法華寺と光明皇后様 本文へジャンプ
光明皇后様を偲んで


平城宮を中心に美しい堂塔伽藍が聳え立ち、華やかな文化が展開された天平時代。
この天平時代の中枢におわしますのが、聖武天皇であり、その御偉業は光明皇后の深い御理解と強いお力添えに因るとろこが大きい。

光明皇后は篤く仏教に帰依したまいその御慈悲の心は施薬、悲田両院の御施設となってあらわれるなど、今日の社会福祉事業の御先駆となられた。

聖武天皇が東大寺を総国分寺とせられたのに対して皇后は女人のための総国分尼寺として法華滅罪之寺を創められた。かくして法華寺は女人成仏の根本道場として皇祖の御菩提と国家の平安を祈念し、併せて女子の罪業を消滅して仏知見を開かしめようとの御本願によって平城宮の東方に一大伽藍を造営された。

光明皇后の御事績
730年 施薬院の設置
730年 興福寺五重塔の建立
733年 興福寺西金堂の建立
745年 法華寺草創
     総国分尼寺、法華滅罪之寺と命名
752年 東大寺の建立と大佛の造営
756年 聖武天皇御崩御に際し御物を東大寺に
     捨入