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第2話 プラトンのアトランティス再考

(1)

 「アトランティスがあったっていいんですよ。でも、私がなぜ信じないかといえば、いまだに何の証拠も出ない。本当にアトランティスのような高い文明がかつて存在していたら、その証拠が各地からもっと出土していてもいいはずですよ。それがないから、否定するしかないんです」
 これはもう今から10年かもっと前、考古学者の吉村作治さんから聞いた言葉ですが、今でも大変強く印象に残っています。
 たしかにその通りだし、常識的に考えると、そうなのです。

  当時、私はアトランティスの存在を信じていたし、今でも、あったに違いないと思っている立場の人間ですから、吉村先生の発言には、ちょっと反発のようなものを覚えました。
 アトランティスはまだ見つかっていないだけで、きっとどこかの海底に眠っているはずだ――、そんな風に思いました。
 しかし、現在もなお、アトランティスが発見されていないのは事実です。世界のいかなる場所からも、アトランティスの証拠は見つかっていません。
 これはじつは重要なことです。たしかに、もっと各地からアトランティスを連想させるものが出ていてもよいと思えるのです。

 吉村先生の言葉は、おそらく世界の考古学者に共通する考え方でしょう。それだけではなく、常識ある人がアトランティスについて最初に疑問に思うのが、なぜ各地からもっと証拠が出ないのかという点です。私もじつはそう思っています。
 ただし、エジプトのピラミッドとか、ピリ・レイスの地図とか、バールベックの巨石のような非常に不思議な遺物が存在することもまた事実です。

 ピラミッドは一般にファラオの墓とされていますが、じつは古代エジプト時代には見合わない高い知識と技術が隠されていることを、私は主張しています。また、ピリ・レイスの地図など、トルコのトプカピ宮殿に保管されてきた古代から伝わる航海用の地図(「ポルトラーノ」)には、南北アメリカ大陸が描かれているだけでなく、南極大陸が氷のない状態で描かれています。(南極大陸の発見は1818年。スウェーデンとイギリスの調査団が氷床の下の地形を地震波で測定したのは1949年)
 さらに、シリアのバールベック遺跡に残された巨石はあまりにも大きなもので、重さが1000トン、あるいは1200トンの切り出された巨石さえあるといわれています。こんなものは現代の運搬技術でも運ぶことができません。NASAの宇宙ロケットを運ぶ装置で運べるかどうかギリギリのようです。

  これらがアトランティスの証拠かどうかはともかく、人類の歴史にたいして大きなミステリーを投げかけています。
 よくオーパーツといって、歴史に合わない不思議な遺物のことが話題になりますが、本当に掛け値のない、正しい意味でのオーパーツと呼べるのは、この3つのケースくらいではないか、と私自身は考えています。しかも、それらを残した者たちがかつて存在したことは、厳然とした事実なのです。
 かつて地球上には何か未知なる文明か、または、高い知識を持った者たちが本当にいたのかどうか・・・・。歴史の奥に隠された人類究極のミステリーは、本当にあるのかどうか・・・・。もう一度、プラトンのアトランティスについて見てみましょう。(2005年11月16日)


(2)

 今から1万2000年ほど前、大西洋上にアトランティスという大きな島があり、豊かな高い文明を築いていたが、大地震と大洪水が起こり、悲惨な一日と一夜で海中に没してしまった――
 アトランティス伝説の発信源は、よく知られているように古代ギリシアの哲人プラトンです。
 『ティマイオス』、『クリティアス』という著作のなかで述べられている話を、ざっとまとめてみると、次のようなものです。

 ・・・・9000年前の昔(今から約1万2600年前)、ヘラクレスの柱(ジブラルタル海峡)の西方に、アトランティスという大きな島があった。アトランティス島からは他の島々へと渡ることができ、またその島々からは、対岸の大陸(アメリカ大陸?)へ渡ることもできた。
 アトランティスは本来、海神ポセイドンに与えられたものであったが、ポセイドンと人間の娘クレイトウから生まれた10人の王の子孫たちが代々支配していた。
 アトランティス島の大きさは、リビア(北エジプト)とアジア(小アジア)を合わせたよりも大きく、全体が高い山岳状の島となって海面からそびえていた。この島はまた、陸地環状帯と海水環状帯が交互にとりまく三重の環状構造になっていた。
 そこには世界一美しく豊かな平野があり、温水と冷水が湧きだす二つの泉によって、あらゆる作物を豊富に実らせていた。鉱物資源、森林資源も豊かだった。家畜のほか、象のような野性の動物も多数生息していた。
 アトランティスの支配域は、大海原に浮かぶ多数の島々だけでなく、エジプトやイタリア付近までの地中海世界にも及んでいた。海外諸国から莫大な富や物資が集められ、アトランティスの港には世界各地からやってきた船舶や商人が満ち、昼も夜も大変な賑わいをみせていた。
 10人の王統のもとで、このように何代にもわたり繁栄したアトランティスだったが、長い年月がたち人々の中から神性が薄れてくると、アトランティスの人々は堕落していった。しかも最後には、野心をもってギリシアに攻め入るに及んだが、そのさなか大異変によって滅亡した・・・・

 アトランティス伝説の出所について、プラトンは、彼より3世代前のアテナイの7賢人のひとり、ソロン(前6世紀)がエジプトのサイスの神官から伝え聞いた話としています。
 そのエジプトの神官によれば、エジプトとギリシアの起源は、驚くべきことに当時からみてそれぞれ8000年前、および9000年前だというのです。なんとエジプトよりもギリシアの方が古いというのですね。
 エジプトの神官がいうこの太古のギリシア人は、アトランティス軍の侵入をくい止める偉大な戦いに勝利しましたが、アトランティス滅亡のさいの大異変で、やはり大地に呑み込まれてしまったということです。
 なんとも信じがたい話だと、プラトン自身も述懐していますが、「とにかく、伝え聞いたことはお話しせねばならない」というのがプラトンの姿勢です。

 さて、プラトンのアトランティスの記述については、当然のように幾つかの疑問がもたれています。エジプトの神官がいう「ギリシアはエジプトより古い」という話もそうです。
 ギリシア文明の起源は、現在の考古学では、紀元前1万年頃にまでさかのぼるとは考えられていません。それどころか、紀元前1万年といえば、まだギリシア人の国家どころか、ギリシア人そのものが存在していません。彼らは紀元前2000年頃、どこか北方からバルカン半島を南下してきたと、考古学や言語学など、多くの証拠から考えられています。
 もうひとつ非常に引っ掛るのは、ギリシアのアテナイにしろ、大西洋上のアトランティスにしろ、その年代がソロンよりも9000年も昔というわりには、描かれている社会が、いかにもプラトンの生きていた古代ギリシア時代を映していることです。
 アトランティスでは体育や騎馬の訓練をしていたり、農業の専従者や、専門の軍人がいるといった表現は、9000年も前の時代というより、古典期のギリシアそのままです。

 プラトンが伝えているのは、あくまで、プラトンの想像の範囲内にあるアトランティスではないか、と思えるのです。私などはそのために、アトランティスを信じたいという気持とは裏腹に、プラトンの話をそのまま受け入れるのはためらわれます。
 とはいえ、プラトンの記述の中身はともかくとしても、彼がアトランティスという未知の文明を伝えていることは、やはり何かを暗示しているのではないでしょうか。
 大切なのは、アトランティスについての記述の的確さよりも、我々には知られていない太古の文明が、どこかの(おそらく大西洋の)海底に眠っているとプラトンが伝えていること、それ自体にあるように思えます。

 長い間、アトランティスについて考えてきて思うのですが、アトランティスはどうも、我々が想像しているような文明とは、ちょっと違うのではないでしょうか。(2005年11月22日)


(3)

 プラトンのアトランティスは、今も多くの人々を古代へのロマンに誘います。と同時に、多くの時代にわたり、いろいろと議論のタネにもなってきました。
 世界中でこれまでにアトランティス探しは続けられてきましたが、最初に述べましたように、まだ考古学的にアトランティスが発見された事実はありません。本当に存在したかどうかも、まだわかっていません。

 もし、アトランティスが本当に実在したとしたら、いったいどのような文明なのでしょうか。
 石器時代の範囲に収まる原始文明のようなものなのか、それとも、現代に匹敵するほどの文明なのか。ここにアトランティスについて考える大きな分岐点があります。
 プラトンの伝えるアトランティスは、太古の未知なる文明というよりも、プラトンが生きていた古代ギリシアの社会が投影されているようなところがありました。1万年も前の未知なる文明というよりも、古典期のギリシアのような姿を思わせます。

 一方、「眠れる預言者」エドガー・ケイシーも、アトランティスについては言葉を残しています。ケイシーについては、あとで詳しく述べる機会があると思いますが、彼のリーディングが伝えるアトランティスは、驚くべき高度な文明を思わせます。水陸空どこにでも自由に行ける乗り物があったり、驚異のエネルギー装置が稼動していて、人々は何百年も生きたというのです。これは現代をもしのぐ超高度な文明といっていいでしょう。
 このようなアトランティスが存在していたら、驚異というほかないですね。

 最近では、海のなかの調査が進み、インドのキャンベイ湾とか、日本の与那国島などで海底遺跡が発見されてきています。1万年ほど前の海面の上昇によって、海に沈んでしまった遺跡のようです。エジプトよりも、メソポタミアよりも古い時代に文明が誕生していた可能性を思わせます。しかし、現在までのところ、こうした海底遺跡も、とりたたて高度な文明を思わせるものではないようです。
 新石器時代の文化の範囲に収まるといえそうです。

 氷河期が終わり、海が100メートルも上昇したことで、世界各地の大陸棚に新石器時代の遺跡が残されているのは、当たり前といえば、当たり前です。それをもってアトランティス伝説の起源とする考え方もありますが、どうもそう単純なものではありません。

 エジプトのピラミッド群や、ピリ・レイスの地図などから予想されるのは、相当に高度な文明です。新石器時代の範囲に収まるようなものではなく、知識としても、科学技術としても、驚くほど高い段階に達した者たちが、かつて地球上にいたことを思わせます。
 特に、3大ピラミッドにみられる高い天文学的な知識や、正確な石造建築技術は現代に匹敵するか、あるいは、もっとそれ以上に進んだ文明を思わせます。そのようなピラミッドの特異な性格を私は長年指摘してきましたので、いつも出発点というか、アトランティスについての考え方の根本にも、常にピラミッドがあるのです。

 ピラミッドは新石器時代の文化のレベルなどではありません。いったい誰がピラミッドを造り、何のために何千年もの時代にわたり残るほどの記念物を造ったのか。彼らはいったい、どんな文明を築いていたのか。

 ところが、今日、ピラミッドから類推されるような高い文明の痕跡は、地球上のどこからも発見されていません。ほかにも何かがあってもよさそうなのに、それがない。
 どうも、これがおかしいのです。
 私たちの多くの文明は、むしろ、新石器時代からゆるやかに発展してきたことを示しています。世界中のどの文明を見ても、旧石器文化から新石器文化、そして、農耕や牧畜の社会から、金属や文字や都市を持つ文明へと、ゆるやかに進んできたことを示しています。その間に、現代に匹敵するような文明が存在した証拠は、まだ発見されていません。

 ただ、何かそれを思わせるものが、神話や伝説のような形で残っているのです。また、ピラミッドやピリ・レイスの地図があるのです。歴史に合わない異質な存在として残っています。

 よく考えてみると、地球上にかつて本当に高度な文明があったとしても、私たちは、その文明の直接の後継者にはなっていないようです。高度な知識を高度なまま、直接受け取ってはいません。
 私たちは私たちで、むしろ素朴な文明からスタートして、次第に発展してきた要素の方が強いように思えます。何かの知識や影響は受けたとしても、そのまま利用するほどではなかった。最初から飛行機に乗っていたり、コンピューターを使っていたわけではありませんね。
 つまり、アトランティスのような未知なる高い文明があっても、私たちとは直接は連続していないように見えます。
 こうなると、アトランティスというのは、どうも我々人類の文明とは何か異質で、存在の仕方が違うのではないか――。そう思えてくるのです(2005年11月30日)



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