「風のかたち」劇場版 2009年作品 105分


6 才になった麻衣ちゃんは、お母さんに、
「ママ、死ぬのって怖いね。死んだらどうなっちゃうんだろう・・・」
というようなことを、時々聞くようになりました。
「先生も麻衣ちゃんも、麻衣ちゃんのパパやママも、
時々、窓のところに来るハトも、生きてるものは、みんないつかは死ぬんだよ。
これは仕方がないんだ。
でも、麻衣ちゃんも先生も、何も今すぐ死ぬわけじゃないよ。
まだまだ頑張れるよ。
だから泣いてないで、どんな風によくするか、
よくなったら何をしたいかな、なんて考えた方がずっといいよ」
と、話をしました。
「誰でもが死んじゃうって細谷先生が言ったけど
先生が死んだら麻衣を治す人がいなくなっちゃう。
パパも、ママも、お兄ちゃんも、それからおばあちゃんも死んじゃダメ!」
と泣きわめいて、お母さんを困らせるのでした。


細谷亮太 著
「川の見える病院から」より


「再 生」

伊勢真一(監督)


10 年前の夏、私は小児がんと闘う仲間達の一群と三浦海岸で出逢いました。
細谷亮太医師(小児科・聖路加国際病院副院長)をリーダーとする、
SMS サマーキャンプに撮影スタッフと共に参加したからです。


そこには、病気を克服し、社会の小児がんに対する偏見や差別を跳ね返そう
ともがく子ども達がいました。


小児がんはもう、不治の病ではありません。
現在、全国におよそ2 万5 千人いると言われる小児がん患者の10 人のうち、
8 人までもが治っているのです。確かに、一時代前まで、死に至る病として恐れら
れていたのですが、医学の進歩は、20 世紀後半から、小児がんを“治る病気”に
変えたのです。
恥ずかしいことに、私がそうした事実を知ったのも、
キャンプに参加してからです。


以来10 年、私は毎年のキャンプにカメラと共に参加し、
小児がんと闘う仲間たちに寄り添うように、彼らの悩みや夢の肉声に耳を澄ませ
続けてきました。そして、毎年のキャンプの記録を年に一度、キャンプの参加者
だけに観てもらう映画制作を繰りかえしてきました。


「10 年間、記録を続けてみよう・・・
劇的に変化し続ける小児がん治療の只中で、
子ども達の心の側に立って映像を記録することは、大きな意味があると思う」
細谷医師をはじめとするSMSキャンプスタッフと私の考えは一致していました。


そして10 年。
10 年間の記録は、子ども達の蘇る命の力を見届け、成長を見守る「再生」の物語
となりました。


「命を救ってもらったお返しのつもりで
私は、困ってる人や弱い人を助ける仕事をしたい・・・」
と夢を語っていた少女は看護師になり、
「子どもが欲しい・・・」
と切実に吐露していた骨髄移植体験者が無事、
母親になる姿を記録することが出来ました。
「学校の先生になり、小児がんや難病のことを子どもたちに知って欲しい・・・」
という願いを胸に他界してしまった仲間もいます。
家族や仲間たちの心の中に、その子の想いは生き続けていることも記録しました。


カメラは子どもたちだけでなく、医療の現場で、
ずっと子ども達を見守り続けてきた細谷亮太医師の10 年間をも記録しました。
小児がんの子ども達をサポートする前線で自分自身にも語りかけるように、
「大丈夫。」とつぶやく命へのやわらかな、しかし強い眼差し。
「子どもは死んじゃいけない人たちだからね」
カメラに語りかけたこの言葉こそが、この10 年の記録、この映画の立ち位置です。


10 年間の歳月が語りかける、小児がんと闘う仲間達の生きる力・・・
それは不断に蘇る命そのものの力ではないでしょうか。
定点撮影のようにキャンプに通い、時間をかけて、ひとりひとりの命を見続けるこ
とで見えてきた「再生」という希望。


小児がん患者や体験者を、悲劇の主人公ではなく、「再生」のシンボルとして
描いたこの物語は、ただ難病を扱ったドキュメンタリーという枠にとどまらず、
命の尊さ、生きる意味を問いかけ、心が病んだ時代としばしば言われる私達の社会に、
希望をメッセージするに違いありません。


偶然のように始まった撮影ですが、今、この作品は私にとって、社会にとって、
必然であると確信します。

 


制作の背景


「テレビドラマでは白血病って絶対死ぬじゃないですか。
今では白血病は治ってるのに、いつも死んじゃうんですよ、ドラマでは。
白血病=死、白血病=ばい菌、みたいなイメージが定着してしまってるん
です。だから友だちに知られるのも怖いんです」


10 年前のキャンプのお話し会で、ある小児がん体験者が口にした言葉に、
参加者たちは大きく頷いていました。


同情を示すような姿勢を見せながら、小児がん患者たちを悲劇の主人公にまつり
上げる内容の、ドラマやドキュメンタリー、小説、漫画等が偏見や差別を助長して
来たように思います。
感動を売り物にしようとするあまり、10 人のうち8 人までもが治るようになったと
いう事実に眼を向けようとしない、興味本位の姿勢に影響された世の中の眼差しが、
どれだけ当事者やその関係者を苦しめているか。


どうしたら、差別や偏見は無くなるのでしょう・・・
小児がん体験者に限らず、他の難病や障害を抱える人たちの悩みも同じはずです。


10 年間に渡って、基本的には非公開で撮り貯めてきた私たちの映像を、今の時点
で観てもらおうという意図のひとつは、小児がんの患者さんや体験者の存在と声を、
ひとりでも多くの人々に知ってもらいたいという切実な想いがあるからです。
たとえ時間がかかっても、主に自主上映のような手段で丁寧に観てもらうことで、
理解を深めるための一助としたいと思います。


“悲劇”ではなく“事実”を見つめ、ポジティブに病気を捉え直していくこと。
それは、小児がんを闘う仲間たちの側に立つということでもあります。


物語の舞台


たて糸にSMS のサマーキャンプ。
よこ糸に、主人公たちの生きる現場が描かれる構成となります。

SMS サマーキャンプ
・キャンプの起ち上げに加わり、中心的な存在を担うことになる3 人の小児科医。
細谷亮太(聖路加国際病院 副院長)
月本一郎(済生会横浜市東部病院小児医療センター長)
石本浩市(あけぼの小児クリニック 院長)
の三人の名前の頭文字を英語で「スマート・ムン・ストン」と読み、
SMSサマーキャンプと名付けられた。
・毎夏、3 日 ̄4 日間、自然に恵まれた地でキャンプをする。
・参加者は、小児がん当事者、ボランティア、医療関係者含めて約100 人。
ボランティアのほとんどは、かつて小児がんを体験した元患者である。

 


聖路加国際病院
・リーダーである細谷亮太医師の医療現場である、
小児科病棟での入院患者たちの日々。
・細谷医師の仕事振り、インタビュー ほか

 

 

 

 


それぞれの現場から
・主人公たちの家、仕事場、学校、街での日々
・それぞれの居場所でのインタビュー

 

 

 

 

 


主人公たち

 

細谷亮太(ほそや・りょうた) 医師


小児がん医療の最前線に関わりながら、
キャンプをはじめ積極的に啓蒙活動に取り組んでいる。
この映画の企画者でもある。
俳人としても知られている。


(プロフィール)
1948 年山形県生まれ。東北大学医学部卒。
小児がんの先端的治療技術研修のため、
米国テキサス大学総合がん研究所M・Dアンダーソン病院に三年間赴任。
現在、聖路加国際病院副院長・小児総合医療センター長。
おもな著書に、『小児病棟の四季』、『医師としてできることできなかったことー川の見える
病院から』などのほか、俳人として『日本の四季 句の一句』がある。


小児がんと闘う仲間たち


・清水晶子さん(22 才・大学生)
1999 年1 月、中学生の時に白血病で聖路加国際病院に入院。
今は元気一杯のスポーツ少女。

 


・羽賀涼子さん(39 才・二児の母)
高校生で白血病を発症後、骨髄移植を経て出産。
現在は、自らの体験を若者たちに積極的に語る活動を行っている。

 


・鈴木美穂さん(21 才・看護師)
小児がん体験を活かすため看護師になった。

 


・吉田みどりさん(24 才・母)
発症後、骨髄移植を経て出産。

 


・鈴木珠生さん(15 才・逝去)
小児がん体験を活かし教師を夢見たが・・・
珠生さんの夢は家族の心の中に生き続けている。

 


・大島康宏さん(13 才・中学生)
眼のがんで失明。何事にも積極的に挑戦する少年。


他、多数の小児がん体験者が登場。切実なメッセージを語ってくれる。

 

医療関係者、ボランティア、家族
当事者の子どもたちを見守る周りの人々の存在にも眼を向けます。


自然
キャンプが行われる海や山。
そこでの花や樹木や草や虫や動物たち。
水や風さえ主人公のように思います。


子どもたちへのメッセージ


「よく頑張ったな」って気がしますね、本当に。


この子たちって結構思いやりがあるでしょ。
他人の気持ちがわかるしね。
それと、僕らが真似しなくちゃいけないくらい
セルフコントロールが出来ているしね。


月本一郎(済生会横浜市東部病院小児医療センター長)

 

 

あそこまで、ちゃんとしなやかに立ち直って、
ポジティブに生きられるっていうのは、
たいしたものだと思いますね。
・ ・・すてたものじゃないって言うか。
人間は強く創ってあるんだ、ポジティブに
上手に経験を利用してほかの人にも
影響を与えながら生きていけるって、
とても力づけられますよね。


細谷亮太(聖路加国際病院副院長)


 

辛い思いを経験して、それを克服して、
いろんな人に世話になって、
いろんな思いをして成長しているわけですよね。
堂々と自分の病気も言ってね。


石本浩市(あけぼの小児クリニック院長)

 

 

 

 

 


 

 

タイトル・上映のこと


タイトル
・「風のかたち」というタイトルは、企画者であり、主人公のひとりでもあ
る細谷亮太医師が夏のキャンプを詠んだ一句、
「ヨット ヨット 風のかたちは帆のかたち」
という俳句から採らせてもらいました。
・毎年のキャンプの記録映像も「風のかたち」を通しタイトルにしているの
でまぎらわしいのですが、今回の映画、「風のかたちー小児がんと仲間た
ちの10 年?」とは同一作品ではありません。


上映のこと
・映画「奈緒ちゃん」から始まったいせFILM 作品の自主製作・自主上映の
ネットワークを中心に積極的に上映活動を展開します。
・病院、学校、患者さんの会、親子サークル等にも呼びかける心づもりです。
・映画は観られてはじめて映画になる。
「風のかたち」のような内容こそ自主上映にふさわしい作品であると
考えています。


「風のかたち」2009年作品 105分

スタッフ


監修  細谷亮太 月本一郎 石本浩市
協力  聖路加国際病院 東邦大学医学部付属大森病院
   あけぼの小児クリニック
   毎日新聞社 財団法人がんの子どもを守る会
制作協力  本橋由紀 渡辺輝子 中島晶子
     近藤博子 樋口明子 稲塚彩子
     キャンプに参加した子どもたち・ボランティア
撮影  石倉隆二 内藤雅行 田辺司 世良隆浩 東志津
照明  箕輪栄一
音楽  横内丙午
歌   苫米地サトロ
録音  米山靖 渡辺丈彦 井上久美子
助監督 助川満
絵   伊勢英子
題字  細谷亮太
製作  いせFILM
演出  伊勢真一


演出 伊勢真一(いせしんいち)
1949 年東京生まれ。
「奈緒ちゃん」「ありがとう」「朋あり。」「ゆめみたか」をはじめ、
多くのヒューマンドキュメンタリーを製作。近年は若手の作品プ
ロデュースも積極的に手がけている。日常をふんわりと映し出す
映像の中に、生きることの素晴らしさが込められた独特の作風で
知られる。