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第10話 教育的芋煮会

インドアでもうまい芋煮

インドアでもうまい芋煮の図

「芋煮会って、河原でグループで楽しむアウトドア料理でしょ?」
「うん、まあ、そうね。」

 言葉を濁し苦笑いを浮かべ遠い目をした人物なら、その人は生粋の芋煮会圏民である。

 物心ついたときから芋煮会に親しんでいる芋煮会圏民だが、小学校に入ると、それが、行政が関与した地域文化であったことを知る。学校あげての行事である芋煮会に児童は気づくのだ。「あそびじゃないんだ」と。

 芋煮会は6年生4人に1年生4人といったグループで行われる。年長児は、年少児の面倒を見なければならない。軽作業を年少児に課し、指導しなければならない。作成中、年少児が飽きないようにレクリエーションも考えねばならない。グループは、買い出し係・かまど係・調理係・レク係にわかれる。
 買い出し係は頭脳労働である。何をどれほど買えばいいのか。牛肉100gがどれくらいか見当もつかない小学生が頭をつきあわせて考える。前日にスーパーに買いに行く。牛肉の値段がぴんからきりである。「芋煮に使うんです。」と店員に聞き、買い出し任務終了である。

 かまど係は責任重大だ。かまどが出来ねば芋は煮えぬのだ。その大任を難なくこなす奴がいる。「かまど名人」である。勉強も運動も特に目立たない奴である。どちらかというと無口で存在が薄かったりする。そいつが手際よく石やブロックを配置し、薪の組み方、たきつけの使い方、細部に行き届いたかまどを作り上げたりする。生活能力を感じさせるこういう奴は、どこか深いところで女心をくすぐり、一目置かれる存在となる。

 一見大変そうだが、調理係はいたって気楽である。こんにゃく、里芋、豆腐、牛肉、長ネギを煮て、砂糖、しょうゆ、みそ、酒などで味をつければいいのだ。秋晴れの空、澄んだ空気、空腹感などが、多少の失敗も隠してくれる。
 レク係は肉体労働である。「たいそうのおにいさん」や「うたのおねえさん」が登場する。かまど係が上級生のヒーローなら、レク係は下級生のヒーローである。
 適材適所の役割分担、各々の能力と努力。「時間内にうまい芋煮が食えるかどうか」という非常にシビアな評価を伴う、実に教育的な芋煮会なのである。

 中学となるともはや皆、いっぱしの芋煮名人である。ところが新たな試練が登場する。マラソン大会と芋煮会が合体するのである。朝っぱら、芋煮会場めざして走って、やっとついた先でかまど作りである。疲れて、腹減って、でも作らにゃ食えんのだ。調味用の酒を飲んだといって補導されるやからも出てくる。実に体育会的な芋煮会となる。

 芋煮会圏民にとって芋煮会は、おおいなる社会勉強の場である。自然とふれあい、労働と汗の後の食い物のうまさを学び、生活の知恵を身につけ、社会的人間形成の糧となる。そうして立派な芋煮会圏民となった我々は、田舎を遠く離れ秋の行楽シーズンに店頭で里芋を見ては、やるせないため息をつくのである。

教訓

 パートナーにするなら「かまど名人」

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