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《 小室囃子連 》
地元の夏祭りで掛屋台の上での演奏(左):平成16年撮影。
社務所には当時の神楽面が飾られている(右)。平成15年撮影
盤余彦尊の人形:平成15年撮影
提灯掛けに飾られる唐獅子(左):平成15年撮影。と昭和27年の小室公民館落成記念の写真(右)
※小室公民館落成記念の写真は小室囃子連所有の写真を提供して頂きました。
御協力ありがとうございました。
幟の前に立てられた提灯掛け(左)と川越祭りにて野田五町の山車での演奏(右):平成16年撮影
囃子の流派は王蔵流。小室の囃子は古く、江戸時代には里神楽が盛んに行われていた。
(社務所には当時の神楽面18枚が大切に飾られている。)江戸末期に、中台へ行き
古囃子を教わった。明治29年には囃子儀定書(現存)を作成し当囃子連の親睦と団結を
はかった。中台囃子連との交流は盛んに行われており、「巳之助作」(坂本巳之助氏)と
裏に彫ってある天狐の面を頂くほどの仲であった。その後、戦争で一時中断し、昭和22年、
当囃子連の代表6名が中台へ練習にいき、現在のような古囃子と新囃子が共存する、
「王蔵流雨垂れ拍子」と称する囃子になった。 主な囃子の演奏は、地元諏訪神社の
祭礼(8月)と川越まつり等があり、地元諏訪神社の祭礼では、掛け屋台で披露して
いるが、昔は
地元の山車
(1本柱高欄の上に人形を立ち上げた鉾型の山車で四つ車)
の上で披露したという。(当時は三光町の山車に乗り、川越祭にも参加していた。)
最後に山車が組まれたのは、昭和27年の小室公民館落成記念の祝賀で、町内を曳き
回したのが最後となってしまった。山車の材料は現在でも保管されており、人形は
盤余彦尊(イワレヒコノミコト=神武天皇)で、祭礼時には高欄部分と共に飾り置かれる。
制作年など不詳であるが、人形の着ている衣装に「明治」の墨書きが残されている。囃子は、
舞手が観衆との掛け合い(カラミ)を楽しんだりする一方、後ろと前に別々のお面を付けて
踊る
両面踊り
等がある。毎年10月に行われる川越まつりでは、平成2年の野田五町の山車
(八幡太郎の山車)、完成時から、山車の出る度に乗り、囃子を披露している。
(作成した草稿を元に小室囃子連様に加筆修正していただきました。
御協力、ありがとうございました。:平成16年取材時。)
2005.1.10up
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