短い手紙
'02年3月1日より
「'89年の浜松」「後部座席から」「さくら1・2」「続く続く」
'02年3月31日(深夜 西海岸にて)
3月最後の週末。六本木の街は賑やか。外苑東通り沿いは無国籍地帯。パブから漏れてくる大音量の音楽、
客引きの声、瞬くネオン、色彩の洪水、夜を生きる者の香水、アクセサリ露店の店番、空車のタクシーの列、
屋台のシシカバブ、コンビニの蛍光灯、やさぐれた誰かのKiss、人の波をかきわけて、西海岸に泳ぎ着く。
中央の丸テーブルには馴染み連中の笑い声。僕は定位置のカサブランカの下、インターネットから君にHello。
今日のスタジオもハードだった。「矢井田瞳・カウントダウンライブ@大阪ドーム公演」ミックスダウンが
終了。仮編集された画像もなかなかの出来だし、仕上がりが楽しみです。もう一方のスタジオでは「ゼリ→」
アルバム制作が続く。今日で収録予定全曲のトラッキングが終了しました。絶好調です。残るは唄&ミックス。
ライブ盤が予定よりも早く終わったので、ナベシュウに「オレの曲のテープを起ち上げておいてくれるかい?」
「げっ、マジ?」「このまま帰れると思った?」「全然っ」「いい勘してるよ」。ってなわけでゼリ→のギター
ダビングの合間を縫って今度は歌の練習。1、2回しか歌うことは出来なかったけど、手応えは悪くなかったし。
そんなこんなで気がつくと28時。ようやく頂く御褒美の酒は格別。テーブルでは皆、可笑しな話をしています。
'02年3月30日(明け方 雨)
雨降りです。しとしと。いつまでも続きそうな雨だ。ぴかぴかの満月だったのに。気まぐれな春の天気。
29日は”パラ回し”。湾岸スタジオの全フロアを占拠して大作戦を展開する。Ast・ゼリ→・トラッキング、
Bst・ヤイコ嬢ライブ盤制作。Astのゼリ→プログラムには「いぶし銀・笹原氏」にエンジニアリングを依頼。
もちろん、最近の僕にはナベシュウという相棒がいるのだけど、時々、大先輩の腕前を拝見させて頂くのは
技術の向上と活性化に繋がる。笹原氏は今回も「鳴っている」楽器の鮮度をそのままに、テープに閉じこめる
素晴らしい職人芸を僕らに見せつけてくれた。バンドの演奏も好調也。アルバム制作は後半戦に突入した。
そしてトラッキングの合間を縫ってBstの様子を伺いにゆく。ライブ盤制作は6日目にしてアンコール部分の
ミックスダウンを開始。1時間ごとに両方のスタジオを往復する。夕方過ぎにはスタッフ軍団がスタジオロビー
に大挙して登場。事務処理能力評価1のこんな僕でも必要とされているらしく、脳味噌空っぽになりながら、
事務的な応答を繰り返す。27時には全ての工程を終了。西海岸へ褒美の酒を頂きにゆく。年度末最後の週末で
雨が降っているので、タクシーがつかまらない。ガラガラの六本木交差点。んまい!酒を呑みました。Zzz...。
'02年3月29日(深夜 西海岸にて)
矢井田瞳・大阪ドーム年越しライブ盤は、制作5日目にして、ようやくカウントダウン・コーナーに到達。
紆余曲折ありつつも、何とか予定通りに工程は進行している。日を追うごとにヤツレてゆくナベシュウの
健康状態が気になるが、明日にでもユンケルを2、3本飲ませておけば、今週いっぱいは持ち堪えるだろう、
なんて酷い物言いだな。頼むよ相棒っ。そんな調子で28日はライブ盤のミックスダウンを続ける。順調也。
作業の合間に書き物&唄の練習をする。ららら。夕飯後には”伊良皆誠”がやってきた。ヤツは類い稀な
シンガーソングライター兼、僕の唄の師匠でもある。ブランクに戸惑う僕に1時間ほどかけて稽古をつけて
くれた。わかりやすいナビゲーションで少しずつ勘を取り戻す。深夜には別ブースにてデジタル・テープを
回し、唄の録音を試みた。良いところも悪いところもある。コントロールが問題だけど、誠のアドバイスの
おかげで「それも自分自身の音色」と開き直って練習に励むことができた。ヤツは歌手をリラックスさせる
達人だ。「ダイシは根を詰めて練習しすぎなんだよ」「そのままで十分素敵なんだ」優しい言葉に救われる。
唄を教えるのは僕の本職でもあるんだけど、自身のことばっかりは自分では計ることができない。誠の存在
はかなり有り難い。当分の間は世話になろうと思う。新曲もちょっとずつだけど書けているし、悪くないね。
'02年3月28日(夕方 晴れ)
ヤイコ嬢の新しいシングル「Ring my bell」が発売になりましたっ。まだ聴いていないという方は
CD屋さんへGO!春らしい快心作なのです。27日のスタジオは引き続きライブ盤制作、ヤイコ嬢with
プロモーション・チームはTV収録のため郊外の某スタジオへ。僕はこちらに合流。淀みなく日々は続く。
湾岸のスタジオは夏が終わる頃までロックアウトにしてある。それまではひたすら作品を創り続ける。
最近の僕は、なるべく自宅に仕事を持ち帰らないようにしている。作業→完全リセット(呑み?)→作業。
ペース配分は今年の長距離走的な行程おいて重要なこと。しかしながら自分のカタログ・リリースも予定
しているので、作曲する時間は確保しなくちゃならない。「この工程をかいくぐり創作するには」と思案
した結果、スタジオの中に無理矢理「仮書斎」をこしらえることにした。コンソール・ルーム(メインの
スピーカーが設置されてるブース)とは扉で遮断された楽器ブースの中に、机を置いて、座イスを用意し、
電話線も完備。音も漏れてこないし静かで快適。ナベシュウの作業待ちの間、僕はここで書き物をしてる。
机仕事を片っ端からやっつける。合間にギターを弾く。これで日光があれば言うことナシッなんだけどな。
お知らせ。親友の伊良皆誠率いるthis icが明日Liveなんだそうです。超お薦めのバンドです。Check it out!
'02年3月27日(深夜 晴れ)
26日未明には友達の絵描きさんとお酒を頂く。深夜27時に合流して乾杯するなんて何だかイカしてる。
絵描きさんは物書きさんでもあり、僕らはとっても馬が合う。久しぶりに朝まで「呑み明かし」ました。
27日のスタジオはもちろん大遅刻の巻。ライブ盤のミックスは、紆余曲折ありつつも順調に前進中也。
1曲ごとに目まぐるしく変わる音場に、運転手のナベシュウはハンドルを切り返しギアを変えアクセルを
踏み込み奮闘中。隣りの席で僕は、揺れの激しいそのドライビングに上へ下へとぼよんぼよん跳ねながら
ナビゲーションをしている。現在演目の前半戦を通過中。まだジャングルも砂漠も険しい山岳地帯もある。
東芝A&R担当S氏来たる。ヤイコ嬢のシングル解説を僕が担当した雑誌を持ってきてくれた。GIGS5月号。
夕方にはミックス進行具合を見物にDrumの臼井かつみ嬢来たる。空いてるブースで新しいスネアの試奏を
「タッタカタッタカ」。一緒に鰻弁当をぺろりと平らげ御満悦の様子。続いてゼリ→の面々も昨日の宿題を
提出にやってきた。頼んでおいたアイディアは「NICE!」也。これで週末のトラッキングの目処がついた。
続いて青空A&R担当O氏到着。デスクのI嬢来たる。ゼリ→・シングルジャケット確認やら何やらあれこれ。
青空スタッフ”ミャーイ”君来たる。腹ペコで死にそうな顔をしてたのでカップ麺を与える。お疲れさん。
深夜には、これまた友達の鍼灸院「院長先生」がやってきた。凝りに凝りまくった僕らの体を「ごりごり」
揉みまくってくれました。最近この連載は日記指数が高い。変化の少ないスタジオへの来客は嬉しいです。
'02年3月26日(深夜 晴れ)
今週末までライブ盤のミックスダウンは続く。難易度の高い大阪ドームの音場と、ステージ上各々の楽器
とのバランス調整を綿密に施しつつ、今日は冒頭から3曲目までのミックスが終了。24時回りナベシュウは
「今夜のうちに4曲目の調整を終わらせるぜっ」とハリキリモード。敏腕技師がパートナーだと心強いです。
午後からその作業に立ち会い、夕方にはゼリ→一行がやってきた。今週末に予定された最終トラッキング分の
編曲の打ち合わせ。デモ・テープで楽曲を再検証をして、各メンバーにアドバイスを促し録音方法を決める。
DVD制作進行の東芝T氏がやってきた。もろもろの確認を行い、打ち合わせがてらに一緒にスタジオを出る。
20時前には渋谷NHKホールに到着。ヤイコ嬢TVシリーズ・チームと合流。「POP JAM」にてギターを弾く。
ヤイコ嬢はキャンペーン真っ只中。タイトなスケジュールにもかかわらず好調な様子。もちろん本番もO.K!
今度はボスの車で打ち合わせをしつつスタジオへ戻る。ボスとは一週間ぶりだったので、何だかんだと話題が
溜まっていた。スタジオに戻るとナベシュウが「聴いてみてっ」と自信満々の笑顔。おお!イケてるじゃん!
何だかんだで、もう25時を過ぎようとしている。一日が過ぎてゆくのが速い。今宵の褒美の酒までもう少し。
'02年3月25日(深夜 晴れ)
ソメイヨシノが満開です。東京中の公園は花見の人々で大賑わい。日曜だったし、さぞかし皆様御機嫌
であったことでしょう。それでも何だかこの時期に桜が咲いていると不思議な気持ちになる。「もうすぐ
もうすぐ」なんて開花を待つのも楽しいものだからね。地球温暖化の問題は、よその星の出来事じゃない。
今日からスタジオは新しいシリーズに突入している。初夏に発売予定の「矢井田瞳・Count Down Live・
2001〜2002(DVD&VHS)」のミックスダウンだ。この大阪ドーム公演と同時に、先日まで行われていた
「Candleyes Tour」のドキュメンリー・DVD&VHSも発売になる。こちらの制作も目下順調に進行中デス。
監修は僕、ミックスはエンジニア・ナベシュウ。大阪ドームは、その大きさという点からも、非常に音場の
特殊な環境で、ライブ盤を完成させるためには、かなり細かな調整を必要とする。何しろステージで鳴ってる
音が、最後方の席に届くまでの誤差は1秒以上もあるし、ステージ脇に設置された巨大なスピーカーの両翼の
距離も50m以上、ドームに鳴り響いた大音量の音楽と観客の熱気を、2個のスピーカーの中に閉じこめる作業
は手強いです。と、言ってもね、僕はナベシュウに「あーだこーだ云々」とリクエストをするだけなんだけど。
ヤイコ嬢とバンドの息吹を再生していると、何だか妙な元気が出てきます。これを完成させるまでは、あの日の
ライブは終わらないのだっ。ナベが作業をしている間、僕は机に向かって物書き。夜桜、観に行きたいなあ...。
'02年3月24日(深夜 西海岸にて)
25時過ぎに西海岸へ漂着。さすがに慣れない早起きが堪えているようで、リュックがズッシリと重たく
感じる。何でもカンでも詰め込まれた僕のリュック。洗面道具・PC周辺機器・文房具一式・資料の束・
MD・CDプレイヤー・ヘッドフォン、そしてMac。爪切りから予備の電池まで「とりあえずこのリュックを
持って出かければ、そこが何処だろうと問題は起きない」、この安心感は何物にも代えがたいものがある。
通常7kgほどの荷物が常備されていて、歴代のリュックは2年以上持ち堪えたことがなかった。ショルダー・
ベルトの留め金が壊れたり、伸び切ってしまったり。この半年はN.Y.で購入した”TUMI”というメーカーの
リュックを使ってるんだけど、これはかなり優秀です。コンパクトなのに収容量が多く頑丈。無理矢理荷物
を詰め込んでもデザインのシルエットが崩れることがないし、超お薦めです。これなら3年は使えそうかな。
大きなリュックを背負っていることの利点その1・「繁華街を歩いていても、ポン引きが声をかけてこない」。
うーん、その続きが浮かばない。「満員電車は迷惑で乗れない」とか欠点はいくらでも思いつくんだけどな。
店は賑やか。僕は中央テーブルの左端定位置にいる。ちょっと酔ったかも。早起きのおかげでホロホロ酔い。
今日も良い仕事ができたし、悪くない気分。でもリュックを背負ったら重力に潰されるかもな。マイッタ...。
'02年3月23日(夕方 雨)
22日はスタジオを18時半には飛び出し羽田空港へ。19時のフライトだってのに、タクシーの運転手は
呑気で、「高速乗った方が早いんじゃない?」「ダイジョーブですよ、お客さん」ああもうっ、その便
を逃したら新幹線移動になっちまう。湾岸スタジオから大阪へ行くならば、飛行機の方が圧倒的に便利。
フライト7分前に空港へ到着。自動チェックインの受付は締め切られ、案内係にチケットを渡し、搭乗口
まで走る。結局無事、その1時間後には伊丹空港へ降り立ち、ホテルに20時半には到着。わずか2時間で
移動が終了。おそるべし近代文明...。そのまま夜にはつかの間のプチ・オフ。美味いお酒を頂いて爆睡。
翌朝、午前9時に起床して大阪某TV局へ。ヤイコ嬢がお昼の生放送番組でミニライブを演るという企画。
僕はほとんどTVを見ないのだが、「探偵ナイトスクープ」の落語家さん(名前がわからんっ)を、直に
拝めてちょっと感動。収録スタジオに集まったオーディエンスは超熱狂的。本番は大盛り上がりで終了。
13時過ぎには伊丹空港へ向かい、15時に羽田空港到着→目下スタジオにいます。何だか時間をワープ
したような妙な気分だ。今日も引き続きゼリ→・アルバム制作作業。ヤフミ、ものすごえ!唄を頼むよ。
'02年3月22日(深夜 六本木の西海岸)
ソメイヨシノ(染井吉野と綴るんだそうです)が満開でしたね。出がけにちょっと遠回りをして、
公園でふわふわと一年ぶりの顔を仰ぎにゆきました。今日は風が強かったので、散ってしまわないか
と心配しました。明日も早起きができたら様子を見てから仕事に出かけよう。ところで、僕は21日が
休日だなんて「聞いてないよお」って感じで、お彼岸だったのですね。お線香をあげてから寝なくちゃ
いけないね。タクシー待ちの間、国道から見上げた空に五十羽ほどの鳥の大群が舞っているのを見た。
あれは渡り鳥なんだろうか、カラスなんだろうか、鳩なんだろうか、ゆらゆらと隊列を組んで西の空へ
羽ばたいて行った。歩道沿いにスミレが群れをなして咲いていた。半ズボンの小学生が駆けていった。
海から吹き込んでくる風に帽子を押さえている老夫婦を見た。風を眺めていると凪いだ気持ちになる。
車に乗り込んで時間を滑るように湾岸を走ってゆく。窓に吸い込まれてゆくパーラメントの煙。と空。
運転手さん、練馬ナンバーだけど、石神井公園あたりの桜はどんな具合ですか、そうですか、あの辺は
雰囲気がいいんだよね、井の頭通りはどうですか、善福寺の蕎麦屋なんかで桜を眺めると最高だよね、
でもね、今一番見たい桜は、僕の故郷、つくし野駅の坂道に並んでる桜並木、あれは八重桜だったかな。
あの街の桜は散り始めた頃がいい。花びらの絨毯の坂道を下ってゆく。西日の眩しいあの街へゆきたい。
'02年3月21日(夕方 曇り 強風)
風の強い日です。びゅーびゅー。20日はヤイコ嬢のレコーディングを夕方に終了して一同全員で
「ラフォーレミュージアム・六本木」にて、「エディリーダー」嬢の来日公演見学へ。彼女の公演
があると聞きつけて、早速チケットを買ったのだがレコーディングの予定が入っていることに気付き、
「ならば全員連行すれば”これも仕事のうち”になるな」と知恵を働かせ、総勢9人で「実地見学」。
エディリーダーは英国グラスゴー出身の歌姫。'80年代後期に「フェアグランド・アトラクション」
というバンドで世界を席巻させる。たった一枚のアルバムを発表して、バンドはすぐに解散。その後、
ソロ活動にて5枚のアルバムを発表した。その最新アルバム「ドリフトウッド」は穏やかで心洗われる
作品です。詳細はこちらで。僕らは皆、とってもとってもエディの大ファン。僕はフェアグランド時代
からのファンなので、歴13年だ。はじめて観る彼女の姿は端麗でキュート!Gary Clark、Boo Hewerdine、
二人のギタリストを率いての3人編成でライブは進行した。僕の大好きな楽曲を何曲を披露してくれて、
もう感激感動感情沸騰!って感じでね、嬉しかったなー。フェアグランドのアルバムに収録されている
名曲「halleluiah」を歌い始めたときには、涙がこぼれるかと思いましたよ。エディも素敵だったのだけど、
曲によってはヴォーカルも披露してくれたBoo氏の歌声にも惚れ惚れ。日本最終公演だったこともあってか
トリプルアンコールにまで応えてくれて、大サービス。オーディエンスから、その場でリクエストを募って
サッと演奏してくれたり、気さくな人柄が表れてました。終演後はヤイコ嬢&バンド衆、顔が緩みっぱなし。
そのまま西海岸へと繰り出して、何とも賑やかな夜でした。「ガス抜き」されたし、今日は充電満タンだ!
'02年3月20日(深夜 晴れ)
西海岸にてホッと一息。19日のヤイコ嬢のレコーディングはかなりNICEな進行状況。作業に
取りかかってから10時間も経っていないのに、「おおっ」って驚くほど素敵なラフデザインが
出来ました。僕とナベシュウはスタジオ・ダブル回し。途中、中抜けをして、ゼリ→・シングル
の最終仕上げを施すために青山のマスタリングスタジオへ。「オレンジ・スタジオ」の小泉女史
とお会いするのはヤイコ嬢デビューシングル「Howling」以来だから、ちょうど2年ぶりでした。
ニッポンのマスタリング分野にあって、彼女の腕前は非常に誉れ高く、仕上がりもVery Good!
ほくほく顔でスタジオに戻ると、こちらの作業もほくほく。進んでいないのは僕のディスクワーク
だけ。現場にて打ち合わせをしていたチーフマネジャ・マリコ嬢に「原稿、明・日・中・にお願い
しますネ」と激しいプレッシャーをかけられた。笑顔がかなりおっかない。何とかせねばマズイ...。
「何とかせねばっ」と西海岸。今宵の褒美酒は”紫美”。ホロリと体を包み込む酒の旨みに、怠け
根性が息を吹き返す。「ほらよ、茶漬け、食べなー」、ココロ優しきマスターが出してくれたのは
京都の鰻山椒茶漬け、博多明太子、自家製塩辛、酒が進む肴ばっかり。店内BGMは「あ。”りみい”
じゃん、アルバム、出るの?」「そうそう、明後日発売だってさ」「買いに行かなくちゃ」「ね。」
「いい歌だよねえ」「いいよぉ」「元気?」「時々、顔を出すよ」「宜しく言っといて」、夏川りみ。
沖縄のシンガー。その歌声にくたびれ気味のココロが癒されます。沖縄ではここ数年ロングセラーを
続けている。超!お薦めですよ。ああ、ずるずる時間が過ぎてゆく。原稿書きは明日にしようかなー。
'02年3月19日(夕方 晴れ)
桜が満開になるのは週末過ぎなのだとか。当然みっちりとスタジオの予定で埋め尽くされている
わけで、どうやってサボタージュをしようかと考えを巡らせている。夜桜ならば深夜に一回くらい
時間を作ることができるやも知れぬ。しかし果たしてこの湾岸倉庫街の何処に桜があるというのか。
18日のテレビ・シリーズに引き続き、ヤイコ嬢のレコーディングが始まっている。彼女がツアー中に
書きためた幾つかのスケッチをプリ・プロダクションしておく。プリ・プロは録音の実作業に入る前
の基礎工事みたいなもので、全体の大まかな方向とアイディアを出して、骨組みを形成することを指す。
皆でスケッチ・テープを聴いて、作業開始。村田昭がプログラミングをしている間、ナベシュウは先日
から続いているゼリ→のレコーディング・データの整理に忙しい。お嬢さんは自分が掲載されている
雑誌の原稿を読んだり、テレビ収録の打ち合わせをしている。浦は別室でピアノに向かって何やら弾いて
いる。僕はというと、この連載を書きながら、大量の机仕事のメモを片手に唸っている。賑やかな部屋。
こうして日々が過ぎてゆく。飲み込まれちまわないようにジタバタしてる。うー、花見の下見に行きたい!
'02年3月18日(夕方 晴れ)
17日も引き続きゼリ→・アルバム制作。ひらすら制作。午後過ぎから歌入れ。作業は深夜まで続く。
歌の録音は僕の「本業中の本業」と自負できる分野なのです。ヤフミの持ち味を最大限に生かすため
に神経を集中させる。良い歌が録れましたよ。一歩づつ進んでいますよ。完成までもう一ヶ月ほど。
途中、ヤイコ嬢が遊びに来る。ツアー後の短いオフを挟んで、すでに新曲のプロモーション展開が
始まっている。「あしたのテレビシリーズの歌の練習をしに来たんです」、お嬢さんは好調な様子。
ところで僕は鼻水とクシャミが治らない。ニューヨークから戻って来て以来なので、もう半月以上が
過ぎようとしているので「ひょっとして軽度の花粉症?」。今年から花粉症になったという知人も
多いし、ちょっと不安。でも鼻水クシャミは朝晩だけなんだよね。風邪気味が完治してないだけと
思うんだけどな。クシャミのおかげであまり寝つきが良くない。夢の中ではパソコンが壊れ、眼鏡が
割れて更には巨大タコと乱闘をした。夢の中のメキシコでは牛の代わりにタコを飼っていて、軒先に
綱でタコが繋がれているのだ。ぐにょぐにょとリアルなタコ達。オレのココロは不健康なのだろうか?
今日はTVの収録です。リッケンバッカー社に提供してもらった新品ギターを弾いてます。嬉しいね。
'02年3月17日(明け方 晴れ)
ソメイヨシノが開花。そんな知らせを聞いたもので、ホロ酔いなるまま川沿いを近所の公園まで。
メガネをかけずに歩くと、夜道はにじんだ夢色で、千鳥足は遊歩道をジグザグに進みながら、鼻を
くんくんいわして、新緑の萌えを嗅ぎとり、そうそう、春ってこんな匂いだった、ココロ柔らかく
胸に染み渡り、地球が軌道上、太陽に接近していることを実感する。それから、先日送られてきた
吉祥寺の友達からのメールを思い出す。逝っちまった仲間の、墓参りに行って来たと綴られていた。
あれからもう6年も過ぎている。雨の日で、何もかもザブザブに濡れて、だから、春の雨の夜には、
必ずヤツのことを思い出していたのに、今年はいったいどうゆうことだい?コンド−よ、ごめんよ、
極楽浄土にサカモトがさオレの歌を届けてくれたんだって。何回もリピートして「聴かせたんだよ」
って、彼女は言っていたよ。オレのジミニークリケットはまだ来ていない。何も変わっていないよ。
皆は元気だよ。この前は仲間大集合のライブを演ったんだぜ。クレッシェンドじゃなかったけどね。
ゆらゆらといつのまにかソメイヨシノの前に立ち。何だ、咲いてないじゃん、と、鳥目をこらすと、
幹から直に葉をつけた新芽から、小さな小さな花が。わーん、と泣ければいいが、もう大人なので。
ホロホロと帰り道、ちらちら瞬くお星様を見上げ、生き延びてる有り難さに、舌打ちを繰り返して、
わかってるよ、今度はちゃんと顔出して歌うから、カッコ悪いのは御免だから、待っていてmy friend。
'02年3月16日(明け方 曇り)
もうホントに春なんです。昼時の陽射しは暖かで、風も清々しい。関東地方には”春一番”が吹いた
のだそうです。15日は「ゴトー日」。ゴトーというのは「5・10」の略で、この数字が付く日は流通
の関係で何処もかしこも交通渋滞になる。僕が毎日使っている東京湾岸の首都高速道路も大渋滞。でも
そのおかげで春の陽射しを浴びながら、ちょっとの間だけ”昼寝”を楽しめました。ヘンな夢も見た。
昨日、「トリプル回し」について”非現実的な体験”だと書きましたが、僕の十代からの盟友で編曲家
の河野圭は、先ほどの電話で「お前もタイヘンそうだが、オレは今週ずっとトリプル回しをやってたぞ」
と言っていた。上には上がいるものです。ずいぶん呑んでいたようだが、どうか体には気をつけたまえ。
スタジオに到着すると、GIGSという雑誌のエディター氏が僕を待ち受けていた。ヤイコ嬢の新曲の解説
をする約束をしてたのだ。1時間ほどの遅刻をひたすら詫びる。今月の下旬発売だそうです。要Check!
ゼリ→・アルバム制作が続くスタジオの前半戦は、ダイヤモンド◆ヘッド・村田昭君がハモンドオルガン
を弾きに来てくれた。このところツアーでオルガンを弾きっぱなしだったせいか、出音絶好調。短時間で
素晴らしいプレイを披露してくれました。続いてインフルエンザでダウンをしていたカズキ(Gt)登場。
ギターダビングを始めると、僕は喉が痛くなってきた。「あ、カズキ、まだ菌が残ってるぞ」とマスクを
させる。夕飯前に微熱が上がり、我が身を心配したが深夜には復調。危ない危ない。ここで倒れるわけに
はいかぬ。結局ギターダビングは28時まで続き4連チャン朝日参拝が確定。買い込んだユンケルも切れた。
作業の途中には怪しい楽器輸入商人”銀さん”が登場。以前「買うかどうしようか悩んでます」と書いた
”テレキャスター・マッドキャット”を「買うよー」と告げる。何だかんだ言っても今日もレコーディング
で使用してるし愛着が湧いてきた。銀さんとギターの素材の話でひととき盛り上がる。知識豊富な人です。
もうすぐ夜が明けます。日が昇るのが少し早くなった。桜の開花ももうすぐ。今年こそ花見に行きたいよ。
'02年3月15日(明け方 晴れ)
スタジオな日々は続く。ミックス二日連チャンの後は歌録り。スケジュール的に、一日も惜しい状況
なので、脇目もふらず前進する。前回の全休日はいつだったかと思い出してみる。ニューヨークにて
丸一日休日を過ごした以外には記憶にない。きっと一ヶ月以上は前のことなんだろう。何てこった...。
今月も残り半分。作業の合間に「やらなくちゃいけないことリスト」を作成してみる。今更、リストを
作るあたりがダメ人間の証明だ。さすがに書かなければ覚えられなくなってきた。項目がひとつ増える
ごとに息が苦しくなる。忘れていたことの多さに愕然とする。慌てて数本の電話をかけ、メールを書き
予定表に書き込みをする。スタジオのブッキングマネージャを拉致して”パラ回し作戦”の準備を促す。
”パラ回し”とは「同日に二つのスタジオブースを掛け持ち」することを指す。これはスケジュールに
行き詰まった際の「非常手段」で、二日分の作業が一日で終了するという効率的な作戦なのだが、当然、
脳味噌が二つあるわけではないので、作業は二倍キツイ。去年”トリプル回し”という非現実的な世界を
体験したが、翌日には廃人同然になっていた記憶がある。あんな酷い目には、二度と合いたくないので、
入念な予定調整をせねば。相棒のナベシュウの体調も考えなければならない。「生かさず、殺さず」と。
音楽は生ものなので「予定は未定」「休日は急日」ナリ。ナベがこれを読んだらボイコットするかも...。
あ。大丈夫。全然。落ち込んでませんよ。ただ今夜も。29時過ぎても。まだ。呑めてないってのが。ね。
'02年3月14日(深夜 曇り)
結局13日のミックスダウン作業は朝まで続き、真っ赤な朝焼けの首都高速を家路に着いたのでした。
仕上がりは良好。ホッとしてます。14日も引き続きミックスダウン。音楽道にはド根性が必要です。
ミックスダウンという作業をわかりやすく解説します。ゼリ→は4人編成「Drums・Bass・Guitar・Vo」
です。収録テープには複数のチャンネルがあって、4人の音がバラバラに収録されています。これらを
まとめる作業がミックスです。4人だからといって4つの音しか入っているわけじゃなく、各パートごと
に色々な音を使っているので、最大48チャンネル(ハードディスクを使用すると無限)分もの音源を
バランス良くまとめるのはタイヘン。ここで音楽の方向性や個性、印象が決定づけられます。重要ナリ。
ミックスダウンの主役はエンジニアです。僕はナベシュウを相棒に指名しています。頼りにしてマス。
頼るついでに、僕は前半戦の待機時間を利用して、散髪をしてきました。さっぱり爽やか気分爽快です。
夕飯時にスタジオに戻るとナベはグツグツに煮詰っていた。あーだこーだと意見を交換し、再び作業へ。
〜7時間経過。仕上がり超御機嫌なのデス。現在27時。うーん、西海岸に軽く一杯くらい、行けるかな?
'02年3月13日(深夜 曇り)
春が到来しました。11日だったようです。もう冬将軍は旅立たれたのでしょう。また暮れに会う日
まで、さようなら。今夜の天気を確かめに外に出てみる。スタジオには窓がないので、時々深呼吸
が必要だ。うろこ雲が広がっている。ビルの向こう側に月が出てるのかもしれない。空が、明るい。
12日は正午過ぎから事務所スタッフ全員参加による「青空レコード定例会議」。矢井田瞳・ゼリ→、
カタログ発売に伴う、制作・宣伝・営業・販促・その他もろもろの各自報告進行確認あれやこれや。
最近は僕自身のカタログ・リリースについての話題も出るようになった。時間のやりくりについて
考えを巡らせる。何がどう進むにせよ、一日一日を大事にやってゆくしかないね。明日も明後日も
今日の延長でしかないのです。事務所からスタジオへ移動。夕方過ぎに税理士さんがやってきた。
僕は本当に事務処理能力に乏しく、しかも旅が続いている間ずっと音信不通だったので、さぞかし
迷惑千万だったことだろう。申し訳なくてひたすら頭を下げる。「これとこれの書類が足りないので
明日中に揃えて欲しい」とメモ書きを手渡される。確定申告は15日なのだ。そんなの守ったことない。
「延滞税を徴収されるのは税理士の恥ですからね」ごもっともで。うーん、明日は早起きをせねば。
スタジオはゼリ→・シリーズ。今週もずっと続く。今日はミックスダウン。手強い曲だ。現在27時。
どんな夜ですか。そこから何が見えていますか。良い夢は見ていますか。もうすぐそばにいるのです。
'02年3月12日(深夜 晴れ)
春ですな...。街の空気はゆるやかです。もうピンと張りつめているような気配もなく、いつの間に
こんな暖かくなったんだろう。走りっぱなし、それだけじゃ周りの景色が見えなくなることがある。
寒気が去ると、街には様々な匂いが、水門から水が溢れ出すように、そこいら中に満ちて、柔らかい。
深夜に川沿いを自転車で走ると、そんな空気のプールを泳いでいるようで、ココロ、おだやかになる。
季節は一日で替わる。と3ヶ月ごとに書いている気がするけど、そんなこと、すっかり忘れてました。
もう春になっちまったような気がするし、そう呼べるほど暖かくないような気もするし、花は咲いて
いるけど、咲いたら春ってのも急いてる気がするし、とりあえず一回しか着ていないダッフルコートを
洗濯屋に出そうかどうするか、ぼんやりと考えて。「去年の春到来はいつだったかな」と過去の連載
ログを読み返す。どうやら中旬頃だったようで、それならば、明日の空気の気配を見て、「春到来」を
宣言してもいいかも、と思う。それはいいんだけど、去年の今頃の自分の「多忙からくる呼吸困難」的
連載を読み返して疲れました。今年はもう少し余裕を持ってやりたいねえ(手遅れかも...)。そしてっ、
気まずい事実が判明する。親父様の命日を忘れていたのでした。ああ、何てこった。今年もお墓参りに
行けなかった。線香を灯してから眠ることにしよう。何とか元気でやってます。いつも通りの日々です。
'02年3月11日(深夜 大阪にて)
矢井田瞳・Candleyes Tour千秋楽@大阪フィスティバルホール公演"DAYS、無事に終了しました!
振り返れば去年の10月下旬から沖縄・奥間でのライブ・リハーサルが始まって以来、中休みはあった
ものの、4ヶ月強続いたツアーだった。1年の3分の1ですよ。間に武道館公演、大阪ドーム・カウント
ダウン公演を挟み、ホントに皆よく頑張ってくれました。各セクション・スタッフには大感謝御礼!
心から労いの言葉を送りたい「お疲れさま!」。ヤイコ嬢本人、そしてバンド・メンバー、思う存分
ツアーを楽しめたんじゃないでしょうか。お嬢さん、ひとまわりもふたまわりも成長しましたね。君の
唄を歌っているときの笑顔が皆を巻き込んだのですよ。今夜は最高の締め括りでした。おつかれさま!
もちろん!美味い酒を呑んでますっ。安堵感からかもうくたばりそうです。お約束の言葉しか書く能力
が残っていないのです。次は夏になります。それまでにまた精進いたします。眠いです。お休み...Zzz...。
'02年3月10日(深夜 大阪にて)
ツアー千秋楽前夜。呑んでます。美味いお酒ですよ。旅先の夜にはホッと一息入れる酒が必要です。
大阪公演初日は無事に終了。やっぱり地元のノリはいいもんですね。「ただいまっ」って感じです。
明日、千秋楽当日には衛星放送にて生中継が入っている。最終日だけにもろもろの行程も多く、体力
勝負の一日になりそうだ。早々とホテルに戻り少し体を休めている。風邪も治ったようだし体調良好。
何か気の利いたことを書いておきたいが、何故だか気が急いていて、物書きモードに移行してしない。
ホテルの窓からぼんやりと街の明かりを眺めてる。新地の眠らないヘッドランプの列は北へ列をなし。
PA席では音響と照明とカメラの仕事ぶりを監修してる。大ベテラン様方の仕事をぶりを拝見する度に
「日々の勉強は続いているのだ」と実感する。これも千秋楽公演で見納め。自分に出来る仕事は何かを
見極め、最大限、オーディエンスに還元したいと思う。CD音源から始まったヤイコ嬢の音楽を聴衆は
確認をしにやってくる。「誠心誠意」これが基本です。そんなステージを”いつもと同じように”皆に
届けてツアーを締め括りたい。終わり良ければ全て良し、なんて諺もあるけど、「いいもんは最初から
最後までやっぱり良かった!」って感じでいきたいね。最高の一日になります。それは必ず。See ya!
'02年3月9日(夕方 大阪にて)
おっと、もうこんな時間だ。更新しなくちゃっ。8日午後いっぱい、湾岸のスタジオにて作業。
今週頑張った甲斐もあって、ゼリ→・春のアルバムの進行状況は50%ってところかな。もう少しっ。
日が暮れる前の飛行機に乗って伊丹空港へ到着。大阪はカウントダウンライブ以来になるのかな。
あれからもう2ヶ月も経ったのだね。「2ヶ月しか経ってない」という見方もできるな。たった70日
の間にずいぶん沢山の出来事があったように感じるねえ。今年も残り300日を切っている。速いね。
矢井田瞳・Candleyesツアーは千秋楽を迎えようとしています。今日は大阪フィスティバルホール公演
初日。ヤイコ嬢、メンバー、スタッフ皆、「明日明後日で終わりかあ」と遠足前日のような気分で夜を
過ごしたんじゃないだろうか。僕はホント、そんな気持ちでいました。「大阪に帰ってきたんだなあ」
気がつくと春模様の空を仰いで。今は開場直後、会場の楽屋です。もうすぐ始まります。よっしゃーっ。
'02年3月8日(深夜 六本木の西海岸)
御機嫌はいかがですか?もうすぐ夢の中ですか?テレビ、つけっぱなしで絨毯の上で眠ってませんか?
もう、ずいぶん暖かいので、朝の空気は、ちょっとだけ、あまいです。空の高さも替わりました。もう、
冬将軍の髭を撫でる冷たい風も吹いていません。「そっかあー」出かけるときには、深呼吸をしてます。
バス停では、指を折って「今日は、これ、これ、これ」。ひと通り数えて「電源・オン」と指令します。
毎日通る湾岸の高速道路の景色も穏やかです。車の中で、僕は大抵の場合は電話をしています。仕事の
確認が多い。東京湾の海底をくぐるトンネルのあたりで話は終わります。大井出口へ抜けるまでの間は
僕の特別な時間。Missing time.そのことについていつか話すときが来るんだろうか?それは判らない。
タクシーの後部座席は、ひとりで座ると広いんです。真っ赤なラバーソウルを脱いで、立て膝をついて、
煙草を吸っています。そのときの気分がその日の僕の気分。優しさ愛しさ嬉しさ疚しさ虚しさ儚さ嘆き
喜び慈しみ哀しみ悲しみ苛立ち晴天雨降り雨のち曇り夕立のような大粒の涙のことは胸の中にしまって。
隅田川沿いを走り、青い橋が見えるとスタジオはもうすぐそこです。やせっぽちの柳が風に揺れてます。
景色は流れてゆく。僕は最短ルートのこの景色を選ぶことが出来ない。在るものの中に感動を探してる。
感動は大袈裟なものじゃない。感情が動くかどうかだけです。今日も動いた。生きてる証拠。有り難い。
'02年3月7日(深夜 六本木の西海岸)
「ほら、今夜の褒美だよ」。心優しき口髭のマスターが、焼酎グラスの脇に差し出してくれたのは
「北海道のいくら・大根おろし和え」。いいねえ、旨いっ。これが焼酎と合うんだよねえ。幸せ...。
ゼリ→・レコーディングシリーズは目下好調。アルバム製作全体の折り返し地点を過ぎたところ。
今日もNICEなトラックが録れてます。午後過ぎから深夜にかけて2曲分のベーシックの録音が終了。
”ベーシック”というのはドラムス&ベースのことですね。この土台の部分がきちんとしていないと
良い楽曲は完成しないのです。コーヘイ(Dr)&ユータロー(Bs)コンビが大活躍してくれました。
初顔合わせのドラム・チューナー(ドラムのキットに音調整を施す職人さん)も素敵な腕前だったし、
今週の「ノルマ」は無事に達成しそうです。またこの曲の歌詞がイカしてるんだよね、ヤフミ(Vo)
「やるねえ!」って感じでさ、”でゅーさー”は上機嫌ですよ。その頃には僕も同じ想いを抱えてた。
僕は彼の歌詞を聞く度に、「自分はどうなんだろう」「どうだったろう」「どうすればいいんだろう」
そんな自問自答をしてしまう。イノセンスというのは成熟とは反比例してゆく傾向にあるので、時々、
「あ。そうだったよね」と思い知らされることが多い。歌っていうのは、放っている人物そのものだ。
僕に映るヤフミは、ひどく不完全でナーバスで自信家で純粋でロマンチストで現実主義で完全主義だ。
これらのものを同時に携えているのだから、当然作業のリクエストに矛盾はあるし困惑する場面も多い。
だけど、イノセンスはどうしても「不完全なもの」だし「純粋というものは、常に社会性を伴っている
わけではない」のだ。音楽というのは音符上だけで語られるものじゃない。定石や経験なんかで計れる
ことばかりじゃない。ヤフミは優しい男だ。今、想う存分悩めばいい。その姿が聴衆の心を貫くだろう。
'02年3月6日(深夜 六本木の西海岸)
「にんにく注射」についての情報、多数様頂きました、ありがとうございますっ。住所、URLが判明
いたしました。でも営業時間が書いてないんだよねえ。今度、スタジオ開始前に行ってみよう。凄い
にんにく臭で現場に行ったら嫌がられるだろうなあ...。美容にも良いってのにはびっくり。興味津々。
5日も引き続きゼリ→・レコーディング。今週はひたすらこのプログラム。6日は香川県でヤイコ嬢の
公演があるけど、ここは皆にお任せ。讃岐うどんが食ベタイケドネ。高松は素敵な街です。頼んだぞっ。
ところで、片方だけ鼻水が止まらないんだけど「花粉症じゃない?」なんて言われてね、ちょっとだけ
不安な気持ち。単なる風邪(気味の、はず)から「→花粉症に進展する例が多いらしい」ってホント?
ここまで6行。中途半端だな。だけどネタ切れ。仕事の話はパスしたい。「情次、話題のネタが切れたよ」
西海岸の犬神情次2号に救援求ム。「でもダイシさん、最近、仕事漬けじゃないですか」「ねえ」「はい」
「オレの誰にも話したことのない秘密を公開するとか?」「いーですね!すごーく恥ずかしいエピソード
とかないんですか?」「あるね」「じゃ、それを」「嫌だよお」「ですよねえ」「うーむ」「うーむ」。
「うーむ」と書いた後で、僕と犬神情次2号との間では「誰にも言えない話」でしばし盛り上がったの
だけど、それを書くのは不可能デス。「これじゃ、ただの文字数稼ぎだったな」「でもいいんじゃない
ですか?」「いいかな」「いいですよ」。お。気がつくと14行。ま、いいっか。「いいですよ」「はい」。
'02年3月5日(早朝 おぼろ月)
名古屋から戻り、4日は引き続きゼリ→のレコーディング。”旅→スタジオ作業”このパターンがずっと
続いています。風邪気味の体はなかなか復調しない。食欲が回復したと思ったら、今度は喉にきてる。
どこかで「ドカンッ」と休みを取りたいところだけど、差し迫っている工程が多いので、それも難シイ。
麻布に「にんにく注射」という滋養強壮剤を扱っている評判の医者がいると、噂を聞いたことがあるが、
行ったことある読者はいらっしゃるのかな。何でも野球選手も多数来るらしく「キ○ハラ・スペシャル」
なんつー、超強力な注射もあるらしい。我が身の万が一の時のために探しておくべきかも...。情報求ム!
只今の時間は28時前。キーボード・ダビングにやってきてくれた村田昭が一生懸命作業をしてくれてる。
ところで、今、とっても悩んでマス。かなり深い悩みデス。いつもスタジオに楽器を持ち込んできては
「どう?欲しくなっちゃうでしょ?」と怪しい笑いを浮かべる個人輸入楽器商「銀さん」。先月の中頃、
「ダイシさん!プリンス・ファン必見のギターを仕入れたよー」。彼が嬉しそーな顔で取り出したのは、
「ホーナー社製・テレキャスター・マッドキャット」。'80年代中期にプリンスがメインで使用していた
モデルだ。ナイスルックス!”Let' go crazy”ですよっ、世代が違うとわかんないか。カッコイイーッ。
銀さんは鞄から電卓をサッと取り出し、「ダイシさんならこのくらいの価格でっ」うぉっ、お買い得っ。
うーん、欲しいっ、でもなあ、最近ギター増えすぎだよなあ、ちゃんと愛情注げるかなあ、どうかなあ...。
そのギター「しばらく置いとくから、弾いて試してね!」なんて銀さん。弾けば弾くほど”悪くない”。
ギタースタンドの上の彼は「どうでしょうか、ボク?」なんて顔で僕を見ている。あ"ーっ、どうしよっ。
'02年3月4日(深夜 晴れ)
矢井田瞳・Candleyes Tour@名古屋公演は無事に終了!「でら、盛り上がったがやぁ」なんてね。
この二日間の音響担当には「コータローさん」の代打として「マツモトさん」が腕前を揮ってくれた。
長いツアーともなれば、各セクションに臨時の代打が登板する場面あり、しかし代打とはいえ”大御所”
クラスの大ベテラン。普段見慣れている「コータロー・マジックフィンガー」とは一味も二味も違う、
マツモトさんならではの音響術を拝見することができて、とても興味深かった。二人の音響業界の巨匠
を比較するのも失礼な話だけど、コータローさんが「剛」とするならマツモトさんは「柔」。「音楽は
人柄ですぞ」なんて頷きたくなるほど、両氏の性格が出ているように思う。コータローさんの、個々の
ポイントを定めて一撃で勝負を決める鋭角的アプリーチに対して、マツモトさんは、全体の素材の力を
十二分に引き出す料理方法で勝負!例えるのが難しいなあ、とにかくどちらも凄いってことですがね。
大阪公演では初日、千秋楽とでお二方順番に登板するので、両日来場するリスナーは両氏の腕前を体感
できて、二倍楽しめるかもね。残すところ3公演。この辺で、もう一度気を引き締め直したいもんです。
'02年3月3日(夜 晴れ)
2日は名古屋センチュリーホールにて、矢井田瞳・Candleyes Tour 25公演目、2Days初日。
名古屋にも沢山の思い出がある。だけどそれは、先日、浜松のことを書いた数倍もの量になるし、
僕は今までにいったい何度名古屋を訪れたのか、記憶は定かじゃない。この街に一番多く訪れて
いたのは'94〜'95年頃だったと思う。20代中盤、中部地区ローカルテレビの音楽番組でちょっと
したレギュラーを頂いていたことがある。ギター一本を持って周辺の街を訪ね歩き、気に入った
場所があれば歌う、そんな役まわりでね、木曾川沿いから名古屋の港、中央公園、四日市、小牧、
高山、うーん、数え切れないほど沢山の街へ行きました。やはり撮影で訪ねた岐阜県は可児市に
あるギター工場、そこで知り合った方々とは今でも交流が続いている。(株)ヤイリギターです。
あんなこと、こんなことあったよなあ、ぼんやり空に巡らせて会場へ向かう。暖かい日が続いてる。
なかなか下がらない微熱のせいで、ちょっと食欲不振。でも睡眠時間は取れてます。夢見も宜しい。
初日公演はすでに終わり、今は3日公演開始15分前。この続きはまた明日。そろそろ行こうかなっ。
'02年3月2日(深夜 曇り)
浜松から午後には東京に戻り、1日はゼリ→・ニューアルバムのためのレコーディング@赤坂。
ファンクラブ等の正式なインフォメーションはまだ流れていないかもしれないけど(事務所への
問い合わせは御遠慮下さい)ゼリ→はこの春の作品から”青空レコード”に移籍が決定している。
4月24日に移籍発表ライブを行った後、CDを発売する予定です。YAIKO、Imogen Heapに加え、
新境地に挑んでいるゼリ→の音源に「御期待下さい!」って感じでね、もちろん、録音も絶好調!
ここ一ヶ月、移動の連続だったせいか、体力が落ちているのを感じてる。夕べ、ちょっと薄着で
眠っただけなのに、もう微熱が出ている。肩と足にカイロを貼って、ユンケル点滴で一日騙したが
油断するとエスカレートしそうで怖いね。花粉症の人々の方が辛そうだけどな、僕のは明日治るし。
考えてみれば今年に入ってからの旅はかなりの距離量だ。大阪→東京→沖縄→広島→博多→東京→
熊本→鹿児島→宮崎→大分→東京→函館→東京→NY→東京→浜松→東京、明日からは名古屋です。
東京滞在時はひたすらレコーディング。人間の生身の体が、数日おきに数百キロの速度で移動を
繰り返すという事態は、自然界的に負担も軽くはないはず。ツアーが終わったら、少し体を労ろう。
近所に沈丁花が咲いていた、くんくん。もう3月です。明日はひな祭り。桜も近い。春に逢いたい。
'02年3月1日(深夜 曇り)
明けてもう3月ですか...。これで1年の6分の1が終了したってわけですな。矢というかジェットの
勢いで時間は過ぎてゆくんですね。月が替わる度に、んなことをボヤいてるような気がするなあ...。
旅は続く。矢井田瞳・Candleyes Tour 24公演目@静岡県は浜松市。小雨降る東海道を、新幹線は
一路西へ。新潟公演も好評だったようですね。喜ばしいことです。皆も元気そうで嬉しい。健康第一。
浜松と言えば僕にとって思い出深い街で、それは鰻茶漬けが美味かったとか、食べ物の話じゃなくて。
あれはもう12年以上も前になるね、'88年のこと。世の中はバブル経済右肩上がり、僕は首の伸びた
Tシャツを着て、フォークギターを片手にプロ・ミュージシャンを目指していた、10代も終わりの夏。
アメリカはボストンに、”バークリー”という名門の音楽大学があって、その学校は世界に名だたる
超エリート・ジャズマン養成所。講師陣も世界第一線級の音楽家が集い、そりゃもう僕なんかには敷居
の高い大学で。当時、高校の同級生だった河野圭(現在編曲家)が僕に声をかけた「バークリーが浜松
でセミナーを開催するってさ」「デモテープを応募して内容が優秀だったら、無料で受講させてくれる
らしいんだよ」「しかも交通費・宿泊費も”ただ”だってさ!」「へえー、何だか面白そうだねえ」。
僕はバークリー音楽大学なんて知らなかったんだけど、ギターを無料で教えてくれるってのが魅力でね、
すぐにその話に乗ることにした。河野の家にあった機材を借りて、ついでにジャズっぽく聞える伴奏を
彼に弾いてもらって、デモテープは完成した。僕はスリーコードのブルースしか弾けなかったんだけど。
応募して一ヶ月後に見慣れない封筒がアパートに送られてきた。合格通知だった。わおっ、何てこった。
ちょうど「音楽はちょっとした知識を得ることで、奥行きが深くなる」ということに気付き始めた頃、
そのセミナーが僕に与えた影響は大きかった。年齢不問のセミナーってことで、一緒に受講した生徒の
中にはセミプロクラスの凄腕がいっぱい。僕の”なんちゃってブルース奏法”が通用するわけもなくて、
講師は当然アメリカ人、英語で行われる音楽理論の講義は通訳が入ってもちんぷんかんぷん。「質問!」
なんて言えるほど理解してないので、とにかく、彼らが教授したことを必死にノートに書きうつすだけ。
一週間の夏期セミナーはあっという間に終わった。僕は数冊の真っ黒になったノートを東京に持ち帰り、
残りの夏を復習に費やした。日本語の教科書と見合わせながらね。それでもわからないことだらけで、
苦労をしたっけな。今でも”理解してる”とは言い難いけどね。相変わらず僕の書く譜面は汚いし...。
音楽の仕組みを知ると、アイディアを実現に向かわせる工程をスムーズにすることができる。効果絶大。
運良く、その翌年にも開催されたセミナーにも参加することができて、以降、音楽への取り組み方は
かなり変わったような気がするね。もちろん僕の復習を手伝ってくれたバンド仲間には感謝が尽きない。
お。気がつくと長くなった。浜松にはそんな思い出がある。短い夏を共に過ごした盟友達の顔が浮かぶ。
セミナーに使われた新設の多目的施設は今頃どうなってるのかな。明日、早起きができたら見て来よう。
ヤイコ嬢の公演も素晴らしい盛り上がりでしたよ。音場の難しい会場だったけど、個々のファインプレー
が冴えていましたね。お客様方も喜んでくれたと思う。来場に感謝。またお逢いましょう。See U Soon!
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