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第22話 子どもの好物

 古くは「巨人、大鵬、玉子焼き」、現在では「カレー、ハンバーグ、スパゲッティ」と、子どもの好物はイッパヒトカラゲで語られる。しかし、実際には、子どもの味覚は侮れない。

 5歳の娘は、生まれたときから食に関して何の苦労もなかった。そもそも食いしん坊である。お腹が丈夫で、滅多に壊さない。古くは、どんなメーカーのミルクでも、有り難く飲み尽くし、現在では、どんな手抜き弁当でも、有り難く食い尽くしてくる。
 そんな子でさえ、離乳期に食べないものがあった。肉、魚である。

 子どもにはハンバーグ!とばかりに作っても食べない。魚も同様、本を片手に手間暇かけても食べない。親としては、「この時期の食事が、一生の味覚を左右する」とか、「一日30品目を目安に、何でも食べさせよう」といった育児書に踊らされて、どうにかして食べさせようとするが、食べないものは食べないのである。作ったものを残されるのは嫌なものだ。育児に熱心でない私は、早々に諦め、娘が食べるものを探した。幸い、玉子が好きだったし、納豆や豆腐も食べた。ソーセージや薩摩揚げなどの練り物も好きだった。

 しばらくして、魚の干物に娘が食指を動かし、食べさせると「おいしい」と言った。干物は塩分が多いので、離乳食には向かないのだが、食べたので、ときどき焼いてやると、脂ののった美味しい干物は喜んで食べ、ぱさついた安物の干物は、やはり食べないことが判明した。許せないことに、柔らかい霜降りの肉も食べた。
 大人が美味しいものは子どもも美味しく、子どもが喜んで食べるものは、大人が食べてもやっぱり美味しいのだった。また、味だけでなく、食感も重要である。

 現在、娘は、ちゅるちゅるしたもの、ぷるぷるしたもの、ふわふわしたもの、にゅるにゅるしたもの、くにゃくにゃしたもの、ぱりぱりしたものに執着する。好きなものを最後に食べるたちで、焼きそばの野菜や豚肉を丁寧に食べ尽くした後、「そばばっかり」と見せびらかして、満足そうに「にま〜〜っ」と笑う。彼女の至福のひとときである。そんなとき横から手を出そうものなら、箸でもって刺されかねない。あきれた食い意地は誰の遺伝か、パートナーとの決着は未だに付いていない。
 苦手もあるが無理強いはしない。長じてから分かる味もある、と安易な道を選ぶ私なのだった。

 先日、子どもの食事に神経質になりすぎて失敗した、と語る人に会った。それこそ、一日30品目、添加物にも気を付け、一口一口、言い聞かせながら口に運んだそうである。その結果、食に対してまるで欲のない子になった。食べる楽しみが希薄なのらしい。痛々しい話である。
 一方、いい加減な親に育てられた娘は今日も、「お腹すいた。ごはんまだ? 今日のごはん、なに?」と、黄色い嘴でやかましく催促する。何が幸いするか分からないのが世の常である。

教訓

 嗜好は年とともに変化する。

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