余震のただ中で(文句あるか?)ーその7ー(2011.05)

 

伊勢 真一

 


水平線から上る満月を見たことがありますか?
ずっと狙っていたその光景を、ようやくと撮影することが出来た。
異様に赤茶けた色の満月がポッカリと海の上に浮かぶその姿は、
言葉で言い表すことが難しいほどに、妖しく、美しかった。

一週間ほど宮城・福島をカメラと共に巡って来た。
ここのところ続けている「ドキュメンタリーも創れる支援物資輸送部隊」の旅だ。
宮城県・亘理町では夕方から夜にかけての外での撮影が中心、
日頃からボンヤリ空を見上げることが多いので、
風や、雲や、星や、月を見るのは、自分にとっては、まぁ、普通の眼差しだ。
瓦礫に覆われた被災地の状況をまともに見つめることが出来ない意気地無しとしては、
見上げるというよりも、眼をそらす先に空がある、という言い方が当っているかもしれないが。
といっても、実際にファインダーをのぞくのは仲間のカメラマン達だ。
今回は、石倉隆二・宮田八郎・世良隆浩の三人のカメラマンが撮影の旅を共にしてくれた。
そして、念願の海から上る満月を撮ることが出来たのだ…

これまで被災地の中で亘理町だけを撮って来たカメラは、
初めて街を離れ70キロ先の福島第一原発付近に向かう。撮りに来い、と言ってるような気がしたからね。
海岸沿いの国道を一時間ほど走った福島方面に向かうその車窓は、何処まで行っても
津波の被害で壊滅状態だった…
気がつくと南相馬町。福島第一から20キロ地点に近づいていた。
モノモノしい警備を予想していたが、三人ほどの警察官に止められ、
「あぁ、通れないんですか?」とトボケたことを言いながら、
通行止めの看板をやけに念入りに撮影した。
目的地は福島第一の先にある街・磐城だったのだが、内陸を大きくまわり道を迂回することにした。
20キロ地点の中へ入って撮影するほど気合いの入ったドキュメンタリストではないので、スミマセン。
山道を走ること一時間ほどで、ひときわ新緑が美しい里にたどり着いた。
計画的避難区域に指定されている飯館村だった。
福島第一の山側にあたるこの地域は、放射能の値が高く、住民に避難命令が出ている。
引き寄せられるように村里へ車で入って行くと、見事な新緑、早速撮影する。
鳥のさえずりの透き通るような美声にスタッフ一同うっとりしながら。
放射能に汚染されているに違いない里の、空と大地。
人影のほとんどみえないゴーストタウンのような飯館村の春は、真っ盛りだった。
こんな状況でノー天気なことを言ってると笑われるかもしれないが、
大きな自然が深呼吸しているような光景…
「いのちは生きる方向を向いている」と
確かに思い、もう一度空を見上げる。

飯館村の隣町、川俣町(ここも計画的避難区域)では道路沿いの水田一杯に水を張り、
老夫婦が田植えをしていた。
手植えだった。
ジイさんとバアさんがゆっくりゆっくり、手を、カラダを動かしていた。
「売れるかどうかワカンネエケド、つくるんだ…」
とバアさんが呟き、ジイさんが笑った。

撮って欲しいと言ってるように思える、人や物や自然のひとつひとつを素直に撮らせてもらうことだ。
それでいい。
ワケもワカラズ、撮影は続く。
文句あるか?