(写真撮影 百瀬恒彦)


伊勢真一 監督作品(カラー85分)



「英哲の朋たち」  伊勢真一(かんとく)

 朋有り遠方より来たる、亦楽しからずや…
 神奈川県の山中にある稽古場に、英哲を訪ねたアフリカ・ギニアの太鼓の名手、ママディ・ケイタは「私は戦いの烽火のために太鼓を演奏したことは一度もない、私は祝福のため人々のしあわせを祈って太鼓をたたいている」と微笑みながらつぶやいた。
 林英哲にキャメラを向けるように成って6年がたちます。コンサートライブの記録を頼まれたのがきっかけでした。
  私はこの間に、何十日何百時聞に及ぶ編集作業を通じて映像の中の英哲を観てきたわけで、それは実際の英哲と過ごした時聞よりもはるかに長いつき合いです。舞台上での立ち居振る舞い、リハーサル等でのちょっとしたしぐさや声、肌のキメに至るまで穴のあく程英哲を見続けました。優れた職人のような独特の存在感に魅かれ、その気配を映像化できるといいなあと思って来ました。
 英哲も又自分の仕事を確かにやりとげる職人のような人物に魅かれるらしい。
 江戸時代の細密画家 伊藤若沖、光と闇を描いた画家 高島野十郎という孤高のアーティストたちに思いを寄せたコンサートツアーを企画し、2002年には70年程前に朝鮮半島で亡くなった浅川巧(工芸研究家、林業技師)へのオマージュ「澪の蓮」を舞台にのせます。浅川巧は、日本が朝鮮半島を植民地下においていた時代に朝鮮の人々と交わり朝鮮文化に愛情を注ぎ、人知れず文化交流の礎と成った日本人でした。
  英哲は巡り合った先人たちの足跡をたどり、その思いを音にして来ました。

朋たちとの時空を越えた出会い…。

 日韓音楽祭と名付けた音楽交流を英哲と共に企画し実現した韓国を代表する音楽集団〈金徳洙サムルノリ>のリーダー金徳洙は「99パーセント仲良くやって来たのに1パーセントの行きちがいでお互いがいがみ合ってしまう。私たちはまず本当の顔を見せ合う事から交流を始めなきゃね。」と熱っぽく語る。

21世紀のプロローグ.東京、ソウル、ニユーヨーク、英哲はただ太鼓に向かう。ただただ撃ち続ける。名付けようもない一撃一撃の音。その響きはひととき宇宙を駆け巡りそして余韻となる。

誰もが母親の胎内で聴いた命の槌音。
英哲の太鼓の響き…
耳を澄ませてみよう、憎しみではなく
生命そのものが持っている生きる力、
魂のようなもののありかが伝わってくるにちがいない。

月が二つ寄りそって朋、朋あり…。


林英哲(はやしえいてつ) 太鼓奏者

広島県生まれ。11年間のグループ活動(この間、グループのトッププレイヤ一としてだけでなく、特にグループ創成期における太鼓楽曲の創作や編曲、ステージングなどを完成させる。このスタイルは現在のほとんどの太鼓グループの礎ともなっている)を経て、1982年、太鼓独奏者として活動を開始。1984年ソリストとしては初めてカーネギー・ホールにデピュー。以後、ソロ活動を行ないながら国内外のオーケストラとも共演。2000年にはベルリンフィルにソリストで参加、現代音楽の分野でも前例のない太鼓ソリストとして国際的に高い評価を得ている。また、かつての日本の伝統にはなかったテクニックと体力を要する大太鼓のソロ奏法の創造、多種多様な太鼓群を用いた独自奏法の創作など、まったく新しい様式を伴った音楽的な試みをつぎつぎと行い、ジャズ、ロック各国の民俗音楽との共演や、ダンス、舞踏、アート・パフオーマンスとのコラポレーションなど、ジャンルを超えた世界のアーティストとも意欲的に交流、パイオニアとして多彩なコンサート活動を国の内外で展開。世界に向けて日本から発信する新しい音楽(日本発のワールドミュージック)としての太鼓の創造に取り組んでいる。2001年には演奏活動30周年、2002年にはソロ活動20周年を迎えた。近年では国内各地のイペント等でプロデューサーとしての仕事や映画、演劇、CM、創作太鼓のための委嘱作品などの作曲、指導も多数。エッセイ等の執筆も多く、著書に「あしたの太鼓打ちへ」などがある。

こうしたこれまでの多彩な演奏・創作活動が評価され、97年には第47回芸術選奨文部大臣賞(大衆芸能部門)、2001年春には第8回日本文化藝術振興賞(日本伝統文化振興賞)を受賞。2000年春より国立三重大学の客員教授、また、'02年10月より広島県立女子大学の客員教授も務める。


(公式HP http://www.eitetsu.net)


<物語>

朋有り、遠方より来たる、亦(また)楽しからずや…

 神奈川県の山中にある稽古場に、林 英哲を訪ねたアフリカ・ギニアの太鼓の名手、ママディ・ケイタは「私は戦いの烽火のために太鼓を演奏したことは一度もない、私は祝福のため人々のしあわせを祈って太鼓をたたいている」と微笑みながらつぶやいた。

英哲は、江戸時代の細密画家・伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)を描いた「若冲の翼(The Wings of flightless birds)」や、生涯描くことのみに心を注いだ孤高の画家・高島野十郎(たかしまやじゅうろう)へのオマージュ「光を蒔く人(A Painter Who Planted The Seeds of Light)」など、巡り合った先人たちの足跡をたどり、その思いを音にして来た。

 本篇で中心に扱われているのは、70 年程前に朝鮮半島で亡くなった浅川 巧(あさかわたくみ/工芸研究家・林業技師)。朝鮮文化に愛情を注ぎ、文化交流の礎となった日本人。カメラは浅川さんに深い思いを抱く英哲の朝鮮半島への旅を追う。

 朋たちとの時空を越えた出会い…。

 日韓音楽祭(Japan and Korea Music Festival)と名付けた音楽交流を英哲と共に企画し実現した韓国を代表する音楽集団<金徳洙サムルノリ Kim Duk-Soo Samul Nori>のリーダー金徳洙は「99パーセント仲良くやって来たのに1パーセントの行きちがいでお互いがいがみ合ってしまう。私たちはまず本当の顔を見せ合う事から交流を始めなきゃね。」と熱っぽく語る。

 21世紀のプロローグ。 東京、ソウル、ニューヨーク、英哲はただ太鼓に向かう。ただただ撃ち続ける。名付けようもない一撃一撃の音。前人未到の境地に立つ世界の太鼓奏者・林英哲が生み出す響きは、ひととき宇宙を駆け巡り人々の心の中で余韻となる。

 

 

『朋あり〜太鼓奏者 林英哲―』出演・制作スタッフ

出演:林 英哲/ママディ・ケイタ/金 徳洙 サムルノリ/タイコーズ/英哲風雲の会 ほか
協力:山下 洋輔/鈴木 恭介/金子 飛鳥
企画・製作:大場 健二/岩永 正敏/米山 靖
撮影:石倉 隆二/安井 洋一郎/夏海 光造/田辺 司/内藤 雅行
音響構成:渡辺 丈彦
録音:永峯 康弘
照明:箕輪 栄一
コーディネイト:深山 政史 (ニューヨーク)/高 瀚浩 (韓国)
制作進行:助川 満/藤井 一宇
特別協力:石澤 義典/渡辺 哲也
デザイン:浅葉 克巳
プロモーション:新井 まゆみ
製作、上映協力 クロスフィット/英哲太鼓の会/「朋あり」プロジェクト

製作:いせFILM/ヒポコミュニケーションズ/遙(HAL)
監督:伊勢 真一