『ルーペ ―カメラマン瀬川順一の眼―』

「誰も分かっちゃいないんだ!
カメラマンは、いないけど、いるんだ、
映画になった時に・・・」

1996年作品

カラー/16ミリ/レーザーキネコ/レーザーサウンド/90分

'96年度キネマ旬報文化映画ベストテン第3位
'97日本映画ペンクラブ記録映画グランプリ

 

 

 

伊勢真一メッセージ

瀬川順一プロフィール

スタッフ

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 瀬川順一さんのこと  (伊勢真一)

「父はわがままな人でした。ステキな男でした・・・」
葬儀の日、会葬者へのあいさつとして語った長男のことばが、瀬川さんを見事に言いあてているように思います。
私と瀬川さんとは、40歳近くも年が離れています。そんな二人がなぜ仕事を共にするようになったかといえば、20年以上前に死んだ私の父・伊勢長之助(記録映画構成編集者)と瀬川さんが親友だったからです。もちろん年齢の差をこえ、どこか気持ちが通じあうということがあったからでしょうが。

「作品を共有するのではなく、私有し合おう。それぞれのスタッフが思う存分私有し合うことが、ドキュメンタリーの映画づくりだ・・・」という持論を持っていた瀬川さんの撮影現場は、ある時はその私有し合いのために、壮絶でもありました。
「私有し合う」といえば、聞こえは良いですが、要するに「できるだけみんなわがままでいようよ」ということで、その先頭に立って、瀬川さんはガキ大将ぶりを発揮します。ガキ大将は、時にはいじめっ子にもなります。

話し好きの瀬川さんが、何十回となく語ってくれたエピソードがあります。それはあの戦争中唯一の反戦映画(?)として評価の高い、『戦ふ兵隊』(亀井文夫演出、三木茂撮影)の撮影現場で目撃した、演出家とカメラマンのやりとりでした。それは、後に「ルーペ論争」と呼ばれる論争の出発点でした。演出家・亀井文夫は、指示したカットを撮らなかったカメラマンを、ルーペ(ファインダー)の中でしか物事を考えない目隠しされた馬だと非難したのです。撮影助手として現場にいた瀬川さんは、生涯この問題にこだわりました。そして、撮影しなかった三木茂さんの判断を支持し、カメラマンの自立性を語ると同時に、この話は映画人の戦争責任の問題にもつながると、力説していました。

私たちが、瀬川順一さんに初めてカメラをむけたのは10年前のことです。以来、折に触れ、ドキュメンタリーについて、カメラマンについて語っていただき、同時にロケ現場での生き生きした仕事振りを撮影させてもらいました。そして、瀬川さんが今という時代に向かって、語り伝えたかったことに耳を澄まして記録したつもりです。

この映画はキュメンタリーカメラマンを描いた、はじめてのドキュメンタリーです。

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 瀬川順一 SEGAWA JUNICHI

1914年岩手県生まれ。
戦前・戦中・戦後を通じ、劇映画からドキュメンタリーにいたるまで、幅広い分野でカメラマンとして第一線で活躍。

'31年、満州事変の年に松竹キネマ蒲田撮影所に入り、後に東宝の前身PCLへ移籍し、カメラマンとなる。戦時中は三たび徴兵。その合間に、映画『戦ふ兵隊』(亀井文夫演出・三木茂撮影)のスタッフとして中国戦線に。戦後は東宝争議を闘い、独立プロ運動を経て、フリーカメラマンとして活躍。

'95年10月5日、肺ガンで死去。享年80歳。

代表作
『銀嶺の果て』『ジャコ萬と鉄』『挽歌』『法隆寺』『新しい製鉄所』『森と人との対話』『不安な質問』『アントニー・ガウディ』『留学生チュア・スイ・リン』『水俣の図・物語』などがある。また最後まで現役だった氏の作品として『をどらばをどれ』『奈緒ちゃん』(共に伊勢真一演出)がある。

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スタッフ

演出:伊勢真一
撮影:安井洋一郎J.S.C./瀬川順一/瀬川 龍/柳田義和
録音:米山 靖
音楽:横内丙午
題字:戸井昌造
製作:瀬川さんを記録する会
制作協力:内野 沃/野口香織/渡辺哲也/佐瀬康洋/佐久間敏美/田辺公一/石倉隆二/橋本松之/上田真示/金子義男/永峯康弘/木下 真/平井健一郎/白石智雄/金 聖雄/笠原征洋
協力:武井登美/筒井武文/小田原 武/福井将夫/内藤雅行/黒柳 満/木村勝英/熱海鋼一/西村信子/岩永正敏/大場健二/日野れい子/一隅社/クリプリ/ヒポコミュニケーションズ/プロダクションバンブー/デコ企画/奈緒ちゃん映画製作委員会/ヨコシネディーアイエー(レーザーキネコ・レーザーサウンド)/東京テレビセンター/日本映画テレビ技術協会/日本映画撮影監督協会
特別協力:瀬川フミ/瀬川 俊/木下星子/瀬川 龍

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