10年間(2009.05)

 

伊勢 真一

 

若葉が鮮やかです。
一日一日緑が変化して行くのが、ボンヤリ系の私にもよく分かる。
昨日のミドリがどんなだったかは、すぐに忘れてしまうけどね。

10年前、1999年。
映画「奈緒ちゃん」を12年がかりで完成させ、自主上映に取り組んでいた頃、
「この企画をぜひ伊勢さんに撮ってもらいたい・・・」
と訪ねて来た方が、資料をドサッと置いて行った。
それは、小児がんの子どもたちのことが書かれた新聞記事だった。
「伊勢さんだったら辛抱強く10年間くらいやってくれるかな、と思って・・・」
と言っていた。

頼まれたことはなるべく断らない主義の私は、それから10年、
年に一度行われるサマーキャンプの記録を中心に、
小児がんの子どもたちと医療関係者の、病気に向き合い乗り越えようとする日々を寄り添うようにカメラで追い続けた。

10年がたった。
ただただ撮り続けた10年間に渡る膨大な量の映像を昨年あたりから編集、
1時間45分のドキュメンタリー映画がまとまった。
「風のかたちー小児がんと仲間達の10年ー」傑作です。

自作が出来る度に「傑作」と言ってるので、みんな信じないかもしれないけど、
ホントに傑作です。
何がいいって、10年間撮ってることがいい。
この作品の演出家は、ヘボカントク(私)ではなく
10年間という「時間」だと思う。

一時代前までは不治の病と言われていた小児がんは、
今では10人のうち7人から8人は治るようになった。
その子どもたちが、病気を体験したことで、様々な悩みを抱えながらも夢を育み、
かたちにしていく姿が10年間の時間の中で巧まずして描かれて行く。
例えば、「命を救ってもらったお返しのつもりで、困っている人や弱い人を助ける仕事をしたい・・・」と語っていた少女が、看護師になる姿を撮影することが出来た。

サマーキャンプを支え続けて来たグループのリーダーのひとり小児科医の細谷亮太さん(聖路加国際病院副院長)は、子どもたちの10年間を眼の当りにして、
「あそこまで、ちゃんとしなやかに立ち直ってねぇ・・・人間は強く創ってあるんで、ポジティブに上手に経験を利用して、ほかの人にも影響を与えながら生きていけるって、とても力づけられますよね」と言う。
病気を体験した子どもたちが、弱さを強さに変えて行く姿・・・
にんげんの生きる力、希望のようなものを10年間の物語が語りかける。

10人のうち7人から8人が治る、ということは2人から3人は生きることが難しいということでもある。
けれども、その2人か3人の無念も「命には限りがある」という生命の本質をまわりのみんなに優しく語りかける大切な存在であるように思える。
「小学校の先生になって命の大切さを子どもたちに教えてあげたい・・・」と呟いていた中学生のタマちゃん、鈴木珠美さんは残念ながらその夢を叶えることが出来ずに他界してしまった。

タマちゃんの代わりは出来ないけど、映画「風のかたち」はタマちゃんの夢や、
遠くへ逝ってしまい今は居ない子どもたちの生き生きとした姿や声を再生し、
「命の大切さ」を多くの人々に伝えることが出来るにちがいない。

小児がんの子どもたちに限らず私達は誰でも、10人のうち7人から8人の存在として「生きる力」のようなものに自ら気付き、10人のうち2人から3人の存在として「限リある命」を生ききるのだろう・・・

昨日までとは、ちょっとちがうミドリが風にゆれている。
ボンヤリ系の私が仲間達と記録した10年間のドキュメンタリー、
「風のかたちー小児がんと仲間達の10年ー」
ぜひ観て欲しい。

「風のかたち」
完成上映会
2009年7月1日(水)東京・北沢タウンホール 
2009年7月11日(土)東京・小岩コミュニティーホール

※澄川嘉彦監督の新作「大きな家」も同日上映します。

お問合せ いせフィルム 電話 03-3406-9455