その続き2010.5)

 

伊勢 真一

 


ボンヤリ、車窓を見る。
新緑の黄緑に混じって薄桃色の山桜…
あぁ、春が来た。

週末には、映画「風のかたち」の上映で地方巡業、
普段は、PR映画の撮影や編集という日々だ。
上映オフィスで、机の上に山のように積み上げられた
書類や手紙に目を通すのも仕事のひとつ…
貧乏暇なし、一輪車操業暮らしはどこまでも続く。

映画「えんとこ」の主人公、脳性マヒで、もう25年近く寝たきりの
生活を強いられている学生時代の友人・遠藤滋から電話があり、
オフクロさんが永眠された、と告げられる。
住宅街の片すみにある小さな教会での葬儀に参列し、
賛美歌をつっかえつっかえ唄った。
いいオフクロさんだった。
私の映画を観に来てくれて、会場で転んでしまい、入院してしまったことがある。
責任を感じて私が入院費を払おうとしても、頑として受け取らなかった。
アメリカで生れ、幼い時から信仰を持ち続けたオフクロさんは、
障碍のある遠藤の自立を見守り続けた存在だ。
「ベタニヤのマリア・遠藤初江」91歳だった。

気丈な遠藤も、さすがにコタエているようだった
私は、そんな遠藤に力になるような言葉をかけてあげることが出来なかった…
いつも肝心な時に、ちゃんと出来ない自分を情けないと思う。
用意した「お花料」を、入院の時と同様にオフクロさんは受けとろうとしなかった。

そして、元気が出る便りも…
映画「風のかたち」で出逢った晶子ちゃんから、社会人になって初任給をもらったから、
とクッキーが届いた。
映画の中では、小児がんを乗り越え、元気一杯にプールで泳ぐシーンを紹介している。
その筋肉モリモリの姿から、更に歳を重ね、美しいお嬢さんに変貌をとげているのだが、
映画はそこまでフォロー出来ていない。
「晶子ちゃん、ゴメンヨ…」

自分の役を、自分が生きる姿を描くドキュメンタリー映画。
映画が終章を向かえたあとの、その続きを、みんな、それぞれに生きているのだ。
私も又、“その続き”を生きるのだ。