余震のただ中で(寒くなります)ーその13ー(2011.10)

 

伊勢 真一

 


けたたましい波しぶきを上げて船は闇のなかを沖に出た。
「月命日」のその日、早朝二時に宮城・亘理町荒浜の漁港を出港した「第三清雄丸」の刺し網漁に
三人のスタッフで乗り込ませてもらったのだ。

学生時代には船乗りを夢見たこともあり、映像の仕事を手がけるようになってからも、
かつお船、一本釣りのマグロ船などに乗船経験があり、船の上での撮影には強いはずだったのですが、
今回は船酔いにやられた。
私だけでなく三人ともども不調になったのは、早朝撮影続きの寝不足のせいもあるかな。

それにしても、船長の青田さん含めて三人の漁師さんたちは、乗船してから降りるまで
一瞬たりとも動きを止めることなく、働き詰めだった。
こっちが船酔いで休んでいる最中も、船の上を生き生きと飛び回っていた。
いつもは肉体派を自認している我がドキュメンタリースタッフも、到底かなわない鮮やかな仕事ぶりだった。
三人の漁師さんたちは皆被災者で、家も船も流され、仮設住宅での日々を強いられている。
「命が助かっただけいい…」
「こうして海に出れるんだもの、シアワセモンだ。」
と問わず語りにつぶやいていた。

東北沿岸で、どれほどの漁師さんたちが津波に襲われ、被災したことだろう?
家を奪い、船を奪い、仲間たちの命をも奪った、その海へ再び出て働くということ…
亘理町荒浜では、七割がたの漁師さんたちが廃業し丘へ上ったらしい。
漁師さんの一人は、「俺らが頑張らなきゃ、みんなが美味い魚喰えねえようになるもんな。」
と言いながら、大声で笑った。

二週間程前には、五月に田植えを撮影させてもらった福島・川俣町のじいさんとばあさんの田んぼで、
たわわに実った稲の収穫を撮らせてもらった。
「今年のは出来がいい…」
ジイさんは上機嫌で田んぼ自慢をしながら、ばあさんと二人で稲刈りをしていた。
福島県のお米は、放射能の安全基準値をクリアして市場に出せることになった、
とつい最近の新聞紙上で報じられていた。
よかった。
「風評被害」などというわけのわからない愚かなことが起きぬよう、祈りたい。
お百姓さんも、漁師さんも、一生懸命なんだから。

10月11日、FMあおぞら「月命日」恒例の、震災で亡くなられた一人ひとりの名前読み上げは、
仮設住宅の集会所で、聴いている人々の姿を撮影させてもらった。
その場に集まった七、八人の方々が神妙にラジオを聴いていたが、
知っている名前が読み上げられると、「あ〜」と口々にため息のような声を漏らしていた。
読み上げが終わり、静かに黙祷するかとカメラをかまえていたら、とたんにかしましくおしゃべりが始まり、
時には笑い声を上げながらいつまでもおしゃべりは終らない様子だった…
何だかホッとした。いい光景を見せてもらった、とも思った。

寒くなります。
東北の冬の仮設住宅は、冷えるにちがいない。
ささやかながら、支援物資の輸送も続けているので、暖かな衣類などがあれば、と思う。
応援よろしくお願いします。

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