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第32話 牛タンの塩釜

 家に泊まり客があるときは、10日も前から落ちつかない。客用布団の虫干し、キッチン、風呂場、トイレの大掃除、ベランダの植物の手入れ、カーテンやマット類の洗濯から、ガラス拭きまで、日頃、怠っている家事をここぞと行うことになる。
 掃除に一番気を遣うのは、パートナーの両親、料理に最も悩むのは、私の両親のとき である。

 お袋の味と言うが、母の料理は、私が二十数年間お世話になって、最も慣れ親しんだ味である。味付けはもとより、材料の組み合わせ、料理の取り合わせ、皿の選び方、付け合わせの盛りつけまで、私の料理の全ての基本は母の食卓である。

 娘の家とはいえ、旅先で味わう料理が、「うちで食べるのと同じ」では、どうであろうか。もちろん、私の母もご多聞に漏れず、「他人様が作ってくれる料理なら、どんなものでもおいしい」という主婦であるが、娘が立派に家を切り盛りして、家事も育児も上手にこなし、幸せな家庭を築いているということを、滞在中にしかとその目に焼き付けていって欲しい。その象徴としての料理なのである。

 実家で食べたことのない料理で、豪華に見え、作り方が簡単で、お金もかからず、食べておいしいもてなし料理はないものか。
 そうして見つけたのが牛タンの塩釜である。牛タンの固まり、これは一般家庭では、まずお目にかかれない。入手できるのかとの危惧があったが、近所のスーパーで2日前に予約すれば、牛タン一本、グラム300円程度で売ってくれると言う。早速予約。材料はその他に、粗引き黒コショウと粗塩、それだけである。

 当日、寸胴鍋に、厚さ2cmほど塩を敷き詰め、コショウをまぶし付けた牛タンを置く。そして、周り、上、とにかく隙間なく塩でおおうのだ。塩の厚さ約3cm、使用量約1kg。これを火にかけ、約50分、蒸し焼きにする。
 鍋から出して、塩を取り除き、スライスすれば出来上がりである。どーだ、まいったか。しかもしかも、料理をしたのはパートナーである。
 パートナーも料理をすることは、母も知っているが、作ったものを食べさせたことはない。パートナーの人柄と、ライフスタイルにふれるというおまけ付きなのである。母よ、娘の幸せをかみしめていって欲しい。

 その夜、父母を迎えた酒宴の席で、牛タンは極上の酒の肴となり、恰好の話の種となった。母も感心し、作り方など熱心に聞いている。その牛タンは、柔らかく、脂がほのかに甘く、ピリッとコショウが利いて、何かしら、誇らしい味がした。

教訓

 肉売り場のおにいちゃんと仲良くなろう。

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