サルディニア国際民俗学映画祭(イタリア)で大賞を受賞しました。

・2006年3月16日〜19日
 アメリカ・ウインストンセーラムで行われた「第8回 リバーラン国際映画祭」において
 映画「タイマグラばあちゃん」が最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。

・2006年3月18日〜24日
 フランス・パリで行われた「第25回 民族学映画祭」において、
 映画「タイマグラばあちゃん」が特別賞を受賞しました。

・2006年3月12日〜19日 
 スイス・フライブルグ市にて行われた 「第20回 フライブルグ国際映画祭」において、
 映画「タイマグラばあちゃん」がドキュメンタリーコンペ(9本)にノミネートされ、
 最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。(日本映画では初受賞となります)

・「タイマグラばあちゃん」が「2004年度第78回キネマ旬報文化映画ベスト・テン」第5位、そして
 「日本映画ペンクラブ会員選出 日本映画ノンシアトリカル 」第5位に輝きました。

・「タイマグラばあちゃん」が
  Edinburgh International Film Festival  の招待作品となりました。


・「タイマグラばあちゃん」が第6回「Shadow Festival 2005」(Amsterdam)の招待作品となりました。
  11/27 16:00〜上映です。
  www.shadowfestival.nl


  「タイマグラ通信」(映画「タイマグラばあちゃん」制作ノート澄川嘉彦編著)

「大地の祈り」( CD 「タイマグラばあちゃん」オリジナルサウンドトラック、作曲  三上憲夫)

 タイマグラポストカード(photo by Yuji Inoue)

 等を販売しています。価格などは通信販売をご覧下さい。


上映会情報は掲載場所が変わりました。
トップページの上映会情報からご覧下さい。

こちらからもご覧になれます。

「タイマグラばあちゃん」上映委員会は、いせフイルムにあります。
上映については、いせフィルムにお問い合わせ下さい。


NPO法人 南アルプス食と暮らしの研究舎 がおこなった「タイマグラばあちゃん」上映会の報告などが読めます。
http://www.valley.ne.jp/ ̄syo-kura/index.html をご覧ください。


「タイマグラばあちゃん」
スタッフ
プロデューサー: 伊勢真一・菅原淳一
監督:澄川嘉彦(すみかわよしひこ)
撮影:太田信明ほか
音響構成:米山靖
音楽:三上憲夫
語り:小室等

【あらすじ】

岩手県のほぼ真ん中にある早池峰山(はやちねさん)の麓に「タイマグラ」と呼ばれ
る小さな開拓地がある。戦後10軒あまりの農家が入植したが、東京オリンピックの頃に
はほとんどの家が山を去り、向田(むかいだ)久米蔵・マサヨさんの二人だけとなった。
それから20年あまり後の昭和63年、畑仕事にいそしむ向田さん夫婦の静かな暮らし
に二っの事件があった。ひとつは夏に久しぶりのお隣さんができたこと。大阪出身の若
者(奥畑充幸さん)が開拓農家の残した空き家を借りて住み始めたのである。もうひと
っは、年の瀬になってタイマグラに電気がひかれたこと。昭和の最後に灯った明かりで
あった。
自分が畑で育てた大豆を使っての豆腐作り、「お農神さま」への信仰、春一番の味噌作
り 土に生きる素朴な暮らしぶりにかわりはないが、マサヨばあちゃんの歳月
にはさまざまな出来事が起きてゆく。長年つれそった久米蔵さんの死、大雨にたたられ
た不作、奥畑さんの結婚、そしてばあちゃんが産婆をすることになった長男の誕生… 。
2000年の春、ばあちゃんは心臓の発作で山をおり、一昨年の暮れに亡くなった。しか
し、ばあちゃんの生きた証は消えない。タイマグラに住み続ける奥畑さんは家族ととも
にばあちゃんが教えてくれた味噌作りを受け継いでいこうとしている。


かわらないもの

監督 澄川嘉彦

ばあちゃんと出会ってから、もう15年になります。向田マサヨさん81歳。岩手県の
ほぼ真ん中、早池峰山の麓にある「タイマグラ」と呼ばれる開拓地でひとり暮らして
きました。
最初は取材者として、そしていつのまにか私もタイマグラに移り住み、隣人としてお
つきあいさせてもらいました。この映画は私がばあちゃんと出会ってから15年間の
記録です。
自分のことを「タイマグラ婆」と言うばあちゃんは、いつも満ち足りた笑顔をたやし
ません。「極楽だあ・…」と笑いながらお茶を飲んでいます。まわりから見れば不便
なだけの山奥なのに、何がそんなに幸せなのでしょうか。
水道はないので、湧き水や沢の水を使っています。電気は昭和の最後になってようや
くひかれ、ずっとランプの灯りが頼りでした。近くの人里からは遠く離れており、
長らく一軒きりでした。私たちが当たり前と思っているものがほとんどない暮らし
なのです。
しかし、ばあちゃんの日々は、木々や風が発する自然の声に満ちあふれています。
春、早池峰山の雪がとけて山の斜面に「種まき爺こ」の形があらわれたら畑に出ます。
コブシの花の咲き具合が豊作か凶作かを知らせてくれます。カッコウの鳴き声を合図
に種まきを始め、お農神さまへのお祈りを欠かしません。秋には収穫をお供えして実
りを感謝し、冬の寒さが来たら畑で育てた豆から豆腐や味噌をこしらえます。
ばあちゃんの暮らしには便利な「モノ」はなくでも、さまざまな生命たちと一緒に生
きているという安心と喜びがありました。かわることなく春夏秋冬をきざむ大日然が
ばあちゃんの笑顔を生み、暮らしを豊かに彩っているのです。ばあちゃんの四季のい
となみは毎年かわることがありません。15年たった今、そのかわらない暮らしの中に、
とても懐かしく大切なものがあったような気がしています。
どんなに科学が進歩してもかわらないもの。
どんなに暮らしが便利になっても人間にとって他にかわることのできないもの… 。
身体を動かして働く喜び、白然に抱かれる喜び、季節を感じる喜び。ばあちゃんが守って
きたのは「人としてかわってはいけないもの」であったように思われるのです。

ばあちゃんは81歳で生涯を終えました。
しかし、映面の中で生き続けて、私たちに大事な何かを語りかけてくれることでしょう。