』という本。
 古い本で、1960年刊。自分はもちろん、ずっと前に古本で買って読んだのだが、ハトロン紙で包んだ保存状態の良い本だったので、今もわりあいきれいな感じだ。
 何かピラミッドに関して、というか、民族的な記述がこの本にあったような気がするのだが、じつは確証はなくて、ちょっと覚束ない。
 どっかの本であんな記述があったけどなあ…、ということがよくあるのだが、もう、どの本だったのかよくわからない。

 ロートの『タッシリ遺跡』という本は、内容もいいし、長年にわたって砂漠を旅してきた人独特の、どこか静かな悲しみを感じさせる文章もいい。
 上の写真のように載っている岩絵の素晴らしさは、改めて驚かされる。
 モダンアートのようでさえありますね。

 今回、ピラミッドについて気になったことを、近いうちにまとめて報告したいと思います。




 2014年9月14日 (PODの本買ってみた)

 下で書いているアマゾンPODに登録されている自分の本を買ってみた。
 自分の本を、自分で買うというのは、どうにも気恥ずかしくて、気が引けるものだが、一応、どんなものか見てみたかったので…。

 思ったよりも、まともな感じで、有難いことに、ちゃちな感じではなかった。でも、中の写真は、オリジナルよりも粗くなった。
 税込みで¥3456円は、やっぱり高いなあ。

拙著ピラミッド本

 バニラVISAというオンライン専門の¥5000円のカードを間違って買って持っていたのだが、使い道がないし、また使い方もよくわからなくて、これを一度試してみるかと思ったわけである。
 アマゾンでやってみると、ちゃんと引き落としができた。
 カードは2年間有効なので、そのうち、残りも何かで使えるだろう。
 アマゾンでしか、使い道はないのかもしれないが…。

拙著ピラミッド本

 この本を書いた頃は、まだアトランティスを信じていて、1万2千年前の超古代文明を本気で信じていた。
 まさにその証拠を見つけたとさえ、思ったものだ。

 その後、アトランティスの痕跡は、いつまでたっても出てこないし、考古学的な証拠にも合致しないし、ピラミッドの年代もまた別の可能性を確信したので、今では、1万2千年前の超古代文明という考え方は放棄している。
 でもまあ、自分の原点でもあり、出発点にもなった本。
 当時は、出版パーティーもやってもらったが、それにしても、20年以上も前だから、ずいぶん月日が経ってしまったもんですわ。




 2014年7月1日 (ネットで本の復活)

 20年以上前に出した拙著『ピラミッドに隠された天文学』が、この度、アマゾンPODに登録されるそうである。
 そういう連絡が出版社から来た。
 アマゾンPODというのは、注文に応じて1冊単位から印刷・製本するサービスだそうで、amazon.co.jpのサイトにあるそうである。

 最近、出版の世界では、そういう本の作り方があるのは聞いていたが、まさか、自分の昔の本がそうなるとは思わなかった。
 ネットで復活するともいえるわけで、たぶん、まあ、有難いことではあるのだろう。

 この本は、自分にとっては、ピラミッドの第1作で、思い出のある本なのだが、マニアックな内容のせいか、ぜんぜん売れなかった、といってもよかった。ごく少数のマニアに知られただけだったようだ。
 その後、在庫切れになっても、重版はかからなかった。

 自分が38歳のとき、新人物往来社という老舗の出版社から出してもらったのだが、この会社はどういうわけか、いつも経営が思わしくないとの噂が絶えず、やがて、中経出版という会社に吸収合併されたようだ。
 さらにその後、角川グループに統合され、現在は、(株)KADOKAWAというそうである。

 拙著も、思わぬ漂流をしたわけだ。
 本というのは、古本として残る道もあるわけだから、自分としては、それでいいと思っていた。
 中身についていえば、当時の考え方とは、今では大きく変わってしまったところもあるが、方向性という点では、大きな違いはないのではなかろうか。


 このアマゾンPODでの値段はというと、1冊3200円だそうで、これではまた売れないわ、と自分でも予想できる。5冊も出ればいいんじゃなかろうか。

 そういえば、近頃は、ピラミッドからちょっと遠ざかっている。
 ピラミッドについてのメールも頂いているが、申し訳ないが、まだ返信していない。
 ギザの3大ピラミッドの参道の方角と、季節の二四節気を比較するというような内容なのだが、どうも十分な根拠があるとは思えず、目新しくもなかった。
 ときどきピラミッドについて寄せられる意見のほぼ100パーセントが、そういうものである。


〜追記〜

 拙著『ピラミッドに隠された天文学』を書いた当時、自分は本名の「秀夫」を使っていた。
 第2作の『ピラミッド 秘密の地下室』以降は、ペンネームの「日出夫」をすべての著作・出版物に使ってきた。
 アマゾンPODについても、できればペンネームで名前を統一したいと思ったが、PODというのは、オリジナルをスキャンするだけなので、変更や修正はできないそうである。




 2014年3月20日 (そろそろ今年あたりは…)

 このところ暖かで、コートもいらないほどだったのに、今日はまた冬に逆戻りしたような寒くて、惨めな日。雨が降っている。

 STAP細胞とかいう万能細胞を作ったというので、一躍、賞賛と脚光の的になっていた割烹着を着たお嬢さんが、なんだか雲行きが怪しくなってきて、「論文ねつ造」とまで非難される事態になっているようで、あれれ、どうしちゃったの?と首をかしげた。

 論文に不備や不適切な操作があったと報じられているが、要するに、このやり方で本当に、万能細胞は作れるのかどうか、それが問題なわけである。
 間違いなく作れるのであれば、彼女はやっぱり賞賛されるべきである。

 そんな彼女の胸中については、自分などは、思いやって余りある。

 みずからの研究に自信も確信もあるのであれば、堂々と主張し、これからもさらに粘り強く研究を続けるしかないのである。
 そうではなく、じつは、不確かなところもあるのに、強引に結論付けた、ということなら、また一から始めるしかない。研究とは、そういうもんだろ。


 自分はふと、ピラミッドのことを思い浮かべ、世間の評判というのは不思議なものだなあ、と思ったりする。
 自分が長年やってきたピラミッドの研究は、専門の考古学者という立場ではなく、たかが一介の物書きが、本や雑誌に発表してきたこと、いわば、在野の素人のやっていることだから、取り立てて評判になることはなかった。
 専門の研究者からは、まあ、無視されているという状態だろう。

 そんなことはもう気にもしていないが、一部のマニアの方々には、それなりに知られもすれば、評価もいただいている、という感触は持っている。
 何より、公式のデータに基づいているので、小学生でも電卓をたたいてみれば、結果を見ることができる。一目瞭然だ。

 それを見れば、考古学者の云っていることなどは、どうもおかしい、とわかるだろう。あとは時間の問題で、学者たちだって、やがては見方を変えるだろう、と思っている。

 とても不思議なことだが、ピラミッドは宇宙人が建てた、とでも考えるしかない。そういう不可解な結論になるわけである。

 そんな話だから、まあ、非常識だとか、荒唐無稽だとか云って、近寄らない人もいるし、何より、ピラミッドに本気で関心を寄せている人は、やはり少ないね。
 一般の人々には、ピラミッドのことなんか関係ないだろう。
 評判や評価といっても、まあ、その程度のもので、本当のことをわかっている人は、ほとんどいない。

 そういうものだ、と自分では思っている。
 しかし、人類の文明の誕生には、じつは、大きなミステリーが存在するのは、やはり事実だ。


 ところで、かなり個人的なことになるのだが、このたび、認知症の父親に代わってする保険の手続きが、どうにかできそうになってきた。
 一時は、半ば諦めていたのだが、何とか自分で手続きが進められ、それによって、有難いことに、幾ばくかの予算の目途が立ってきた。
 それで、今年あたりは、エジプトに行ってくるか。

 ずっと気になっていたところを動画で撮ってくれば、ユーチューブにアップすることもできる。もう活字だけ、ということでもないだろう。そういうことを、今年はやってみるか。




 2013年8月26日 (しばらくお蔵入りか)

 政情不安の続くエジプトは、まだ海外渡航危険地域に指定されているようだ。
 外務省も、ネットで渡航延期を推奨している。

 モルシ前大統領派のデモを排除するために、何百人もが死亡するといった先日の惨事は、少しずつ鎮静化しつつあるようだが、夜間外出禁令は、まだ出たままだ。
 前大統領派の中心母体であるムスリム同胞団を、軍部が徹底的に粛清する「恐怖政治」のようなことが行われている印象だ。
 再び大規模な衝突が起きれば、内乱状態にさえなりかねない。

 これでは、エジプト観光どころではないだろう。
 ピラミッドどころでもない。
 日本だけでなく、世界中の人々が、きっとそう思っているに違いない。

 外国から観光客が来なければ、エジプトの経済は立ち行かない。そのことは、エジプト人なら誰でも知っているだろうから、やがては正常化するんだろう。しかし、案外、時間は掛かるかもしれない。

 本当なら、こういう時期に行けば、遺跡周辺はガラガラで、見学や調査にはいいのだろうが、わざわざ危険を犯してまでエジプトに行く人は、やっぱり少ないだろうね。

 この有様では、宙吊りになったままの自分のピラミッド次作本も、動かしようがない。
 タイミングが悪すぎる。

 自分にとって、長年のピラミッド探求の総まとめでもあり、結論でもあるから、そのうち出版したいと思っているが、ここは、しばらくお蔵入りとなるか。

 この本は、以前、メールマガジンで配信したものを基にしており、原稿はほぼ完成している。しかし、中身については、すでに拙サイトや、雑誌などで述べていることでもある。

 100冊くらい限定の私家版でも作り、欲しい人に買ってもらうか、と思ったりもしたが、そこまでする必要はないし、そんな余裕もない。
 いろいろ思い通りにはいかないものだな。




 2013年7月1日 (ピラミッド・グラフィティ)

 自分は今では、「ピラミッドは宇宙人が建てた」という筋道で、ほぼ結論をつけているのだが、勿論、最初からそうだったのではない。
 長い間、超古代文明のアトランティスという方向で、ずっと考えていた。

 ピラミッドには驚くべき高い知識と技術が隠されている!そのことに気づいてしまうと、もはや、ふつうの概説書に書かれていることなどは、到底信じられない。
 よくも、こんないい加減なことを、さも本当のように書けるものだ、と呆れてしまう。

 とはいえ、いきなり、「じゃあ、宇宙人だ」、とも思わなかった。
 真剣な顔で「宇宙人」などと言うのはバカみたいだし、いかにも短絡的だ。宇宙人などと言うだけで、変人扱いされそうだ。
 アトランティスと言うほうが、まだ抵抗がなく、人間の可能性を感じさせる。
 それで、アトランティスの可能性を、ずっと考えていたのである。

 ところが、なのだが…、
 紀元前1万年ごろのアトランティスには、次第に疑問が湧いてきた。
 考えれば考えるほど、超古代文明には綻(ほころ)びが見えてくる。

 物的な証拠もなければ、そもそも、根拠そのものがきわめて乏しい。
 例のプラトンの記述があるだけで、シュメールにも、エジプトにも、それを思わせる記録がない。しかも、なぜ、エジプト文明誕生までに7千年もの隔たりがあるのか。
 確かな痕跡は、いつまで経っても出てこない。

 「むしろ、宇宙人説のほうが可能性があるんじゃないか」、と次第に傾いてきた。

 前作の『ピラミッド 秘密の地下室』を書いた頃は、ちょうど、そういう転換点に立っていたようだ。あの本は2003年刊だから、今から10年前である。
 次に、『夜空に沈んだアトランティス』を書いたときには(2006年)、完全に宇宙人説の側に立っていた。

 だが、当時はまだ、ピラミッドの年代については、具体的な手掛かりがなかった。

 ピラミッドの年代について、最初の手掛かりを得たのは、拙サイトで「アストロ・メール掲示板」をやっていた2007年の前半ごろだった。
 大ピラミッドのまっすぐな下降通路が、北極星を指している可能性に気づき、東京天文台にその年代を計算してもらった。さらに、土器の絵や、放射性炭素の年代、その他の要素も見つかったので、はっきりと確信を得た。

 それでさっそく、「ピラミッドの年代を北極星から探る」というページを拙HPに作った。

 この年代を得たことで、「ピラミッドは誰が建てたのか」という問題には、一気に筋道がついたし、アトランティスについても、新しい別の考え方ができるようになった。
 ピラミッド紀元前3400年・宇宙人説と、アトランティス竜宮説だ。

 これが今からせいぜい数年前のことだった。
 自分がピラミッドのアイデアを、「オムニ」という科学雑誌に最初に書いたのは1985年のことだから、もう30年近くも前だ。そのときをスタートとすると、それから20年以上も経って、 ようやく自分なりの結論を持つに至った。

 しかし、なのだが…、
 「ピラミッドは宇宙人が建てました」
 などと言うと、今でも多くの人はやはり変な顔をする。
 宇宙人に関する本や、テレビの番組はいっぱいあるのに、宇宙人そのものは、未だ一般的には認められていない。各国政府の公式の見解では、今なお存在しないとされているようだ(嘘だろう!)。

 自分の感触では、宇宙人の存在を信じている人は、2人に1人とまで言わないまでも、3人に1人くらいはいるような気がする。
 多くの人がUFOを目撃したり、UFO映像もあふれている。月や火星には宇宙人の基地がある、などという話も、まことしやかに語られている。

ギザの3大ピラミッド  しかし、今のところは宇宙人やUFOが真実と認められる現状でもないようだ。
 つまり、宇宙人については、決定的な証拠が得られない。
 宇宙人とは、推理であって、可能性を論じることができるだけ、というわけである。

 
 とはいえ、我々の前には、ピラミッドが実在している。
 人類の前にはずっと、少なくとも数千年間にわたり、エジプトの地にピラミッドは存在してきた。
 ピラミッドこそは、まさに証拠といってもよいのではないだろうか。
 だから、ピラミッドから考えていくしかない、と自分などは思っている。
 そんな不思議な遺物が、今も存在しているわけである。




 2013年6月4日 (ピラミッド建造方法を巡るいい加減さ)

 最近よくメールを頂く静岡県のKさんから、ピラミッドの内部傾斜通路説について質問があったので、ここでお答えすることにしよう。

 内部傾斜通路説というのは、フランスの建築家ジャン・ピエール・ウーダンが、最近唱えているピラミッドの建造方法をめぐる仮説で、ピラミッドの内部には、らせん状になった通路があり、それを使って石を運びあげた、というものだ。
 従来から言われていた一本の巨大な直線傾斜路説や、外部らせん傾斜路説に対し、新たな見方を提出し、それなりの反響もあったようだ。ただし、ウーダンのいう内部傾斜通路そのものは見つかっていない。

 彼の本は日本でも『大ピラミッドの秘密』(2009年、ソフトバンク・クリエイティブ)が出ているし、またNHKスペシャルでも紹介されたので、ご存知の向きも多いだろう。

 私自身も、上の本やテレビの番組を見たけれども、「仮説の域を出ないなあ」というのが正直な印象だった。
 むしろ、ピラミッドの頂上部や、内部傾斜通路の外側の石はどうなっているのか、とか、あの驚異的な外装石については、何も述べていないので、かなり不満もあった。
 何よりも、ピラミッドの建造者について、素朴な古代エジプト人しか想定していない彼の前提そのものに、私は根本的に無理があると思うので、ウーダンの説を検証してみようとも思わなかった。

 ピラミッドと惑星の正確な対応からもわかるように、ピラミッド建造者の知識や技術は、我々が知っている古代エジプトのレベルでは決してない。
 この前提に立たないかぎり、ピラミッドの真実には永久に迫れない。
 素朴な古代人だけを想定して、建造方法をあれこれ論じていても、まったく意味がないというわけだ。
 下の 「2012年6月18日 (スフィンクスの謎を解け)」でも書いているように、今のエジプト学では、ピラミッドの建造方法どころか、石を切る技術のレベルそのものが、まだ解明されていないのが実情だ。
 大ピラミッドばかりを見ていてもだめで、他のピラミッドも同時に、同じ視点で見る必要がある。そこに共通性を見いだせるかどうか。常識的なエジプト学の範囲の中だけで捉えていては、だめなわけですな。

 そうなると、ウーダンの説などは、私自身はまったく興味が持てないわけで、「勝手にああだ、こうだ、言ってればいい」くらいにしか思いません。

 あまり質問に答えたことにはならないかもしれませんが、まあ、そんな感じです。
 なお、Kさんは
  1.大回廊は、最も代表的な内部傾斜通路でいまだ未発見の通路が存在?
  2.重力拡散の間は、内部巨大エレベーターの痕跡か?

 と質問されているが、ウーダンの説では、大回廊は通路ではなく、石を持ち上げるための装置として使われた、という考え方だったと思います。
 重量軽減の小部屋については、たしか、何も述べていなかったと思いますね。




 2013年3月2日 (ピラミッド次作本の行方)

 ダイアリーでも書いているように、自分のピラミッド次作本は、編集作業がストップした状態になっている。
 すでに原稿のチェックも終わり、写真や図版の割り付け作業が半分ほど終わったところで、社長から担当者にストップの命令が下ったということだ。

 早い話が、まあ、会社の経営が相当に危ないということだろう。
 小さな出版社を選んだリスクが出た。同様の目に遭っている著者たちが、ほかにもいるそうである。こういう経験は、自分は初めてだ。
 困ったことである。

 今度の本は、自分の長年のピラミッド探求の結論ともいうべきもので、いわば最終的な確信だ。
 常識的には、かなり風変わりで、反社会的な結論かもしれないが、ピラミッドとはそもそも、我々の常識を超えているものなのである。
 内容については、拙サイトでずっと書いてきたことでもあるし、すでにメールマガジンでも配信したものだ。

 そのうち出版物にはなるとは思うのだが、どうしたものか、という気持ちはある。あまりジタバタしないでおこう、と思っている。
 担当者はやる気で、「とりあえず、電子書籍でどうですか」と言ってくれている。
 しかし、電子書籍だろうが、紙の本だろうが、元の版元が存在し続けなれば、本の行方や、未来は知れないも同然だ。
 版元を変えるというようなことは、自分ではあまりしたくないのだが、
 「もし別の会社で、ということなら、データはタダで渡す」、と社長からのメールにはある。
 それなら、こちらも多少動いたほうがいいのかもしれない。

 本当なら、昨年の秋に出ていてもおかしくなかった。
 何かのタイミングが悪かったのだろう。
 自分の本を待っていてくれる人は、たぶんそう多くはないのだろうが、今のところ、そういう現状です。




 2012年10月2日 (ピラミッド型構造物と宇宙人)

 今週中に宇宙人のコラムを書いて出すと、次作本の原稿は、だいたい終わったことになる。
 コラムは何本でもいい、と言われていたのだが、中身を考えて、いちおう12本用意することにした。ほとんどは、これまでに拙HPなどで書いたような話なので、別に面倒でもない。もう7本は書いてしまった。
 本文のほうは、すでに見直して、ゲラも戻してあるので、ほぼ終わったようなものだ。まあ、やれやれ。あとは写真や図版の処理だけ、と。

 お世話になった版元は、新しい小さな怪しい出版社だ。けっこう変な本を出している。今度の自分の本も変な本なんだろう。
 タイトルはまだ決定していないが、「紀元前3400年、ピラミッドは宇宙人が建てた!」というような感じになるようだ。
 思っていたイメージとはちょっと違うが、別に文句はありません。出るのは11月か12月になりそうだ、とのこと。

 ところで、ピラミッドといえば、最近、南極のものが話題になっているようだ。自分もいちおう、写真は見たけれども、自然の山のようにも見えるし、決定力に欠けるという印象だった。
 火星のピラミッドなども、以前から取り沙汰されているが、あれもまだ何ともいえない。やはり決定力に欠ける。
 ピラミッド型構造物は、エジプトやマヤをはじめ、インドや中国など、世界中に散らばっている。
 日本の神社の御神体となっている山も、きれいな三角のピラミッド型をしていることが多いようだ。これらをどう考えるか。
 エジプトのピラミッドが共通のルーツとして存在し、伝播したと考えるか。それとも、ピラミッドという形は、何か宇宙人から与えられた共通のイメージのようなものなのか。あるいは、単なる偶然か。
 なかなか難しいところだ。




 2012年7月8日 (ピラミッドからUFOへ)

 次作本の原稿は出しましたが、編集作業などの具体的な本作りはまさに今からでして、詳しいスケジュールやらタイトルなどは決まっておりません。 順調に行けば、秋口には出せると思いますが、詳しい情報は、わかり次第お知らせします。

 しかしまあ、今回はピラミッドに対する自分の見方や考え方を、総まとめにした感もありまして、30年近く探求してきたいわば結論ですね。
 ひと言でいうと、「紀元前3400年 ピラミッド惑星説・宇宙人説」となるわけですが、自分では多少の自信もあれば、感慨深いものもありますね。でも、どう受け取られるかは、読者のみなさんにお任せします。

 私はこれまで、学者たちの研究にも敬意を表しまして、わりと遠慮もしていたのですが、このたびは、そういう遠慮は一切やめました。
 マーク・レーナーも、吉村作治も、蹴飛ばしておきました。ついでに、ハンコックやシッチンも蹴散らしておきました。
 「そんな嘘をよくも今まで平気で言えたもんですな。いい加減なことばかりよくも言っておられますな。証拠なら、ちゃんとここにありますよ」
 とまあ、わりと強気に、しかし、あくまでも口調は丁寧にやりました。
 素人相手に嘘を撒き散らすのは害毒だ、ということですね。

 こうして自分なりに一つの区切りをつけたわけですが、しかし、ピラミッドの謎は、依然としてまだ目の前にあるのですね。
 ピラミッドを造ったとんでもない連中とは、いったい誰なんだ?と。
 当然、例の方々ですね、円盤に乗っている方々、まあ、宇宙人を意識するわけですが、こちらの方面をもうちょっと探求する必要があるな、と思いますね。

 しかしまあ、とうとうこんなところにまで来てしまったか、との思いもありまして、まあ、必然的な成り行きなんでしょうけどね。
 いろんな点で行き詰っている現代の社会では、宇宙人やUFO問題が、案外、新しい時代を切り開いてくれるんじゃなかろうか。その鍵はやはり、ピラミッド自身が持っているんじゃなかろうか。
 そんな風にも思っております。




 2012年6月18日 (スフィンクスの謎を解け)

 きのう、深夜の12時からNHKのEテレで「スフィンクスの謎を解け」という番組をやっていたので見ました。
 マーク・レーナーやら、ライナー・シュタデルマンやら、ザヒ・ハワスやら、ギュンター・ドライヤーやらと、今も現場で活躍する第一線のそうそうたるエジプト考古学者が出ておりました。
 しかし、番組そのものは、物足りなかったですね。何が謎なんだ。

 スフィンクスの顔のモデルは誰か。シュタデルマンはクフと考え、レーナーはカフラーと考えているようです。どっちも違いますな。バツ。
 それよりも、私にとって興味深かったのは、古代エジプトの道具で石を削る実験をしたところでしたね。
 今は失われているスフィンクスの鼻を、半分のサイズで作ろうとしたのですが、石のハンマーと銅のノミだけでは、どうにもなりません。
 石のハンマーでは、ほとんど石を削れないし、銅のノミは数十回叩くと、先が曲がってしまいます。とうとう、現代の電動工具を持ってきて、削っていました。
 やっぱり何かが根本的に違うのですな。

 大ピラミッドの斜面からは、ヴァイスの調査中に鉄片が出ているので、鉄が使われたに違いありません。
 それどころか、建造者たちは、素朴な古代人ではなく、驚くべき高い技術と知識を持っておりますな。ピラミッドの建設には、コンピューターが使われたと考えないわけにはいきません。
 こういう主張に、私はもう、ためらわなくなりました。
 ピラミッドやスフィンクスは、考古学者が考えているのとは、まったく違うものなんですな。




 2012年6月6日 (ピラミッドの驚異の原点)
屈折ピラミッドの外装石

 これはダハシュールにある屈折ピラミッドの北東のコーナー付近。
 外装石の鋭角的な切り口が凄まじい。
 ひとつひとつの外装石が、こうやって積んである。斜面全体が、巨大なナイフでスパッと切ったように滑らかに仕上げてある。
 しかも、外装石は内部にまで深く食い込んでおり、全体で石が剥がれにくくしてある。
 同じダハシュールでも、隣の赤ピラミッドは、今では外装石がすべて剥ぎ取られているのに、屈折ピラミッドの外装石がよく残っているのは、このためだ。石泥棒たちも手を出しにくかった。

 屈折ピラミッドの外装石が、全ピラミッド中で一番よく残っているのには、ちゃんと理由がある。
 斜面が途中で屈折した独特の形を保持するために、こうして外装石のひとつひとつの石積みにも入念な工夫が施してあるのだ。
 学者は、こういうことを指摘しないのだな。
 自分などは、この鋭角的な切り口を見ただけで、仰天してしまう。
 高さ約100メートル、底辺約190メートルの巨大な石造物に、こういう作業が施してあるわけである。
 この写真は、「アストロ・ピラミッド・クラブ」の「アストロの鍵」で使った。


カフラーのピラミッド頂上部

 こちらはカフラーのピラミッドの頂上部。
 「あぐらダイアリー」でも使った写真だが、何度見ても、この滑らかな斜面の石積みの様子には、やはり仰天してしまう。
 高さ140メートル、勾配53度の斜面でも、ピラミッドの外装石は、これだけ入念に仕上げてある。かつては斜面の全部を覆っていた。
 こんな危険な場所で、石を運んだり、据え付けたりする作業は、誰も気が進まないだろう。石材を落とす事故が頻発するに違いない。
 だが、きちんとそれがやってある。
 よほど堅固な足場がないと、不可能に思うのだが、いったいどうやったら、こんな作業が可能だったのだろうか。
 ヘロドトスによれば、ピラミッドの建設には木製の起重機が使われたというのだが、こんな狭くて急な斜面で、強度の不安な木製の起重機やロープで、巨石を持ち上げたり、振りまわすのは、まさに悪夢のようだ。危険すぎて、とても現実的な方法とは思えない。
 こちらのピラミッドの外装石は、斜面に据え付ける前に、すべて角度が切りそろえてあったことがわかっている。

 こういう写真を眺めていると、ピラミッドの本当の凄さが、じわじわと伝わってくる。
 ピラミッドは巨大だとか、莫大な量の石積みとか、入念な建造技術とか、言葉でいうのは簡単だが、実際、目の前にあるものは、そんな言葉を超えている。数千年前の驚異の技術。正直のところ、人間業とは思えない。
 大ピラミッドだけが特別なのではない。隣のカフラーのピラミッドも、ダハシュールのピラミッドも、要するに、現在まで形を保って残っている最古の巨大なピラミッド群全体が驚異なのだ。
 こういうことを誰も言わないから、自分は言うのだ。
 自分にとっては、ピラミッドの謎を探求する原点のようなもの。

 まだまだ時間があると思って、のんびり構えていたら、本のほうがだいぶ差し迫ってきた。ぼちぼちお尻に火がついてきて、ようやくその気になってきた、という次第。




 2012年4月8日 (新たな挑戦)

 ピラミッドの次作本について、版元の出版社を決めかねていたのだが、この度、ある小さな会社にお世話になることにした。
 南山宏さんと電話で話していたのがきっかけで、いろいろネットで調べていると、ある会社にたどり着いた。
 徳間書店をやめた編集者たちが、2年ほど前に作った新しい会社のようだ。宇宙人の本とか、5次元文庫をやっていた人たちらしい。わりと自分の志向性にも近いという印象を受けた。
 連絡を取ってみたところ、3日でOKの返事が来た。こういうすばやい対応は、物書きにはとても有難い。
 これもひとつの縁なんだろう。

 思えば、自分はこれまで、わりと大手とか老舗の出版社のお世話になってきた。もちろん有難いことだが、近ごろでは、ちょっと気分を変えてみたいようなところもあった。自由に、思いっきりやってみたい。
 学者に遠慮する必要はまったくないし、彼らの欺瞞は攻撃されるべきだ。
 自分の持論である「惑星説」も、それなりに知られてきた。
 もはや「惑星説」に触れていないピラミッド本や研究者は、モグリだ!となってくるだろう。
 ピラミッドはたぶん、そういう時期に来ているのだ。
 批判や反論があるなら、もし本当に反論できるなら、大歓迎だ。

 本の仕事は5年ぶりくらいで、とくにこの2〜3年は、出版関係の仕事はほとんどせず、自分ではちと休んでいたような気分もあるのだが、久しぶりに現場に復帰しますか。






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