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第24話 絶対失敗しないスポンジケーキ

 新婚当初のことである。近所の奥さんにお茶に招かれ、手作りのケーキを振る舞われた。材料費と手間と完成度を考えると、買った方がいいと考えていた私に、にこやかに彼女は言った。「お菓子を作れるって言うのは、幸せってことかな。家の中に病人がいたり、心配事や不満があったりしたら、作る気にならないし、自分の心も体も健康じゃないと作れないもの。」

 ハッキリ言って、私は感動した。それは、家の中でしっかり自分の位置を確立した主婦の、地に足の付いた言葉であった。幸せなら私だって負けはしない。早速ケーキ作りに取りかかった。しかし、私のスポンジケーキは、ふっくら感に欠け、きめが粗く、みっしりとして食べごたえがある。何度焼いてもうまくふくらまず、幸せのイメージからは程遠い出来映えだった。

 そんな時、パートナーが、「絶対失敗しないスポンジケーキ」という本を買ってきた。私への嫌がらせとしか思えない。大体、「絶対失敗しない」なんてありえない。誇大広告も甚だしい。すぐさま苦情を申し立てねばなるまい。

 しかしその前にとりあえず、作ってみよう。材料の分量は、今までと大差ない。違うのは、玉子の扱いである。玉子4個を計量カップで量り、200ccにする。砂糖を混ぜながら湯煎にかけ、50度になるまで温める。その状態でハンドミキサーで泡立てるのである。

 卵白と卵黄を一緒に泡立てるのだが、温めた玉子はいつもとちょいと様子が違う。泡がしっかりしていて、ちょっとやそっとじゃへこたれない。粉をふるいいれ、混ぜても泡がつぶれない。またレシピが、粉の混ぜ方、回数から方向まで、事細かに書いてあり、カラー写真が22枚も載っている。読み進みながら作るうちに、あっと言う間にオーブンに投入の運びとなった。

 焼けるのを待つ、この時間が何とも言えないのだ。禁断の扉の前で目を凝らし、様子を窺いながら、ひたすら待つ。オーブンの熱と、ただよう香りを全身で感じる。手作りお菓子の良さは、この甘くて温かな香りである。お店のケーキは冷たい。我々はそのスポンジの温かかった時代を知らない。作り手の温もりを知らない。

 チン。美しい焼き色が付いたスポンジがオーブンから出される。あまりの美しさに、溜息が出る。スポンジの弾力が嬉しい。その高さが嬉しい。冷めたスポンジにナイフを入れる。ほぼ均一に気泡が入り、だま一つない。ひよこ色のお日様のようだ。これがスポンジだ。しっとりしていて、かつ、しっかりしたスポンジである。苦節☆年、ついに私は、幸せをこの手でつかんだ!「絶対失敗しないスポンジケーキ」、恐るべし。

 お菓子を作る幸せ、それは美味しいお菓子を成功させてこそのものである。失敗した直径18cmの大きなケーキを、二人だけで食べ尽くすのは、かなり厳しいものなのだ。

教訓

 写真の多い本は親切。

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