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川越市

《 小中居囃子保存会 》

小中居の山車(屋台):平成16年撮影
山車(屋台)前 山車(屋台)後ろ

小中居の山車(屋台)。正面の行燈無し状態と、改造年代の書かれた木箱。:平成16年撮影
山車(屋台)行燈なし 改造年が見える

小中居の山車(屋台)での演奏。提灯の灯りは全てローソクにより灯される。チラチラと
明滅する灯りに彩られた中での演奏は、昔ながらの風情を感じさせる。:平成16年撮影
演奏時 演奏時2

小中居の山車(屋台)、行燈の側面のローソク交換口。ここからローソクを交換
する。右写真は神社に立てられる幟。幟立ては明治42年の物:平成16年撮影
双柳に因んだ彫刻 彫刻取り付け位置

流派は不詳とされるが堤崎流の流れと思われる。伝承時期、経路はともに
不明だが、同市木ノ目、砂、鈿女会(大手町)へは、当地から囃子を伝えた。
木ノ目、砂とは祭りごとに行き来があり、スケバチに行ったり、来たりしたと
いう。以前は川越祭りで大手町の山車に乗っていた。それは明治頃からと
いわれ、憲法発布など、大きな行事の際には依頼されて大手町の山車に
乗って演奏したという。昭和42年の埼玉国体の時にも大手町から囃子の
依頼があったが一回目は囃子連をよく知らない人に依頼が行ったため、
事情が分からず、断ってしまったが、大手町では山車を出すことが
決定してしまっていたので、囃子手がいないと困る、なんとかして
頂きたいということで、もう一度依頼がきたという。その時は囃子連の
会長が受けたため依頼を快諾したという。その繋がりから鈿女会(大手町)へ
囃子を伝授したものと思われる(鈿女会のほうの結成時期が昭和42年と
ある辺りから、伝授した直後で、指導のため同乗したものであろうか?)。
また出囃子も行っていたという。囃子の曲目は、ネンネコ、カゾエウタ、
モトキ(他地区で言うニンバ)、ヤタイ、ショウデン、カマクラ、
カンダマル、シチョウメがあり、ヤタイも曲目が、地、コオトシ、
シャギリオトシ、ジノアガリ、オオオトシ、ランビョウシと分かれており、
笛の指示によって切り替えていく。一人で全曲目を演奏できる人は少ないという。
後継者も少ないため、笛の方などは一人しか残っていないという。後継者を
育成するため、子供たちに教えたことはあったが、長く続かず、後継者が
育たなかった。現在、後継者育成の動きが高まってきているという。
昔(昭和40年頃)は9月、10月になると、年番の家を一週間ずつ、
交代で廻って獅子舞を習ったという。囃子もその時に一緒に習ったのだという。
最近では囃子手が少ないため、テープで演奏を流すこともあるという。
先代の時代の演奏で有線放送が始まった昭和27,8年頃に農協から
録音を依頼されたもので、御存命ならば、98歳くらいの方の時代の演奏だと
いう。曲目の紹介なども含まれており、当時の演奏を知る貴重な資料だ。
山車(屋台)は制作年代、作者とも不明だが、昔は底抜け屋台で、囃子方は
歩いて演奏を行ったという。それを昭和10年に 廻り舞台 付きの現在の形に
改造したのだという。作業には地元大工があたった。昭和28年頃に神社の
社殿の茅葺き屋根を瓦屋根にしたのも、この大工であったという。四つ車で
唐破風付きの屋台型で、廻り舞台となっている。 車輪 は無垢の木材に鉄輪を
嵌めたもので前輪に梶が付き、後輪は木鼻の内側に入っている。また 破風
軒先 は蝶番で折りたためるようになっており、曳き回しの時の便を図っている。
収納時には車台を残して全部バラし、仕舞われる。発祥年代など不明な点が
多いが、神社の祭礼旗は文久2年のもので、神社の祭礼自体は、その頃には、
すでに行われていたのであろう。幟立ては明治42年の物で浅草で
成功された方が寄付したという。演奏は10月14,15日の神明神社での
秋祭りで行われる。14日の方がメインで、山車(屋台)の曳きまわしこそ
しないが、飾りおき、居囃子を行う。15日は朝囃子のみとなる。
(平成16年取材時点)
2005.3.9up

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