余震のただ中で(浜百合)ーその5ー(2011.04)

 

伊勢 真一

 

小さな黄色い花が海辺の集落の瓦礫に埋もれて風に揺れていた。
砂まみれになった地べたにしがみつくように、一輪、二輪、三輪…身を寄せ合って。
「浜百合かなぁ?」
花や植物音痴の私には、確かなことはわからない。
スタッフとうなずき合いながら、その黄色い花を丁寧に撮影した。

宮田八郎カメラマンの訪問から数えて四度目の被災地、宮城県亘理町のロケ。
「ドキュメンタリーも創れる支援物資輸送部隊」は
ワンボックスカー二台に物資を積んで、東北道を突っ走った。
仲間たちが集めた物資や全国各地からいせフィルムに送られて来た物資は、
どれも心のこもったものばかりだった。
「何かしなければ…」
という想いの固まりを中継し、被災地に届けるのが我等のミッション。
今回は、現地でボランティアをやろうという仲間も三人同乗しての旅だった。

「ドキュメンタリーも創れる」我がスタッフは、
いつものように朝早くから晩までカメラを回し続けた。
回せばいいってもんじゃない…という人もいるけど、
私は、回せばいいってもんだ…とも思う。
「写す」のではなく「写る」のだから。
記録というよりも、記憶が写るのだ。
記憶がカタチになる。
「忘れないぞ!」ということだ。

といっても、テレビの映像のように悲惨さをことさらに強調したイメージショットや
感動的なインタビューを撮りたいとは、ほとんど思わない。
大変な状況の中でも、月は昇り、花は咲き、雲は流れる。
人々はそれぞれの日常を取り返すべく、淡々と生きようとしている。
「普通」を誰も教えてくれない。
こおいう時だからこそ「普通」をしっかり見据える眼と耳を、
カラダを持っていたいと思うのだ。
そおして「普通」の空気のようなものが写れば…と。

三十年間撮り続けている自作の映画「奈緒ちゃんシリーズ」の
奈緒ちゃんの兄貴分、ダウン症の春クンが逝ってしまった。
四十才、ガンでした。
初七日の日に遅ればせながら奈緒ちゃん達と、春クンのお宅を訪ねた。
春クンは仏壇の中でカラオケのマイクを握りしめていた。
「三十年、撮影させてくれてありがとう…」
春クンの歌声に耳を澄ませ、手を合わせた。

帰り路、「満点星」(ドウダンツツジ)の花を見つけた。
まるで、本当の夜空の星のように真っ白い小さな花たちが闇に浮かんでいた。心がジンとした。

シンミリしてばかりいてはいけない。
4/23(土)から一週間、東京・下高井戸シネマで、
新作『大丈夫。ー小児科医・細谷亮太のコトバー』の
上映が始まるのだから。
今回の東京での上映をきっかけに、全国各地に『大丈夫。』を広げたいのだ。
何とか、一人でも多くの人に観てもらい、「大丈夫。」を受け止めて欲しい。
応援よろしく。