駒場寮の攻防

駒場寮。
それは「駒場領」とも呼ばれ、長年、治外法権の異空間とされてきた。しかし、この寮の存廃を巡って繰り返された大学当局と学生との攻防をみるにつけて、大学キャンパスそれ自体が、世間ずれした異空間であることを知る。

駒場寮とは、旧制第一高等学校の学寮で、関東大震災後に、当時としては最高の建築技術であった鉄筋コンクリート造りで建てられた堅牢な学寮である。戦後は東京大学教養学部の学寮となり、最盛期には600人を収容した。
しかし、時代と共に相部屋の共同生活を希望するものは少なくなり、平成に入ってからは200人代を推移する。
また非常に頑丈な造りにもかかわらず、住人のマナーが悪いこととまともな補修工事がされてこなかったため、老朽化が激しくなる。
そして1993年、駒場寮の廃寮方針が決定され、95年新規入寮が停止された。
ところが、寮自治会、学生自治会はこれを不当とし、裁判闘争が開始される。
97年3月、4棟ある寮の一番北の1棟(明寮)に対する立退きが強制執行され、4月に取り壊し工事と学生厚生施設(新サークル棟)の建設が始まる。
98年、新サークル棟開館。

column01-01.jpg(10684 byte) 97/03/29夜。強制執行後、学生の再進入を防ぐためガードマンが24時間体制で配置される。2週間ほどこの状態が続く。
column01-02.jpg(14682 byte) 97/04/10 駒場寮から備品を運び出そうとするトラックを体で阻止する駒場寮関係者。こうした子供じみた抵抗が数年来繰り返されてきた。
column01-03.jpg(19411 byte) 97/04/10 警備員の交代風景。一列縦隊で行進して行くさまは、とても学内とは思えない。