鶴田謙二さんへのインタビュー

 この鶴田謙二さんへのインタビューはダークホース・コミックス社
英語版『Spirit of Wonder』の刊行にあたり行われたもので、その第2巻
の巻末に掲載されています。また、ダークホース・コミックス社のWEB
ページのここでも同様のものを読む事が出来ます。このインタビューで
は日本では知られていない、鶴田さんの創作の秘密や作品の成り立ちな
ど興味深い事柄が数多く語られています。日本の鶴謙ファンにもぜひ読
んで欲しいと思い、英語のインタビュー記事を翻訳しここで公開するこ
とにしました。掲載した訳文は上記のインタビュー記事を竹内さやかさ
んと私(ぶどり)で訳したものです。この訳文をWEB上で公開することを
承諾して下さいました鶴田謙二さんとトーレン・スミスさんに感謝しま
す。なお、この訳文は当然ながら「禁無断転載」です。


 鶴田謙二氏は富や名声を得ようとはしていない。もしそうなら、彼は
もう少し多くの作品を産みだしているだろう。だが、『スピリット・オ
ブ・ワンダー』という摩訶不思議で心暖まる作品の作者がベストを尽く
そうとしているのは、彼自身の頭の中に静かに広がっている世界を紙の
上にとらえようとすることなのである。もし、1本のストーリーを描き
上げるのに半年かあるいはそれ以上の時間がかかろうとも、彼にはそん
なことは問題ではない。日本の読者にとっても時間は問題ではない。と
いうのも、彼らは、短気で快活なヒロイン「チャイナさん」と彼女のハ
チャメチャな2人の下宿人、風変わりな天才教授と彼のがまん強い助手
のジム、の活躍が次はいつ見れらるのかと心待ちにしているのである。
2人の下宿人は家賃を期限までに支払えないことがたびたびであったが、
チャイナさんを喜ばせたるためならどんあことでもやってしまう。本当
の月面に誕生日のお祝い言葉を刻む、なんてこともやってしまうのだ。

スタジオ・プロテウス(S.P.):一見すると、マッド・サイエンティスト、
 ハンサムな若者、美しい娘、というキャラクターたちは古典的なキャ
 スティングですね。ただ、その女の子が堂々とした中国の挌闘技の達
 人、っていうのはあるけど…

鶴田:僕は1950年代のアメリカのSFつまり"sci-fi"の世界にいつも強いあ
 こがれを持っていました。このスタイルは僕自身のノスタルジーのあら
 われでしょう。いつも読書をしていたわけではありませんけど。実際は
 僕はあまりたくさんの本を読んだりする子供ではありませんでした。で
 も、ハインラインの初期作品はすっごく好きでした。それは僕が子供の
 頃に日本語に訳されたやつなんだけど、子供向けに簡単な文章にしてあっ
 て、あれは今でも忘れられないですね。

S.P.:教授っていつもクレイジーな機械と共に登場しますよね。ちゃんと
 動くんだけど。

鶴田:僕はいつも現実離れしたモノに魅了されてきたんです。僕が科学に
 ついてあんまり詳しくないから、ああいった飛躍ができたと言われるか
 もしれないけど。ビッグバン理論だとかブラックホールの話についてま
 だ全然知られてなかった頃に、銀河系の真ん中に巨大なブラックホール
 があって、星を呑み込んでいる、なーんて言ったら、みんなに気が狂っ
 てるって思われちゃうでしょ。でもそういう古い"sci-fi"な感じっていうの
 を出したかったんです。

S.P.:どのようにしてストーリーをつくり上げるんですか?

鶴田:えーと、初めは、ずっと、ただ読書したり散歩したり、突然電車に
 飛び乗って旅に出たりするんです。で、そうしてるうちに少しだけ原稿
 を描くんですよ、ちょっとづつ、あちこちで。そしたら、突然クリアな
 イメージが頭に浮かんでくるので、その原稿にかかりきりになりますね。
 最後にはカンヅメで描くしかないけどね。でも、できあがるまではすご
 く時間がかかってもいいと思う。自分の作品に納得できるかどうかが僕
 には重要なんだから。それに、僕はべつにサラリーマンってわけじゃな
 いからね!(笑)

S.P.:あなたのスタイルっていうのはどうやってできあがっていったんで
 すか?

鶴田:ホントのところは自分でもわからないですね。ある日突然できてたっ
 て感じかな。描きたいイメージってのが頭の中にあるんですよ。それは
 すごく鮮明で、僕はそれを描く日々を送るだけなんです。ま、実際に出
 来上がるかどうかは別ですけどね。僕は20歳の時に漫画を描き始めたん
 ですけど、それから3年間は、ただもう描きまくってましたね。そした
 らスタイルってものができてたんです。もともと、僕は写真家になりた
 くって、大学では写真光学を専攻しました。カメラの知識を身につけて
 将来写真を撮ろうと思ってたんです。でも結局、才能ないなってあきら
 めました。で、何か他にやること探してた時に、偶然『サーベル・タイ
 ガー』っていう星野之宣さんのホントに素晴らしい漫画に出会ったんで
 す。それで、こういうのやってみたいなーって思ったんですよ。

S.P.:星野さんってホントにハードなSFを描くよね。

鶴田:そうそう。なんていうか、僕が子供の頃読んでたのと子供の頃描い
 てたのが一緒になったみたいな感じかな。3年間の後は同人誌に出し始
 めて、いろんなまんが家のところにアシスタントに行ったりもしました。
 そして僕のデビュー作となった短編を描いたんです。東京から小田原の
 海まで行く電車に乗ったんですけど、その電車ってずーっと田んぼの中
 を行くんですよ。そのとき、海面を走る電車の線路があったらおもしろ
 いんじゃないかって思いついたんです。これがこのストーリーのもとに
 なって、地面がゆっくりと海に沈んでいく世界の話になったんです。こ
 のイメージを使えるようなストーリーを描きたくって、描く前に頭の中
 の絵でもってストーリーを広げていったんです。まぁ、ときどきは、そ
 の元のイメージにないとこまでストーリーがいったりもしましたけど。

S.P.:『スピリット・オブ・ワンダー』のチャイナさんのイメージはどん
 なものだったの?

鶴田:初めは科学的なシャーロック・ホームズというアイデアを思いつい
 たんです。科学を駆使してすべての事件を解決する私立探偵みたいな。
 で、そいつがいつもチャイナドレスを着てる秘書を雇おうとするんです。
 ロンドンにチャイナタウンがあるって聞いたことがあったんで、この話
 の舞台はイギリスにしようと思ったんです。でも、結局このアイデアは
 変わっちゃっいましたけどね。そのころ僕はまったく稼いでなかったん
 で、家賃払えなかったんですよ。大家さんにはホントご迷惑をお掛けし
 ました。で、そういうこともあって、秘書のキャラクターが教授とジム
 にいつも家賃を払わせようとしてる大家のキャラクターに変わったんです。

S.P.:チャイナさんについてもっと教えて下さい。彼女って何者なんですか?

鶴田:彼女は娘みたいなもんです。僕にはコントロール不可能な娘です。
 初めて彼女を描いた時には、こんな風に動くようになるとは思いもしま
 せんでした。よく、本とかマンガの中で登場人物が勝手に自分の人生を
 作っていっちゃうって話は聞いてたけど、僕は正直言ってそんなの信じ
 てませんでした。僕は自分のキャラクターたちをコントロールできてま
 したしね。でも、チャイナさんは、私はこうやりたいのって言い張って
 くるんですよ。で、僕は彼女がやりたいようにできるストーリーを作る
 しかないんです。教授はもうちょっと扱いやすいですね。彼は僕の言う
 ことを聞いてくれますし、チャイナさんをコントロールするのに協力し
 てくれますから。教授って僕に似ているって言われます。

S.P.:『スピリット・オブ・ワンダー:チャイナさんの憂鬱』のビデオは、
 アメリカではもうすでにたくさんの支持者がいるんですが、読者がOVA
 のチャイナさんのイメージをすでに持っているってことに心配はないで
 すか?

鶴田:いえいえ、心配なんかしてませんよ。漫画を描いてたらその登場人
 物のことをなんでも知ってるってなるもんです。木々を見ただけでは森
 は見えないでしょ。僕も初めてあのビデオを見た時は、確かにその通り
 だと思いました。外側から見てるって感じかな。あの時はホントに自分
 で監督できたらよかったのにって思ったよ。あれは、オリジナルに忠実
 すぎるくらい忠実だからね。…ホントはオリジナルのミスを直したのを
 出したかったんですよ!

S.P.:『スピリット・オブ・ワンダー』って台詞なしで進むこと多いです
 よね。

鶴田:僕は台詞に頼りたくないんです。日本のマンガの読者は台詞に頼り
 すぎてます。ただふきだしを読んで筋だけ分かってパラパラページをめ
 くってくだけなんですよ。僕はもっと絵を見て欲しい。だから僕はスト
 ーリーを理解するために絵を読まなければならないようなマンガを描こ
 うとしてきたんです。絵はストーリーを解読する暗号なんですよ。僕の
 頭の中にはもっと台詞とか全部あるんだけど、紙の上に全てを描く必要
 はないと思ってるんです。

S.P.:影響を受けた人っていますか?

鶴田:ちばてつやさんには非常に影響を受けてます。もちろんスタイルは
 全然ちがいますが、あの人の作品ホント何回も何回も読んでたんで、ま
 るで僕の一部分のように感じますね。僕は古いマンガを読んだりすると、
 再充電されたように感じます。今のマンガを読むと競争心を感じちゃう
 んですよ。心から楽しむんじゃなくって、僕だったらこうするのにな、
 とか、ここはこう変えて…とか、いっつも考えちゃうんです。でも古い
 マンガだと、小さかった頃読むのが好きだったやつであればあるほど、
 僕はそうそう、そうだそうだー!って肯定的になれるんですよね。だか
 ら、僕もそうゆう風なのを作りたいなって思ってます。

S.P.:チャイナさんの物語では教授の部屋ってきったないですよね。って
 ことは…

鶴田:そう、僕の部屋みたいにね。僕の部屋はひどいですよ。引越しの時
 に引越し屋さんに、同じ広さの部屋の人の3倍のモノ持ってるって言わ
 れましたもん。ほとんど本ですけどね。

野々口(鶴田氏の担当編集者):ホントに、鶴田さんの仕事部屋って入り口か
 ら机まで、床見えませんから。通り道のようなモノはあるんですよ。森の
 中のけもの道みたいな。

S.P.:ひとつのストーリーにどのくらいかかりますか?

鶴田:半年かな?もっとかも。描いては消して、描いては消してってするん
 です。描いてる時の僕の心理状態はらせん状みたいになっているんですよ。
 描きたいイメージは頭にあって、僕はちょっとづつそのイメージに近づき
 ながらイメージの周りを何度も回ってるんです。あと僕はアシスタントっ
 ていないんですよ。昔はいたんですけど、今はもうみんな自分の力でちゃ
 んとした漫画家になってます。

S.P.:鶴田さんのCD-ROMを作ったって聞きましたが。

鶴田:ええ。表紙の絵だとか、本のイラストだとか、マンガじゃない作品な
 んかを収録してます。『スピリット・オブ・ワンダー』のアニメーション
 からの40秒のクリップも入ってます。僕はもっとたくさんいろんなことに
 挑戦したいんですよ。漫画は描くのにすっごく時間がかかっちゃって、作
 品にかかりっきりになっちゃいますからね。僕はマンガを描き始めるとす
 ぐ他のことやりたいって思い始めちゃうんです。だから今回はいい機会で
 した。プロデュースも監督もやったんですよ、僕とプログラマーだけで。
 マンガを描くのとはまったく違うし、小説を書くのとも映画を作るのとも
 違いますね。ま、将来どっちもできたらなって思いますけど。

S.P.:次は何をやるんですか?

鶴田:本当は野球マンガをやりたいっていつも思ってるんです。でも、今は
 まだ『スピリット・オブ・ワンダー』 がいっぱい心に残ってますね。


禁無断転載
Interview (c) 1996 Studio Proteus
Translation (c) 1998 Scientific Boys Club

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