ホーム 古代文明への旅 ピラミッドと惑星 邪馬台国と大和朝廷 日記『つれづれ草』 アトランティス幻想



BACK1011



第9話 ドゴン族のシリウス神話

(1)

 今回は、ドゴン族のシリウス神話についてである。つまり、また例のアレがらみの話というわけだ。
 ドゴン族の神話については、すでにマニアにはよく知られており、どちらかというと、ひと頃、常識的な科学者からの否定的な発言が目立っていた。しかし、私はこの件に関していうと、科学者に同調する気はまったくない。
 まずは、概略をかいつまんで紹介すると――

 西アフリカのマリ共和国に住むドゴン族は、なんとシリウス星人が地球にやって来たと思われる神話を保有している。彼らの宇宙創世神話の中心にはシリウスが位置しており、かつてシリウスからやって来た「水の主」ノンモが人類の祖となったというのである。
 ドゴン族のこの神話を最初に調査したのは、M・グリオールとG・ディテルランというふたりのフランス人の人類学者で、1930年代から20年間にもわたり、彼らはドゴン族ほか3部族と一緒に生活するなどして、住民からの信頼を獲得し、神話の奥義に接することができた。
 部族のなかでも神官などごく一部の人だけに、しかも、何段階ものイニシエーションを通して伝えられる秘中の秘の知識である。

 グリオールとディテルランは1950年、その報告書を「スーダンのシリウス星系」というタイトルで、フランスの人類学関係の雑誌に発表した。その後、『青い狐』(1965・邦訳1986)という著書で、さらに詳しく報告している。
 問題は、彼らの報告に含まれていたドゴン族が持っていた驚くべき知識である。シリウスが主星と伴星からなる連星であることや、シリウス伴星の周期が50年であること、またシリウス伴星は白色矮星であることを、ドゴン族は知っていたというのだ。
 当時、まだほとんど西欧文明に接していなかった西アフリカの奥地に暮らす部族が、なぜこんな知識を持っていたかが、ミステリーの始まりである。

 今日の天文学の知識では、全天で一番明るい恒星シリウスは、シリウスA(主星)、シリウスB(伴星)というふたつの星からなる連星であることを、我々は知っている。
 シリウス伴星の存在については、1844年、ドイツの天文学者ベッセルが、シリウスの軌道の波打ち運動から、伴星があることを予測し、この伴星の周期は50年で、非常に重い物質でできていると推定していた。しかし、観測で確認されたのは1862年のことで、アメリカ人のA・クラークによる屈折望遠鏡の発明によって、やっと人間の目でシリウス伴星を見ることができたのである。
 シリウスBは、半径は地球ほどだが、質量は太陽ほどもある。これは1立方センチの重さが1トンとも、10トンともいわれる地球には存在しない物質でできているからだといわれる。こうした伴星の天文学的な性質が確認され、最初の白色矮星とされたのは1925年のことだ。

   一方、ドゴン族のシリウス神話によれば、主星シリウスAのことを、彼らは「シギ・トロ(シギの星)」とか、「ヤシギ・トロ」と呼ぶ。60年ごとに行われるシギの祭礼の儀式と深く関係している。
 しかし、この星はシリウス星系の根本ではなく、シリウスAを焦点にして、50年周期で楕円軌道を描いてまわる別の星を、彼らは宇宙の中心に置いている。この星が宇宙におけるあらゆる創造の出発点だという。ドゴン族はこの星を「ディジタリア」、または「ポ・トロ(小さな星)」と呼んでいる。
 ディジタリアは天空の中でいちばん小さい星だが、いちばん重い星だという。「サガラ」という地球上のすべての生物が集まっても持ち上げられない重い物質でできており、「地上のすべての鉄に匹敵する」重さの物質だという。
   これが伴星のシリウスBのことで、まさに、白色矮星であることを知っていたかのようである。未開と思われるドゴン族が、なぜ、こんな知識を持っていたのだろうか?

 ドゴン族の知識には、ほかにも地球は太陽のまわりを運行しているとか、土星にはリングがあること、あるいは、木星には4つの衛星がある、などというものがある。月は「乾燥し、乾ききった血のように死に絶えている」ともいう。もちろん、こうした知識は、人間の肉眼で獲得できるようなものではない。

(上のように、ドゴン族は木星の衛星を4個としている。これは主要なガリレオ衛星のことだと思われるが、木星の衛星はじつは16個もある。なぜドゴン族は木星の衛星を4個だけとしたのか、疑問といえば疑問である。ただし、後述のロバート・テンプルによると、木星の主要な4個のガリレオ衛星以外の他の衛星は、小惑星帯から木星の重力にとらえられた元小惑星で、サイズも小さく、重要ではないとしている。たしかに、ガリレオ衛星以外の他の衛星は、質量が桁違いに小さく、軌道半径も極端に大きなものが多い。そうであるなら、これらの他の衛星は、比較的最近になって、小惑星から木星の衛星になった可能性があるのだろうか。)

 ドゴン族はまた、人体についても高い知識を持っており、血液が空気(酸素)を取り込んで、体内の臓器を循環していることや、赤血球と白血球の違いも知っていたという。このような医学的知識は、私たちの歴史では近代から現代に相当する。

 要するに、ドゴン族の知識は私たちの文明史の枠に収まらないのである。
 しかし、グリオールとディテルランは、ドゴン族の不可解な知識については学究的な姿勢を貫き、問題提起するよりも、事実を報告するだけに留めた。もちろん、シリウス星人が地球を訪れたなどとは、ひと言も述べていない。
 それを最初に主張したのは、イギリスの作家ロバート・テンプルである。 (2006年5月1日)


(2)

 グリオールとディテルランの報告を目にしたテンプルは、ドゴン族の神話に潜むシリウスからやって来た知的生命体に注目した。
 彼は地球外文明説の立場から1976年、『シリウス・ミステリー』(邦訳『知の起源』1998)を著した。「高度な文明を誇るシリウス星人が、今から7千年以上前に地球を訪問し、地球文明の基礎を創造した」というのである。
 また、古代エジプト文明とシュメール文明が誕生したのも、シリウス星人との接触による、とテンプルはいう。
 この『シリウス・ミステリー』によって、ドゴン族のシリウス神話は一躍世界中に広く知られることになった。

 じつは、ドゴン族の神話によれば、シリウスはA、Bふたつの星だけではなく、なんと3つの星からなっているという。シリウス星系には第3の星「エンメ・ヤ(女のモロコシの星)」が存在するというのである。
 この星はディジタリアの4分の1の重さであり、もっと大きな軌道を移動している。しかも、この星は「ニャン・トロ(女の星)」という惑星を伴っているというのだ。
 現代の天文学は、まだこの三番目の星シリウスCも、さらにその惑星も発見していない。『オリオン・ミステリー』の最新版(1998)によると、フランスのふたりの天文学者が1995年、シリウスCの存在を発見(推定)した、とテンプルは報告している。しかし、シリウスCの存在は、まだ正式に確認されたわけではない。
 もし、シリウスCが本当に確認されれば、まさに驚異というほかないだろう。ドゴン族の知識は現代の天文学より進んでいたと、そういうことになるわけだ。

 ドゴン族にこのような高度な知識をもたらしたのは、テンプルによれば、もちろんシリウス星人のノンモである。だが、いったい、このノンモとはどういう存在なのだろうか。
 ドゴン族の神話によると、宇宙の創造神アンマが「天上でノンモをこねあげてから、その胎盤を材料にして人間の祖先たちもこねあげた」という。
 ドゴン族はこのノンモという謎の存在を、魚のナマズのような姿に描いている。また、イルカのような姿をしていたともいう。ドゴン族の木彫りの像などでは、トカゲのような姿にもなっているし、再生したノンモはやけに手足の長い人間に近い姿もしている。ノンモは「水の支配者」であり、「ノンモの玉座は水底にあった」ともいう。
 テンプルの解釈によると、このノンモは「水のなかに棲む、水陸両棲体」である。ノンモにはいくつかのグループがあり、シリウスに残ったノンモや、地球にやってきて文明を創造したノンモ、再生して人類になったノンモなどがあるというのである。
 
 ノンモが地球を訪れたとき、「10番目の月の星」と呼ばれる宇宙船が母船となり、そこから着陸船がロケット噴射しながら地上に降りた、とテンプルは解釈している。
「ドゴン族の伝承によれば、ノンモは再び戻ってくる。その再来の日は「魚の日」と呼ばれる。再来の前兆は「新しい星の出現」、すなわち「10番目の月の星」の再出現であるという。そして、「10番目の月の星」の内部から、ノンモが箱船、すなわち着陸船で地球に降り立つという」(『知の起源』並木伸一郎訳)


 よく知られているように、ドゴン族の神話については、カール・セーガンなどの科学者から強い批判がある(カール・セーガン著『サイエンス・アドベンチャー』ほか)
 それによれば、グリオールらが現地で神話を採取するより前に、ヨーロッパの宣教師によって、当時話題になっていたシリウスの知識などはドゴン族に伝えられたのだろう、というのである。
 いわゆる「常識人の解釈」では、そう考えるほかないのだろうが、宣教師によって伝えられたなどとは、どこかこじつけがましい話ではある。

 民俗学の世界では、たしかに宣教師などが伝えた歌や生活文化が、現地の人々にまたたく間に取り入れられる現象が知られている。だが、そういうものは生活のごく表面的な部分に限られているものだ。部族の宗教の秘密に属するような知識、つまり、彼らの精神文化の真髄に当たるよう部分は、それほど簡単には外部から変えられない。
 ドゴン族の神話や儀式は少なくとも数百年の歴史をもち、独特の仮面儀式として連綿と続けられてきた。グリオールによれば、最も複雑なシギの祭礼の暦の計算方法などは、何段階ものイニシエーションを経てようやく伝授されるという。それらはすべて、シリウスを中心にした宇宙創世神話に基づいているのだ。科学者はこの点を見落としているか、または、故意に無視している。

 シリウス伴星が白色矮星とされたのは1925年、グリオールらがドゴン族を最初に訪れたのは1931年である。そのわずかの期間に宣教師が訪れ、シリウスの知識を伝え、部族の儀式にまでなったと考えるのは、まったく常識的ではないだろう。しかも、シリウス神話を共有するのはドゴン族だけではなく、他の3部族も同じなのである。

 同じように、ドゴン族のシリウス神話は、グリオールらが報告しているだけなので、いわば、彼らの創作ではないか、というような批判もあるが、やはり的を射ていない。
 彼らの著作『青い狐』を読んでみれば、その学問的に真摯(しんし)な姿勢は明らかで、創作と思わせるような余地はまずないといってよい。
 1956年、グリオールが亡くなったとき、マリで行われた葬儀には25万人もの部族民が参列したといわれる。グリオールは最高位の神官と同等の尊敬を集めていた。そこまで部族に深く入り込んだ人物だったからこそ、秘中の秘儀を伝授される許可が下りたのである。誰もがドゴン族の村を訪れ、気軽に教えてもらえるような知識ではないのだ。

 ドゴン族の神話を批判する人々の態度には、シリウス星人のようなものは認められない、という姿勢がはっきりあらわれている。宇宙人が知識を伝えたというような話は、受け入れられないのだ。それはそれで理解できるが、常識の枠のなかで合理的に解釈しようとするあまり、真実を探求する心が曇っては意味がないだろう。


 とはいっても、ノンモとは本当に、テンプルのいうようなシリウス星人のことなのかどうか・・・・。
 『青い狐』に描かれている話は、テンプルがいうほどSF的でもないし、天文学的な性格もさほど強くないように見える。「水の主ノンモ」は、むしろ、精霊として捉えられているようでもある。
 そうであるなら、ノンモは霊的な存在として地球に降り立った、というような考え方もできるかもしれない。
 またテンプルは、ノンモが地球に降り立った時期を紀元前5000年ごろとしているが、ドゴン族や彼らの神話のルーツは、それほど明らかではない。ドゴン族はイスラム教に改宗することを拒み、10〜13世紀ごろ、西方のニジェール川上流域バマコ付近から、現在の中流域トンブクトゥ付近に移ってきたとされている。
 テンプルは、バビロニアの伝説にある水陸両棲体のオアンネスなどを考慮して、紀元前5000年前という年代を想定しているようだが、そこにはまだ不確かな要素もあるようだ。
 シリウスをはじめとして、ドゴン族が保有している知識が驚くべきものであるのは事実である。ミステリーはミステリーのままにしておくべきなのか。もっと別のアプローチの仕方があるのか。考古学的な証拠がもっと出てくれば、はっきりして面白いと思うのだが。
(2006年5月8日)

(3)

 シリウスといえば、古代エジプトでも非常に重要な星だった。よく知られているように、7月の中ごろ、日の出直前にシリウスが東の地平線に昇ってくる現象は、「ヘリアカル・ライジング」と呼ばれ、特別の出来事とされていた。それはちょうどナイル川の氾濫がはじまり、耕地が潤う時期と重なるので、古代エジプトの暦の基準となってもいた。
 だが、シリウスがなぜ、これほど古代エジプトでは重要な星とされたのだろうか。
 それはおそらく、ナイル川の氾濫を知らせる、というような単純なカレンダーの役割ではなかったはずだ。なぜならば、季節を知るだけなら、シリウスという星に限定する必要はなく、毎日の星の運行を見ていれば十分にわかるからだ。
 季節ごとに星座が移っていくように、夜空の星の配置と運行はそれだけでカレンダーの役割をしている。現に古代エジプトの遺物には、「星時計」と呼ばれる星座カレンダーのようなものが発見されており、古代エジプト人はそれによって季節の移り変わりを知っていたようだ。

 ではそうなると、やはりなぜシリウスなのだろうか。
 ここにはもっと宗教的な理由があったのではないだろうか。古代人の宗教心のようなものである。シリウスは古代エジプトでは女神イシスの星とされていた。太陽の光に消されて数ヶ月間見えなかったシリウスが、夏の夜明け前にようやく姿を見せる。隠れていたイシスの星がやっと現れる。そのこと自体が、古代エジプト人にとって心の支えだったのだろう。
 シリウス(イシス)はなぜか、それほど古代エジプト人にとっては特別な存在だったわけである。

★   ★

 ところで、シリウスに関しては、ドゴン族と同じように、古代エジプト人もシリウスB、つまりシリウス伴星の存在を知っていたのではないか、という指摘がある。
 これはロバート・ボーヴァルが『オリオン・ミステリー』で指摘し、グラハム・ハンコックも『神々の指紋』で取り上げているので、思い出す方も多いだろう。彼らによれば、ピラミッド・テキストのなかには、シリウス伴星を思わせる文句があるというのである。

 ピラミッド・テキストというのは、古王国第5、第6王朝時代のピラミッド内部の壁面にヒエログリフで描かれた一連の文章で、死者をあの世に送るための呪文のようなものだとされている。のちの『死者の書』の最古の形態である。
 このピラミッド・テキストのなかには、多くの神話の話も含まれているのだが、そのひとつに、オシリス神とイシス神の物語がある。
 オシリスが弟のセトに殺され、ばらばらにされて国内各地に捨てられるが、オシリスの妹であり妻のイシスはそれらを拾い集める。イシスは、トト神に教わった呪文でオシリスを再生させ、オシリスと交わってホルスを生む。その場面の次のような描写だ。

「妹のイシスが、愛に胸を振るわせながら、オシリスのもとにやって来た。死した王が陰茎にイシスを乗せると、精子がイシスのなかに入った。イシスは身ごもり、セプト(シリウス)のようになった〈ピラミッド・テキスト632−3〉」

 ピラミッド・テキストでは、このようにシリウスは「身ごもった」女性のような「二重の存在」とみなされている。ボーヴァルもハンコックも、ここにシリウスが連星であること、つまりシリウス伴星の存在が古代エジプト人には知られていたのではないか、と嗅ぎ取るのである。
 シリウスは古代エジプトでは「セプト」と呼ばれ、前にみたようにイシス女神の星とされていた。イシスは古代エジプト最高の女神である。また夫のオシリスは古代エジプトの全時代を通じて、最も広く崇拝された神で、天空ではオリオン座を当てられている。どちらの神も非常に古くから信仰され、その起源は、王朝成立以前にさかのぼるとエジプト学では考えられている。

 オシリスとイシスの信仰は、古代エジプト文明の誕生の瞬間からすでに存在していたようだ。となると、オシリスつまりオリオン座と、イシスつまりシリウスが、エジプト文明の誕生には何か関係しているのではないか、と考えてみたくなるわけである。
 これに関連して、古代エジプトの出土品に、「目録碑板(インベントリー・ステラ)」という石板がある。この石板には、古王国第4王朝のクフ王の時代、すでにスフィンクスも大ピラミッドも存在していたと思われる記述があり、その製作年代をめぐっていつも何かと問題になるのだが、石板にはさらに、イシスは「ピラミッドの女主人」と記されている。イシスの大きなピラミッドが、すでにエジプト王朝の最初期の時代から建っていたように受け取れるのである。
 つまり、ピラミッドの建設にも、イシスは何か関係していた可能性があるわけだ。

 ドゴン族の神話では、ノンモが棲んでいると思われるシリウスCの惑星「ニャン・トロ」は、「女の星」と呼ばれている。わざわざ「女」と特定されているのだ。古代エジプトでもシリウスは「女神」イシスの星とされている。ここには何か関連があるのだろうか。





シリウスAのマーク 『知の起源』ロバート・テンプル著より


 ドゴン族については、じつはほかにも気になることがある。それは彼らが描くシリウスのシンボルマークについてである。
 ドゴン族はシリウスAを現すのに、直線と曲線が交差した上図のようなマークを使う。このマークはじつは、海神ポセイドンのマークと非常によく似ている。ポセイドンが持っている三叉(さんさ)の矛(ほこ)のシンボルマークだ。
 この三叉のマークは海や水の象徴でもあるし、占星術では海王星のシンボルマークでもある(海王星はやはり水を司るとされる)。
 これは要するに、水と関係するサインと考えてよいだろう。海の神ポセイドンを奉じるアトランティス王国にも通じるサインである。
 ドゴン族はなぜか、このマークを人間の肉眼で見える一番明るい恒星、シリウスに当てている。つまり、シリウスAである。おそらく、「水の主ノンモ」と関係しているからだと思われるのだが、ひょっとするとアトランティスにも何か関係しているのだろうか。

 この三叉のシンボルマークは、気をつけていると、古代世界ではわりとよくお目にかかるのである。新石器時代までさかのぼるマークのひとつで、何かの意味を持っているようだ。インドでは、シヴァ神の強力な武器(パーシュパターストラ)が、やはり同じ三叉矛である。シヴァの息子で像の頭をした知恵の神、ガネーシャがこの武器を持っていることもある。
 また、世界の古い民話では、三叉のマークは「鳥の足跡」というような表現で出てくることがある。何かの秘密の暗号のようなものらしい。かつてこのマークは、それを一目見ただけで何かわかるような象徴的な表現だったのではないだろうか。

 ついでなので、もうひとつ言ってしまうと――
 ドゴン族に関して気になるのは、やや話が飛躍するけれども・・・、シリウスという星は、宇宙人やUFOにまつわる話ではさほど珍しくないことである。
 たとえば、最近わりと面白く読んだ『宇宙人UFO大事典』(ジム・マース著)という本には、驚くようなことがいろいろと書かれているのだが、そこで紹介されている話である。米軍の訓練を受けたあとUFOを遠隔透視し始めた人たちの証言によると、地球にやって来ている宇宙人は必ずしもひとつの種類だけではなく、シリウスやオリオン、プレアデスといった星団から来ている者たちがいるらしいというのである。
 しかも、宇宙人というのはだいたい人間と同じような姿形をしているらしいのだが、なかには変り種もあり、爬虫類型や、カマキリのようなタイプもいるというのだ。
 何とも信じられない話といえばそれまでだが、ドゴン族が描くノンモの姿は、一般的にはナマズのようだが、そのほかにトカゲのような形態や、手足がやけに長いカマキリのような姿の人間もいるのである。何かこのあたりが、先の本の記述と一致している。
 正直のところ、気にはなるのだ。 (2006年5月12日)


(4)

 ドゴン族と古代エジプトの間には、もうひとつ奇妙な共通点がある。ドゴン族はノンモの姿を魚のナマズとして描いているが、古代エジプト初代のナルメル王のパレットには、やはりナマズが描かれているのだ。
 パレットにはナルメル王の名前に、そのままナマズが使われており、ナマズと鑿(のみ)の文字で「ナルメル」と読んでいる。この名前そのものが、「荒れ狂うナマズ」という意味だとされている。
 どうも、ここには何か引っ掛かるものがある。単なる偶然とはいえないミステリーが潜んでいるのではないだろうか。しかも、ノンモとナルメルは音が似ており、どちらも「N―M」という発音である。




ナルメル王のパレットの名前の部分


 古代エジプトを最初に統一した初代の王としては、いくつかの名前がある。ひとつは上の「ナルメル」、また、マネトの『エジプト史』では「メネス」、アビュドスの王名表では「メニ」、ヘロドトスの『歴史』では「ミン」と伝えている。
 これらはどれも発音がよく似ているので、同じ一人の人物か、または第1王朝初期の王たちの集合的な象徴として、ナルメルとか、メネスという名前が使われている、とエジプト学では考えられている。必ずしも、ひとりの王の名前ではないかもしれない、とされているわけである。
 最も一般的な「メネス」という名は、「メニ」という語から派生したもので、「メニ」は「確立する」という意味だという。エジプトを統一し、最初に王朝を確立した王(たち)ということだろう。
 この初代の王についての記録はあまり多くないが、ヘロドトスによれば、「堤防を築き、ナイル川の流れを変えて、エジプト最初の都メンピス(メンフィス)を建設した」という。また、メンピスの北方および西方に、ナイル川の水を引いて湖を造ったともいう。
 これはごくありきたりの記述だ。特に気になるところはないように思える。(じつは、湖を造ったという点に、別のことで引っ掛かりがあるのだが、それはまたの機会にしたい。)

 一方、マネトのエジプト史には、妙な記述がある。
 「(メネスは)60年間統治した。ヘロドトスがミンと呼んでいる初代の王のことである」としたあと、「外国に遠征し名声を得たが、カバに連れ去られ、行方がわからなくなった」。
 カバに連れ去られ、行方不明になった・・・・?なんとも不可解ではないか。古代エジプトを統一した名誉ある初代の王が、なぜ、そんな目に遭わねばならないのか。
 統一以前のエジプトでは、国内各地の部族は、タカやサソリなどをトーテムとして奉じていた。そのなかに、カバをトーテムとした部族があり、ナルメル王は、彼らに連れ去られたのだろうか。それとも、本当にあの動物のカバにどこかへ誘拐されてしまった、ということなのか。いずれにしても、何か奇妙である。
 カバは水に棲む動物である。カバに連れ去られたとは、水中に入ってしまったと考えてみると、何か水との関連を指摘することができる。ドゴン族のノンモと、何か関係があるのか・・・・。それとも、カバにはそれほど意味はなく、初代の王が行方不明になったという、そのこと自体に何か意味があるのだろうか。




ドゴン族の描くナマズの姿のノンモ


 「ナルメル」、「メネス」、「メニ」、「ミン」――面白いことに、エジプト初代の王はどれも、「N−M」または、「M−N」という発音で共通している。ドゴン族のノンモも、「N−M」という音の組み合わせだ。
 ところが、各地の文明の最初の王、あるいは、最初の人間には、なぜかこの「M−N」という音の組み合わせがよく現れるのだ。エーゲ海のクレタ文明の初代の王は「ミノス」、またインドの伝説では、洪水から生き延びた人類の祖は「マヌ」である。
 イギリスの人類学者、リチャード・ラジリーの『石器時代文明の驚異』(河出書房新社)によると、現在では新石器時代の研究がかなり進み、各地の民族の言語的な共通性がわかるようになってきたという。そして、男を意味するのは、さまざまな言語で「MANO」だというのだ。やはり、「M−N」である。英語の「MAN」もそうだし、日本語でも「モノ・者」という言い方がある。「変わり者」とか「くせ者」などという。
 最初の人間あるいは、人類の祖となる人物を、同じ「M−N」という音で呼んであたりに、全人類の共通の祖先とか、共通の祖語とか、あるいは、何か文明誕生の秘密が隠されているのだろうか。
 ただし、ノンモとナルメルだけは、「N−M」という音でどちらもナマズである。
 一方、女性はというと、ラジリーによれば、多くの民族に共通する呼び名は、「KUNA」だそうである。

 ドゴン族のノンモと、エジプト初代の王ナルメルは、なぜ、ともにナマズの姿で描かれるのか。ドゴン族でも古代エジプトでも、ともにシリウスを特別の星としているが、そこには関連性があるのかどうか。解き明かす鍵は今はまだ見つからないが、何か隠されたミステリーを予感させることだけは間違いない。 (2006年5月20日)



BACK1011
copyright (c) HIDEO KURAHASHI

ピラミッドと惑星へ/ 邪馬台国と大和朝廷へ/ 日記『つれづれ草』へ

ホームへ アトランティス幻想へ