短い手紙
'00年3月1日より
「散髪」「宗一クンとヤイコ嬢と」「身長以上にゃ」「顔文字三昧」「道端音楽家探訪」

'00年3月15日Wednesday(California Again

今日もよーく働きました。でも調子が悪かったなあ。調子の悪い日。間の悪い日。妙に機嫌の麗しくない日。
そんなときって誰にでもあるのだろうなあ。何やっても妙に効率の悪い疲労の溜まる一日でした。
イライラしているときに足りない栄養と言うと「カルシウム」。慢性的に眠いときは「鉄分不足」と本で読んだ
ことがある。考えてみればこ最近一週間ほどの食生活を振り返ると「魚」を食していない。これは非常にマズイ。
僕は今日二つのHomePageを仮Openさせた。我が事務所「ClearSkyCorporation」のHPと「青空レコード」
のHPです。CGIカウンターを埋め込む時の工程で頭がこんがらがりまくって、まあ、もう、ああ、うう、コノッ...。
イライラしながらMacに向かっているとスタッフの岩本嬢が「今日は御機嫌斜めですねぇ」と声をかけてきた。
imacer田所も「短気はいけませんヨ短気は」とのん気な声を浴びせてくる。ああもう!わかっているってば!
17日には大阪で音楽媒体の方々を集めたコンベンションがある。その時に配る資料には、それぞれのHPAddressが
掲載されている。ACCESSのかかったときに「Not find」とかになっていたら恰好悪いものな。うーむ。
こうゆう時に限って「あ、あ、アレをやっていないじゃないか!」「コレもやっておかなければマズイ!」とか
精神的に勝手に追いつめられて「ああもう!ヤメヤメ!」とか乱暴な考えが脳裏をよぎるのだなあ。ああもうっ。
しかしながら現金な手前の身体よ。ちょびっとのアルコールで癒されてしまう。ま、ま、健全な証拠ですかねぇ。
頭をリセットして、明日できることは明日やりましょうね。調子の良い日ばかりじゃないですねぇ。とほほ。





'00年3月14日Tuesday(東京恵比寿)

長い一日だった。午前中に南森町のFMさんに顔を出し、その後心斎橋筋のレコード店へ。
僕がこの仕事を始めたときからお世話になっている、某レコード店の店長さんに御挨拶をしに行った。
久しぶりの再会に目尻が緩む。「青空レコード」を設立した旨を話し、宜しくどうぞと頭を下げる。
社員2名Artist1名の青空レコードの滑り出しは非常に宜しい。FMでのONAIRの反響も少しづつ出ている。
午後には音楽家としてのお仕事。地下鉄に乗り天王寺という街まで。昨夜道頓堀で話をした学生道端音楽家に
「天王寺はストリートのメッカですよ」と教えられたのだった。天王寺と言えば通天閣。そして新世界。
大阪と言われて真っ先に頭に思い浮かべる街。僕らは空いた時間を利用して通天閣見物を決め込んだ。
この新世界と呼ばれる街並みは本当に独特の風情がある。東京で言うならば浅草。いわゆる下町。
回転焼きの店、お好み焼き、ホルモン焼き、寿司屋にふぐ屋、パチンコ屋にポルノ映画館、3人打ちの雀荘。
通天閣を中心に半径500m四方。まるでこの界隈だけが昭和の3.40年代のまま時が止まっているかのようだ。
立ち呑み屋では昼間からイッパイ呑っている人達。通りにはフラフラと赤い顔した作業着のおじさん。
細い路地沿いにある2件並んだ映画館。仁侠物と寅さんが上映していた。切符売りの窓口には細身のお婆ちゃん。
この街に来たからには「お好み焼きは食べなくちゃね」と、赤提灯のぶら下がった店ののれんをくぐる。
おでんと焼きソバとお好み焼き。雰囲気も手伝って美味しかった!お酒が呑めないのは相当苦痛だったけど。
そしてそして通天閣タワーへ向かう。エレベーターに乗って展望台へ。高さ103m。浪速区のシンボル。
「日立」のマークとロゴの入ったタワーは映画「王将」で有名だ。王将と言えば伝説の将棋指し坂田三吉。
展望台からは大阪の街の一望できる。大阪城、大阪湾南海橋、大阪ドーム、彼方には関西国際空港。
夕暮れ時の通天閣のてっぺんでココロが黄昏る。赤く染まる空。「ああ大阪に来たりて我胸を焦す」なーんて。
展望台にはもう一つの名物がある。「ビリケンさん」だ。僕は最初「ビリケン」って人がいるのだと思ってた。
以下はビリケンさん像の脇に書いてあった文章そのまま。
「ビリケン由来紀・ビリケン(BILIKEN)は1908年(明治14年)にアメリカの女流芸術家E・I・HORSMAが
 奇怪な神の姿を夢見て作った像で当時のアメリカで大流行したものです。明治45年、新世界にあったルナ
 パークにビリケン堂を造り、ビリケン像が安置されていた。ビリケンは新世界の名物となりビリケン饅頭
 ビリケン人形などの土産も売られ世界的な流行をみました。ルナパークの閉鎖とともに行方不明になって
 いましたがこの度新世界の復権を願って元の像を探し出し安置したものです」
ビリケンさんは小学生ほどの大きさでちょっぴり丸々としている。目が細くて宇宙人「グレイ」を思わせる顔つき。
ビリケンさんは足を投げ出して座っている。その足の裏を触りながらお願い事をすると不思議と叶うのだそうだ。
僕も早速お賽銭を入れて足の裏を触りつつお願い事をさせてもらった。何だか照れてしまって恥ずかしかった。
ビリケンさんの背後に色紙で短歌が飾ってあった。ずいぶんと流暢な崩し字で作者名が読み取れなかったけど、
「ビリケンさんに 願いをかけて 通天閣に 咲いた恋」と綴られている。何とも浪漫チックじゃないですか。
僕らは大阪浪速な気分を満喫して再び天王寺駅前へ。更に道端音楽家事情の取材を続けた。本当に短い一日の
間に色々なハプニングがあったので書くとキリがない。なので省略して話を進めると、夜になる頃に
天王寺の取材を終えて→新大阪へ→東京(22:00)→中野→高円寺→阿佐谷→新宿と取材をして回って終了。
今は事務所でこれを書いている。本当にたった二日間で凄い移動の量だった。得るものも多かったなあ。
3大都市道端音楽家事情探索旅で、どんな取材を僕らがしたのかは是非ONAIRを聴いてもらいたいところです。
天王寺で見上げた三日月が高円寺でも輝いていたときには、ちょっとした感動がありましたよ。
追記。KO-JImaryの連載が更新されています。最近出演したEventの話等。こちらも是非どうぞ!





'00年3月13日Monday(昼 心斎橋のホテルにて)

12日はFM東京のドキュメンタリー番組の取材で、午後には羽田から飛行機で博多へ。
同行したのはRadio制作会社のオームラ氏。二人は博多へ着くなりタクシーで「親不孝通り」へ。
何日か前の手紙にも書いたけど、今回の取材は「2000年のニッポンの道端音楽家事情」ということで
僕が「東京→博多→大阪」の道端音楽家な連中を紹介するという企画だ。全国ネットなので19日日曜日の
の15時から16時、 JFN系の全国のFMで聴けます。時間が合えば是非どうぞ。こんな声で喋ってます。
親不孝通りとは博多では若人の集うメッカ的な場所。通り沿いに予備校があるので、その名が付いたとの話。
夜になると辺りは若い衆でいっぱいになる。ドキュメンタリーのテーマである「道端音楽家」も多々集って
いるであろうとの読みで一番最初に訪れた訳だけど、日曜夕方の親不孝通りは閑散としていてガッカリ。
やはり時間が早すぎたのだろう。僕らは天神→中洲と徒歩で移動しながら「道端音楽家」を探して回った。
天神は東京で言うところの新宿的な街。ならば親不孝辺りは高田馬場とでも言うところ。
お目当ての道端音楽家はなかなか見つからない。結構な道のりを歩いて中洲までやって来ると、遠くの橋の
上でドカドカと誰かが演奏している。目をこらして見てみると魚みたいに飛び跳ねている。みーつけたっ。
録音Tapeを回しながら近づいてゆく。道端音楽家は3人だった。DrumとVo・Guitarが2人。
夕暮れの中洲の橋の上、火だるまになって歌いまくっている。ガシャガシャとGuitarをかき鳴らしている。
「いえーい」曲が終わると僕は大きな拍手をした。同行しているオームラ氏の録音マイクを見て、3人は
「何、何?コレ何か録音してるんですかあ?」と尋ねてきた。東京から取材に来た旨を話すと
「へええ!僕ら、大阪から演奏旅行をしに来とるんですよ!」「この3月で社会人になるんで卒業旅行ですわ」
「岡山、高知、徳島、山口と回って来たところです」「夕べは博多の駅前で演ってたんですよ」
「そうしたら博多のストリート連中に囲まれて」「タコヤキ野郎が来たぞってね」「僕らが演ってるところの
周りで」「いっぺんに10人くらいで演奏されて」「ありゃヒドイ嫌がらせやったなあ」「大阪VS博多やな」
「でもムッチャおもろかったわ」3人口々に話を聞かせてくれた。くったくのない気の良い連中だ。
「僕ら、"三人四脚"って言うんですよ」「一人欠けても歩けないって意味で」すがすがしい名前で宜しい。
その後数曲唄を聞かせてもらったお礼に僕も歌わせてもらった。何しろ道で演奏するのは気持ちがイイ。
彼等と別れると連中の言っていたストリートの集まる博多駅前へと移動。タクシーを降りるとあちらこちらから
Guitarの音が聞こえて来る。今度は数人の女の子が集まっている弾き語り二人組を取材した。
マイクを持って近づいて行くと俄然演奏に気合いが入り始めた。しかし猛烈に下手くそだ。わはは。
話を聞いてみると「僕ら今月中学を卒業したばっかなんですよ」「"達"って言うんです」「幼なじみで」
「ゆずとかナガブチとかジュークとかに憧れてるんです」「あんなヒト達になりたいナア」素直な二人組。
「オリジナル聴いて下さいヨ」「もちろん!聴かせてくれよ」「オモチャ箱って唄です」「おもちゃばこぉ〜」
またしても下手くそな演奏を始める二人組。でもそのぎこちなさ加減が気持ちイイ。Guitarも唄もひどいけど、
ハーモニカがとても上手だ。いつか本物の音楽家になれるかも知れないね。10年後も続けていておくれ。
僕とオームラ氏はそのまま博多駅から新幹線に乗る。大阪に到着したのは22時だった。
心斎橋のホテルに荷物を置いて、道頓堀へ続くアーケードを散策する。いるいる。Guitarの音がガンガン
聞こえてくる。ニッポンの何処に行っても道端音楽家はいるのだな。僕は以前の自分を思い出していた。
10代の終わり頃、歌う場所を探して新宿辺りをうろついていた。その時の話は「長い手紙4」に書いてある。
短い一日で沢山の出会いがあった。とても楽しくて興味深い取材旅行になった。僕らは道頓堀で幾つかの
取材をした後、美味しいお酒を頂いた。それでそれで酔い潰れて今に至る朝11時。今日はこれから馴染みの
Radio局に顔を出し、夕刻に「天王寺」に取材に行く予定。東京に帰るのは最終の新幹線だな。
そう言えば今日は親友の伊良皆誠率いる「this ic 」がLiveをやっている。時間の合うヒトは僕の代わりに
遊びに行って欲しい。僕はこれからお昼御飯代わりにタコヤキを食べに行って来まーす。





'00年3月12日Sunday(深夜 曇り)

自転車で通りを走る。時折、沈丁花の香りが鼻先をくすぐる。深夜に流れの止まった空気の中、
まるで水に絵の具を垂らしたかのように、滲んで漂う花の香り。もう本当に数日中に春が来る。
今ごろは誰もが眠っているのだろうな。僕は机に向かって手紙書き。黒い麦酒を呑みながら。
散らかった部屋の山盛りの灰皿にまた一本一本と煙草を潰していく。眠り過ぎて重たい瞼が思考を遮る。
何しろ毎日は夢のように過ぎて行く。真昼の慌ただしさはお陽様の印象に焼かれて白く乾いてゆき、
夕暮れはその色彩だけを残し、夜の歪むようなまどろみは、泡になってまたパチンパチンと弾けてゆく。
僕は途中下車の駅で時間を潰している。そんな気持ちになる夜。ベンチで足元に何本もの煙草を踏みつぶす。
一本道を振り返り、まだ続く道の彼方を見やる。軽いため息と少しの笑いで自分を整頓したら
リュックをしょってまた歩き出すのだろうよ。よちよち歩きだった僕を親父様はどんな想いで見ていることか。
僕はこの夜の溜まりで唄を奏でよう。理屈も説明も状況も何もいらない唄です。響けばそれでわかるでしょう。
音楽のある暮らし。ヤイリギターが傍らで待っている。かけっぱなしの音楽を止めるといつのまにかの雨の音。
ぱたん、ぱたん、と屋根を叩いている。この雨が上がったら・この雨が上がったら・とリフレインを繰り返す。





'00年3月11日Saturday(深夜 事務所にて)

深夜です。春はもうすぐ指先の届きそうなところまで来ているのに、後一歩及ばない。要するに寒い。
僕の予想はどうやら正しそうだ。来週半ば頃には春一番が吹きそうな気がしてる。
先日読者の方からありがたい頂き物をした。こちらの絵文字です。香港へ旅行で訪れた時にわざわざ書いて
もらったのだそうです。何とまあ賑やかでめでたい文字だこと。色彩鮮やかで実際の見た目もとても綺麗です。
「片岡大志」のそれぞれの文字の線に付いているのは動物やら船やらの絵。名前によって絵柄も変わるらしく、
これの種類が多ければ多いほど縁起が良いのだそうです。「片」の上には船が乗っています。
これは「成功運」だそうです。その「片」の文字の下に書かれているのは魚ですね。
これは「金運が良い」と言う意味らしい。うーむ。何だか期待しちゃいますねぇ。
「大」の文字の横一文字には竜がいる。「力」という意味だそうだ。何だか強そー。「志」には鶴がいます。
長生きなのだそうです。鶴亀はやはり長寿の象徴なのですかね?その下のハートマーク2個は「愛」だそうで、
何とも嬉し恥ずかしなキモチ。いやぁ何ともめでたいめでたい。これは喜ばれるお土産ですな。ありがとー。
ところで「片岡」の「片」の書き順最後の→↓部分(わかりますか?)は旧漢字だと「丁」のようになる。
要するに画像の一番下に出ている「片」の漢字になるわけなのですが、これだと字画が一画多くなるのですよ。
以前占いに詳しい方に聞いた話では「一画多い方が字画的に幸運に恵まれる」のだそうで「現漢字の片で診る
片岡大志の字画は相当に縁起が悪い」らしい。何だかそう言われると不安な気持ちになるものです。
しかししかし僕は小学校の低学年くらいまでは両親が旧漢字を使っていたので、そちらの表記で記していた。
何時の話かは覚えていないが、いつのまにか旧漢字に認定されてしまったので、訳もわからずに移行してしまった。
母君が翻訳書を世に出したときの表記が「片」だったので「そっちが正しいのかなあ」とも思っていた。
でもでも「縁起が悪い」なんて言われるとやはり戻したくもなる。しかし役所に提出した住民届や戸籍は「片」だ。
ワープロではどうなのかわからないけど、パソコンでは表記できないしね。何だか悔しい気持ちだなあ。
ホントのことを書くと自分の名前は気に入っている。気に入ってはいるけれど「大袈裟な名前だなあ」とも思う。
何しろ目立つ。しかもジリ貧になったときに哀しい名前だ。うーむ。ムツカシイものですねぇ。
でも「片岡ケン太」とか「片岡ヤスシ」なんてのも変テコですな。やっぱり自分の名前が一番ってことだなあ。
今夜の僕の「ココロザシ」はすでに目前の「御褒美」へと傾いている。大きな志も悪くないけど、
小さな楽しみも大事ですね。おお、何となくまとまった。さ、さ、呑みに行っちゃお。今週も良く働いたよ>自分。





'00年3月10日Friday(深夜 晴れ)

9日は午後からTOKYOFMで番組の打ち合わせ。ドキュメンタリー番組のパーソナリティの依頼がきた。
ドキュメントのテーマは「ストリートミュージシャンの2000年」。僕が「博多→大阪→東京」と取材をして
各所の道端音楽家事情をReportするという企画だ。とても面白そうな仕事です。Radioも久しぶりだしね。
しかしながら行程は割とハードな感じ。この日曜日の午後に博多に入り、その日の最終の飛行機か新幹線で
大阪へ。昼間から夕刻、夜まで博多は「親知らず通り」界隈を取材して、深夜の大阪御堂筋アーケードへ向かう。
同行するRadio制作マンと二人で、アポイントも何も無しに「行き当たりばったり」な取材をするので
かなり大変な行脚となるでしょう。博多在住の方、大阪在住の方「○○あたりはストリートミュージシャンが
多いですよ」とか「○○公園で演ってる誰々がお薦め」とか情報をお待ちしています。かなり切実です。
打ち合わせをしていると「ゼリ→」の面々が現れた。午後からの生放送に出演するらしい。ここ最近連中とは
よく顔を合わせる。8日もONAIREASTでのEventを観戦に行ったばかりだし、まるで「追っかけ」のごとく。
彼等はメジャー2枚目のsingle「光を放つように」が発売されたばかりだ。猛烈に恰好イイです。お薦めです。
最近の身内のカタログの中ではピカイチだ。おかげでPUNKづいている。今夜はジェーンジェットを聴いている。
夕刻近く僕と社長様は浅草橋へ向かう。「青空レコード」の封筒を作る為に「紙袋問屋」を見てまわる。
何しろ「青空レコード」は二人しかいないので雑務が多い。しかしながらそれも面白い。掘り出し物もあった。
夜になる頃に二人は大宮へ。社長様はFM局NACK5にゼリ→の生出演を見に行くという。車の中で「編成会議」
を二人で行なう。「編成会議」とはReleaseのローテーションの決定や、それに伴う宣伝、販売戦略の会議。
当然のことながら社員は二人なので、二人であれこれと決めていく。夕暮れの北千住辺りで赤い空を眺めながら。
晩ご飯はまたしてもゼリ→と一緒。本当に「追っかけ」のようだ。うーむ。しかし気の良いヤツ等なので楽しい。
深夜に事務所にトンボ帰りをして、編成会議で決めたことを書類にまとめる。非常に仕事が速い。
通常のメジャーメーカーならば複雑な手続きが必要なところだが、こちらは一日でメニューが出てしまう。
臨機応変に方針が変えられるのもインディペントならではだ。Internetを使った通信販売もやることにした。
なので5月上旬には目下Produceしている「矢井田瞳(ヤイコ)」嬢の音源が読者の方々にも届けられる。
何しろ自分のReleaseそっちのけで入れ込んでるほどです。とっても聴いてもらいたい。よろしくね!
昼間は暖かく陽気の良い日和だったけれど、まだ夜は寒いね。芋焼酎のお湯割りを頂いて寝マス。ぐう。。。。





'00年3月9日Thursday(深夜 晴れ)

昨日の顔文字Dayは非常に不評でした。「読みづらいぞコラ」とお叱りのメールが沢山来ました。
これに懲りていつもの自分に戻ろうと思います。とか言って隙があれば(爆)とか書いてしまいそうで怖いっス。
東京地下鉄日比谷線の接触事故。悲惨な事件でした。僕は事故現場から数キロと離れていない事務所に出かける
とき、必ず日比谷線を使うのです。事故の数時間前には朝陽あたる六本木から日比谷線に乗っていた訳です。
うっかり寝過ごして偶然乗り合わせていた可能性も(極少にしても)ある訳で、とてもとても驚いたのでした。
そう言えば地下鉄サリン事件のときも日比谷線でした。あの時もタイミングが悪ければ巻き込まれる所でした。
考えてみれば身の回りで起きる事象のほとんどは、ヒトの手によるものばかりなのであって「絶対はナイ」と
改めて肝に命じてしまったりするワケです。いつの日も後に残すものがないように暮らしていたいものだよ。
ヒトの人生というのは大抵の場合「明日が来る」のが前提で事が進みます。当たり前です。それは正しい。
「明日が来ない」のであれば、形振り構わぬ暴挙に出るほどの欲望を優先することでしょう。これも道理です。
それでそれで僕は考える。垂れ流して余りある時間の有難さと、四肢動き美味感ずるこの体の有難さよ。
与えられていることの喜び。何処のどなたが慈悲してくれたかは露知らぬけれど、確かな感謝。感謝して。
万が一と呼ばれる事象は何時にやってくるやも知れない。そして一万分の一ではやってくる。
すりぬけてすりぬけて暮らして行けたとて、それは明日かも知れないという警戒が解けることは無いでしょう。
この辺がA型たる由縁でもあるワケですが、気持ちはいつもギリギリくらいで丁度宜しい。歩幅さえ違えなければ。
そんなことを考えていると「死ぬ前に会いたいヒト」とかを思い巡らせたりする。あのヒトこのヒトそのヒトと。
不明確な明日です。安定なんて想像の産物でしかない。時間には限りがある。大事に大事にしたいことがあります。
思ったことを思ったときに出来る自分でありたいデス。それが困難だと言葉にするのもまた容易いことなのです。





'00年'3月8日Wednesday(初の()文字&顔文字に挑戦の巻)

こんばんは片岡大志です,(-.-)y-~~~ 今日は初の()文字&顔文字を用いた「短い手紙」ですよ(爆)。
ところで「(爆)」っていうのは「自爆」の略なのか「爆笑」の略なのか、イマイチわかりかねますね(@_@;)
目下この文章は顔文字一覧なるHPを観覧しながら書いているのですが(^_^;)結構ムツカシイものですm(_ _)m
はっきり言って使用法があっているのかわからんです(笑)日頃、使うと便利だろうと思わない訳ではないのですが
実際に試してみると全然便利じゃないですね(爆)←ここであっているのか?まるで外国語のようですな(^m^)
今日は夕刻から事務所に来て仕事をしていたのでしたヽ( ´∇)ノ←踊ってるように見えますか?
天気も良くてとっても暖かい陽気( ̄∇ ̄)。聞いた話では梅の花も咲いているのだとか('-'*)春ですねぇ(^-^)
と、言っても明日は寒いらしいです(T-T)僕の予想では3月15日前後に春になる見込みです(ほっほ〜)。
何だか全然文章になっていませんねぇ(^-^;)でもでも酔っぱらってる訳でもふざけてる訳でもないのですよ(瀕死)
ところで先ほどまたしてもラーメンを食べてきました♪渋谷区は恵比寿と渋谷駅の中間辺りの明治通り沿い。
「山頭火」というラーメン屋さんです。んまいです( ̄∇ ̄)Y塩ラーメンにとろ肉のオプションが絶品(^^ヾ)
同行したiMacer田所も「んまいっすねぇ\(^o^)/」と大喜びでした(笑)まったく深夜のラーメンは美味いっす。
色々探しながら書いてるのですが、顔文字使いな人達は変換辞書に登録されまくっているのでしょうなあ(@_@;)
僕もさっき変換できないものかと苦心したのですが、さっぱりわからずじまいでした(笑)うーむ(爆)。
ええっとこの形態にする前は何を書こうと思っていたのだっけ(?_?)?もう少し内容のあることを書こうと思って
いたのですよ(×.×)y-~~~しかし煙草ばかりが灰皿に積もっていく。何だか嫌だなあ(-_-#)困ったもんだ。
そうそう、3日のアンケートを読みました(^-^)皆さん楽しんでくれたようで嬉しい限りです┗(=^ε^=)┛
好評につき最近何かと話題のヤイコ嬢を4月1日のLiveにも出場してもらうことにしました\(^^\) (/^^)/
まだ彼女の歌声にふれたことのない方々も御楽しみに!ここまで書くのに40分(爆)寝ます(∪。∪)。。。zzzZZZ





'00年3月7日Tuesday(深夜 事務所にて)

僕が休もうとも働こうとも時間は休むことをしない。どんどん流れる。水は下流へ。時間軸は右方向へ。
何故時間軸が右なのかは、今書いてるコレが右に進んでいるから。ちなみに自動演奏のソフトの軸も右方向。
だけど月単位の場合は僕の脳味噌は左方向へ数えていく。これって個人差があるのだろうな。どちらでも良いけど。
とにかくひどい速さだ。3月もすでに一週間が過ぎようとしてる。春も近い。花見の約束もしなくちゃいけない。
春が来る前には春一番が吹くのだろう。僕は「季節は一日で変わる」と思っているので、その日にはお祝いを
することにしている。お祝い用に新しくお酒を買っておかなければいけない。間に合わなければ非常に気マズイ。
そんなのん気なことを書き留めると気分が柔らかくなってくる。マイペースを守らなくちゃいけない。
自分に合わない歩幅で歩いていると何処かで大きなミスをするものだ。それでも渡らなくちゃいけない橋があるなら
ゆっくりと自分を確かめながら事を運ぶ必要がある。自分という時を進む車に超過重量を与えてはカーブが来た
ときにハンドルを切ることもできないだろう。それからじゃ遅いもんな。深呼吸して。リラックスが大事。
過去一週分の自分の書き物を読み返して、そんなことを考えていた。僕は忙しさにかまけて大事なことを時々
忘れそうになる。自分にとって何が大事なのかは常に自分が決めることだ。そこには何人も立ち入る事は出来ない。
何でもかんでも自分中心に世の中が動いている訳ではないからこそ、それは守らなくちゃいけない。
怠け者で他者依存気味な自分も、几帳面で何でもやりたがってパンク気味な自分も、我を忘れるほどの没頭癖も
みんなみんな自分のことだから必要以上に愛しちゃって、それを踏まえて世の中と会話してゆけば良いのだ。
とどのつまり「なぁんだ、オレはやっぱりオレでしかないもん」と開き直ると、妙な自信やヤル気も湧いて来る。
背伸びしたってね、元々の身長以上なんかにゃならん訳ですよ。そう思うとパアっと目前が開けてくる。
これは深夜の独り言。今夜もネタがないのを言い訳に時間軸を右へ右へとやり過ごす。文字数に比例して時は進む。
今夜も僕は僕を探しに出かける。言葉にすると滑稽で無駄に恰好ツイてる感じ。だけどそれでこその自分なのだよ。





'00年3月6日Monday(朝 曇り)

いっぱい眠りました。気分は晴れ。洪水のようだった仕事も一段落。
日曜日は久しぶりに門前仲町の富岡八幡宮へ散歩がてらに出かけてきた。のんびりと時間を忘れるひととき。
骨董市なる催しが境内では行われていて、しばし見物を決め込む。陶器やお皿や食器がいっぱいに並び、
懐かしい絵本やレコード、ブリキの玩具。2000円と書かれたギターを物色していると売り主が
「千円でいいよ、千円」と声をかけてくる。ギターを持って点検すると本体のあちこちに歪みが入っている。
ホール(本体の穴)を覗くと和紙で作者の名前が綴られてあった。うーむ怪しい。それでも売り主は
「ちゃんとしてるよ、そのギターは。千円だったら買いだろう」と僕を煽る。その口調が酷くインチキ臭かった
ので鬱陶しくなりその場を離れる。どこをどう評価したら「ちゃんとしてる」などと言えるのだ?
境内を歩いていると覚えのある香りが鼻をついた。ふんわりと漂う香りは沈丁花だった。ベンチの脇に咲いている。
先日の雨に濡れたせいなのか花が傷んでいる。微弱な香りを鼻先からたっぷりと吸い込む。
そういえば心無しか3月に入ってから暖かくなったようだ。春が近づいてきている。そう思うと気分も和む。
本堂の神様に御挨拶をして門前仲町を後に。部屋に戻るなり眠る。とにかく眠る。気がつくと朝だった。
鏡を覗くと目がショボショボと腫れている。髪も爆発している。寝過ぎで体のあちこちが痛いけど、
これだけきちんとリセットをかければ、今日あたりはバタつくことないでしょう。お風呂に入って、
丁寧に髭を剃って、新品のトレーナーに着替えて、珈琲入れて、今日もお互いに良い感じでゆきましょうー。





'00年3月5日Sunday(深夜 曇り)

久しぶりに二日酔いで目覚める。前日の「短い手紙」を読んで「あらら」と思う。
ずいぶん良い気持ちで書いていたようだ。「はっは〜」なんつって意味ワカランよなぁ。
今夜は久しぶりにウイスキーを呑っている。ジョニーウォーカーの黒ラベル。枯れ葉色の魔法の水滴。
「休肝日を作って下さいネ」と事務所スタッフの岩本嬢と小島嬢に釘を刺されたばかりだというのに。
午後に目覚めて代々木のVD編集Studioへ。ヤイコ嬢の1stSingleのvideoが完成した。
非常に恰好良いです。制作してくれた永石勝氏は本当に素晴らしいArtistだ。一緒に仕事ができるのを誇りに思う。
一秒を30分の1に分割した画像の連続を編集してゆく。「ヘンリー」というソフトを使用しているのだそうだ。
現場には高性能なMacとWindowsNTがあった。永石氏の指示で撮った素材が精密に組み立てられてゆく。
「畑」が違うとは言え根底にある部分は通じるものがあるような気がした。創作というのはどれも「イメージ」の
再構築なのであって、それはどんな現場でもだいたい変わらない。ヤイコ嬢の唄に僕がArrangementをして
それに永石氏が映像をつけて1つの作品になる。僕は類い稀な才能を持つ二人のArtistと仕事ができた喜びで
胸がいっぱいになった。この経験はまた自分の足元をかためてくれるに違いない。
夜には「ゼリ→」が新宿ロフトでLiveを演っていた。覗きに行く。やっぱりヤツ等は最高だ!元気が出る。
音楽は理屈じゃない。ゼリ→のLiveを観る度そう思う。「勇気」を貰えるLiveってなかなかない。素敵です。
それでそれで早めに帰宅。日付が変わる直前。明日は全日仕事を休むことにしました。なので早酒。
すでに気持ちがイイ。だんだん手元が怪しくなってきた。目も相当にショボショボしている。
話したいこと、色々あったのにな。でもそれはきっと明日でも構わないこと。久しぶりにゆっくりと眠ろう。
ジョニーウォーカーの甘い薫り。無音の部屋に響く空気清浄器の音。舞い降りる睡魔。夢の中へ。夢の中へ。





'00年3月4日Saturday(深夜 California Again

Liveでした!御来場の皆様に感謝感激!です。楽しいEventになりましたよー。
さてさて今日出演のMemberからコメントを頂いています。
「お疲れさまでしたー。pipipi〜電話中〜あ、あ、すっかり書くこと忘れましたあ」とは終演後の谷口宗一クン。
「ええっと、今日はソロとしては2回目、片岡クンとは初のイベントが出来て今とてもハイテンションであります!
今日のメニューは皆様いかがでしたでしょうか?ワタクシとしてはとても良い流れだったと思いました!
お客さんにも助けられとてもアットホームなLiveができて大成功!。MCでも言いましたが、BandのLiveは
一方的に投げかけるスタイルですが、ソロはお客さんからPowerを貰える感じでとても嬉しいです。
今日のEventを企画してくれた片岡クンどうもありがとう!そして皆さんにもありがとう!」
宗一クンは自身の過去の名曲をオンパレードで唄ってくれました。その素晴らしい内容に泪していた方々も
多かったようです。その傍らでシビれるGuitarを弾いていた西川進氏からのメッセージ。
「みんな個性のあるArtistで演奏しててすごく気持ちヨカッタ!このEventに参加できてホントによかったです。
はっは〜」この「はっは〜」とは西川クンが連発している口癖ですね。今日は出演者全員にこれが伝染って
しまいました。僕もことあるごとく「はっは〜」を連発しています。ちなみに実用方法は「感心」しているときの
「相づち」です。「誰々が何々だってサ」「はっは〜」「で、○○○なんだって」「はっは〜」という感じ。
そしてヤイコ嬢から。「とても素晴らしい演奏者達に囲まれて、しかも真ん中で歌えてめちゃ楽しかったーー!!
またやりたぁーい。皆でセッションしたのはyaikoは初めてなのでこれまた最高でした!はっは〜」こちらも
「はっは〜」づいてますねぇ。彼女は生涯2度目のLiveなのにも関わらず堂々のステージを披露してくれました。
それでそれで僕です。今日は「大きな古時計」「swallow&blue」「shatter」「smile」「失恋
360度光と影」「遊びに行こうよ」とという演目でした。短い時間だったけどとても楽しかった!
楽しかったのだけれど、悔やまれる演奏も非常に多し。弦は切るわ、電源切れるわ、足はツルわ.......oh noぉぉぉ。
しかも連戦連夜の疲れも出ていたようだなあ。でもでも今日の顔触れやお客様の雰囲気がとてもとても素敵
だったので随分助けられました。有難い。今日初めてお逢いした方もきっとこのHPを読んでいらっしゃいますね。
あんな僕です。今後ともどうぞ宜しく。「毎度!」な皆様、僕の怪しい演奏はバレちゃいましたかね?
4月1日のワンマンでしっかり「リベンジ」しますよ。そんな気持ち。そんな時も御座います「はっは〜」。
さてさて良いお酒を頂いています。さすがに手元が危ういです。でも気持ちイイ。今日を生きる。これがテーマ。





'00年3月3日Friday(深夜 晴れ)

リハーサルな一日でしたよ。貸し切りにしたStudioを時間で区切り、僕→ヤイコ嬢→谷口宗一クンの順で。
ここ1週間ほど3時間づつほどしか寝ていない僕は大遅刻。正午からの予定だったリハーサルは
1時間半遅れで始まった。だんだん新しいディレイの使い方もわかってきた。指も動くし調子が宜しい。
陽が暮れて夜になる頃に宗一クンがやってきた。今回はお互いの楽曲を持ちよってSessionするという企画だ。
2000年の今日この時に宗一クンと同じにStudioにいるなんてちょっと不思議な感じだ。
僕らは4年ほど同じ事務所に所属していたけれど、一緒に仕事をする機会がほとんど無かったからね。
宗一クンの乾いた声で奏でられる僕の創ったメロディ。無垢で透明な印象がStudioを包み込む。
僕の書いた言葉達はこの場所で歌われるのを知っていたかのようだ。淡々と唄の景色が浮かび上がってくる。
最近彼のBandを観に行くようになり、そして今回少しの時間だけど一緒に演奏をしてみて「谷口宗一」という
唄歌いがちょっとだけわかったような気がした。純粋なHeartの持ち主なのだなあ、と感じた訳ですよ。
ステレオタイプな言葉しか思いつかないのが悔しいが「飾らないココロのまま」を歌える類い稀な歌手です。
何だか巡り逢いというのは不思議なものだな。同い年の僕らは25歳のときに別々の屋根の下で仕事をするようになり
今頃になってそんな気持ちになるなんてね。それでそれでSessionのリハーサルは良い雰囲気に終わる。
今日も終始電話とメールに追われまくったけど、どうにか終電前には部屋に戻って来れた。
久々に早寝が出来そうです。現在27時。暖かい毛布に芋焼酎のお湯割り。みんなみんな今ごろは夢の中ですかね。
明日のLiveの出順は「僕→ヤイコ嬢→谷口宗一クン」です。僕は今まで演奏したことがない演目に挑戦します。
当日券もありますからね。「毎度ぉ」の方も「久しぶりっ」の方も「初めまして!」の方も「片岡って何者?」
って方々も大歓迎です。一同ココロを込めた演奏をしますからね。それではステージでお待ちしております。





'00年3月2日Thursday(深夜 事務所にて)

髪を切りました。バッサリと。頭が軽いです。首が涼しいです。マッチ棒みたいです。
トイレで鏡を覗き込んで「誰じゃいお前は」と自分で突っ込んでました。別人のようです。
今日切らねば「永遠に散髪する機会は訪れないだろう」と思っていたので全てを置き去りに鼻息荒く原宿へ。
以前にも書いたけれど、ひょんなことから知り合いになった美容師のS君が勤務する美容院。
店内はうら若き女性ばかりで僕はかなり深刻な「場違い感」に悩まされる。女子高大生(顔黒め)からOL様まで。
女性にとって髪を切るという儀式は、とても神聖なのであろうことが彼女達の服装や表情から読んでとれる。
どうでも良さ気な恰好をしている方なぞ一人もおらず、鏡を覗く眼差しは真剣そのもの。理髪を終えたときの
華やかなる照れたような笑顔達。うーむ。こんな職場で毎日仕事をしてみたいものです。
S君に「もう任せるからさ"バッサリ"と、ね」と頼むと「ハーイ。じゃ遠慮なくイキますよー」と威勢の良い返事。
いつもなら髪を染めている時間は細やかな居眠りのひとときなのだが、今日は仕事の電話の嵐。
どこまでもどこまでも仕事が追いかけてくる。染料でベタベタになった髪に電話が触れないように、
耳から遠ざけて打ち合わせをする。自然に声が大きくなる。ジロジロ見られてる。更に「場違い感」がつのる。
髪を染め終えてS君がハサミを振り回し始めた。バサバサと落ちていく傷んで縮れた髪の毛。気分が宜しい。
入店から3時間で全ての作業が終わった。おお!若い!自分で言うのもナニだが20代中盤と言っても通用しそうだ!
原宿から渋谷までタクシーで移動して「トリップホワイトホーネット」を渋谷のLAMAMAに「観戦」に行く。
マッチ棒のような頭を見て事務所スタッフ岩本嬢とヤイコ嬢が「あららら〜」と声を上げる。
折りしも激しいトリホネのLive後だっただけにヤイコ嬢は「そのカワユイ頭じゃRockできませんよぉ」
と揶揄する。何を何を。Rockは髪形でするもんじゃないのですぜ!HeartですよHeart。
そしてそして止まない電話攻撃に携帯電話の電池が根を上げる。今夜こそ日付けの変わる前に帰ろうと思ってが
諦めて事務所に戻り現在(AM4:00)に至る。そうそう、3日はLiveですからね。ぜひ遊びに来て下さいね。
きっと素敵なLiveになることでしょう!そろそろむにゃむにゃ眠いです。麦酒、ちょっとだけ呑みたいなー。





'00年3月1日(深夜 California Again

あっという間に3月です。あらら。ホントに時間の過ぎ行くのは速いのです。
今日もよく働きました。なのでいつもより早く店にやってきたのでした。しばし何も考えない時間。
ペコペコのお腹にがパスタをこしらえてくれた。最近評判だと言って憚らない和風パスタ。んまいです。
29日は正午からリハーサル。購入したてのアナログディレイをびゅんびゅん鳴らす。気持ちイイです。
演目を一通りやってみる。ふむ。良い感じです。2日にもう一度音合わせをすれば大丈夫でしょう。
途中からヤイコ嬢も合流する。こちらも良好。寝不足で時々「むにゃむにゃ」が襲ってくるのを除けばね。
夕方には事務所に戻り、急ぎの用事を数本済ませる。事務所向かいの「テイクアウトイタリアン」を夕食に頂く。
暖房のせいか手足がふわふわと暖かくなる。15分だけ昼寝。ソファに舞い降りて来る天使達。安らかな時間。
で、ばっちり寝坊した後は武道館へ向かう。「佐藤竹善」さんのコンサート。竹善さんのLiveは初めてだ。
完成度の高いLiveだった。Memberの顔触れも相当にすごかったらしい。紹介された名前が聴きとれなかった
のだけど、Playの内容からして超のつく一流クラスだろう。竹善さんは「ファーストコール」だと言っていた。
著名なArtistの現場に「一番最初に声のかかる音楽家」の呼び名なのだそうだ。なるほど素晴らしい演奏です。
ゲストも豪華だった。CHAR氏が出演した。びっくり。大ファンです感動です。「All around me」を演りました。
氏の定番ナンバーです。シビれました。Liveの全体の雰囲気は非常にシンプル。落ちついた雰囲気。
座ったままでも十二分に「音楽を楽しめる」Liveでした。ベテランの余裕が客席にも伝わっきてリラックスできた。
終演後楽屋に顔を出す。竹善氏とは久々の御対面。「最近Produceをやってるんだって?」と声をかけられた。
同行したヤイコ嬢を紹介する。彼女のRelease音源を手渡し武道館を後にする。九段の坂の途中でタクシーを
拾い事務所に戻る。それでそれであれこれと「やっつけて」今に至る訳ですよ。もう呑んじゃう呑んじゃう。
今宵の芋焼酎は「薩摩おこじょ」。鹿児島県は川内市の山元酒造の一品。んまいです。サイコーです。
書いてるうちに良い気分になってきました。たまには良いでしょう。明日のことは忘れて「今」を生きるのです。



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