余震のただ中で(風にゆれる記憶)ーその12ー(2011.09)

 

伊勢 真一

 


夜空を見上げて、あぁ秋だなぁ…と物思いに耽る、
そんな季節のはずだったのに、真夏日が続いた。
単細胞系の私は暑さのせいか、思い通りに行かない人生のアレヤコレヤにいちいち腹を立て、
血圧を上げてしまうのだ。
メガネ、サイフ、ケイタイ…
やたら忘れ物ばかりするのは、カッカし過ぎるせいか?

3月15日、震災四日後に現地入りした宮田八郎カメラマンによる単身ロケから始まり、
何人もの仲間たちの力を借りて、被災地の映像記録を撮りためて来た。
テレビ局のように、長期間、何班も現地に滞在させて撮影するような余裕がないので、
(金が無い、ということだ。悔やしい。)
仕事の合間をぬって車を飛ばし、数人のスタッフで二日、三日とロケをして帰ってくることの繰り返しだった。
ロケ先は、友人のいる宮城県亘理町と福島県飯舘村近辺に限られている。
そんなきわめて、いびつな被災地の半年にわたる映像記録が、それでも100時間を超える程、たまった。
このところ、その撮りためた記録を荒整理している。
何より思ったのは、あれだけ強烈な印象を抱いた被災地の光景の記憶が、
すでに、薄まっているということだ。
この春には、震災のことを「忘れない」ということがキーワーズだと私自身が言いつのっていたにもかかわらず、だ。
「忘れ物大将」の私だから忘れてしまうのではなく、多くの人がそのことを忘れ始めているように思う。
「忘れてはいけない」とどんなに言われても、人間は忘れてしまう、生き物なのだ。
けれども、言葉を失う、何を撮ったらいいのかワカラないような状況で撮影したワンカットワンカットは、
その時の被災地のありのままを覚えている。
私は忘れていても、私たちが記録した映像はしっかり覚えている。
忘れていないのだ。
「そうか…映像を撮るということは、忘れないということなのだ。
人間は忘れてしまうけど、映像は忘れないということだ。」

「過ちは 繰返しませぬから」と書かれた碑が、広島の平和記念公園にある。
過ちを繰り返してしまう人間のことを認めた上で、だからこそ「過ちは 繰り返しませぬから」
という言葉を碑にしたためたように、私には思える。
私は、私たちは忘れてしまうかもしれないけど、言葉はその思いを覚えている、というメッセージだ。
言葉や映像を表現するということには、そおいう意味がある、と今更ながら思うのだ。

映像の創り手は、ロクでもない奴(私)かもしれないが、映像そのものは、凄い奴だ、とつくづく思う。
だから、ワケがわからなくていいから撮り続けていよう。
そしてそこに写ったものをしっかり観て、読み取り、思いを深めてみよう。
もしも私自身が読み取る力が足りなくても、映画を見る一人ひとりが、それぞれに読み取ってくれる可能性もあるさ。
そのために「今」という時代の私なり、私たちなりのドキュメンタリーというテキストを創るのだ。

春先、まだガレキばかりの被災地の砂の下から首を持ち上げた、小さな黄色い花…
名も知らぬその花を夢中で撮影したことがあった。
無教養な私は、当てずっぽうに「浜百合」とありそうな名前を勝手に付け、スタッフにも知ったかぶりをした。
それを知った花好きの友人が、それは新種にちがいない、
何もかも失った被災地に希望を届けるために現れた花だから、と学名をつけてくれた。
「リリウム、ハマコーレ、シンイチーノ」
立派な名前でしょう。

記録と言うよりも、記憶。
風に揺れる小さな黄色い花のように、いびつな記憶。風にゆれる記憶。
その映像を、この秋は編集する。
踏ん張る…自分なりにもう少し、踏ん張る。